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「よくお似合いですよ。黙っていればね。」
着替えが終わり部屋の外に連れ出されたら柱に寄りかかっていたこれまた豪奢に着飾られた蘭に開口一番そう言われた。長かった髪は後ろに結わえ簪の玉が動くたびに揺れている。
「お前も黙っていれば風雅だよ!青龍!」
「まっ、貴方に風雅なんて思ってもらわなくて結構なんで。というか、よく風雅なんて言葉知ってましたね。」
口を開けば繰り出される言葉の鋭いことよ。風雅の君なんてどこからついたのやら。品の良さが出るのは専ら外での仕事と、主の御前にある時だ。表と裏を使い分けるのが上手なのは間違いなくこの蘭、改め、青龍である。
四神の一人で、東の塔を任されており、四神の中で最も腹黒く、毒舌なのは彼である。その標的にされるのはたいがい朱雀であるが…。余裕そうに見える青龍だが紺碧色の髪を指先でいじる仕草は緊張している時の癖である。いつもより毒舌増し増しなのはそのせいか…!
「はっ!緊張してんのかぁ?」
「さっきまでリー様に怒られて半泣きだったくせによく言いますね。その馬鹿は一生治らないでしょうね。あぁ、手遅れでしたか。かわいそうに。」
「話を逸らすな!!あと思い返させるな!リー様のあれは誰でも半泣き確定だ。半泣き以上にもう泣き出して涙と汗と鼻水で水溜まりができる。」
「それ、出来れば体験したくないですね。」
「だろ?」
そんな会話をしながら黒コウモリの骨から作られている蝋燭の灯りに導かれるまま宮廷内を闊歩する。宮廷内には様々な用途で使用される部屋が多くある。その数ある中で宮廷の一番高いところに位置するのが我らが主の部屋である。入室できるのは極限られた者だけ。重く閉ざされた扉を開けると暗い部屋が広がっていた。しかしバルコニーに向かうように脱ぎ捨てられている絢爛豪華な服。真っ白な雪の上につけられた足跡のようにぽつりぽつりと落とされている装飾品。青龍が一つ一つ丁寧に拾い集め天蓋付きベッドにそっと置いた。朱雀はドレッサーの上の蓋を開けられたままのジュエリーボックスに装飾品を入れていく。
「リー様、よく怒りませんでしたね。」
「いや、気付いてなかったんだと思う。」
ふっ
夜特有の冷たい風が頬をくすぐった。バルコニーの方に目を向けると人影がひとつ。
よく目を凝らすと見覚えのある顔。
「玄武!玄武じゃん!」
無視。
顔の表情を動かさず玄武と呼ばれた人物は早く来いと言うかのように首を後ろに向けた。
「「…!」」
主!!
夜の闇に明々と輝く猫月にビー玉の入ったワイングラスを傾け、回転砂時計を指先で遊ばせている主。足元に散らばるおはじき、チェスの駒、オルゴール、クレヨン、口紅。摩訶不思議な組み合わせに違和感を抱くことなく誰もが思わず溜め息をこぼしてしまうほどの美しさ。精霊達が夜露で作った冠を主の頭に乗せ、月の光に反射し月虹となり、主の片腹に白い虎が鎮座しているのがより一層この風景を神秘的にしている。部屋に脱ぎ散らかされていた服達はさながら蝶の脱皮のようなものだったのか。自由となったその身はどんな芸術作品にも勝るものはない。
「何あれ、白虎、役得じゃん!俺の鳳凰の方が主に似合うよ!!!マイ、プリティ、ホ・ウ・オ・ウ!」
「主!あぁ!!あんなに薄着で!風邪でも引いたらどうするんですかぁ!」
「二人ともうるさい。」
ずっと口を噤んでいた玄武と呼ばれている彼がそう言った。彼は北の塔を任されている四神の一人。寡黙であるが内に秘めている思いは誰よりも強く、曲げることはできない。普段はポーカーフェイスで秘めた思いを垣間見る者はあまりいない。そして四神最後の一人は主の横にいる白虎。西の塔を任されている。四神の中では落ち着いた性格で周りのことをよく見ている。冷静沈着なのと鋭い眼光のせいでよく人から避けられがちだが寛容な心で全てを包み込んでくれる。四神の母と呼ばれたりもする。
「やっと四人揃ったか。」
ゆらり、大きな体を起こした白虎が淡い光を帯びて人型へと変わっていく。
「主が退屈しておったぞ。」
完全に人の姿となった白虎は朱雀の方へ言葉を向けた。
「うっ、ごごご、ごめんなさい!!」
本日2回目の土下座がきまった。
「無様な格好を見せるな。朱雀。」
本日2回目の涙と汗と鼻水の水溜りが決まった。




