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宮廷に辿り着く頃にはもう昼を超えていた。夜にならなかったのは良かったと一安心も束の間、2人を待ち構えていたのは黒い髪、黒い瞳、黒い軍服、黒いブーツを見にまとった1人の女性か男性か判別できない中世的な顔立ちの人物と、城下街を浮遊していた薄気味悪い目玉だった。黒い人物は白い大階段の踊り場に仁王立ちをしていた。2人はその人物を視界にいれると丹は咄嗟に土下座を、蘭は優雅にお辞儀をした。蘭に対して首を少し動かすことで応え、側に控えていたメイドたちに合図を送り何処かへと連れていかれた。一方取り残された丹は土下座を続けていた。目玉の瞬きする音が鮮明に聞こえるほどの静かさ、ピリッと肌を刺す緊張感の中で先に動いたのは黒い人物だった。
「遅い。」
一言。その一言で足と先から頭の上まで、髪の毛一本、身体中の血液、細胞に至るまでの全てが凍りついた。とんでもない圧迫感に途切れ途切れで吐き出したのは、
「申し、訳………ござい、ません……、でした。」
途中で漏れる嗚咽を堪え、精一杯の言葉を紡いだ。
「…もう良い、顔を上げよ。主上は怒っておらん。ただ叱りも何もしなければ示しがつかなかったからな。今回は可愛い方だったと思え、次はこれだけでは済まぬと肝に命じておけ。」
「はっ。」
ふっと和らいだ視線に肺の中の空気が抜ける。少しずつ顔を上げると目の前の人物も目玉ももう居らず代わりにメイドたちにぐるりと一周囲まれていた。
「「「湯浴みを、湯浴みを」」」
歌うように言われ、踊るように両手を取られると大浴場に連れて行かれた。
浴場に着くとボロボロの服を全て脱がされタオル一枚で放り出された。
「相変わらず俺の扱い雑なんだけど。」
ともあれ久し振りに入る大きな風呂に胸は高鳴る。心臓から遠い足先から順にお湯をかけて身体の汚れを落とし、湯の温度に慣れたら足から浸かっていく。
「はぁぁぁぁぁぁぁあ」
思ったよりも強張っていた身体。
ほんのり桃の香りのするお湯を肩に掛け全身をマッサージしていく。今から主に会うこともあっていつもより念入りに。顔も自然な笑顔が出来るように頬を上に下に横に、伸ばしていく。髪、身体を洗い最後にもう一度お湯に浸かり、かぶり湯を終えて風呂を出た。待ち構えていたのは大きなタオルを広げているメイドたちだった。
「「「さぁ、さぁ」」」
あれよあれよという間に水分を拭き取られ着替えさせられていく。髪に熱を当てられながら胸元にはジャラジャラとした装飾品がつけられていく。正装、というのは分かるのだが重い。頭から首、耳、手首、腰、時には足首にまでおよぶ装飾品は正直とても窮屈だ。
「完成、完成。」
赤銅色の髪に合わせた赤紫色の服。金色の首飾りが大胆に広がる胸元を主張している。耳、手首には動くたびに揺れ動く華美な装飾。腰回りになびいているのは白色に赤糸の刺繍が施されたシルク生地。ゆったりとした着まわしをしているのがまた彼らしさを表現している。軽く化粧もされたらそこには草原で寝転がることなんてしたことのないような精巧な青年がいた。
「よくお似合いです。朱雀様。」
彼の名前は朱雀。丹は偽名である。
朱雀は四神の一人であり、南の塔を任されている。非常に気まぐれで同じ場所に居続けることが苦手である。口調は四神の中で最も悪く好戦的なのが特徴である。
「きっと主様も喜んでくださいます。」
「そうです。そうです。」
「えぇ、きっと。」
「だって、だって!」
「こんなに素敵ですものね。」
仏頂面をしていたがメイドたちの褒め言葉に鏡の中の顔が緩んできた。主に喜んでいただけるのなら苦ではない。
「「「まぁ!!」」」
メイドたちが驚きの声をあげた。
笑顔はどんな高価な装飾品にも敵わないのは本当であるようだ。




