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カラカラカラ、カラカラカラ
カラカラ、カタッ、カラカラカラ
リズミカルに時々石に当たり調子が外れる様もまたのんびりとした時間が過ぎて行く中では心地の良い音楽となって耳を通り抜けた。
「ここは時間の流れがゆっくりですね。」
日焼けを知らない羽二重肌の横顔が高価そうな、それでいて品の良さを与えさせる懐中時計を見ながらそう呟いた。
「まぁ、離れているからな。王都から。」
丹は有象無象になっている髪をなんとかしようと悪戦苦闘している。蘭からの問いかけに答えながら櫛を無理やり通そうとする。見かねた蘭は貸しなさいと言って赤銅色の髪を丁寧にといていった。
「こんなに離れているとは思わなかったんですよ。」
こんなに蘭が時間のことを言うのは何故かって?それは王都から離れれば離れるほど時間の流れは緩やかになるからだ。それは感覚的なものではあるかもしれないが実際に時計の針の進み方が違う。人が多く行き交う街は人の時間が早く進むからだと言われてる。一般にこれは時差と呼ばれている。
「あちらの時間が気になります。どれぐらいの時差が起きているのかわかればいいんですが、生憎そんな機能をこの懐中時計は持っていなくて…。」
はぁ、と艶のあるため息に紺色の布が衣擦れを起こす。
丹は気にせずこちらに向かって農家の人が差し出しているものに手を伸ばした。お日様のような笑顔でありがとうと伝え蘭の独り言にもならない呟きに耳を傾けた。
「やはり目立っても飛んで行った方が良かったんでしょうか…。」
「んっ、もぐ、そんなことっ、言っても仕方、もきゅ、ねぇだろー」
嘆く蘭を横目にリンゴを頬張る丹はそう言った。赤銅色の髪が木々の間から漏れる陽の光に照らされて金色の輪が出来ている。幻想的だがいかせん品がないのでなんとも言えない。目にかかる陽の光を鬱陶しそうにしながら蘭にリンゴを差し出す。瑞々しいリンゴは全てを流してくれる。口内に残るほのかな甘みは精神バランスの安定にも重要だ。
「そうですね。遅れても貴方がいい言い訳になってくれますし、大丈夫ですね。」
おいっ!人がせっかく慰めているのにこいつはどこまでも腹黒い。しかもちゃっかりリンゴは受け取ってやがる!なんてやつだ!
ぶーたれながら自分たちがこれから行く先に視線を向け、暮れ行く太陽におやすみを告げた。
「と、思ってたんだけどなぁっ!」
「変な独り言言ってないで早くしてください。」
「お前なぁ!なにのうのうと寛いでるんだよ!!っ!あっぶねー」
「私の仕事は終わりましたからね。貴方は馬鹿なので効率のいいやり方を知らないんですよ。」
「きーーーーーっ!!!」
気絶している者たちの山に優雅に腰をかけている蘭が丹に冷ややかな視線を送る。そんな姿に盗賊たちは戦慄した。目の前にいるのが人なのか、否、人ではない自分たちが理解出来ないものだと恐怖した。夜は人の恐怖心を膨張させる。月が雲の影に入り暗闇に支配されていても二人の瞳だけは爛々と輝いている。
「農家の人に気づかれないうちに帰りますよ。私たちがいなくなっていたら心配するでしょうからね。」
丹が最後の一人を沈めてからひらりと山から降りてきた蘭はスタスタと歩き出した。
「置いて行くなよー!」
次いで丹が走りだした。やがて姿を消した二人に雲の影から顔をだした月は弧を描くように笑っていた。ただひたすらけらけらと。




