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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

少年オカルト

歩徒貫寺

作者: mira

「ストーカーに付きまとわれている?」


美智から相談があると話しかけられたシュンは驚いた。

ストーカーなんて空想の生き物で、そんな話が自分の周りの人間が口にすると思っていなかったからだ。


「どうしてそう思うんだ?」


シュンの横で一緒に話を聞いていたカヤが美智に不思議そうに問いかけた。

放課後の教室に三人だけ残って始まった美智の相談。

夕暮れの校舎はそれだけでいつもと違った空間だが、ストーカーの話のせいで余計に異質な空間に感じられる。


「この前、東京でお仕事をしてきた帰りからなんだけど、学校に来る時や家に帰る時に変な視線を感じるようになって」


美智は3歳の頃から子役の仕事をしている芸能人だ。

特に人気が出たとか、みんな知っているような子役といった事も無いが、中学2年生になった今でもモデルの仕事などをしている。

芸能界は厳しいと聞くが、それでも仕事を続けていられるのは彼女に何か魅力があるからなのかもしれない。

シュンは学業と仕事を同じ年で両立している彼女を以前から尊敬していた。


「最初は気のせいだと思っていたんだけど、時々気づかれないように後ろを見るといつも同じ人がいるのよ。

 背が高いひょろっとした人で、だからかすごく影が長いのよ」


影が長いことが印象に残っているのは夕暮れで確かめたせいか。

この時間に普段話さないシュンたちと一緒にいることも不安から来ているのかもしれない。


「お母さんやお父さんにも相談したんだけど、二人が近づくとすぐに逃げちゃうみたいで捕まえられないの。

 でもはっきりと分かるのよ。すぐ近くにいつもいるの」

「さすがに家の中までは入ってこないけど、窓の外にもいつもいるようで怖くて窓も開けられない……」


美智は細かく震えていた。それだけストーカーに恐ろしさを感じているのだろう。


「しかし、なぜそんな話をオレたちに?

 はっきり言ってオレたちお前とそんなに話したこともないし、いきなりストーカーって言われても何もできないぜ」


カヤがはっきりと美智に言う。

何も考えていなかったシュンだったが、カヤの言うことは正しく感じた。

美智とは特に仲が良いわけでもなく属しているグループも違う。学校でも挨拶くらいしかしない。


「それなんだけど、カヤ君たちに相談したのはストーカーを懲らしめたいからなの」

「懲らしめる? いったいどうやって? オレたちはこの通り部活もしていないただの帰宅部で喧嘩も強くないぜ」


確かにカヤの言うとおり、腕っ節を当てにしているならボク達はお門違いだとシュンは思った。

ボク達はただの帰宅部で、普段からやっていることも街のオカルト情報を集めたり……。


「そう、オカルトスポットを教えて欲しいのよ。ストーカーを懲らしめられるような場所を」


シュンとカヤは驚いた。オカルトスポットをストーカーを懲らしめるために使う?

そんなこと考えてみたこともなかったけど、できるのか……?


「例えば男が一人でいると祟られるとか、何かそのストーカーだけに意図してひどい目に合わせられるとか。

 そんなような場所が近くにあるってネットで見たんだけど……どう?」


かなり物騒な話だ。

美智はオカルトの力を使ってストーカーに物理的な被害を与えたいのだ……。

しかし、言われたような効力がある場所はすぐに思いついた。

シュンとカヤはお互いに見合ってつぶやいた。


「歩徒貫寺だね……」

「ホトヌキデラって歩徒貫寺だよね? あの山の上のお寺ってそんな怖いところだったの?」


歩徒貫寺は学校から10分ほど北にいったところにある、小高い山の中腹にある寺だ。

急で長い階段で登っていくのだが、手すりを思わず握ってしまうほど際どくまた高い。見晴らしの良さから地元では良い景観地となっている。


「昔、人が変な死に方をしたんだよ」



カヤに促されてシュンは自分の祖母から聞いた話を美智に話し出した。


50年ほど前、歩徒貫寺の石段が磨り減って雨が降ったりして滑りやすくなったりすると転んで大怪我をすることが多くなっていた。

地元住民は協力して階段を滑り止めをつけることにした。

元々ある石段に滑り止めを固定する形で作業は進められたが、最上段から7段下の作業中に石段が割れてしまった。

男が楔を打ち付けていたときの事だったが、一度金槌を叩いただけですんなり割れてしまったそうだ。


ここからがオカルト的な話なのだが、石段の割れ目から骨で出来た杭が出てきた。

杭は石段の中央に掘られた穴にきれいに収まっていた。

つなぎ目もなかった石段なのに中に穴が開いており、そして骨でできた奇妙な杭が入っている。

杭は何なのか? どうやって入れたのか? いろいろと話が出たが結局は元々割れていた石段に穴をほってつなげたのだろうと言う事になった。


石段を割った男は確かに繋ぎ目など無かったと言い張ったが相手にされず、それから特に何毎も無く石段の改装は終わった。

快適になった寺への参拝はお年寄り方には好評で、祖母もよく寺に行くようになったそうだ。


そんなある日、杭が出てきた石段の上で男が死んでいた。

警察によると、喉に自分で杭を刺しての自殺だったようだ。


男は石段の階層を終えてから2ヶ月ほど立ってからしきりに喉の不調を訴えていたそうだ。

病院にも行ったが治らず、お払いもしたがいっこうに良くならなかったらしい。


杭は石段が出てきたら寺の倉庫に保管されていた。

倉庫の鍵は管理者しか手に入れることが出来ず、男が手に入れることは不可能だった。

しかし、男が自殺に使った杭は保管されていたものだった。

鍵が壊された様子も無く、倉庫から杭は無くなり、杭は男の喉を貫いていた。


それから杭は寺でお払いをした後、厳重に保管されることになった。


これが祖母が話してくれた事実である。

起こったことはこれだけなのだが、それから噂が立つようになった。


深夜に杭が出たという石段を登るときに足音とは別に何かを打つような音がする。

そのまま足踏みをすると、杭を打つ音がどんどん大きくなってくる。

更に足踏みを続けると、喉を何かに貫かれて死ぬという噂だ。


実際に喉を貫かれて死んだ事故や事件は祖母が知る限り起こっていない。

シュンが調べてもそんな事実は無かった。

だから、これは噂に面白おかしく尾ひれがついたものだろう。

事実、これらの噂を知っている者は地元の人間でもそうそういない。

やはり何か実際に事件が起こっていない噂は廃れていくのだろう。


シュンとカヤもまだ調べていないが、歩徒貫寺に関しては調べずにおこうと思っていた。

だから効力の程は保障できない。検証していないから。


「でも、音がなるだけでもかなり怖そうね。これならアイツも大人しくさせられるかも……」


──アイツも大人しく?


シュンは少し違和感を感じていた。

カヤの方を見るとうつむいて難しい顔をしていた。何かを考えている時の顔だ。


「二人ともありがとう。また何かあったら相談させて」


美智は二人の前から去っていた。とても元気に。


「あいつ、美智は何なんだ? 人が死んでいる話を聞いて喜んで帰って行ったぞ?」


カヤは混乱している様子だった。

元々美智のことをあまり知らないとは言え、あの様子は異様だった。

シュンはカヤに美智の事が心配であることを告げた。

あるいは美智のストーカーが心配だったのかもしれない。


「そうだな、あの様子じゃ今日石段を登るだろう。夜にあそこに行くのはあまり気が乗らないけど、何かあったら気持ち悪いし」




深夜、シュンとカヤは石段の近くのビルにいた。双眼鏡で石段を交代に見張っていたが美智もストーカーらしき人物も現れなかった。


「勘違いだったか……。まあ、それはそれで良かったか」


そんな事をカヤが呟いていた時、石段に美智が現れた。

周りを気にしながら石段を美智が登っていく。


「本当に来たのか、あいつ……」


双眼鏡で美智の周りを見るが誰も見当たらない。


──ストーカーは来ていないのか。


「どうするシュン、行ってみるか?」


シュンは首を振った。

まだ双眼鏡で美智と周りを見ていた。

ストーカーの姿は一切見えないが来ている様な気がしたからだ。


美智が最上段近くまで登った時、突然飛び上がるような動きをした。


──音が、聞こえたんだ。やっぱり聞こえるんだ。


シュンは美智が杭を打つ音を聞いたことを理解した。

美智は何とか体を奮い起こし、最上段まで登り少し歩いてから階段の下を見た。

美智は何かをつぶやき、石段に向かって怒鳴りだした。


──やっぱりと言ったのか。


美智の先には誰もいない。

誰もいない場所に向かって美智は叫んでいる。

声がこちらまで聞こえてきそうだ。


「シュン、行こう。美智の様子は変だろ」


シュンはまた首を振った。

シュンには分かっていた。やはりストーカーはいなかった。

美智は見えないストーカーに悩まされている。

同級生の心の闇がシュンを妙に冷静にさせた。


美智は最上段から7段目の石段を指差し、視線の先に向かって叫んでいる。

誰もいない場所に向かって指示をしているようだ。

視線がその場所から7段目の石段に向かう。


「あいつ、もしかして……。ストーカーに石段を踏ませているのか?」


美智は一定のテンポで頷くような動作をしている。

顔は笑顔で非常に満足そうだ。加虐的な表情にすら見える。


「おい、どうする。怖くてあっちにも行けないぞ……」


2分くらいその状況が続いていた。

シュンもカヤもその場から動けなくなっていた。

カヤは少し震えている。


瞬間、風が強く吹いたのか石段近くの大きな木が美智に当たるような勢いでざわついた。

美智の体が大きく飛び上がった。少し悲鳴をあげたようだ。

同時にカヤも小さい悲鳴をあげて震えていた。


美智はその場でへたへたと座り込み、俯き黙った。

木は元に戻っていたが、大きい木の枝が石段に落ちていた。


──見えない人間の、喉が……貫かれたんだ!


美智は大きく笑い出した。

非常に愉快な様子だった。

憑き物が落ちた、あるいは憑いたような大げさな笑いだった。


美智は笑いながら石段を下りだした。

7段目の石段は避けるようにそっと跳び越し、それから一気に階段を走り出した。

美智が石段を下るごとに、美智の笑い声が大きくなってくる。


シュンとカヤはいつのまにか双眼鏡を下げて、両手で耳を塞いでいた。

笑い声がいつまでも聞こえてくる気がした。




翌日、シュンは何とか学校に行った。

ショックが大きかったことと寝不足で辛かったが、行かなければ美智に怪しまれるような気がしたからだ。

カヤは普通に遅刻していたが、特に美智に変わった様子は無かった。

いつも通り学校に来ており、友達と会話し授業を受けていた。


昨日の事は夢だったのではないか。

シュンはそう思えてならなかった。

昨日の美智はまったくの別人で、今ここにいる美智とは連続していない様に思える。

しかし、美智のすがすがしい程の明るさが、昨日相談に来た美智ともまた別であるように思えた。


──あの娘はいったい何なんだろう。

女の子ってみんなあんな訳がわからないんだろうか……。


数日たっても美智は変わりなかった。

シュンも美智のストーカー話を忘れかけていた。

しかし、カヤの様子がおかしかった。

口数が少なくなって、美智を極力避けている様子だった。


学校の帰り道、いつもと同じように歩いているとカヤが言った。


「シュン、お前すごいな……。あんなモノ見たのに平気なのがすごいよ」


確かに衝撃的な事だった。

しかし、カヤの怖がり方は尋常じゃない。


「当たり前だろ! いきなり木の枝が男の喉に突き刺さったんだぞ!

 血もいっぱい出てたし、すごく苦しそうだった……。

 双眼鏡から目が離せなくて、震えが止まるまでずっと見ちまったよ……」


カヤは少し涙ぐんでいた。


シュンはまったく理解できなかった。

自分が知っている状況とはまったく違うことをカヤが言っている。

シュンは自分が見たことをカヤに伝えた。

男なんて見ていない。木の枝は石段に落ちただけだ。


「な、何言ってるんだ! 人が死んでいただろ!」


シュンはもう一度ゆっくり状況を説明した。

また、翌日の新聞やニュースでもそんな話は無かったことも説明した。

カヤはひどく混乱していた。涙を流しながらシュンの肩を両手で掴んだ。


「お前本当に見えてなかったのか! じゃあ、あいつは何だったんだ! あんなにひどく苦しんで死んだのに!」


シュンは理解した。

カヤと美智には見えていたストーカーが確かにいた。

シュンには見えないストーカーは存在していたのだ。

そして、美智はストーカーを殺すことに成功した。


シュンは本当に美智が怖くなった。

人を殺して笑っていたのだ。美智にとっては本物の血が出ていたのに大笑いしていた。

カヤが美智を避けていることをようやく理解できた。


「避けていたのは……他に理由があったんだ。

 これはただの怖さが生んだ幻だって分かってるんだけど、たまに後ろに見えるんだ。あいつが」


シュンは聞いていた。カヤの必死の告白を。


「喉に穴が開いてるのに、普通に立っていて美智をずっと見てるんだ。美智の真後ろで……」


夕暮れに長い影が伸びる。

自分たちと同じくらいの背丈の影と、長く細いひょろっとした影だ。


「あ、二人とも帰り? この前はありがとうね。」


美智の声だ。

遠くからでも良く分かる。


「ちゃんとお礼も言えずにごめんね。良かったらどこか寄っていかない?

 二人のおかげでストーカーもいなくなったから奢らせてよ」


美智が近づくに連れて二つの影も近づいてくる。


シュンにも影が見えている。もしかしたら勘違いかもしれない。

しかし、美智の方に振り向けない。


美智とだれかの足音が、二人へ徐々に近づいて来ていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「美智とだれかの足音が、二人へ徐々に近づいて来ていた。」という終わり方が不気味で良いなと思いました。
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