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暇だ。
ああ、暇だ。
最近、この狭い空間がだんだんと窮屈になってきた。
時間経過は分からないが、ずっとこの中で過ごしてきたためか俺はもう転生だと割り切っていたし受け入れることもできた。
そんな俺の気持ちに順応してか、今まで現状維持だった肉体に変化があった。徐々に身体の形が成形されているのがなんとなしに分かる。最初の頃は全くといって感覚が死んでおり、全身麻痺にでもなったのかとビビッていたのものだけど。
だんだんと動かせる場所が増えてきた。同時に自分に降りかかる音が、すげー温かく優しい声だと気付いてしまった。
今の寝床はかーちゃんの腹の中ではなく、硬い卵のような殻の中が寝床だ。
しかしそろそろもうマジで手足をぐっと伸ばしてしまいたい。
外の声も世界も気になるし、身体の違和感も確認したい。そう違和感……、ずっと感じている背中とケツの異物感がなんなのかはとにかくハッキリしたい!
まあ、なんにせよとにかく暇なのだ。
今生の家族の姿だって見たい。せっかくそこに喋る相手がいるのだから喋りたい。
だから俺は意を決して殻を割ることにした。
ここのところ内側からガンガンと根気強く叩いたお陰で卵は割れそうだ。目は見えないが「もうヒビがこんなに入ってきた」と外からの情報は会得済みだぜ。
フ、俺の卵生活を侮るなよ?
よっし、いっきま―――す!!!
ここ数日、卵の様子がおかしい。
時間に問わず昼夜、中の子供が卵を割ろうと懸命に動いているようで私はその成長に涙が止まらない。なにせこの子といったら誰に似たのか、私が卵を産み落として一年まったく卵から出ようとしなかった。
本来、龍人の子供だったら半年ほどで産まれてくるというのに。兄になるレディウスだってそのぐらいで産まれたわ。だから卵の中で死んでしまったのかも……と不安だったけど、時折自分の生命反応を主張するように揺れたり内側を叩いたりと声なき声をあげてくれた。
私達はそれだけで元気が出た。
この子も頑張っているのだから私達も頑張らなくては、と安心して出てこれるように祈りを込めて毎日声をかけ、時には抱きしめ共に眠り朝を迎えたりもした。
いつもは私の熱が敷かれている繭玉に置かれている。卵は母親である私の熱がなければ孵らないからだ。
今日も起きてからすぐに繭玉へと向かったが、そこで異変に気付いた。
「アイヴィス!アイヴィス!!レディウスを連れて来て頂戴!!!卵が!!」
叫ぶように愛する家族を呼ぶ。
卵、の言葉に敏感になっているせいでカッと目を開きまだ半分寝ている息子を小脇に抱えて夫が駆け寄る。
「卵がどうしたっ……って、ああ足が!!!」
「そうよ、ほら見て……小さな手があんなに頑張って」
手助けしたいのを二人は気持ちを抑えながら、”初めてのお仕事”に苦労する赤子の成長を見守った。卵の殻から飛び出した手足がにょっきり、それ以外は未だ卵の中。
【みゅ、みゅむむ】
元気に成長するように、と最初のお仕事に手を貸してはいけないと龍人の掟があった。そのため両親や家族は生まれてくる子供が自分の力で殻を破るまでは決して手を貸さない。
卵に手足が生えた状態であっちにうろうろ、こっちにうろうろ。ふらふらと覚束ない足取りで懸命に動き回るが、殻の破片に引っかかり後ろに転倒。
あっ!!と手を出しかけたが、それが届く前にパカリと卵が完全に割れた。
【みゅ、みゅあああああああああああ!!!!】
直接的に頭を打たなかったが痛かったのだろう。
大きな、これでもかというぐらい大きな産声が響いた。
この日卵の中に一年半も引きこもっていた”彼”は、寝ていた兄を驚かせて泣かせるぐらいの大きな声で誕生した。
家族の喜びと涙が溢れる。
そうして新しい世界のはじまりの日を迎えた。
【】←こちらのは産声から赤ちゃんの泣き声です。
新生児が親に訴える声ともいいますか、そんな感じのやつです。