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本当に痛い時って声が出ないつーだろ?
あれ、マジだから。
小中高大と普通に進んで、いつの間にか大人になった。
就職すんのが嫌でバイトばっか繰り返して、今じゃ48歳のおっさんになっちまった。
兄姉の中で独立しないで親の脛かじりまくって、今思えば……ごめん、こんな俺嫌いじゃない。自分には甘ったるたるたるいから、こうなったんだろうな。
散らかった床にチラシが一枚。
裸足で踏んだ瞬間にツルッといったよね。
後ろには棚が並んで、俺は、俺の頭はその棚に強打された。
「ッ!!!!!」
頭を押さえてゴロゴロ蠢いてたと思う。
あんまりの痛さに覚えてないけど。
最後にうっすらと目を開けてみたのはいつもの天井で、でもそれも徐々に暗くなって最後には……最期には真っ暗だった。
ブラックアウトという言葉がこんなにもしっくりくるとは、……ああ、思いたくなかったなあ。
再び目を開けた時は硬いなにかに覆われていた。
これ、棺かな?
え?
生きてる?
ぼやっと白く色が見えた気がした。
……白い棺てあんのかな。ばーちゃんの棺は木製だった気がするけど中までは覚えてない。
生きてたら、生きてたら俺、これ焼かれて死ぬんじゃ……と思ったらもう暴れるしかない。
まだ!死にたくないんだけど!!
ガタガタゴンゴンゴン
揺らして中からむちゃくちゃ叩いたつもりだけど自分の手足の感覚がよくわからない。
まさか麻痺してるのか……?え、やっぱり打ち所が悪かったのかもしれない。これ以上、親に迷惑かけるわけには……。
ん?なんか声が聞こえるような、……なんだ、唄?
正確な言葉は聞き取れない。
ゆらゆらと棺が揺らされて、……え、待って、寝たくないのに圧倒的な力で眠らされる。
ああ、そうだ、これは子守唄みたいだ……。
う、もう、我慢できない……ぐぅ。
「これは間違いなく元気な子だね、エレナに似てるかな」
「あら。きっとアイヴィスにも似てるわ」
『むぎゃむー』
「ふふ、そうだね。産まれたらレディはお兄ちゃんになるんだよ」
先ほどまで元気に主張を続けていた卵を揺らすとピタリと止まる。
いくつもの優しい瞳が誕生を静かに見守っていることを彼はまったく知る由もなかった。
そうまるで、夢の中にいるようだった。
起きているのか眠っているのか感覚がいまいち掴めなくて、でも意思があるってことは生きているんだと思う。
だいじょーぶだ俺、まだ生かされている。
この数日、自分がなにか容器に入れられてることは間違いないと思ってる。しかしケツの下が平たくはない、ということは棺ではないな。
もっと丸みのあるものだ。なんせ自分の手足が近くにある。最近では手のひらの感覚も、聴覚もなんとなくわかるようになってきた。大進歩だろ?
そこで俺は推測した。
たぶん、丸まってるんだと思う。
かーちゃんの腹ん中にいる胎児のごとく。
よもやまさか、とは思ったのだが。これはつまり【転生説】が浮上してきた。
なにせ周りから聴こえる声が言葉まではわからないけれど、なんか優しいし、たまにゆらゆらと揺らして寝かしつけてくれたりする。
前に聞こえた柔らかな音は子守唄のような音だったりするからだ。
と、ゆうことは俺……いや、前の俺は確実に死んでいる!しかも死因が棚に頭ぶつけてとか、コントにしかならない死因で。
―――あああ、めっちゃ恥ずかしい!!!
さぞや家族は笑っているに違いない。最期までこんな阿呆な奴でごめんな……。
母親である龍人の熱で温められた卵がグラグラグラと揺れて、これはそろそろかと周りが湧き立つ。しかしそれもピタリと止まってしまい、まだ出てくる様子がなくなった。
「はやう、でれおいで。にーた、まてるよ~」
「そうだね、レディもママもパパも待ってるよ」
「ふふ、この子はのんびり屋さんみたいねえ。誰に似たのかしら」
小さな手のひらがぎゅっと卵を抱きしめ、頬ずりしながら声をかける。
その子供の頭を撫でながら両親が声をかけて、未だに産まれぬ我が子の誕生を待ち望んでいた。
卵が孵るまであと数日。
今回は連載です。
もふ毛の量は少ないですが、どうぞよろしくお願いします!