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Distorted Love  作者: 圭人
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5. Aside

暗い気持ちのまま、バイト先へ到着する。

その姿に気付いたバイト仲間の由香子ちゃんが私の方へ近付いてきた。

「アコさん、もう大丈夫なんですか?」


さっきみたいに「元気」と言う気力はなく、私はやんわりと笑って見せた。

「え、もしかして・・・辞めるんですか!?」

由香子ちゃんは私がバイトを辞めると言いに来たと勘違いしたようで、慌てて店の奥に走っていった。


しばらくすると、店長がこっちにやってきた。

「大丈夫か?とにかく事務所に・・・。」

店長は私の背中を押して店の奥へと誘導する。


事務所では数名が休憩を取っていた。

「アコちゃ~ん!久しぶり!なに、辞めるの!?」

そう言ってきたのは、先輩のゆうこさんだった。


ゆうこさんは高校のときからお世話になっている先輩で、このお店では店長よりも頼りになる存在だ。

きっと由香子ちゃんが勘違いしたままみんなに話をしたのだろう。


「辞めませんよぉ~~~。みんなの顔を見たらホッとして。」

私は適当に話をする。

頭の中で、怒りと悲しみを抑えていたであろう悪魔の瞳がちらついた。


「え!なんすか、アコさんてそんなにヤバイ状態だったんすか!?」

そう言ったのは1年くらい前に入ってきた男の子、恭介くんだった。


「そうだよ、生死をさ迷ったんだから!!」

私はいつもより大げさに話をする。

そうでもしないと、頭の中から悪魔の姿が離れないと思ったから。


「これ、リコのお店のケーキ!!みんなに迷惑かけたから、お詫びです。」

そう言ってケーキを差し出すと、みんなが一斉に喜んだ。


リコはよく私に会いに来ていたので、みんなも知っている。

お店で余ったケーキを持ってきてくれることもあったので、みんなはリコの働くお店のケーキが大好きだった。


みんなでわいわいとケーキをつまむ。

由香子ちゃんはその様子を見て「良かった~、辞めるのかと思いましたよ!」と言って接客に戻っていった。


事故に遭ったときのことを聞かれると、私は適当に面白おかしく答えた。

笑っていないと悪魔の姿が浮かんでしまう。


ゆうこさんと恭介くんが休憩を終えると、交替で由香子ちゃんが入ってきた。

「さっきは早とちりしてごめんなさい。」

そうやって謝ると、すぐにケーキへと視線を向ける。


「ううん、気にしてないよ。休んでる間は迷惑かけました!ケーキ、食べてね。」

由香子ちゃんは「わーい」と言いながらチョコレートケーキを手元に置いた。

そんな様子を見ていると、聞き覚えのない声がした。


「休憩入ります」


私は反射的にその声の持ち主の方へと振り返った。

すると、そこには今まで見たことのない男性が、見覚えのある制服を着て立っていた。


「あ!アコさん、新しい人が入ったんですよ!」

由香子ちゃんがケーキをほお張りながら言った。

その人は私が休んでいる間に入ってきた人だと説明される。


「杉本 ながれです。よろしくお願いします。」

「あ・・・宮下 愛子です。こちらこそよろしくお願いします。」


お互いに自己紹介をしていると、店長がやってきた。

「由香子~!ちょっと買い物頼まれてくんない?」

「え~!!やですよ。休憩時間短いんだから!!」

由香子ちゃんは店長に対しても特に気を使う様子もなく即答した。


「あの、私が行きますよ。夜まで特に用事もないし・・・。」

私は一人でぼーっとする時間が嫌だったので、店長のお使いを喜んで引き受けた。

家に帰って一人でいたら…きっと悪魔のことばかり考えてしまう。


「悪いな。今週、八百屋さんの配達が休みなの忘れててさ!食材が足りないんだ。」

そう言って店長がメモとお金を渡す。

メモには『レタス×5 トマト×5』と書かれていた。


「俺も行くよ。駅前のたばこ屋でしか売ってないのがあるんだ。」

そう言ったのは杉本さんだった。


「じゃあ、私がタバコも買ってきますよ?」

買出しに行く予定のお店も駅前だったので「ついでに」と言ったが、彼は外の空気も吸いたいからと言って席を立った。


二人でお店を出ると、すぐに杉本さんが口を開いた。

「いや~、まだあの空間に慣れなくて!それに、由香子ちゃんの弾丸トークで休憩どころじゃなくなるから・・・」

そう言って苦笑いを浮かべる。


由香子ちゃんはおしゃべり好きなので、一緒の時間に休憩するとちょっと疲れるのは私も感じていた。

なんとなく親近感を覚えて安心する。


「杉本さんは、いつから入ったんですか?」

「あ、杉本さんはやめて!俺、自分の苗字嫌いなんだ。流って呼んでくれると助かる。」

流さんは無邪気な笑顔を見せた。


「え、えっと、流さん・・・は、いつから?」

「3週間くらい前かな?」

3週間……私が入院してしばらくしてからだ。

目が覚めたのは、えっと…。

そう考えていると、流さんが立ち止まる。


「ねぇ、アコちゃんってさ・・・事故に遭ったんだよね?」

地面を見つめながら質問する。


「そうです、そうです。」

きっとバイト先でもこの話があったのだろう。


「もしかして、駅の向こう側の裏通りじゃない?」

向こう側とは、今いる場所とは線路を挟んで反対側のことだろう。

それは、確かに私が事故に遭った現場だった。


「・・・?」


不審に思っていると、流さんは続けた。

「俺、目撃者なんだよ!」


「えーー!!?」

流さんのその発言にびっくりした。

地元で事故に遭ったとはいえ、こんな身近に目撃者がいるなんて…。


「アコちゃん、人通りの少ない路地にいたじゃん。

『なんで女の子がこんなところに一人で?それも、超かわいい子じゃん!』

って、俺、すげー気になっちゃってさー・・・。」


冗談と分かっていても、かわいいと言われるのは嬉しく感じてしまう。

「またまた~!!」

私は軽く流さんを叩いた。

でも、流さんは真剣な顔をしていた。


「俺、本当に声かけようかと思ってたんだ。

危ないから心配ってのもあったけど・・・。」


気まずい沈黙が流れる。

これはどう答えたらいいのだろう?


「・・・で、見てたら車に轢かれちゃったんだよね。

あん時はマジで死んじゃったと思ったよ!」

冗談っぽく言って笑う。


流さんは私が緊張していることに気付いている様子だった。

私が笑わないのを見ると、また真剣な表情になって話し出す。


「救急車呼んで、その後すぐに親から連絡入ってさ・・・。

ばーちゃんが死んだって。

だから、本当はその場にいなきゃいけなかったんだろうけど・・・俺・・・。」


しばらく流さんはその時を思い返しているようだった。

私もなんて言っていいのか分からなかったので、ただ黙って話を聞くしかなかった。


「記憶とか大丈夫なの?」

急に質問されて、最初はなんのことか分からなかった。


「記憶喪失とかならないの?よくドラマとかであるよね。」

流さんは両手を軽く叩いて事故の衝撃を再現してた。


「ああ、私のことですか?・・・記憶はちょっと抜けてる部分があるけど、脳には異常がないって。」

私は慣れた回答をする。


「それは良かったね。

なんか、人事じゃなくてさ・・・。

ばーちゃん、車に轢かれて死んだんだ。

だから、ばーちゃんの葬式の間もアコちゃんのことが気になってたんだよね。

あの子は生きてるのか?って。

目の前で人が轢かれるなんて初めての経験だったから余計だよね。」


流さんは無邪気に笑って見せた。それは私を気遣ってくれているのだろう。

いくつかの思い出話を話を聞いてるうちに、きっと彼はおばあちゃんっ子だったんだろうと感じた。


そのせいか、初対面なのに悪い人ではないと勝手に思うようになっていた。


途中のお店で流さんはタバコを注文した。

お店の人に『身分証明書を』と言われ、免許証を差し出す。

それをすぐ近くで見ていた私は、流さんの生年月日を見て驚いた。


「え!?流さんって二十歳!?」

「え?そうだけど・・・?」


流さんと店員さんは驚いてこっちを見ている。

自分の声が大きかった事に気付き、恥ずかしくなった。


「なんか、すごい年上なのかと思ってたら・・・。」

見た目とタバコの銘柄にこだわりをもっている様子から、年上だと思い込んでいたことを明かす。


「よく言われる!老けてるって。アコちゃんも同じくらいだっけ?あの子が言ってた。」

あの子とは由香子ちゃんだろう。


「私ももうすぐ二十歳だよ。3月生まれだから・・・まだお子ちゃまだけど。」

私は口元で人差し指を交差させバツを作って見せた。


それを見た彼はくすっと笑うと「なんか、年齢知った途端に敬語じゃなくなるのな。」と私の頭を軽く叩いた。


「私、敬語苦手なんだよ~~!敬語を使うと距離を感じるし、難しいし!」

「俺も。敬語ってめんどくさいよな!」


同じ歳だと知ったら急に距離が近くなったように感じる。


「最初はちょっとチャラい人かと思ったし!」

そう言うと、流さんは胸に手を当てて傷付いたフリをして見せた。


「あ、だから、流さんはやめようよ。俺“さん”とか付けるのも好きじゃないから。」

「うん、なんかそれも分かる気がする。私も名前に”ちゃん”とか付けられるのあんま好きじゃない。」


彼とは気が合いそうだ。会話を楽しみながら買い物を済ます。

お会計を済ませ、荷物を持とうと買い物袋に手をやると「ジェントルマンだから!」と言って流が荷物を全部持ってくれた。




お店に戻る頃には、お互いに呼び捨てで呼ぶようになっていた。

それは昔からの知り合いのようだった。


お使いが終わり、店長と次のシフトの話をする。

検査の結果はいいけどパパの許しは出ていないとぼやくと、それは仕方ないことだからと店長が優しく笑った。


私は軽くみんなに手を振ると、従業員用の扉へと向かう。

その間、休憩中の由香子ちゃんは友達と電話していたようで、言葉が途切れることはなかった。


流はまだ休憩時間が残ってると言いながら出入口までついてくる。

「じゃ、またね!」

私は慣れ親しんだ相手と交わすような、軽い挨拶をした。

次にバイトに入るときは流もいるのだろうか。


「おう!気をつけて帰れよ。特に車には!」

流は笑いながらそう言うと、小さな紙を差し出した。


「それ、俺の連絡先。なんかあったら連絡して。」

そう言って渡された紙には流の電話番号とメールアドレスが書かれていた。


私は咄嗟に「車に轢かれそうな時とか?」と冗談を言った。

笑えない冗談かもしれないと一瞬思ったけど、流はすぐに「そうそう、あとは、車に轢かれた時とかな。助けに行くよ。」と冗談を返した。

ふたりでゲラゲラと笑う。


ひとしきり笑うと、流は笑顔のまま「俺、たぶんアコのこと好きだわ!」と言って、店内へと戻ってしまった。

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