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3.十歳:一人悩む

きりのいいところで、と思ったら短くなりました。すぐ読めます……

 





 ミゲルに引き取られてから、マリオンの日常は激変した。自分ですること、と母親から習ったことが使用人によって行われてしまう。身に着ける物も食べる物も以前とは全く異なる物ばかり。けれど二年もその生活が続けば慣れてくる。マリオンも衣服と食事には馴染むことができた。それでも数多くの使用人が仕えるロングラム邸においても、マリオンは必要最低限のことは自分でするようにしていた。エイダの


「人は一人になってしまう時がどうしてもあるの。その時に困らないようにしてね」


 そう言って、身の回りのことは一人で行えるようにと散々言われ、実施してきていた。エイダの言葉をマリオンはその通りだと思っている。ミゲルと出会わなければ、自分は一人で生きていく術を早急に身につけなければならなかったからだ。


「お洋服を着ることやお部屋のお掃除は自分でします。お洗濯の仕方やお料理を、今度教えてください」


 少女の言葉に使用人たちは困惑したものの従っていた。マリオンの言葉に真摯な響きを伴っていることを感じた執事がその旨を主に伝え。


「マリオンが望むのなら、そのように」


 ミゲルに許可をもらい、使用人たちに指示を出してマリオンの望みを叶えていたのだった。この二年、ロングラム家の人間とそれに仕える使用人との仲を深めながらマリオンは日常を過ごしていた。

 しかし、マリオンにはいつまで経っても慣れないことが一つだけあった。


「マリオン」


 ミゲルに名を呼ばれると心臓がドキドキしてしまうことだった。亡き父と同世代のミゲル。出会った時は頼もしい父親像と思い、父親と呼んでほしいと言われているのにもかかわらず、だ。

 どうしてもミゲルを父のように思うことはできず、ミゲルを前にすれば高鳴る鼓動と恥じらいが生じてしまう。顔立ちの似ているフェリウスに名を呼ばれても何も変わらないのに。

 ミゲルに手を引かれて歩けば、普段の倍は鼓動が動く。フェリウスに触れられても心臓はいつも通りなのに。

 ミゲルに見つめられると、どうしていいのかわからなくなり言葉を無くしてしまう。フェリウスに見つめられたら、そんなに見ないでとすぐに言えるのに。


 ―――どうして?


「マリオン」


 庭園で思いに更けていたマリオンがその名を呼ばれれば、とくりと胸が鳴った。


「伯爵、さま……」


 振り返らなくても声の主はわかる。自分の心臓の方が頭よりも先に誰なのかを理解してしまっていた。


「お父さんとは呼んでくれないのかい」


 振り返ればミゲルが残念そうな表情をしていた。

 フェリウスのことを『お兄さん』と呼ぶことには慣れた。元より、そう呼ぶまでフェリウスがマリオンを締め付けていたからではあるのだが、ミゲルがフェリウスと同様のことをしても、どうしても『お父さん』と呼ぶことができないでいる。

 しかも、母の話を聞けるかもしれないという理由でミゲルと共に来たのに、ミゲルの口からエイダという名が出る度に胸がモヤモヤとしてしまうのだ。


「エイダは賢くて魅力的だった」


 大好きな母が褒められているのに、どこか嬉しくない。


「人嫌いだった私に、人の魅力を教えてくれた」

「年下だったのに、エイダは視野が広く私にいろいろなことを教えてくれた」


 母とミゲルの親睦の深さを聞けば、じくじくと胸が痛む。笑顔を張り付けたマリオンとは異なり、エイダを語るミゲルの表情は輝き、生き生きとしていた。その笑顔を見て、お母さんと同じ笑顔だ、と思い、胸の靄はより淀んでしまうのだった。

 不可解な感情を持て余しつつマリオンは過ごしていたが、ある日ミゲルから家庭教師を付けると告げられた。


「伯爵さま。私、お勉強しなくても……」

「君は学園に通ってほしいのだ。私やエイダが通った場所だよ」


 そこは二人が出会った場所だ。母から、ミゲルから何度も話に聞いたから知っている《学園》。


「知識はいくらあっても困らない、エイダもよくそう話していた」


 ―――また、エイダ……


 大好きなはずの母親なのに、嫌いになりそうになる。そしてどんどん自分が卑屈になってしまうことも自覚してしまう。マリオンは視線を落として無言のまま庭園へと駆け出した。

 一人、庭園で色とりどりの花を見て、香りを堪能して気を落ち着かせたマリオンは館内に戻り、先の失礼を詫びようとミゲルの元に行こうとした。書斎の扉向こうにミゲルがいることを確認し、ノックしようとすると。


「初恋の君の忘れ形見を引き取って、育てているそうだね」


 先知らぬ間に訪れていた客人の言葉を耳にした。


 初恋の君の忘れ形見ってわたしのこと? エイダ伯爵ミゲル様の初恋の人……


 ミゲルが懐かしそうに、生き生きと当時の話をするのは、初恋の記憶を辿っているからなのだ。となれば、同じように生き生きと伯爵の話をしていた母の恋した相手―――それは伯爵なのだろう。

 二人は互いに恋をしていた。しかも、それが伯爵の初恋だった。

 そう思い至った途端、マリオンは自分の不可解な感情の答えを見つけた。

 《初恋》という単語だった。





 マリオン、十歳。初恋を自覚した。


こっそりにお付き合いいただき、ありがとうございます。

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