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海の匂いと紫の砂

 陽が昇ると、窓越しから見える一面の海に光を含ませ水面を揺らす。


『タクト、停車ポイントが見えてきた。子供たちに下車の準備をさせてくれ』


 タクト=ハインは「了解」と、運転技士のマシュとの通信を終了させる。 

 子供たちのはしゃぐ声がタクトの耳を擽る。緩みそうな頬を手のひらで押さえると座席の手摺を掴んで「注目」と、子供たちを促す。


「みんないいかな? もうすぐこの海に一番近い所に列車を停めるけど、さっきの僕との約束はどうだったかな」


「一人で遠くにいかない!」

「困った事があったら、お兄ちゃん達を呼ぶ」

「“力”を人に向けて使ってはいけません」


 子供たちは次々に手を挙げて『タクトとのお約束』を言う。



 タクトは思い出す。ルーク=バースが夏の休暇を使って海や山に連れていってくれたことだった。

 大体は本人がはしゃいでいた。自分より12年上の癖に無邪気なところがあると呆れた事がよくあったものだった。


 今なら解る。


 信じられないことに、自分はバースと同じく軍人になってしまった。


 バースが語る事がなかった軍人としての任務状況から解放させる為の、所謂息抜きだったということにーー。


 

 ***



 モシモケ海岸近くの雑木林が見える位置で紅い列車は停車をする。


 タクトは子供たちに下車をさせる前に開く乗降口から顔を出して列車の前方と後方、そして正面の目視による確認をする。


 タクトの合図で子供たちは用意された梯子で下車をして目の前で広がる大海原を目指して砂地を踏みしめて行く。


 海の匂いが美味しいと、タクトはバースの姿を思い浮かばせながら頬に潮風を溜めていく。


「束の間の永遠。その輝きを私はこの胸に刻ませよう」


 タクトは背後よりアルマの澄みきる声を聴く。


 揺れる想いは空想と、タクトは潮風に息を吹き込ませていった。

 


 ***



「一班コータ、二班メイ、三班ベクトル。君達が子供たちのまとめ役だよ。僕たち隊員はなるべく手や口は出さないようにする。但し、危険な事になったら必ず僕たちに助けを求めなさい」


 タクトは三人の子供に指示をすると、列車から降ろしたアウトドア用品が置かれる雑木林へと駆けていく。


「どうしたの? レノン」

 背中にくっつく男児に気付くタクトは声を柔らかにして視線を合わせながら腰を下ろす。


「お兄ちゃん、僕達が嫌いになったの?」

「違うよ。こんなにお日様が笑ってるのに、君たちみたいなお元気さん達を自由にさせたいだけ。今日の僕達は君たちのお手伝い役なんだ」


「お兄ちゃんが、いい」と、レノンは目から涙を溢れさせて鼻を啜る。


「やんちゃくん、貴方のリーダーはコータくんよ。タクトくんを困らせたらコータくんが『どんぶらお化けの国』に連れて行かれちゃうわヨ!」

 レノンの態度で途方に暮れているタクトの傍にザンルが駆け寄る。

 レノンはザンルの姿に怯えると、途中で脚を縺れさせて転倒するが、浜辺で感窮まる子供たちに辿り着く。


「ありがとうございます。ザンルさん、僕より子供の扱い方が上手いですね?」

「お礼されるようなことじゃないわ。ちょっとワタシも“力”を使って、楽しませもらうわヨ!」


 タクトが呼ぶザンルは、肉厚的で顔だけ女装が得意な野太い声質の持ち主。訳あり人生を送っているのはタクトでも理解はしていた。


 護衛隊一番の頼れる存在として『彼』の“特技”がタクトの心を踊らせるーー。


「みんなが楽しく遊べるお遊戯具を今から作るワよ! でも、出来上がる迄危ないから絶対近づいたらダメヨ!」

 

 浜辺の砂が紫の光を注ぎ込まれて隆起する。


 陽から照らされる光を浴びて影を浜辺に落す滑り台を象る砂に、子供たちは一斉に飛び付いていく。



「ザンルさん、楽しそう」

 雑木林の木陰でタッカとテントを張りながら次々にザンルの“力”で造形される遊戯具を見つめるタクト。


「奴の“地形の力”を見るのは、久しぶりだ。他にも“気象の力”も、持っている」


「天気がいいのは、その“気象”の為ですか?」

「“力”を使えるのは、悪天候時に任務を遂行する時のみと、軍の規則で決められている。災害時の人命救助ではどちらの“力”も重宝されている」


 納得。


 シートを被せ、四本の支柱を砂地に差し込む。

「僕が子供の頃ですが、ザンルさんの“力”に憧れていました。あ、タッカさん。ロープはしっかりと張らないと強風が吹いたら飛ばされてしまいますよ」


「おまえもまだ子供ではないか。おい、そっちを引っ張りすぎるな! 支柱が浮いてしまうではないか」

「あ、なんて粗っぽいのですか! 僕が砂を被ってしまいました」

「コラッ! そんなに傾けさせるな。俺が降りられないではないか」


「その高さなら着地しても負傷しませんっ!」

「砂まみれになるから断る!」


「ならばぶら下がっていてください」

「そうやってムキになるのがまだ、子供なんだよ。この、バカッ! テントが崩れてしまうではないか!」


「僕は今、物凄く頭にきてます」

「どんなことにだっ!」


「タッカさん、貴方にですっ!!」

 タクトは握りしめるテントの支柱を離す。


「テントはバンドと張り直す! おまえは頭を冷やしてこい」

 砂地に落下したタッカは口に含んだ砂を吐きながら軍服をくまなく叩き、乱れ髪を手くしで整えながら激昂する。


「言われなくてもそう、します!」

 タッカと視線を合わせないタクトは、頬を膨らませるとビーチパラソルの下にいるザンルを目指して駆けていくーー。


 

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