癒す紺
「お疲れさまです。おや? アルマさん、後ろにいるのはタクトですか」
電算室に入ると、楕円形の眼鏡をかけている痩せ型、背はタクトを遥かに越える高さの青年が電子機器を操作している姿にタクトは硬直する。
ーーこの人、バースさんより4つ年上で護衛隊の最年長だっけ? 列車の運行状況の確認の他に、僕たち隊員と子供たちの三度の食事の用意も兼務している。おまけにうんと落ち着いているから僕は緊張する……。言葉を選んで話さないといけないと思うーー。
「タクト、ロウスにちゃんと挨拶をするのだ」
タクトの右肩にアルマが掌をのせながら促す。
「ご迷惑をお掛けしました」
緊張な面持ちでタクトは敬礼をする。
「固苦しいことはよすのだ。思ったより早く元気な姿を見せてくれただけで十分だ」
「バースが騒々しいぶん、おまえはその度振り回されてさぞかし頭かかえていただろう?」
ーーアルマさん。それ、言っちゃっていいの?
「本人がいないところでその言い方はよくありませんね? バースはああ見えても気転が利く。何を優先させて行動をするのかと、私も感心してますよ」
ーーアルマさんにお説教? ロウスさん、それってかなり危険では?
「そうだな。さっきの言葉を撤回する」
ーー素直? バースさんだったら即、食って掛かる癖に!
「アルマさん、夜も更けてます。タクトも今日は食事を抜いていた。腹空かしているだろう?」
「一度に急かすな。立ちっぱなしでは病み上がりのタクトが疲れる。椅子を用意してくれないか?」
「お茶と軽食をお持ちします」
ロウスは室内の片隅に置く折り畳み椅子を運び込み、タクトに座らせて電算室を出ると数分後にトレイにティーセットと軽食を乗せて戻ってくる。
「あとは私がする」
アルマはロウスがティーポットからカップにお茶を注ぎ終えると、指先を入れるシュガーポットより角砂糖をひとつ二つ三つと、取り出していく。
「護送列車の運行状況ですがよろしいですか?」
「報告とはその事か? 是非、述べてくれ」
ーーアルマさん、そんなに砂糖をドバドバ入れたら血糖値が大変になる!
カップに大量の角砂糖を投入するアルマを見るタクトは悲鳴をあげるのを堪えるように口を両手で被せる。
「申し上げます。現地到着時刻にずれが発生しまして、調整するにあたってアルマさんにご相談するに至った訳でございます」
「原因は、あの時の列車の速度。だな?」
「おっしゃる通りです。途中、停車予定だったカワガシラ駅はやむを得ず通過となり、運転士のマシュもお手上げ状態のほど列車が停まることができませんでした」
「“加速の力”が残ったままの走行ではそうだろう? マシュも『タクトの“力”と列車のエンジンが連動して通常の速度じゃなくなりました』なんて、泣きかぶりながら報告していた」
ーー二人とも、僕になにか言いたそうな顔をしてる。
「タクト、おまえのせいではない。悪いのは例のアクシデントだ。おまえとバースが突破させた。むしろ、堂々と胸をはるのだ」
ーー誉めたつもり? 僕はちっとも嬉しくないよ。
タクトはロウスに笑みを湛えられると、顎を突き出して俯いていく。
「任務を現地到着時刻で終了との本部からの指示だった。何の意味をするか私も模索するが、答えとなる手掛かりが全く掴めない」
「何故でしょうね?」
と、溜息を吐くアルマにロウスが訊く。
「因みに此のまま列車を走行させての到着時刻の擦れはどれ程生じるのだ?」
「八時間早くなります。徐行させても五時間ですね。如何程に致しましょうか?」
「今一度、運行状況を洗いだし、一致する方法を
見当するしかないだろう?」
「臨時停車は出来ないのですか?」
目蓋を大きく開くタクトが言う。
「タクト。おまえを連れてきたのは正解だった。私では一方的な回答にしかならなかった。ロウスよ、タクトの提案を取り入れてもらえないか?」
「勿論です。タクト、おまえにこの件を任せよう」
「僕が、ですか?」
「俺もおまえから視ればおじさんだ。たまには初々しい意見も訊きたい」
「まだ三十代で何てことをおっしゃるのですか? ロウスさん、地図を見せてください」
ロウスは電子機器のディスプレイを『地理』に切り替える。表示される地図のある地理地形へとタクトが指を差すと、ロウスが満面の笑みを湛える。
「解りましたか? 僕が、其処を選んだこと」
「ああ。任務、任務で息も詰まる状況。我々の他にも乗車している子供たちの羽伸ばしにもなる。アルマさん、明日はその準備をしましょう」
「明後日がまちどおしいな」
「はい」
タクトはアルマと目をあわせると、今一度地図を見ながらロウスが電子機器のキーボードに指を叩く音を聴く。
紺色のディスプレイ画面の海岸沿いの路線に《臨時停車地モシモケ海岸側》と、マークが張り付けられた。