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茜の幻想

 ーータクト、私の中で呼吸をしなさい……。


 アルマの囁きと唇に乗る感触にタクトの身体は震え上がる。


 気が遠くになりそうなほどされるがままでいる自分が歯痒いものである。と、思うタクトをアルマは手を緩めることなく処置を続ける。


 砂の感触に似る息を吐く度にアルマの咽を鳴らす音をタクトは遮ることなく聞き入れる。


 重なって離れてを繰り返すタクトとアルマの唇。


「もう少し開きなさい」とアルマは閉じかけるタクトの口の中に唇を押し込んでいく。


 身体が軽くなり右手が動くと気付くと、アルマの脇を腕で挟み込む。


 アルマに拒まれるかもしれない。自分の中で沸き上がる淡い感情が止まらず、何かに紛れさせて気持ちを伝えたかったと、タクトは自分に言い聞かせる。



「ーー120、終わりばいたっ!」


 ハケンラットの“5の120”が終了する合図でアルマの身体はタクトから離れていく。


「タクト、目を開けられるか?」

  アルマが言うことにタクトは目蓋を恐る恐る開けると、首を縦に振っていく。


「気分はどうだ? 身体はまだ痛むか」

「大丈夫です」

 

「吸引、完了」

 息を大きく吐くアルマ。その腕は更に深くタクトを包む。


 ーー泣いている。アルマさん、僕のことを本当に心配してくれていた……。


 鼻を啜る音が何を意味しているのかと、タクトは漸くことの事態を把握する。



「一旦、この場を離れる。ハケンラット、こいつがちょろちょろ動かないように見張っとくのだ」

 

 扉が閉まり、タクトは残るハケンラットを見る。

「後からでもよかけん、アネさんにうんと礼ば言ってはいよ」


「はい、何だか眠いです」と、瞼を重くさせると

「こっでよく、寝れるばいた。頭の中の器も空にさせなっせ」

 ハケンラットの白い光が額に注ぎ込まれる。

 

 寝息をゆっくりと吸っては吐く微睡みのタクトを見つめると、ハケンラットもまた、救護室を後にしたーー。




 ***



 時間が経過してタクトが目蓋をを開き、室内を見渡す。


 天井の蛍光灯、医療器具の陳列棚。そして、椅子に背もたれしてうたた寝をするアルマ。


 起き上がると同時に「まだ、寝ているのだ」と、眠いといわんばかりの形相のアルマがタクトの肩に柔らかく掌を乗せる。


「すみません。僕、アルマさんを起こしてしまいました」

「私は、寝てない」


「あ、口によだれのあとがある」


 アルマの顔が青ざめて口元を手の甲で拭う姿に「はは、嘘ですよ」と、タクトは吹き出し笑いをする。


「この私を嵌めるとは!」

 目尻がつり上がるものの、言葉に棘はない。


 面白い。

 

こんな一面を成り行きで見てしまった。


「調子に乗るのは、今日だけだ」

 咳払いして、前髪を掻き分けるアルマ。


「はい」と、タクトは笑みを湛えて返事をする。


「タクト、起きたんね?」

 筒型の容器を2つ手に持ち、ハケンラットが入室する。


「あ、どうも」

「顔色よかごたんな。取り敢えず、一安心たい!」


「手間を、掛けさせな?」

 受けとる容器を握りしめ、感触を確かめるアルマ。


「ニケメズロの“技工の力”ば、使ってもらった“俺、反動病になった。アルマさんに処置してもらわないといけない”なんて、おめきよった」


「不純な奴だな」

 アルマの眉間に皺がよる。


「おどんもそう思うた。だけん、カプセル作るだけではそぎゃんはならんと相手にせんかった」


 膝を組み、顔を伏せるタクトに「おまえの場合は不可抗力だ」とアルマは言う。


 頭上に軽く拳。痛みがないのが一層に複雑と、胸の奥に刻まれる。

 

「アネさん、よかね?」

「今すぐ、移す」

 蓋を開け、赤い突起物にアルマの指先が乗る。


「何の事ですか?」と、タクトはハケンラットに訊ねる。


「アネさんが、あたから吸いとった“力”ば、そん器に詰むっとよ」


「吸いとった?」

 怪訝とすると、ハケンラットは更に言う。

「あた、おどんたちの説明頭ん中に全然入っとらんかったごたんな?」


「よすのだ、ハケンラット」


 時計のアラームに似た音が室内に響き渡る。

 アルマは蓋を閉めると、更にロックしてタクトの右手の中に押し込まれていく。


「おまえの“力”を返す」

 柔らかな面持ちでアルマは言う。


 この中に自分の“力”が入っていると、心を擽らせるタクトは筒をあらゆる角度で眺めていく。


「もうひとつの器はどきゃんすっとね?」

「もう少し、待て」


 そして、再び手渡される容器。

「それは、託しとく。一度きりしか使えないから慎重に保管しとくのだ」


 〈治癒〉と、浮かぶ赤色の文字。しみじみと見つめていると、室内の通信機からの着信音に身体がすくむ。


「私が取る」と、アルマ。

 通話が終わり「ロウスが報告したい事があると申し出た。電算室に行ってくる」


 扉の前で、直立不動の姿勢のアルマが振り向く。


「タクト、おまえもついてこい」


  タクトはベッドから降りて靴を履くと、三歩後ろでアルマの後を追いながら通路に靴を鳴らしていったーー。

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