虹色の灯〈3〉
通信室に鳴り響く通信機からの着信音は30回を過ぎても止まらない。
「子供の悪戯か?」
と、アルマが口を突く。
「いえ、外線になっております」
「本部からかもしれない。応答するのだ、ニケメズロ」
通信機へとニケメズロが近づく。アルマの促しで機材の操作スイッチを押して耳にヘッドホンを装着する。
「こちらは紅い列車内にいる護衛隊隊員ニケメズロです。応答をお願いします」
マイクに向かってニケメズロは相手に呼び掛ける。
「は、はい。了解ですっ!」
咽がつまるようにニケメズロが返答をして、ヘッドホンを外す。
「アルマさん! 直ぐに出てください。バース、バース隊長です!」
絶叫とも呼べるニケメズロの声で隊員達はアルマに一斉に注目をする。
アルマは手のひらで口元を押さえて肩を震わせる。
走る途中で脚をもつれさせて身体が右へと傾き、テーブルを肘で押し当てる。
虚しくも、アルマは身体を支えることが出来ずに椅子を倒しながら床で膝を打ち、そのままうつ伏せ状態となる。
「慌てなくもいいですけど、急いで出てください」
タクトに身体を支えられてアルマは涙ぐみながら頷く。立ち上がって姿勢を真っ直ぐとさせてニケメズロからヘッドホンとマイクを受け取ると、通信機の外部スピーカーのスイッチを押して音量のレバーを最大の位置に移動させる。
「バース! 私だ」
『アルマか? 久し振りだな』
明朗な口調で緊迫感無しとも受け取られるバースにアルマは唇を噛みしめると息を頬に溜める。
「この超馬鹿野郎め! 今まで何処をほっつり歩いていたっ」
アルマは声を張り上げて溜める息を一気に吐く。
『はは、相変わらずだな? その様子だと連中どもはかなり手こずっていただろうな』
「安心しろ! おまえの声は筒抜け状態だ」
『お、アルマ風邪でもひいたのか? さっきから鼻をずるずると啜ってる音がしてるぞ』
「おお馬鹿野郎!」
「アルマさん、僕が代わりに応答します」と、タクトはアルマを椅子に腰を下ろすようにと促すとマイクを握りしめる。
「バースさん。お久しぶりです」
『おおっ! タクトか? 背は伸びたか』
「バースさん。もう少し、緊迫感というものを持って頂けませんか? 僕の後ろのアルマさんが怖いのです」
『持っているさ! ギンギン、ビッカビカと、な』
タクトは堪らず溜息を吐く。そして、隊員達の突き刺さるような視線に「待ってください」と、手を挙げて見せる。
「隊員のみなさんも痺れを切らせてます。宜しいですか?」
『わかってるわーい! 俺が今何処にいるかと、おまえ達うずうずしてるのだろう』
「お願いします」
『列車は今、どの辺りを走っている?』
「ヨツイ平原です」
『ラッキーだ! 俺達ひょっとしたらその近くにいる』
「目印になりそうな、例えば建築物は何だかありますか?」
『大昔の炭鉱跡地にいる』
「ここからだとセンダ坑遺跡が近い!」
電子機器の端末を操作するロウスがタクトに言う。
タクトはロウスと目を合わせる。頷いて見せると再びバースと通信をする。
「タイマンさんはご同行をされているのですか?」
『生きてるけど、足の骨を折っている』
「解りました。其処まで迎えに行きます」
『待て! 俺達のいる場所と列車の路線位置を確認しろ』
「ロウスさん」と、タクトは訊く。
「遺跡に近い場所へ停車をして結ぶ距離はおよそ40㎞だ」
「遠いですね? アルマさん」と、タクトはアルマに振り向いて言う。
「列車には地上を移動する為の乗り物は積まれてない。救助するには、徒歩での移動になってしまう」
目頭を押さえるアルマが肩を震わせる。
『何か揉めているみたいだな? 解った。俺達がいる場所まで無理して来なくていいっ!』
「え? だって、タイマンさん負傷されているのでしょう」
『列車を直線距離で停車をさせろ。其処まで俺達が移動をする』
「ロウスさん、停車ポイントお願いします!」
「ナンデパッタ305と、でたぞ!」
「――だ、そうです」
『十分だ。頼むぞ』
「了解」
タクトはバースとの通信を終了させて、嗚咽するアルマへと歩み寄る。
「アルマさん、もうすぐですよ。もうすぐバースさんに会えますよ。だから、泣かないでアルマさん」
「タクト、ごめんなさい」
「謝るなんて、よして下さい。あなたに必要な方はバースさん。僕のことは気にしないで、あの人に思い切り飛び込んで下さい」
タクトは“蒼い光”を掌から輝かせる。
アルマが手を差し伸べて包み込むと、指と指の間から薄紅色の光の粒が溢れ落ちるーー。
***
ルーク=バースと会う時が刻一刻と迫ってくる。
「アルマを頼むぞ」
徐行する列車の車内での乗降口で、タッカはタクトの肩に手を乗せながら言う。
「はい」と、タクトは頷くと車窓の側で口を閉ざしたままのアルマへ視線を向ける。
「タクト」
タクトと目を合わせるアルマの頬が薄紅に染まる。
「行きましょう、バースさんのもとに!」
精一杯の笑みをタクトはアルマに向ける。
心が揺れてしまう。終わりにしたいのに今のような眼差しで見つめられると、手を伸ばしたくなる。
唇の感触と温もり。どんなに拭っても、拭え切れない。
僕はあなたが愛おしい。
思い出にするには贅沢だと、タクトは思うーー。
***
【ヨツイ平原】バースがいるという場所の直線上の位置で列車は停車をする。
乗降口が開くとタクトは飛翔して線路より離れた雑草が生い茂る場所へと着地をする。
「下は砂利だらけですから落ちないように気をつけてください」
「何処でそんなことを覚えた?」
タクトが差し出す右手を握りしめてアルマも降りる。
夜空に星が瞬く。
夜風が吹いてタクトは含ませる草の匂いを鼻からから吸い込むと口から吐いていく。
そして、辺り一面が漆黒で染まる風景を見渡していく。
「誰も、いませんね?」
「虚言か?」
「バースさんを疑ったら、駄目ですよ」
「奴になりすました《敵》の罠の可能性だってある。念には念を、だ」
二人はある方向を凝視する。草を踏みしめる音が徐々に大きくなっていく。
「“闘いの力”を解除しろ」
音が止まると同時にアルマはタクトを促す。
タクトは左手首に巻き付ける装置に指先を触れさせる。痺れを覚えて「痛いっ!」と、悲鳴をあげてしまう。
「声がでかい!」
「これを使うの初めてなのです。衝撃が来るなんて、思わなかったから――」
「そのうち、馴れる」
アルマは声を潜めて言うと、闇の奥を見据える。
「援護をする。やってみろ!」
「了解!」
タクトはアルマの合図と同時に地面を蹴って空をめがけて飛び上がる。
静止をして左旋回。そして右の拳をくり出しながら前方へと移動をする。
拳に硬い感触を覚えると左足を振り上げ、膝を曲げる。更に脚を真っ直ぐと伸ばしていく。
タクトの動きが空中で止まり、背中で草の葉を潰す。
「防御をせずに突っ込むからヘマをしたんだ!」
アルマが駆け寄り、タクトの腕を掴んで上半身を起こし上げる。
タクトは前髪を掻き分けると懐中電灯を前方に向けて照らす。
「だ、そうです。バースさん」
灯りを浴びる人の形にタクトが呼び掛ける。
「ようっ!」と、手を挙げて満面の笑みを湛えながら返事をする青年。
体格は鍛えぬいた曲線を表して、右半分が鶏冠のような髪型。タクトの頭を見下ろすほどの背の高さ。
ルーク=バース。護衛隊隊長の姿がタクトとアルマの前にいるーー。
「タイマンさんは?」と、タクトが訊く。そして、バースが差す指先を追って確認をすると、小型通信機を作動させる。
「タクトです。23時25分、場所はヨツイ平原。ルーク=バース隊長とタイマン隊員を無事に保護をしました」
タクトは通信を終えて再びバースと正面に向き合う。
「アルマ」
バースの手がアルマへと差し出される。
「もう少しで、待ちくたびれるところだった」
アルマは唇を震わせる。歩幅を広げて真っ直ぐとバースへと駆けてたどり着く。
バースはアルマを手繰り寄せて腕の中へと押し込むとそのままアルマの柔らかい髪に手櫛をする。
「猫が茂みに逃げちゃったから、お二人で捕まえてきてください。ただし、列車にはくれぐれも乗り遅れないようにしてください」
「サンキュー!」
バースは手を振ると、アルマの肩に腕を乗せて伸びきる草の茎をわけて直進をしていく。
タクトは瞳を潤ませ、溢れる涙で頬を濡らす。
「タクト! バースとタイマンは何処だ」
タクトが鼻を啜り手の甲で擦る最中に背後からタッカの声がすると「タイマンさんならば」と、タクトはタッカに同行をするザンルにも手招きをする。
担架を持つザンルが夜空を仰ぐ。
「何かしら? あの光。綺麗だからいいけれど!」
「虹色の灯ですよ。僕達が行く先を照らす大切な“光”です」
一方、タクトが濡れる頬を夜風で乾かしている頃〈虹色の灯〉の下ではーー。
“光の粒”を身体から解き放つアルマの唇にバースが何度も唇を重ねていた。




