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あなたとの約束  作者: 小山田 華
番外編
6/9

約束の薔薇(1)

こそっと番外編開始します。

アンジェリカの物語です。ご都合主義発揮しまくりな展開になるかと思います。

不定期投稿予定です。


 





 トーヴィル侯爵家には双子の姉妹がいる。

 姉の名はアンジェリカ。輝く金色の髪と綺麗な弧を描く眉、輝く瞳、目鼻立ちがしっかりした顔立ちは亡き母親のアルベットと似た容貌であった。対する妹、エリザは父親から受け継いだ茶色の髪と瞳、外見は十人並みと双子であるにもかかわらず似通う所がない二人。

 とはいえ、その双子は幼少の頃はとても仲が良かった。父親と母親を含めて四人、とても仲が良い家族であった。しかし二人が五歳の時に母親が亡くなり、その関係は崩れた。父親である侯爵が母親に似ていたアンジェリカだけを溺愛するようになり、姿に面影を宿していなかったエリザは侯爵から愛情のかけらも向かない陰の身となったのだ。

 双子の住んでいる国においては、女性は十六歳の誕生日に主人ホステスとなり晩餐会を開催することが決まっている。その晩餐会は出来不出来次第で社交界における立ち位置が変わるという重要な行事だ。

 そしてその双子は共に昨年、晩餐会を済ませていた。





「わたし、このお花大好き」

「アンジェリカも私と同じで薔薇が好きなのね」


 アンジェリカと母親のお気に入りの場所である紅色の花で満たされた花園の一角。

 そこでアンジェリカは大好きな母親に言われた単語がわからず首を傾げた。


「バラ?」

「そう。そのお花の名前よ」


 バラを一輪手にしてその香りを楽しみながら、母親はアンジェリカに笑みを向けた。


「バラ……お母さま。わたし、このバラみたいになりたい」


 綺麗な香り。綺麗な色、綺麗な形。棘はあるけれど、その棘さえも魅力的な薔薇になりたい。薔薇を手にしたら母親の魅力は倍にもそれ以上にもなった。バラって素敵と何度も繰り返すアンジェリカに対して、母親は優しく微笑んだ。


「そうね。薔薇は綺麗で素敵ですものね。じゃあアンジェリカ、薔薇のような女性になることを約束してちょうだい。それから、―――」


 それがアンジェリカと母親の約束だった。





「どうしてみんな私に意地悪をするのかしら」


 金色の髪を揺らし、頬を紅潮させてアンジェリカは不平の言葉を洩らす。


「私は薔薇よ。薔薇のように美しくと努力してきたし、社交界への華々しいデビューも薔薇のようにと考えて開催したわ。それなのに、私に対してみんな文句を言って離れていき、どうしてあのエリザに媚を売るの?」


 アンジェリカの晩餐会の後エリザの晩餐会が開催されたのだが、エリザの評価はアンジェリカを上回るものであった。しかもその晩餐会の後アンジェリカの世界は一変してしまったのだ。

 国王との面識があり晩餐会における評価員の一人、ヴィヴィア・ベトロート子爵夫人がエリザを気に入ってしまったこと。そのヴィヴィアと血縁関係にありアンジェリカが慕っていたヨルク・ロングラム伯爵家子息がエリザを伴侶にすると断言して彼女を侯爵家から連れ出してしまったこと。アンジェリカに甘かった父親は突如として彼女の願いを拒否するようになりなおかつ厳しい言葉を口にしだしたこと。学園でアンジェリカの願いを叶えてくれていた人物が減っていき、ついにはアンジェリカの周りに誰一人いなくなってしまったこと。

 そんなアンジェリカの不平不満は尽きない。


「優しかったお父様も『今はまだ駄目だ』『待ちなさい』と、私のお願いを聞き入れてくれなくて。それまで皆薔薇のように綺麗だ、と私を薔薇のように扱ってくれていたのに、意地悪な人ばかり」

「別に意地悪じゃねぇだろ。今まで言わなかった当然のことを言うようになっただけだ。不満ばっか口にしてんじゃねぇよ」

「―――絵を描く人は繊細な人ばかりかと思ったけれど、あなたは違うのねっ」


 トーヴィル侯爵令嬢アンジェリカが爪を噛みながら声を荒げれば、学園の美術教師であるベルンハルト・ロンバルティが動かす筆も止めず眉一つ動かさずに横やりを入れる。


「絵描きも人それぞれだ。俺に文句言われたくなきゃ口開くな。だいたいなんでここに来るかなぁ」


 二人がいるのはベルンハルトが主に管理している学園の美術室である。ベルンハルトはキャンバスの前で座って絵を描き、その斜め後ろでアンジェリカが居座りながら文句を言っている、最近では美術室における恒例の光景だ。


「そもそもお前ここは臭いとかで、授業でさえ来るの嫌がってただろうが」

「だって、学園のどこにいたらいいのかわからないんだもの! みんな私から離れていった。誰も傍にいてくれなくなった。教室にいても誰も話しかけてこなくなったのよっ」


 しかもその状況は改善する気配さえない。アンジェリカにとって今の状態は納得しがたいものだった。


「ねえ。私の傍にいた人たちが私から離れてエリザに話しかけ、笑顔を向けているのはどうして?」


 アンジェリカはどうしてなのかがわからないとばかりに首を振る。


「オマエにはトーヴィル家としての後ろ盾しか魅力がなかったってことだろ」

「じゃあ、お父様はどうしてっ」


 ずっと甘い顔をしてアンジェリカの願いを全て叶えてくれていたトーヴィル侯爵。それなのに、アンジェリカに厳しい顔を向け、願いは叶えられないと言う回数が増えた。


「エリザの晩餐会の後からすべてが変わってしまったわ。お父様は私をずっと愛してくれると思っていたのに今ではエリザの姿を追ってばかり」


 晩餐会や舞踏会があると父親は必ずエリザの参加を確認する。顔が見れるとわかった時は、その日が近づくにつれそわそわとして落ち着きがなくなる。

 (アンジェリカ)が傍にいるのに、エリザと会うことが待ち遠しいとわかる落ち着きのなさが、アンジェリカのいらだちを増強させているのだった。


「侯爵様はお前を愛してるよ。だからこその厳しさだろうが」

「どこが愛なのよ。私を拒絶してばかりなのにっ! ヨルク様だってどうしてあんなエリザなんかを」

「そりゃオマエ、人のことを『あんな』とか『なんか』って言う女はオレだって遠慮してぇわ」


 アンジェリカがギッとベルンハルトを鋭く睨むが、当の男はどこ吹く風で筆の手を止める気配はない。

 この男、ベルンハルトは二十四歳独身。『ロンバルティ侯爵家の三男坊すえっこという自由な立場を満喫し、教師という職業を選んだ』と公言していた。ロンバルティ長男は家督を継ぐべくその能力をいかんなく発揮していて、次男は外交の際には必要とされると言われるほどの立場に位置している。三男のベルンハルトもそれなりに知識、会話術、交渉術も備えていた。にもかかわらず、ロンバルティ家にも国にも興味がないからと、さっさと学園の美術教師という職に就いてしまったのは社交界でも有名な話だ。


「俺に愚痴ばっか言ってんじゃねぇって。家同士の付き合いはあるが俺にお前の面倒みる義務はねぇっての。お前が大人になればいいだけの話なんだよ」


 ベルンハルトが青の絵の具を筆先に取り、キャンバスに置く。彼が描いているのは風景画で、すい、と引かれる海の青色は目の前の男の瞳の色に似ているようにアンジェリカには思えた。


「その色、嫌い」


 アンジェリカは頬を膨らませるが


「俺にお前のガキくせぇ可愛さは伝わんねぇぞ。やるだけ無駄だ」


 顔を向けることもなく冷たい声で言われる。

 彼は昔もそうだった、とアンジェリカは思う。

 母を亡くし、父は消沈し双子の姉妹は寂しさに包まれた。けれど、周囲は侯爵を慰めアンジェリカを優しく包んでくれた。侯爵がアンジェリカに亡き妻の面影を見出した後は誰もがアンジェリカを大事に、最上の女性として扱ってくれていた。その中で唯一エリザの傍に立ち、


「ここの家は娘をダメにさせるんだな。バカらし」


 冷たく言い切った少年。遠慮なく何度も侯爵やアンジェリカの前でその言葉を言い続け、侯爵の怒りを買ってトーヴィル家との接触を禁止された少年。

 それから八年。成長したその少年とまさか学園で再会するとは夢にも思っていなかったが、アンジェリカの世界が逆転しても疎まずに追い出すこともしない唯一の人間でもあった。


「私は大人になったわ。晩餐会だって開いたんだから」

「あれはオマエが開いたとは言わない。ほとんどエリザが仕切ってたんだろーが。第一、目上に対してその口の利き方は何だ」

「あなたの言葉遣いだって酷いものよ」


 初対面の時も再会の時も、アンジェリカは彼に丁寧語、尊敬語など一切使っていない。父親の怒りを受けた相手ということもあるが、彼がアンジェリカには常に無遠慮な言葉や態度を示すので、それに対抗しているのだった。


「それに薔薇薔薇言ってんじゃねぇよ。なんでオマエそんなに薔薇に拘ってんだよ」

「―――お母様と約束したから」


 アンジェリカは椅子の背に自分の体重を乗せて天を仰ぎ見る。

 エリザの晩餐会の後、彼女が口にした『お母様との約束』。彼女は母親から習った呪文ことばを使って書斎で眠る父親を起こすことだった。

 しばらくしてからアンジェリカは思い出したのだ。花園の薔薇エリアで母親と交わした会話を。


「お母様と薔薇のような女性になると約束したの。だから私は薔薇のように美しくあろうとしているのに」

「―――お前のは見た目だけの薔薇、しかも赤い薔薇だな」

「それが薔薇でしょう?」

「薔薇が綺麗、ってのは造形に関してだろ。じゃあ、見て癒される、ってのはどうだ? 香りが心を満たすってのはどうだ? 薔薇オマエの魅力っていったいなんだ? 俺は今のオマエに魅力は微塵も感じねぇ」


 ベルンハルトは筆でアンジェリカを差す。


「そんなこと……っ」

「じゃあ、言い方を変える。お前は薔薇かもしれねぇけど、今は枯れた薔薇だ。お前はそれを薔薇と認めるか?」


 彼が小さく丸を描き、その筆先の動きを目で捉えながらアンジェリカは考えを巡らす。


「わ、私が、枯れた薔薇……?」


 枯れた薔薇は薔薇として認識されるのだろうか。形は崩れ、色は落ち、匂いもない萎れた……枯れた薔薇は花であるといえるのだろうか。

 アンジェリカはすぐに答えを出せず口を噤んだ。


「花ってもんは、そこにあって癒されるとか、心を沸き立たせる、とか香りで安心する、とか心理的な方が大事だろ。俺はそういう花を描きたいね。薔薇だってそういう薔薇を選ぶ。ちなみに亡き奥様は白、エリザはピンクの薔薇が似合うな」


 そう言ってベルンハルトはキャンバスに向かい直した。


「お母様はともかく、あのエリザに薔薇が似合うわけがないわっ」

「オマエ、自分がしなかったことを二回もやってのけた相手に“あの”っていうのはおかしいだろ。今のお前よりエリザの方が遥かに薔薇らしいぞ」

「そんなこと……」

「薔薇はしょせん薔薇だけどな」


 ベルンハルトとの会話に、アンジェリカは引っ掛かりを覚えた。

 以前にも似たようなことを言われた気がする、と。

 記憶を辿り、母との約束の言葉に続きがあったことを思い出した。


 ―――それからアンジェリカ、薔薇は薔薇よ。赤でも白でも、綺麗でも綺麗ではなくても、匂いが良くても悪くても、活き活きとしていても枯れていても、薔薇は薔薇なの。あなたがどんな薔薇に育つのか楽しみにしているわ―――


「ねえ、薔薇は薔薇ってどういう意味?」

「その意味は自分で考えろ。答えは人から貰うもんじゃねぇ。自分で探すもんだ」


 ベルンハルトはそう言うと、筆を動かすことに集中しアンジェリカには一切目を向けなかった。





お読みいただき、ありがとうございました。


ちなみにベルンハルトは同級生→侯爵の仕事関連の人→教師に変更しました。

やはりアンジェリカは年上でないと無理かな、と……

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