悪役令嬢物をやってみようか!
楽しんでいただければ幸いです。
ご機嫌よう。私、白木院茶都穂と言います。
只今、私の周りが凄く面白い状況になっておりますの。
「えっと、なんだっけな。あ、これか。おほん!『さ、茶都穂!オレはお前との婚約を破棄する!』」
「『ま、まあ!何故ですの!?私何かしましたか!?』」
「『シラを切るつもりか白木院!』あっ、これちょっと面白いな」
「黒葉様真面目にやってください!」
「ああ、ごめんごめん。えっと、次の台詞は…ってなんで政宗泣いてんの?」
「ううっ…イヤだぁ…茶都穂と婚約破棄なんてイヤだぁ…」
「いや、役だから。これ全部役だから」
あらあら。政宗様が泣いてしまいました。さて、どう宥めましょうか?
その前に、どうしてこういう状況になったのかを説明しなくてはいけませんね。
ことの発端は今日のお昼休みまで遡ります。
私、白木院茶都穂はいつものように学園のカフェでお昼ご飯を食べておりました。ご一緒していたのは、私の婚約者である、獅童政宗様。政宗様のご友人の工藤黒葉様。私のご友人の桜嶺貴礼様と私を含めた四人ですわ。
「茶都穂~お茶ちょうだ~い」
「はい、どうぞ」
「ありがと~」
「いえいえ」
お昼ご飯を食べ終わった後。私達は休み時間終了までカフェでゆっくりする事に決めました。決めました、と言ってもいつもの光景なのですが、それはまあいいでしょう。
ただ、いつものことですので話の種は昨日のお稽古のお話など些細なことしかありませんの。まあ、それもいつものことですので構わないのですが。それでも、たまには刺激的なお話の一つや二つ聞いてみたくなりますの。
ですが、そううまいことがあるわけでもありませんので、いつものゆったりとした時間を満喫していますと、私達に近付いてくる人物がおります。
「やあ。今日も揃いも揃って仲良しだね」
「んお?なんだ龍之介か」
「なんだとは失礼だね、政宗」
私達の席にやってきましたのは、隣のクラスの藤堂龍之介様です。
私達の学園は小等部、中等部、高等部、大学とエスカレーター式になっております。私達四人も小等部からのお付き合いなのです。
ですが、高等部からは外部生と言うのを募集しますの。なんでも、私達が井の中の蛙にならないために、とのことらしいのです。確かに、外部生の方々は頭が良い方ばかりですので、私も頑張らねばと気合いが入ります。
そして、彼、龍之介様は外部生なのです。
外部生である龍之介様はこの学園以外にもご友人が多く、いつも刺激的な面白い話を持ってきてくださる貴重な方ですの。
政宗様も、無関心を装ってはおりますが、内心は龍之介様のお話を聞きたくて仕方がないのかもしれません。
龍之介様は空いた席に腰をかけます。座ったのを見計らい、私は訊いてみます。
「龍之介様。今回はどんなお話が聞けますの?」
「そうだな。龍之介。今日はどんな面白いネタを持ってきたんだ?」
「前みたいに近所の奥さんの不倫のお話はやめてくださいね?」
貴礼様が可愛らしい顔を歪めて嫌そうに言います。
思い返せば、そのような話も聞きましたね。
その時は私と貴礼様の嫌がりようを見た政宗様と黒葉様にこっぴどく叱られてましたね。あれはあれで良い思い出ですわ。
「いや、それはもうしないよ」
龍之介様もあの時のことを思い出しているのか苦笑気味に答えます。
「今回はそれなりに面白そうなものさ」
龍之介様はそう言うと、ブレザーのポケットから一冊の文庫本を取り出します。
ブックカバーがついていますのでタイトルは分かりません。
タイトルが気になりましたので、私は本を手に取ろうとしました。ですが、それを政宗様に止められてしまいます。
「待て茶都穂」
「どうしましたの?」
私は小首を傾げて政宗様に聞きます。
政宗様はキッと龍之介様を睨みますと、一言いいます。
「龍之介」
「なんだい?」
「これ、官能小説とかじゃないよな?」
官能小説と言う単語を聞くと私は出しかけていた手を思いっきり引っ込めます。おそらくは顔も赤くなっておりますでしょう。貴礼様もお顔が赤いですし。
私達は非難の眼差しを龍之介様に向けます。
すると龍之介様は泡を食ったように慌てて弁解します。
「んなわけあるか!!どうして俺がそんな物を学校に持ってくるんだよ!」
「嫌がらせのため…でしょうか?」
「バレたら学園生活即終了な危険物を、嫌がらせの為だけに持ってくるかよ!身を削ってまでお前達にイタズラしかけたりしないわ!」
流石に龍之介様もイタズラに命を懸けたりはしないそうです。
「じゃあこれは何なんだよ?」
「読んでみれば分かる」
「そうですか。では私が…」
「待て茶都穂。まだ官能小説という線を捨てきれない。俺が読む」
龍之介様は官能小説という単語に何か言いたげなお顔をされましたが、からかわれているのを理解しているのでしょう。何も言うことはありませんでした。
政宗様は文庫本を手に取ると、冒頭とあらすじを読みます。
「悪役令嬢の転生婚約破棄ものってところか」
「なんですか、それは?」
「悪役令嬢の転生婚約破棄ものって言うのはね、ある主人公である悪役令嬢がふとした瞬間に前世での記憶を思い出してその世界が乙女ゲームの世界だって気付いて、しかもしかも自分はそのゲームの中でライバルキャラでイヤな奴の悪役令嬢だった。それに気付いてさあ大変だ!どうする!?……ってところかな」
「説明長いですし分かりづらいですね」
「はうっ!?」
龍之介様は私の言葉にがくりと肩を落とします。なぜでしょうか?
「白木院さんって、たまにばっさりものを言うよね」
「そうだな。しかも本人は無自覚ときてる」
「そうですねぇ」
「まあ、そこが茶都穂の魅力でもあるがな」
「?」
四者四様に言っておりますが、私には何のことだかさっぱり分かりません。ですが、龍之介様は肩を落とされていますのできっとあまりよくない会話なのですね。ここはあえて触れない方がよろしいですね。
「それで。その悪役令嬢の転生婚約破棄ものというのがどうかなされましたか?」
「そう!今回はそれを話に来たんだよ!」
私が訊きますと、龍之介様は待ってましたとばかりに声を張り上げます。
周りの人に迷惑になりますので止めて欲しいですわ。それに、ただでさえ私の周りには美形が揃っていて注目を集めやすいのです。騒がしくしていますと更に注目の的になってしまいますわ。
「龍之介様。少しお静かに」
「おおっとごめんごめん」
「龍之介、さっさと本題に入ってくれ」
「そうだね。おほん!それでは、今回俺が何故こんな本を持ってきたかというとだな」
龍之介様はそこで言葉をためると勢いよく立ち上がり言い放ちます。
「俺達でこの悪役令嬢の転生婚約破棄ものをやってみたかったからだ!」
「龍之介様。お静かに」
「あ、ごめん」
私が窘めますと、龍之介様は素直に謝り椅子に座ります。
「それで、どうかな?」
どう、と言われましても…。
そう思い他のお三方を見ます。皆さん、「またこいつは訳の分からんことを」のような顔をなされています。
ですが、そんなお三方に負けじと、龍之介様は言います。
「考えてもみてくれよ。現実では前世の記憶持ちなんて事はまずあり得ない。すべてフィクションの中で収まっている。だけど!今俺達にはフィクションの中と酷似していることがあるんだ!それは、婚約者がいて、周りに令嬢とか令息とかわんさかいて、何より学園の王子と呼ばれる政宗がいるんだ!ここまで告示してるんだ!やるっきゃない!いいや、やらなきゃいけない!」
「龍之介様。お静かに」
「あ、はい」
またまた椅子から勢いよく立ち上がる龍之介様を私は窘めます。
「なあ、どうする?やってみないか?どうせ今日は皆予定無いだろ?」
龍之介様の仰るとおり、私達は今日はお稽古も何もないです。放課後の時間は自由に使えます。
「どうします、政宗様?」
「ん?ああ~どうしようかな~。結構面白そうだしな~」
そう言いながら政宗様は文庫本をかなりの速度でめくっていきます。流石政宗様。速読もできるなんて素晴らしいですわ。
政宗様が読み終わるまで皆様待ちます。こういった事はすべて政宗様に皆様任せます。
やがて、政宗様はパタリと本を閉じますと、静かに机の上に置きます。
「よし。やってみるか」
「よっし!流石政宗!そうこなくっちゃな!」
「まあ、初めからこうなるとは思ってたけどな」
「そうですね。獅童様はこういった催しものは好きですからね」
どうやら皆様、最初からこうなることを予想していたようです。とは言え、かく言う私もこうなるであろう事は半ば予想できていました。
「それじゃあ、まず配役だな!と言っても王子と悪役令嬢はもう決まってるけど!」
「そうだな。立場的に酷似してるのは俺と茶都穂だからな。俺たちで決まりだろ」
「他も、ぶっちゃけすぐ決まるだろうな」
「黒葉が俺の友人役。貴礼が茶都穂の取り巻き役だろ?」
「後は、御堂と会長も巻き込もう。て言うかここにいる全員巻き込もう」
「いいね。そうしよう。と言うわけで、ここにいる全員放課後暇な奴で付き合えそうな奴は残ってくれ!」
政宗様の突然の提案に、周りの皆様は嫌がることなく、むしろ嬉しそうに頷いておられます。皆様もこういった催しものがお好きなのでしょう。
「よし、これで大体決まったな…後は」
「ヒロインか」
そうこうしている内に配役は殆ど決まってしまったようです。そうして残ったのはヒロインだけです。
「ヒロインとはどういった方なのですか?」
「ん?ああ。体外は、貴族や上流階級のマナーを知らない田舎者で、最初はそれで反感買うんだけど、あとから段々そこが良いって思えるようになってくる奴かな」
「貴族や上流階級のマナーを知らなくて…」
「最初はそれで反感買ってて…」
「後からそこに好感を持てるようになってくる人物…」
「ですか…」
私達は顎に手を当てて考えます。そうして、四人揃って閃いた、と言った顔をします。
皆様、茶目っ気のある笑みを浮かべておりますので考えていることは同じなのでしょう。
皆様で息をピッタリにして言います。
「「「「龍之介(様)だ(ですわ)!!」」」」
「は?」
私達の導き出した答えに龍之介様は呆けた声を出します。
「はあっ!?」
そうして理解が及んだのか、焦ったように声を上げます。
「ちょっと待って!何で俺が?て言うか、ヒロインって女の子だし!俺男だし!」
「ですが、龍之介様しかおりませんわ」
「そうです。すべてに合致するのが龍之介様しかおりません」
「だな。最初こいつうぜぇってなったの龍之介だけだし」
「だな、マナーもあんまし知ってないようだったし。それでいてテストの点が良いのはムカついたな」
「お前らそんなこと思ってたのか!?」
「ひっでぇ~」と呟く龍之介様。ですが、龍之介様は気付いておられません。「最初は」と言うところと、ヒロインの「後から好感が持てる」と言う部分に。つまりは皆様、口ではそう言っておられますが、龍之介様の事を嫌いではないのです。
「あ、あと。茶都穂にちょっかいかけてるときは本気で殺そうと思った」
「オレも白木院の友人としてそれは見過ごせないから殺そうと思った」
「私も、海に沈めてしまおうと何度も考えましたわ」
「お、お前ら…」
嫌いでは無いはずです。
「まあ、そんなことは置いておきましょう皆様」
「そんなこと!?俺の生死に関わる事ってそんなことで片づけられちゃうの!?」
「龍之介様。お静かに」
「…俺…何気に白木院さんが一番辛辣な気がしてきた…」
「諦めろ。茶都穂はそういう子だ」
なにやら龍之介様はまたもや肩を落としていらっしゃいますが、私にはとんと理解ができません。
「それでは、ヒロイン役は龍之介様で決まり、と言うことでよろしいですね?」
「よろしくないよ!全然よろしくないからね!」
「「「異議無し」」」
「異議ありだよこんちくしょうッ!!」
「では、放課後までに準備を進めましょう」
と言う形で、今回の催しものが決まりました。
そうして冒頭に戻ります。
「頑張ってください政宗様!婚約破棄をする王子になりきるのです!」
「ううっ…イヤだぁ…こんなのがヒロインとか…イヤだぁ…ブハッ」
「てめえ!異議無しとか言ってただろうが!て言うかこっち見て吹いてんじゃねえ!泣くか笑うかどっちかにしろよ王子(笑)!」
政宗様は女装をした龍之介様を見て笑います。政宗様のお気持ち分かりますわ。私も笑ってしまいますから。
「はいはい。続きやるよ!」
「うむ…『しょ、証拠は上がってるんだ肥村!お前が犯人だという証拠がな!』あ、これ推理小説のやつだ。間違えた」
巻き込まれた御堂祐作様はどうやら台本とご自身の持っていた小説を間違えてしまったようです。
「ちょっと御堂!ちゃんと台本持ってよ!」
「悪い悪い。『証拠はあがってる。お前が龍子を階段から突き落とした証拠も、龍子の所持品を損壊させた証拠もな』龍子って酷い名前だな。もっと捻れよ」
「いちいち感想入れなくていいんだよ御堂!て言うか政宗泣き止めよ!」
「無理だぁ…龍…ブハッ…なんかと結婚なんて…ブハッ」
「お前本当腹立つな!?こっち見て笑ってんじゃねえよ!?」
「それは無理な相談です。龍之介…龍子様。だっておかしいのですもの」
「本当に一番俺の心を抉ってくるよね白木院は!」
ダメですわ。肩が勝手に震えてしまいます。
「いいから続きをやるぞ」
こちらも巻き込まれた生徒会長が進行します。
「『僕達の可哀想な龍子を苛めるとは言語道断だ』」
「可愛いな!可哀想じゃなくて可愛いな!」
「だが見た目がかなり可哀想だ。可愛いとは言えないだろう?」
「なんっで俺の周りには毒舌野郎しかいないの!?」
「失礼ですわ!茶都穂様は野郎ではございませんわ!女郎です!むしろおっぱいはメロンです!」
「大丈夫桜嶺さん!?事実言ってると思うけど大丈夫本当!?」
おっぱいはメロン?はて。なんのことなのでしょうか?
「こら、貴礼!茶都穂の前でそんなこと言うな!」
「ああっ!?失言でしたわ!」
しまった。と言うお顔でこちらを見る貴礼様。ですが、私には何が失敗なのか分かりませんわ。
「大丈夫ですわ!理解してございません!」
「そうか!ならよし!」
「おい、女郎のくだりはツッコミ無しか」
「あ!そうだぞ貴礼!」
「私としたことが!?」
あらぁ~。段々本筋と逸れてきてしまいましたわね。これでは続きはできそうもありません。
ですが。
「ちょっと龍之…龍子!その格好でこっち来ないでくれ!笑っちま、ブハッ!」
「よし分かった!戦争だな馬鹿野郎共!おい校庭に集合だ!決着つけてやる!」
「ほい来たぁ!じゃあサッカーやろうぜ!」
「馬鹿!むしろ野球だろ!」
「え?カバディじゃないの?」
「なんでそんなマイナーなのを出してくるのですか!?」
今も、上流階級とか平民だとか、関係無く騒いでおられます。それはとても、美しくてすばらしいことだと思いますわ。
分け隔てなく。
今目の前に広がっている光景は、まさしくそういうことだと思います。
ですので今日もそれで良しとしましょう。
皆様楽しんでいらっしゃるのですから、それでよろしいです。
「『ふふっ。楽しいですわねぇ』」
あら。悪役令嬢の最後の台詞と被りましたわ。
すると皆様どうでしょう。水を差したかのように静かになりましたわ。
私、訳も分からずにっこりと首を傾げます。
「何ですの?」
「「「「「「「「いえ、なにも」」」」」」」」
何もないのであればそれでよろしいですわね。
とにもかくにも、今日も学園は平和ですわ。
後日。カフェの無断使用で皆様こっぴどく叱られましたわ。私はにっこりと微笑んでいましたら免除されました。なぜでしょう?
結局。あんまり悪役令嬢を演じさせられませんでした。
あと、裏話ですが、茶都穂は良いときも悪いときもニコニコとほほえむのを信条にしていますので、怒っていても怒っているのか判別がつきません。そのため皆様固まってしまいましたという事です。分かりづらくてすみません。