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中編

『は、初めましてリエナ嬢! アルフィード・イアーレウスと言います!』


 七歳の頃、婚約者として紹介された同い年の少年の真っ赤に染まった顔を、リエナは今も忘れていない。


 幼い頃からここではない世界の記憶を有していたリエナは、それ故に降って湧いた新たな命と人生に馴染み切ることが出来なかった。全てを割り切って生きるには、染み付いた記憶が余りに強過ぎたのだ。


 可愛げのない子供だった自覚はある。辛うじて疑惑を向けられない程度には取り繕ったが、両親の無関心をいいことに、きっと周囲を見る目は冷め切っていた。

 人も、景色も、動物も。現実であるはずのあらゆるものが、リエナには薄っぺらい平面にしか見えなかった。

 己の人格と、それにそぐわない世界への違和感。過去と今との記憶の混雑。リエナは、自分が何のために生きているのか分からなかった。


 ――そんな時に出会ったのが、両親によって婚約者と決められたアルフィード・イアーレウスだった。

 当時七歳だった彼は、礼儀正しいがさして愛想もないリエナの一体何を気に入ったのか、頻繁にリエナの屋敷を訪れるようになった。


 柔らかな亜麻色の髪と榛色の瞳を持つアルフィードは、人より少しだけ気の弱い、大人しそうな子供だった。

 彼がもう少し強かさを持っていたならば、素直に優しいと表現することができただろう。実際には幾分人見知りの気があって、お世辞にも社交界向きとは言えない性格をしていたが。


 彼が本当は、初対面の大人の前だと怯えて萎縮してしまうような子だったのだと、リエナは出会ってしばらくしてから知った。

 けれど彼は、どんなに「知らない大人」で一杯でも、リエナのいる伯爵邸に足を運ぶことだけはやめなかった。いつもびくびくしながらリエナの部屋を訪れて、彼女の姿を見てほっとしたように笑った。

 リエナと同じ、両親に関心を向けられなかった子供なのに、アルフィードは吃驚するほど歪みや曇りのない少年だった。

 部屋に籠もって本ばかり読んでいるリエナを、彼は無理に連れ出そうとはしなかった。勉強なんて好きでもない癖にわざわざ本を持参してきて、黙って座るリエナの隣で必死に文章を追っていた。


 彼は、勉学においても突出した才は何一つ無かった。

 学業も剣術も一級品と名高い一つ年上の従兄弟とは、比べられることも多かっただろう。アルフィードはいつも少しだけ悔しそうにしながら、それでも自慢げな様子で、自分の従兄弟は格好良いんだとニコニコ笑っていた。


 どうしてわざわざ好きでもない読書をするのかと問うたリエナに、アルフィードは恥ずかしそうにこう言った。


『だって、オレは君と一緒にいたくて会いに来るんだよ。それに、本は君が好きな物だもの。オレも好きになれば、沢山話が出来るかと思ったんだ』


 少しでもリエナに合わせようと、彼がびっしり文字ばかり並んだ本に四苦八苦していることにリエナは気付いていた。

 ならばあなたの好きな物は何ですか。気紛れにそう聞いたリエナを、アルフィードはぱっと顔を明るくして広い庭に連れ出した。


『オレはね、動物や植物に触ったり、観察したりするのが好きなんだ。時々庭師に頼んで、庭を弄らせてもらったりもするよ』


 よく手入れされた伯爵家の庭を歩きながら、アルフィードはそう言った。

 残念ながら伯爵家では魚くらいしか飼っていなかったが、暖かな日差しの下で笑うアルフィードは、本棚に囲まれた部屋の中にいるより生き生きと輝いて見えた。


 だからリエナは、翌日から部屋に籠もる時間を減らした。

 一人の時は相変わらず読書をしていたけれど、アルフィードがやって来ると本を抱えて、彼に手を引かれて庭へ出た。

 生まれて七年間まともに見ることのなかった庭の全域を、リエナは家族でもないアルフィードの案内で初めて知った。


『リエナは、凄く綺麗な女の子だね』


 家格は彼の方が上なのに、アルフィードは女であるリエナを尊重することを厭わない少年だった。いつだって大切な宝物でも見るように、透き通った目でリエナを見ていた。

 どんな女の子よりも、どんな花よりも、リエナが一番綺麗だと、何の裏もない笑顔で言う人だった。


『屋敷の庭に蓮の花が咲くと、君のことを思い出すんだ。凛と背筋を伸ばして佇む君の姿を見たくなる』


 蓮は沼の底から真っ直ぐに茎を伸ばし、そして数日で盛りを終えてしまう花だ。けれど、泥の中から鮮やかに生まれ、短い寿命を気高く咲く花が好きだと彼は言った。庭師に君の話をしたら蓮の種類が物凄く増えてしまったんだと、恥ずかしそうに苦笑していた。


 惜しみなく向けられるその笑顔に、己がとうに絆されていたのだと気付いたのは、彼と本の感想を論議し合うようになった頃だった。


『リエナ、面白い本を見つけたんだ! 有名な冒険家の旅行記なんだけど、君も読むだろ?』


 子犬のように駆け寄ってきて本を差し出すアルフィードは、リエナが読んでみたいと言っていた作者の名前を覚えていたのだろう。


 ――本当は、本なんて好きじゃなかった。


 日本語でない文字で満ちた書物なんて、自分の生きている異常な現実を突き付けられるようで、目にするのも嫌だった。けれど無知なままでは生きていけないと知っていたから、唇を噛み締めて文字を追った。

 言葉は語れど喋らぬ書物は、現実逃避にはぴったりだった。リエナがどんな顔をしようが、本は誰にも何も言わない。共に笑ってもくれないし、縋って泣こうとも応えないけれど、本は決して、リエナを否定も拒絶もしなかったから。


 それでも、アルフィードと読む本が好きだと思ったのはいつのことだっただろう。アルフィードに語るために、より深く内容を理解しようとし始めたのはいつからだっただろう。


 容姿のこともそうだった。

 リエナは幼い頃から整っていた自分の容貌に向けられる、卑しい色を含んだ目が嫌いだった。自分のものだなんて未だに信じられないほど美しい、けれどたかだか顔を覆っている皮膚一枚に対して、時に二回り以上も年上の相手から欲を孕んだ視線を向けられることがおぞましかった。


 そんな中で、アルフィードの称賛だけが、リエナの胸にするりと滑り落ちてきた。

 アルフィードが褒めてくれるのならば、この無駄に出来の良い顔も疎まなくて良いかも知れないと思えた。


 彼らが八歳になった時、アルフィードはいつになく緊張した顔でリエナの前にやって来た。


『リエナ、オレたちはもう婚約者だけど、オレを父さんたちが決めた相手だとだけ思って欲しくはないんだ。オレは君が好きだよ。だから君にもオレを好きになって欲しい。


 ――ねえリエナ、いつか大きくなったら、君の意思でオレと結婚して。

 オレと一緒に幸せになってください』


 自ら選んで摘んだという花を、両腕一杯に贈られて。

 出会った時と同じ真っ赤な顔で、けれど呆れるほどに必死な目でその言葉を告げられた時。


 きっとリエナは己の婚約者に、一生で一度の恋をした。




※※※




 一つのゲームがあった。

 世界に散らばる九つの封印を施された魔神と、それを起こす鍵となる異世界の少女を中心にした物語だった。


 主人公となる少女を召喚した貴族であり魔導士である男は、同時に『人形師』と呼ばれる、全ての事件の黒幕だった。

 世界の滅亡を目論み、近隣諸国の全てを巻き込んであらゆる災禍を引き起こした彼は――『物語』における攻略キャラクターでもあった。


 ――そのことを思い出した瞬間から、リエナに「主人公の登場を待つ」なんて選択肢は存在しなかったのだ。



「だってほら、許せないじゃないですか。散々奪って殺して壊して狂わせてきたあなたが、優しい主人公に救われて、恋をして、許されて、そうして幸せになるなんて」


 毒々しいほど美しい、紫がかった黒髪の男の腹を深々と短剣で貫きながら、リエナはまるで世間話の続きのようにそう言った。

 凄艶な美貌と人形じみた虚ろな瞳を持つ男は、皮肉げに顔を歪ませて笑う。


「さて、キミが一体何を言っているのか、わたしには分からないな……尤もキミは元より、理解させる気などないのだろうけれど」


 がらんどうの眼差しには、負傷による苦痛の他には怒りも憎悪も見て取れない。そういう相手だと知っていても苛立って、リエナは短剣をぐっと捻った。


「そうですね、だってまだあなたは誰にも出会っていない。それなら、やっぱりあなたはこのままで、何も持たない空っぽのままで死んでください。何一つ救われず、何一つ報われずに」


 ――だってこんな男のせいで、あの優しい人は死んだのだ。


 アルフィードの死は、この男にとって布石の一つに過ぎなかった。無くても構わない別の駒を手に入れるための、失敗しても構わない思い入れのない布石だった。

 ――そんな下らないことのために自分はアルフィードを失ったのかと思うと、気付いた時には憤怒で気が狂いそうだったけれど。


 リエナの感情に応えるように、短剣の柄が赤く輝く。血管のように浮き上がった魔術回路がどくんと大きく脈動し、男から一層魔力を吸い上げて濃さを増した。


「――が、はっ、」


 逆流する血に耐えかねたように、男が黒の混じった赤を吐く。

 男の駒は既に無い。リエナが巧妙に摘発させ続けたそれは、今や近隣諸国のものも纏めて公的な捜査の手が伸びている。

 後に残った有象無象は、放っておいても誰かが刈り尽くしてくれるだろう。瀕死の男を助ける者は、もういない。


「ああ、でもこれだけは、覚えておいてくださいね」


 短剣を握る手に力を込めて、リエナは男にそう囁く。

『物語』の知識を総動員して手に入れたこの短剣は、本来ならギリギリでこの男に破壊されていたはずのマジックアイテムだ。突き立てた相手の血肉を抉り魔力を喰らうこの剣は、この男が唯一他者の手に渡るのを警戒していたものだった。


「あなたを殺す私の名は、リエナ・ラーナガル。かつてあなたが戯れに殺した、アルフィード・イアーレウスの婚約者です」


 男の目が小さく見開かれる。

 その一言でリエナの目的を知ったのだろう、次の瞬間喉の奥から罅割れたような笑声を零し、男はゆっくりと右腕を上げた。


「成程、復讐か。世界のためなどと綺麗事を言われるより、余程泥臭くて正直で、そして好感が持てる。ならばここ二年、私の手駒を数多葬ってきたのは、大方キミの手によるものか」

「そうかも知れませんね」

「そうかも知れないとは適当な。事故に摘発に同士討ち、お陰でどれだけの駒が壊れたと思っている」

「無駄にわらわらいたものだから、もう顔も覚えていないんですよ。――ああ、覚えていると言えば――」


 ことりと少し首を傾げて、リエナは男の顔を見上げる。深淵のような双眸を覗き込んで、引き攣るように唇を吊り上げ、虚ろに笑った。目の前の男と同じ、がらんどうの笑みだった。


「あなたの名前って――何でしたっけ?」


 ――ぞんっ!


 睦言のように甘く囁いた瞬間、男の首が刎ね飛んだ。

 頭部を失った体は、小さく一度震えた後、ゆっくりと倒れて動かなくなった。血溜まりに落ちた右手から、集まりかけていた微かな魔力が四散する。


 ――キン、と剣を収める音が響いた。


「いつまでもたもたしてるつもりだったんだい、リエナ」


 血に汚れた少女の頬を手袋で拭い、愛想なく吐き捨てた騎士団服の青年――ヴィルヘルムに、リエナは肩を竦めてみせた。


「魔力の吸収に時間がかかったんですよ。無駄に引き延ばそうとしたわけじゃありません」

「その短剣か。――まあいいよ、いずれにしろこいつが全ての黒幕なんだろう? さっき妙な地響きがしたんだ、何事もないうちにさっさと脱出するよ」


 ヴィルヘルムに伸ばされた手を、リエナは後退して避けた。ヴィルヘルムの眉間に深い皺が寄る。


「……リエナ。これ以上僕を困らせないで欲しいんだけど」

「ヴィルヘルムさんは先に出ててください。この館、もうすぐ崩れますので」


 主である男の心臓と連動したこの館は、主が死んだと同時に燃え落ちるようになっている。さっきの地響きはその前兆だろう。二十分もすればここも炎に包まれる。

 動く気のないリエナに、ヴィルヘルムの顔が怪訝に顰められる。


「君の言っている意味が分からない。まさか自分は逃げない気かい?」

「私はまだやることがありますから」


 そう告げるリエナの足元には、黒い染料で引かれた召喚陣がある。

 準備に三年、実行に二年。蜘蛛の巣のように細く複雑な糸を張り巡らせる男を相手にしながら、リエナが決着を急いだ理由こそが、この召喚陣だった。

『物語』では、リエナが十九歳になった夏に、あの魔導士は『主人公』を召喚するはずだった。

 実際、今日の時点で全ての準備は整っていたらしい。己の手で全てに片を付けたいと思うなら、今が最後のチャンスだったのだ。


 魔神復活を目論んでいた魔導士は死に、残るは最後の後始末。召喚陣を消し去り、蓄えられた膨大な魔力を、リエナはこの館の地下にある魔神の封印の一つを強化することに回すつもりだった。

 そのための鍵となるものは、既にリエナの手の中にある。魔導士の魔力をありったけ喰らった、マジックアイテムの短剣が。


「悪いようにはしませんから、ここは私に任せてください。――今更ですけど、これまで何だかんだ助けてくださってありがとうございました。お陰で私の復讐も叶った。アルフィードのお墓への報告は、残念ですがあなたにお任せしますね」


 軽く短剣を振ってみせ、リエナはヴィルヘルムを促した。

 けれど、黙ってそれを聞いていたヴィルヘルムは舌打ちしてリエナに歩み寄る。ギリッと奥歯を噛み鳴らし、彼は気の立った猛獣のように少女を睨み付けた。


「……君はいつもそうだ。アルフィードが死んでから――いや、その前からも。好き勝手動いて、見ている方のことなんて省みもしない。君は僕を振り向かない癖に、僕は君の姿や言動ばかり目に付いて、一々不愉快で仕方ないよ」


 心底腹立たしげにそう言って、ヴィルヘルムは再びリエナに手を伸ばす。咄嗟に避けようとしたリエナの腕を鷲掴んで、力強く引き寄せた。


「ヴィ――」

「黙れ」


 抗議の声を上げようとしたリエナを一言で切って捨て、ヴィルヘルムは今や殺気すら籠もった目でリエナを見下ろした。


「ここまでやらせてあげたんだ、もう君の気は済んだだろう。いい加減足を止めてこっちを向け、リエナ・ラーナガル――アルフィードの手番はもう終わった。次は僕の番だ」


 その言葉に唖然と瞠目した少女は、本気で自分の想いに気付いていなかったとでも言うのだろうか。

 アルフィードが死んで五年。人嫌いで知られる自分が、たかが従兄弟の元婚約者というだけでああも頻繁に接触を持ち、あまつさえ情報の横流しなどするわけがない。

 リエナが自ら手を下したのは今回だけだったから機会がなかったが、もしもリエナが敵地に踏み込むと言い出したなら、これまでだってヴィルヘルムは迷わず付いて行っただろう。


「君みたいに自分勝手で、秘密が多くて、他の男しか目に入ってなくて、策略家の癖に突っ走る猪みたいな女――好きでないならここまでしてやらない」


 離す気はないと言いたげに、ヴィルヘルムは腕に力を込める。

 リエナは彼が初めて見る間抜けな表情で、ぱちりと目を瞬いて――


 ――くしゃりと、情けなさそうに顔を歪めた。


「……驚いた。あなたはアルフィードのことが無ければ、私なんか路傍の石ころくらいにしか見てないだろうと思ってたんですけど」

「ふざけるな。誰がそんなことを言った」

「誰も。すみません、私、あなたに酷いことをしてたんでしょうかね。でも――」


 一瞬でヴィルヘルムを振り解いたリエナが、召喚陣の中心に真っ直ぐ短剣を振り下ろした。血痕の散らばる固い床に、刃は吸い込まれるように突き立って青い光を放つ。


「リ――」


 反射的にリエナを抱き締めようとしたヴィルヘルムは、自分の手が指先から消失しつつあることに気付いて言葉をなくした。へらりと力の抜けた顔で、リエナが彼に手を振っている。


「私は操作に慣れてないから、ちょっと反応が遅いですけど。実はこの召喚陣、召喚以外にも使えましてね」


 リエナの意志に応えて、短剣に込められた魔力が陣を書き換える。


「あんまり遠くに行くよう設定してないから、多分、街中のどこかに出られますよ。安心してください、私これでも魔導の成績良かったんです。――さようなら、ヴィルヘルムさん。私みたいな人間を好きだと言ってくれて、少し嬉しかったですよ」

「リエナっ!!」


 本気の怒りを込めた叫び声は、大きな爆発音に掻き消された。ぱたぱたと手を振るリエナの姿を最後に、ヴィルヘルムの姿はその場から消失した。




※※※




 ――はふ、と。


 肺の空気を全て絞り出そうとするかのように深く深く息を吐いて、リエナは肩の力を抜いた。


 数秒置いて最後の作業に入った彼女の耳に、炎が渦巻く音がする。それでも構わない。リエナは初めから、館を逃げる気なんて更々無かったのだから。

 召喚陣が光り輝き、魔力に指向性を持たせていく。徐々に減少する魔力が館の一点へと移動していくのを察知しながら、リエナは静かに目を閉じた。


 ヴィルヘルムに好きだと言われて、リエナは嬉しかった。『物語』ではあり得なかった行動を取るヴィルヘルムが、今ここにいるリエナを好きだと告げるその言葉が、まるで異質な存在であるリエナの個を、それでも確かに証明してくれたように思えて安堵さえした。

 けれどやはり――こうして目を閉じた時に、思い浮かぶ笑顔はアルフィードのものなのだ。


「アルフィード」


 ピキピキと罅を広げつつある床に座り込んで、リエナはぽつんとその名を口にする。


「アルフィード。アルフィード。アルフィード……」


 掠れる声で、一心に。それしか言葉を知らないように、ぽろぽろ口から零れる音は、震動する床に砕けて消えた。

 一番言いたかった言葉は、もうあの人には届かないけれど。



「――――あいしてる」



 囁いた言葉は、掛け値なしの真実だった。


 ――遥けき故郷を愛するように、あの優しい人を愛していた。

 ――差し伸べられた手のひらに、世界の全てが乗っているような気がしていた。


 静かに閉じた瞳から、すう、と音もなく涙が伝う。

 五年前を最後に一度も流れなかったその雫は、ようやく出口を見つけたかのように少女の頬を滑り落ちた。


「――アルフィード」


 これはバッドエンドだと、人は言うのかも知れない。復讐を終えたのなら、自分を見てくれる人に手を伸ばし返すべきだと言われるかも知れない。


 けれどリエナ・ラーナガルは、アルフィードが好きだったのだ。

 ヴィルヘルムと共に生きようという気にはならなかった。一緒に幸せになるなら、アルフィードが良かった。


 それが全てだった。

 きっと、たったそれだけの理由で良かった。


「――私も、あなたに出会えて幸せだったよ」


 轟々と燃え盛る熱を感じる。震動が体を揺さぶる。

 不思議と恐怖は感じなかった。ただ、これで全てが終わるのだという安心感があった。



『――愛してるよ、リエナ。オレと出会ってくれて、オレを愛してくれてありがとう』



 大切に仕舞い込んだ記憶の奥底、遠くへ失われてしまった優しい笑顔に、今なら手が届くような気がした。


※年表

《リエナ六歳》

 前世の記憶はあるが、『物語』のことまでは気付いていない。ヴィルヘルム(七歳)と出会うも、リエナ当人は彼のことを全く覚えていない。


《リエナ七歳》

 婚約者となったアルフィード(七歳)と出会う。初対面のリエナに、アルフィードが一目惚れする。


《リエナ十四歳》

 アルフィードが死亡。リエナが『物語』の記憶を思い出す。この時点でヴィルヘルム(十五歳)はまだ新米騎士団員。


《リエナ十四歳~十七歳》

 約三年に渡るリエナの沈黙の時間。復讐のための準備期間とも言う。この間は、ヴィルヘルムだけが彼女の動向を知っている。


《リエナ十七歳》

 リエナが本格的に動き出す。集めた情報と原作知識を元に、黒幕魔導士の手駒を片っ端から潰して回る。この時点でヴィルヘルム(十八歳)は分隊長に就任済み。立場を利用してリエナに情報を横流しし、同時に情報操作に勤しんでいる。


《リエナ十九歳》

 全ての決着。復讐を完遂する。



 ゲーム名:『ヴァルプルギスの夜に添えて』



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