過去
紫雨勝也の過去の続き。
それは今に至る運命の出会いを果たした過去である。
焼けた身体を一人の青年が水をかけて消した。
そして駆け寄る。
青年は必死な顔でこちらを見ている。一方、勝也は虚空を見つめていた。
「大丈夫か!チッ・・・!救急車はまだか・・・!」
その青年に抱きかかえられながら、朦朧とした意識の中で空を見つめた。
身体が熱い。熱い、熱い、熱い、熱い。
溶けた肌によりさらけ出された部分は、空気に触れ悲鳴を上げている。
熱い、というより痛い、という感情の方が強くなってくる。
痛い、痛い、痛い。
傷口からの痛みが全身を襲う。
「・・・ぁ・・・。」
声を出そうにも、痛みにより発声できない。まるで怪物のような声でなんとか『助けて』の母音を発声した。
「喋るな。辛いだろう。今、俺が病院へ連れて行く。」
青年は冷静な、けれど心配そうな瞳でこちらを見つめる。その指示に従い、勝也は口を閉ざした。
「おい、ここから病院までの距離は長いぞ!」
黒髪の青年が叫ぶ。
病院に連れて行かれるのか。まぁ、そうだろう。
その後は、救急車が遅れるという会話が聞こえたがそれ以降は覚えていない。
銀髪の青年が勝也を背負う。傷に影響が無いように、そっと。
そして猛スピードで駆けだした。
―
「―!!」
目覚めると目の前は自室の天井だった。
あぁ、昔の事を思い出してしまった。今回のような内容の夢を見たのは一度ではない。今回で五度目・・・だろうか。勝也は額を伝う汗を手でぬぐい、身体を起こした。
「・・・会長と・・・フォンドブランク会長・・・だったよな・・・あれ・・・。」
そう、はっきりと自分を助けた人物の顔は見た事がないのだ。自分の命の恩人が自分の敵だったなんて、思いもしない。
シェールが自分の恩人という事も知っている。だが、エレクトリックは―・・・。
―
光生徒会室
エレクトリックは一人、仕事を黙々と続けていた。
最近律亜の指示に従って行動していた為、仕事はあまりしていなかったのだ。
あの日から、律亜の指示は紫雨勝也の監視のみであった。紫雨を監視し、能力を詳しく見るのだ。
それをしていた所為で、左季にこっぴどく怒られたわけだが。
空はまだ青い。太陽が真上にきている。つまり昼である。
エレクトリックは深いため息をつき、ペンを置き、食堂へ向かう為扉を開けた。
生徒会室は暗かったので、扉からもれだす光がまぶしく、目を細めた。
廊下には生徒が何人か歩いており、エレクトリックが進むたびに女子生徒が顔を赤らめた。
何故女子生徒が顔を赤らめるのか、エレクトリックには理解できていない。
「あら、会長。」
前方から左季が歩いてきた。エレクトリックがいかにも嫌そうな顔をする。
どんどん近づいてくる。死刑執行前の時間を待っている様な感覚だ。
エレクトリックにとって左季は鬼のような存在なのだ。鬼だが。
その位苦手なのである。
「・・・よう。」
「仕事、お疲れ様です。」
エレクトリックが驚愕した。いつもは仕事をしていないと疑う後輩が『お疲れ様』という言葉を残して一礼していったのだから。
いつもなら仕事をやれなどとがみがみ言う筈だ。・・・こう思うのは失礼だと思うが。
不思議に思いながら廊下を歩く。
空を窓から見上げると太陽がまぶしく、思わず目を細めた。
「・・・フォンドブランク会長・・・。」
自分の事か、と思い声のする方へ向く。目立つ白い髪に、黒いピンを付けた男子生徒がそこにはいた。
「・・・紫雨勝也・・・。」
紫雨はエレクトリックにゆっくりと近づいていく。何をされるのかわからないので、とりあえずエレクトリックはいつでも戦闘できるように構えた。
「・・・なんだ、どうした・・・?」問いかけてみる。
「お前は、俺の命の恩人だったのか。」
「・・・え。」
驚愕した。今まで敵同士で戦っていた相手に『命の恩人』と言われたのだから。しかも、こいつはあの怪しい兄弟にターゲットにされている。
「・・・何のことだ?」
「・・・お前は、昔、火事で死にかけていた所を助けてくれた、命の恩人なんだろう?隠さなくても、俺は知っている。」
淡々と話された事を頭の中で整理し、過去をさかのぼってみる。
昔、シェールと日本はどの様な所なのか、探索していた時に、たまたま見つけた火事。その前では、けたたましい爆発音が聞こえていた。なんだと思い、駆けつけた時に、紫雨を見つけた。
「・・・あぁ、あの時の・・・。」
全てを思い出した。思いだしたと同時に、あの兄弟が俺に紫雨勝也を監視するように言った理由がわかった気がする。あの兄弟は、俺の断片的な記憶をつなぎ合わせる為に・・・。
「俺は、何か貸しを作らせる為にお前を救ったんじゃあない。苦しんでいるお前を見て、ただ単に助けただけだ。」
そう言い放ち、廊下を歩きだす。そうだ、俺は傷ついた人間を放っておけない人間だ。
あの状態の紫雨勝也は、まるで化け物のような身体になっていた。俺達の他にも人間は来ていたが、ただ写真をとるだけ。助けたのは、俺達だけだった。
最近の人間はひどいものだ。被害者や、事件のあった現場に駆けつけては、写真を撮ってネット上に投稿する。人を助けるという事を優先しない。
本当に、ひどい生物に、人間はなりさがってしまった。
―
あるところ
「兄貴、エレクトリックさんが、紫雨勝也の事思いだしたみたいだ。」
「やっとか。ま、遅かったがちゃんと思い出せてよかったな。」
「そうだね。」
白い空間の兄弟はいつも通り紅茶を啜っていた。それ以外に、やる事がないのだ。
パラパラと分厚い本をめくると、そこには『エレクトリックの過去』が書かれている。
「あいつの過去、おもしろいんだよなぁ。」
人の過去を読んでにやにやと笑っている男、律亜はつくづく悪趣味だと思う、そう、弟の旋利は思った。
「兄貴・・・何か、気持悪いよ。」
「だってよぉ、ほら、ここ見てみろよ。」
誘われ、本を覗き込む。
驚愕した。エレクトリック・エレフェントの過去は途中で途切れ、空白となっているのだ。
「・・・おかしいね。黒龍が書き忘れる事なんてないのに・・・。」
「空白ができるのは、その人物が死んだ時のみ。つまり、エレクトリック・エレフェントは一度死に、不老不死の能力を手に入れて生き返った。ちなみに、スピア・エレフェントも同じだ。兄弟そろって不老不死たぁな・・・。」
『スピア・エレフェント』のページをよくよく見てみると、空白が出来ている事に気がついた。
「あとは・・・あった、『霧島瑞葵』。こいつは、完全な不老不死ってわけじゃあないようだな。」
「・・・どういうこと?」
「お前、知らないのか?不老体質。」
「・・・不老体質?」
律亜は本を閉じた。
「1000万人にいるかいないかの珍しい体質。ある一定の弾みによって身体の成長が止まるらしい。傷も治りが早いし、異常な身体能力を得ることができるが、不老体質になってから20年ほどしか生きられない。霧島瑞葵は『水灯架事件』に巻き込まれて、不老体質になった。」
「・・・へぇ・・・。」
いつも無表情なのも、この事件に巻き込まれた所為かも知れない。そう思ったとたんに、罪悪感が芽生えた。霧島瑞葵の右目、あれはその事件の後遺症なのだろうか。