要するに、箱入り娘
七史が従姉妹の作ったマヨネーズの塊をリバースしている頃。
七史の住むアパートからそう遠くない自販機の前に、少女はいた。
腰まで届くほど長いポニーテールにされた彼女の銀髪は、風に揺れ、朝日の下である種荘厳なまでに煌めいている。
少女の身を包むセーラー服は、奇しくも七史の通う高校指定の物だった。
リボンの色からして、2年生なのだろう。
中身の入った竹刀袋を肩から下げているため、一見部活のために早起きして学校に向かう、生真面目な剣道少女の様にも見えるかもしれない。
しかし──、そういう(・・・・)職業、家柄の者は、すぐに彼女が、ただの女子高生にしては異常過ぎることに気付くだろう。
殺気が。
闘気が。
その場を支配していることに。
「閉じよ──」
異常を纏った少女が、呟くように詠う。その瞬間、七史のボロアパートの周り、半径500メートルの範囲の各所に刻まれた印が、点を結び線となり、線は交わり円となり、それに沿って不可視の壁が形成された。
人払いと防音、そして外界との物理的遮断の三役揃えた結界である。稼働時間こそ短いものの、かなり優れた魔術師、若しくは巫女でないと見分けられないほどの域に達している。
それが形成されたことを霊視で確認した後、少女──十塚陽夢は満足そうに息を吐く。
しかし、その表情からは、かなりの疲労が伺えた。
それも当然のことだろう。陽夢はこの結界のために500の符をほとんど徹夜で作成し、現在結界を形成させたのだ。
彼女の生家である十塚家は、現在は零落して、祓魔の名家たる「九相家」の序列一位、一之瀬に保護される形で血を残しているとはいえ、かつては日本で随一の巫女の一族として名声を上げていた。
結界と霊術専門の一族の末裔の肩書きに恥じない働きだ。心の中でそう自画自賛し、無い胸を張った陽夢は、朝食として付近のコンビニで購入したオニギリを傍らの袋から取り出した。
「いつもはじいやから『コンビニのオニギリは体に悪いから食べてはなりません!』なんて、止められているけど、今日くらいなら構いませんよね」
コンビニのオニギリを食べるのなんて何年ぶりでしょう、などと陽夢はやけに嬉しそうな顔である。
してやったり、とでもいうかの様に。
よほど感極まったのか、陽夢は、今時の女子高生は到底知らないであろう古くさい歌を完璧な音程で口ずさむ。
そのまま、慣れていない手つきで包装紙を取り、その不自然なまでに整った二等辺三角形のオニギリを穴が開くほどジッと見つめ、
一息に、
「あむ」
と、ほおばる。袋の中には他にもオニギリが4個入っている。ちなみに中身は陽夢が今食べている物も含め、全てツナマヨだ。
陽夢のオニギリを持つ手の反対、もう片方の手には、陽夢が今背にしている自動販売機で購入したペットボトル入りの緑茶がある。
生まれてからほとんど箱入り娘状態だった陽夢にとって、全てが初めてのことだった。
「ま、前の高校に通っていたときも、じいやに車で送り迎えされていましたし、『コンビニ』や『自動販売機』の存在自体は知っていましたが、実際に使うのとはワケが違いますしね」
良いものです、と少女は言った。
購入した5個のオニギリ、及び緑茶を全て胃に流し込み、朝食とした彼女は、
さて、と。
じいやから伝えられた指令を陽夢は頭の中でよく確認する。
まず、メインは「朽木七史の抹殺」。その理由としては──陽夢の考える限りでは──、彼の祓魔活動によって、陽夢の父が機関長として就任している『陰狼機関』の利益が失われていると言うことが上げられる。
日本の五大財閥、四色一灰。黒笹、白銀、朱目、蒼崎、灰掛のうち、『陰狼機関』は蒼崎の支配下にある。
しかし、朽木七史が蒼崎の娘に上手く取り入ったせいで、本来『陰狼機関』が請け負うべき活動を、朽木七史に奪われているという。
とくに朽木七史とその師匠・東雲亜門の人外コンビが数多の吸血鬼を灰燼に還しているそうである。
そもそも、『陰狼機関』実働部隊は、集団戦法を得意とする暗殺者集団。コストの面で見ても、朽木七史と東雲亜門に活動してもらった方が割に合うのだ。
だから、邪魔になった。
じいやから渡された手紙には、「世界の平和のために」とか「バランサーとしての役割を全うせよ」とか、耳あたりのいい言葉だけが書かれていたが、魂胆は見え透いている。
巧言令色。
事実、三年前にバチカンの魔族討伐専門の、法王庁の懐刀にして、蜥蜴の尾、『浄罪機関』から派遣された特派員によって行われた独自の調査により、「朽木七史の安全性」については太鼓判を押されている。
その上で始末するということは、やはり私的な理由によるのだろう。
しかし、陽夢はその事に対して、そこまで憤ってはいない。悲嘆もしていない。
かと言って、諦観しているわけでもない。
兵隊は何も考えない。
それだけの話だ。
万が一、朽木七史の抹殺に失敗したとき。そのことすら、じいやに指摘されるまで気がつかなかったほどである。
とりあえずはターゲットの通う高校の入学許可自体は取ったものの、それから先のことは一切考えていない。
何も考えていない、と言うより、浅慮なだけかもしれない。
だが、まあ、しかし。
「決して、失敗などしません」
殺すことはあっても、殺されることはない。陽夢は確信していた。
決意のこもった目で、陽夢は竹刀袋から一本の日本刀を取り出す。
妖刀。
獄歌。
ベルトにそれを挟み込み、
再び、殺気を纏い、闘気を晒し、
「始末──いたします」
朽木七史。
ダンピール。
「相手にとって、不足なし」
そう言って、歩き出す。
が、
「そう言えば・・・このゴミ、ペットボトルと、どこに捨てれば良いのでしょう」
・・・・・・。
「朽木七史の家にも、ゴミ箱ぐらいあるでしょう」
微妙に失礼ではあるが、そう言って陽夢は再び歩き出した。
投稿ペース遅いなぁ・・・