ベッドサイド・ストーリー
不思議な物語を聞かせてあげるね。あなただけに、特別に。
この物語は、彼の「目覚め」から始まる。それは彼が、自分が存在するものだと理解した瞬間だった。もうずっと前から自分がここにいたのか、それとも今突然そうなったのかはわからなかったけれど、しばらくして彼は、徐々に自分のいる世界を知ろうと探索をはじめた。触手のように感覚を伸ばすうち、彼は自分が何者かによって包まれているのを知った。それはとても温かだった。それはどこまでも彼を護っていた。彼はそれを、「大地」と呼んだ。大地からは温かいものが絶えず彼に流れ込んできた。彼が飢えれば、大地は彼が求めるだけのものを与えてくれた。彼は、大地が彼を生かしていることを感じた。
あるとき、彼は耳に心地よい声を感じた。大地が歌っているのだと彼にはわかった。その歌声はどこまでも優しく、彼を愛しんでくれるようだった。
しかしときに、彼は大地から激しい激流のようなものが流れ込んでくるのを感じることもあった。大地は震え、怯えていた。そういう時、彼もまた大きな不安に襲われた。彼は大地を慰めてあげたいと強く願ったが、彼にはその術がわからなかった。
日に日に、大地はより大きな怖れと悲しみを感じるようになっていくようだった。彼にはそれが良くわかった。彼も大地と共にそれを感じていたからだ。その一方で、穏やかな時には希望にあふれ、どこまでも安らぎに満ちていた。そういうとき、決まってあの歌が歌われた。その歌はやはり、彼のために歌われているようだった。しかし、彼は漠然と感じ始めていた。間もなく大きな変化が訪れるということを。彼はそれをとても恐れた。そしてそういうときには一層、大地の中に自分を沈み込めようとするように、小さく、丸くなって大地を感じようとした。
しかし、とうとうその日がやってきた。その時、大地はかつてないほど震え、彼を包む世界全体が悲鳴をあげた。彼はとても恐ろしく、大地に助けを求めた。しかし、もはや大地は彼に手を差し伸べはしなかった。大地こそが彼をここから排除しようとしているかのように、怒涛のごとく巨大な流れが彼を押し流そうとしていた。それが大地の意志であり、願いであると彼は悟った。彼はもはや抗うことをやめ、流れに身を任せることにした。それは壮絶で苦しいことだった。だが同時に、何か知れないが、明るく、素敵なものがその先にあるような気がした。彼は待ち受ける光に向かった。そして――。
「そして、僕は生まれたんだよ。」
そう言って、彼はベッドに横たわる老婆の手に触れた。その手はまだ温もりを持っていたが、それはもはや失われつつある温度だった。彼女の表情はとても穏やかだったが、彼女の魂はそこにはなかった。
「お母さん、お疲れ様。産んでくれてありがとう。」
彼は労いと感謝をこめて彼女の手を握り、その頬を撫で、彼女の人生のために涙を流した。