八枚目:パンツの道も一歩から
「はぁ……まさか、ここまでの変態じゃとは思わんかったのぅ」
瞳に溜まった涙を拭うと、エリザは額に手を当て首をやれやれと振る。そして目の前で横たわる不燃物を見下ろしながら、力なくため息を吐いた。
エリザの放った雷によってカツトの体はこんがりと焼け、服はボロボロになり、頭は一昔前のアニメの如くアフロヘアーになっている。
「死んで……はおらんよな?」
手加減をしても、並の大人でさえ失神してしまう程威力の高いエリザの雷撃。それを――咄嗟の事だったので手加減をする余裕はなかった――強めに放ってしまったのだ。
死んではいないだろうが……、エリザは落ちていた棒切れ拾うとキュッと握りしめ、カツトの体を突っついてみた。
「…………」
しかし、返事はおろか反応すらない。カツトは最早、ただのしかばねのようにピクリとも動かなかった。
額から頬へかけて一筋の脂汗が流れ落ち、それを皮切りに大量の汗がエリザの全身から噴き出る。
「あ、あわ、あわわわわわ! どうしようコレどうしようコレどうしようコレ!? ……ハッ! そうじゃ、もう一度“アレ”を撃てば……。よし、そうと決まれば――」
横たわったまま動こうとしないカツトから五メートル程後退すると、エリザは右足を後ろに半歩ずらし、両腕を真っ直ぐピンと伸ばし手を並べる。
すると掌に小さな白い稲光が数本現れた。稲光は輝きを増しながら螺旋状に組み合わさり、一つの球となる。
「このくらいの大きさなら問題ないかの。よし、後は――」
バレーボール程の大きさになった光球を一瞥し、エリザは満足げに頷く。瞳を鋭くすると目標との距離を目で計った。
距離、風向き、周囲への被害予測、光球の精度、どれも十分だ。
「小雷撃!」
凛とした声と共に、光球がカツトに向けて放たれる。目算通りこのまま真っ直ぐ飛べば確実に当たるだろう。ぐんぐんと距離は縮まっていき、寝ころんでいるカツトへと迫る。そして――
「あっぶねぇぇぇっ!!」
直撃するかと思った瞬間、カツトは目を見開き上半身の力だけで跳ね上がった。
光球は地面へと吸い込まれ音を立てて爆発、カツトが寝ころんでいた範囲だけを綺麗に焼き、生えていた雑草達の魂を天へと帰した。
「おまっ! ちょっ、これおま!? おま……これおま!!」
「お、おぉっ? お主、生きておったのか!? わ……ワシはてっきり死んだものとばかり――」
「いやそれがてっきり俺も死んだとばかり――ってそうじゃねぇよ! やめろよな!? びっくりするじゃねぇか!」
ミラーボールのようなアフロヘアーをもっさもっさと揺らしながらカツトは詰めより、エリザに指を立てて抗議する。
「な、何を言うか! びっくりさせられたのはこっちだって同じじゃ! さっきも言うたが、ワシはお主が死んだと思ったから小雷撃を撃ったのじゃ。無論それはトドメを刺そうだとか、証拠隠滅の為にお主の周囲だけ跡形もなく消し去ってやろうだとかは、微塵も考えちゃおらんかった。そう、ワシはただお主を助けてやりたかっただけなのじゃ! よく言うじゃろ、死んだ時には電気で衝撃を与えるのが一番じゃって」
「…………」
「ア、アハハ……」
カツトにジト目で見つめられ、エリザは苦笑いを浮かべながらそっと目を反らした。
「……とりあえず」
カツトがポツリと呟き、エリザは恐る恐るカツトを見やる。
「今さっきの事、不問にしてやってもいいぞ」
「――っ! 本当か?」
「あぁ、その代わり俺の言う事を聞いてくれたら……だけどな」
「言う事じゃと? ……まぁ、ワシに出来る事でなら構わ――あっ! ぱ、パンツはもう見せんぞ!」
先ほどのやりとりを思い出したのか、顔を真っ赤に染めエリザはローブを被り直し、カツトは軽く舌打ちをした。
まさか先手を打たれるとは。――しかし、先の一件でエリザが容易事は既に判明している。機を見計らって言いくるめれば、またエリザのパンツを確認することくらい余裕だろう。
カツトはやれやれと言った感じで「解った解った」と首を振る。すると、ぐぅぅ〜と腹の虫が鳴き声をあげた。
「飯、おごってくれよ」
カツトは振り返らずに親指を後ろに向け、街の看板を指差した。