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七枚目:スカートの向こうは、いつもパンツ

七枚目



 自己紹介も程々にカツトは、自らを王女と名乗った銀髪の少女エリザと共に歩き始めていた。

 目標地点は、先ほどからチラチラと視界に入っていた街。どうやら、エリザはそこで改めて話がしたいらしい。

 遠巻きに見えていた街が次第に大きくなり、街の全体像が徐々に露わになる。


「ほぉ〜」


 街の入り口にそびえる巨大なアーチを見上げながら、カツトは思わず声を漏らした。

 見た感じでは木製のようだが、驚いたのはそこじゃない。そのアーチがかなり大きかったからだ。

 ゆうに二十メートルはあるだろうか、二本の支柱の先には巨大な看板が設置してあり、丸やら三角やらを組み合わせた不可解な文字が、でかでかと羅列してある。


「……何て書いてんだ?」


 街に近づく途中で視界にこそ入ってはいたものの、カツトはそれが何と書いてあるのかサッパリ解らなかった。


「日本語……じゃあもちろんないし、かといって英語やその他諸々でもなさそうだなー」


 脳内に現存する――と言っても数ヶ国だけなうえ、喋れるのは日本語オンリーだが――他国語と照らし合わせてみるものの、当然の事ながら一致するものなどあるはずもなく、カツトは首を傾げる。


「……? 何をしておるのじゃ、早ぅこっちに来い下僕よ」


「ハイハイ、つーか下僕言うなし。俺の名前はカツトって言ったろ? パンツランド王女殿下」


「ぐぬぬ、何度言ったら解るんじゃ! パンツランドじゃないと言うておろーに! ワシの名前はエリザ! エリザ・クロノチェッド・ティーパランドじゃ!」


 エリザが血のように紅い瞳を三白眼にしながら吠えるので、カツトは渋々「エ、リ、ザ、お、う、じょ、さ、ま」と嫌みったらしく言い直す。

 ――パンツの方がいいと思うんだが、響き的な意味で、いやパンツ的な意味で。

 ……エリザに聞こえないようボソッと呟くも、地獄耳なのかエリザは更にキツい視線をカツトへ向けてくる。そして一言。


「ツギマチガエタラ……コロス」


「イエッサー」


 エリザの全身から貫くような殺気が滲み出ていたのを察し、カツトは形だけの敬礼をする。

 反省などはしていない。むしろ「何それおいしいの?」とさえ思っている。

 しかし流石にここではエリザに対し、カツトは誠意ポーズを見せておかなければならなかった。

 何故ならばこのやりとりは、一回や二回じゃなく既に二桁の域に達していたからだ。

 合流し、街に向けて歩いていた間の約三十分の内、カツトがエリザの名前を間違えた回数は五十九回。おおよそ一分間に二回のハイペースである。

 普通はどんなに多くとも二〜三回、もしくは多くても四〜五回も名前を間違えられれば、怒ったり、強制的にでも名前を覚えさせようとするだろう。

 だが、組み合わせが悪かった。

 パンツの事となると無駄な力を発するカツトに対し、相手となるのはちょっとおバカ――略してちょバカ――のエリザだ。

 結果は火を見るよりも明らかで、現にエリザは、カツトがわざと言い間違えている事に時間にして二十五分、回数で言うなら五十回目の「なぁ、パンツランド」まで気が付かなかった――なお、カツトはそれを見越した上で何度も言い間違えていた。ゲスである――。


「それでパンツラ……エリザ王女様は、俺にいったい全体なんの用があるんだよ?」


「口の聞き方には気をつけろよ下僕。改めて説明するが、ワシは王女であり、お主のご主人様でもあるのじゃ。その気になればお主などワシの指先一つで――きゃんっ!」


「そーゆーのいいから、早く俺の質問に答えてくれよエリザ王女様」


「うぅ……」


 三度目の拳骨を食らい、エリザは三度体を捩らせる。少女に対して無意味に暴力を働くなど、道徳的にも人間的にも完全にタブーである。しかし、カツトにはそうせざるを得ない理由があった。

 ――年下+少女に高校生がナメられたら、男として終わり。……この一心である。

 カツトの胸中にはエリザに対する“思いやり”や“大人気”など微塵もなく、“幾何かの歳の差による優位性を守りたい”という、至極ちっぽけな自尊心で溢れていた。


「……まぁ、端的に言うとじゃな、お主の力を貸して欲しいんじゃよ」


「力? んなもん持ってないぞ俺は」


 アゴに手を当て、カツトは少しばかり脳を稼働させてみるも、それらしい物は思いつかない。


「いやいや、こっちにくる前にあっちの世界で存分に見せてくれたじゃろう」


「…………もしかして、あのスライムみたいなヤツを倒した時のことを言ってんのか?」


 軟体生物スライムとそれを打ち倒した自分の姿が思い浮かぶと同時に、パンツの取り合いをしたことも思い出す。

 ほとんど一瞬の出来事だったとは言え、あんな不可思議な生物と出会い、尚且つ命のやりとりをしたのだ。十七年間生きてきた中でも一、二を争うレベルの珍事。

 死闘を思い出し眉根を寄せるカツトを見て、エリザは「思い出したか」とでも言わんばかりに腕を組みながら、ウンウンと頷いた。


「そうじゃ、アレの名前はスラムース。大人の獣人でも、生身では苦戦するような魔物じゃぞ。それをほぼ生身で倒したんじゃ」


「スラムースねぇ……、ん? ちょっと待て。あのスラムースってのは、こっちの世界の魔物なんだよな?」


「うむ!」


「武装した大人がやっと、倒せるような強さなんだよな?」


「そうじゃ!」


「そんなんがどうして俺の世界に?」


「ワシが送り込んだのじゃ!」


「ぶっ飛ばすぞテメェェェッ!!」


「なんでじゃあ!?」


 殴られる事を察したのか、エリザは小さな両手で頭をガードしつつ涙目で半歩下がる。


「こちとら危うく死にかけたんだぞ!? それをお前、『ワシが送り込んだのじゃ〜』だって!? マジふざけんなよ!! 何とか倒したからいいけど、もし俺がアイツに殺されてたらどうするつもりだったんだよ!?」


「ぼ、暴力反対っ! 暴力反対ぃぃっ!!」


 心の底からの怒号を浴びせられ、エリザは更に涙目になった。

 カツトは、それでも構うものかと言わんばかりに、拳骨に「はぁ〜っ!」と生温かい吐息をたっぷりとかけ、ウォーミングアップがてら肩をぐるんぐるんと回す。

 先ほどまでのように「ただ、イラッときたから」という理由ならば、カツトは今回に限って殴るポーズしかとるつもりはなかった。

 が、エリザの口から語られた事実は『力試しの為だけに、強力な魔物を送り込んだ』というものである。理由が理由だ。これは殴られてもしょうがないだろう。


「大丈夫だよぉ〜? 痛いのは一瞬だけだからさぁ〜?」


 ぐにゃりと歪んだ笑顔を向けながら、カツトはゆっくりと迫る。


「くっ、来るなっ! 来るなぁっ!!」


 大地を踏み締めるように足に力を入れ、カツトは“エリザの懇願なぞ知ったものか!”とでも言わんばかりに、両手をワキワキとさせながら一歩、また一歩と近寄る。鼻息を荒らげながら這い寄るその姿は正に変質者、不審者そのものである。


「ハァ……ハァ……。さぁ、お兄ちゃんと楽しい事をしましょうねぇ〜?」


「“と”って言っておるけどそれ、ワシは楽しくないよな!?」


「いいや、きっと楽しくなるっ!」


「なん……じゃと……!? そ、その根拠は……?」


「俺の……、――勘だっ!!」


 言って、カツトは短距離走選手のように身を屈めると同時に足の裏にありったけの力を込め、エリザに向けて突貫した。


「ひっ……!」


 咄嗟の事で反応出来なかったエリザの口から、恐怖に染まった声が漏れる。


「覚悟しろォォォッ!」


 一歩進む度に足に力を込め、両手を亡者の如く突き出し、だらだらと涎を垂らしながらカツトはエリザへと肉迫する。


「もらっ、たぁぁぁーーーッ!」


 そして、カツトの魔手がエリザのスカートへと触れそうになった、その時――


「――ッ!?」


 カツトの視界が一瞬で朱に染まり、次いで凄まじい爆音が耳をつんざいた。カツトの体を炎と風が包み、十メートル程吹き飛ばす。


「……ぐはっ! ……い、今何……が」


 背中から着地したせいで満足に呼吸もままならず、息も絶え絶えにカツトは顔を前へ向ける。

 そこには両手を前に突き出し肩を上下させながら、半泣きでカツトを睨みつけるエリザの姿があった。





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