六枚目:シンプルさは全てのパンツの鍵
「王女……だと……!? 最後の一文は捨て置くとしても、王女……だと……!?」
その二文字を聞いて、カツトは思わず衝撃を受け仰け反った。ローブを着ているので身なりからは判別できないが、佇まいや気品が溢れる容姿、それになにより喋り方が“それ”っぽい。
カツトが一瞬気圧されるのを見て好機と察したのか、エリザは息を大きく吸い込むと思い切り叫んだ。
「そう! ワシは王女なのじゃ!! 大事な事じゃからもう一度言うぞ!! ワシはっ! 王女なのじゃああああっ!!」
「いや、そんなに叫ばなくても聞こえてるっつーの」
「な、なんじゃと!? 貴様……ワシを乗り気にさせといて、それはないじゃろう!?」
決めポーズと言わんばかりに、左手を腰に当て、右の人差し指を突きつけながら喋っていたエリザは、カツトの思わせぶりな態度にしょんぼりと肩を落とした。
上げて、落とす。
こんな事をされちゃあせっかくの決めポーズも台無しである。
「だってさー、イマイチ信じられないんだよ。エリザ――えーっと、なんとかパンツランドちゃん」
「エリザ・クロノチェッド・ティーパランド! パンツランドじゃない! 普通解るじゃろう!? この荘厳にして尊大で威厳に満ち満ちた名前を聞けば解るじゃろう!? もしくは何となくでも察する事が出来るじゃろう!?」
「察するも何も、右も左も解らない土地で突然現れた“自称王女様”を信用するやつなんて、それこそ“お察し”だろ。パンツランド」
「う、うぅぅ……。パ、パンツランドじゃなくてティーパランドじゃあ……」
追い討ちとも言わんばかりのカツトの容赦ない屁理屈攻撃に、エリザは“名前が違う”としか反論出来ず、ローブの裾をきゅっと握り締め俯いてしまう。
端から見れば完全に少女を泣かせている青年の図。もしここに第三者がいればカツトは激しく非難されるだろう。
しかし改めて周りを見渡してみるも、眼下に広がるのは一面に咲き乱れる花ばかり。
少し遠くに小さな町が見えたが、やはり近くにはカツト達を除いて誰一人いない。
「……そうだ、いいこと思いついた」
カツトは自分にしか聞こえないよう小さく呟くと、わなわなと体を震わせるエリザの肩に優しく手を置いた。
「君が本物のお姫様なのかどうか信用は出来ない。でも、確かめる方法が一つだけある」
「どうする?」とカツトが小首を傾げると、エリザはゆっくりと顔を上げた。
真っ赤な瞳いっぱいに溜められた、宝石のような涙は今にもポロポロと零れ落ちそうだったが、優しく語りかけられエリザは力なく首肯する。
カツトは優しく笑いながら「いい返事だ」と頷くと、慈愛に満ちた顔で一言一句丁寧に言葉を発した。
「君のパンツを――見せてくれないかな……?」
普段より三割増しで顔を作り、歯を見せながらついでに軽くウィンクもしてみせる。
「な、なんでパンツを見せんといかんのじゃあ……?」
「言ってなかったけど、実は俺特殊能力を持ってるんだ」
「……とくしゅのーりょく?」
溜まった涙を拭いエリザは鼻を啜りつつカツトの顔を見る。
「ああ。パンツを見るだけでその人の家柄を判別する事ができる凄ーーい能力だ。発動させるまで少し時間外かかるのがたまに傷だけど、効果はお墨付きだぜ?」
「――! それは本当か!?」
エリザが目を輝かせ、快活にカツトは自分を親指で差す。
「本当だとも!」
でまかせである。
いくらパンツを愛してやまない変態の中の変態で、変態紳士どころか変態貴公子ともいうべきカツトにそんな特殊能力なんて一ミリも備わってなどいない。
カツトにあるのは生まれた時から持っている歪んだ性癖と、それを消化――もしくは昇華――する身体能力のみでそれはカツト自信がよく理解していた。
「でも……」
「どうした!? 俺を信じさせたくないのか!?」
カツトが力強い――血走ったとも言う――視線で語るものの、やはり恥ずかしいのかエリザは顔を赤らめモジモジとしだす。
しかし、周りに誰もいないことをいいことにカツトが「パ・ン・ツ! パ・ン・ツ!」と叫びだしたので、エリザは恥じらいながらもローブの裾をゆっくりと捲り始めた。
ゴクリと固唾を飲み、カツトはクワッと目を見開く。そして、少しずつ視界に入っていた白い布地が全て露わになった刹那、カツトは右手を天に突き上げ涙を流しながら高らかに叫んだ。
「――我が生涯に一片の悔いなし!!」
声は何処までも響きわたり、それに呼応して再びどこかで怪鳥がギャアと鳴く。
「も、もうえぇじゃろう!? これでワシが王女だって事はわかったはずじゃあ!!」
「……あぁ、わかったわかったエリザ様。アンタの事を王女様だって認めてやるよ」
鼻血を流しながら悟ったように遠くを見るカツトの前で、エリザは口を尖らせる。
「……ったく、わかればいいのじゃ。……えーっと」
「カツト。片対葛士だ」
「カツト……ヘンテコな名前じゃな。だが、嫌いではないぞ」
頭に角を生やした少女エリザはカツトが自分の事を認識してくれたからか、パンツを見せたことをすでに忘れたらしく満足そうに頷く。
それを見てカツトは一人思った。――「コイツ、バカなんじゃね?」と。