五枚目:躾と言う名のお尻叩き
「どこだ……ここ?」
カツトが目を開けると、そこは一面の花畑だった。赤青黄といった色とりどりの花が咲き乱れ、地面のそこかしこからは手のひら大の白い光球が湧いている。
空は澄み渡った翡翠色で構成されており、青空ならぬ翡翠空を十メートル程の怪鳥がギャアギャアと鳴きながらどこかへと飛んでいく。
そんな摩訶不思議な空間で胡座をかきつつ、カツトは大きく深呼吸をした。
「どこだよここおおおおおおおっ!!」
力の限り叫んではみたもののカツトの言葉は虚しく木霊し、返ってきたのはそれに反応した怪鳥の不気味な鳴き声だけだった。
「どこってそりゃあ“アンダーガーデン”に決まっておろうが」
不意に背後から声が聞こえ、カツトが振り向くとそこには頭まで茶色のローブに身を包んだ小柄な少女が立っていた。
顔つきや背丈から判断するにおそらく十二、三歳といったところか。肌は白く、瞳は赤い。
少女は鮮血のような双眸を細くしながら、首の横から出していたウェーブがかかった煌めく銀髪を靡かせると、更に言葉を紡いだ。
「ようこそ我が下僕よ。これから貴様にはワシの手足となって働いてもらうぞ」
「……ゲボク?」
「ククク……そう、下僕じゃ」
腕を組んで含み笑いを見せる少女を見て、カツトは胡座を解除しスタスタと少女に歩み寄る。――そして一閃。
「あいたぁっ! な、殴ったなぁ!?」
軽く腕を振り下ろすと“ポカン!”と小気味よい音が鳴る。例え相手が少女だとしても容赦はしない、それがカツトの流儀だった。少女は頭を抑え涙目になりながら声を荒げる。
「ふん、子供がませた事言ってるからだ! だいたい、初対面の人に向かって下僕扱いって、お前どんな教育受けてんだよ!! ほら、こっち来い! 公開お尻ペンペンの刑に処してくれるわ!!」
「そっちこそ初対面の少女に向かって、お尻ペンペンをしようとするなんてどんな教育受けとるんじゃ!? お主ワシより年上じゃろうに! 年上且つ下僕なら、ワシに対するそれ相応の言葉遣いってもんがいたぁっ!? ま、また殴ったぁ!!」
「だったらまずは名を名乗れよ! それとそのフードを脱げ! 言葉遣いは――まぁ、譲ってやるにしても、目上の人に対する態度じゃないだろう?」
「くぅぅ……っ、話が違うじゃないか……! 一度呼び出せばずっとワシに従順じゃなかったのか……!?」
二発目の拳骨を食らい、少女はブツブツとぼやきながら被っていたフードを取る。すると美しい銀髪と共に、ある“もの”がカツトの目に入った。
少女の側頭部には、蜷局状に巻かれた手のひらサイズの真っ赤な角が両側に付いていた。
それは煌めく銀髪と共に輝いてこそいたものの、どこか不純な輝きを放っている。
「ワシの名前は――」
「えっ、ちょっと待ってこれ角!? 角だよな!? 角だよな!?」
「ま、まぁ見ての通りじゃが――」
「うへーーーー! すっげぇ、マジもんの角だ!! 触ってもいい!? いいよな!? いいよな!?」
「お、落ち着け! 落ち着かんか!! ま、まだワシが名乗っておらんじゃろうが!! 知りたいんじゃろう!? ワシの名前、気になるんじゃろう!?」
「――! ……そうだったな、続けてくれ」
瞬時に冷静になったカツトを見て、少女はわざとらしく咳払いをすると、胸に手を当てカツトを真っ直ぐに見る。
「ワシの名前はエリザ・クロノチェッド・ティーパランド。国王アルダーの娘にして、お主のご主人様じゃ」