四枚目:力が、パンツが欲しいか?
「……! こいつ……俺のパンツを取り込んだ……ってのか……!?」
呟いた瞬間、ゴボッと泡立つ音が聞こえた。
――水弾が来る!
ダメージを受け避ける事が無理だと一瞬で悟った葛士は、咄嗟に両腕をクロスさせ、今まで三度も狙われた顔を防御する。しかし――
「……げふっ! …………な、んで……!?」
スライムが放った水弾は葛士の顔でなく、腹部へとめり込んでいた。
「げほっ……ぐっ……うげぁ…………」
砲丸のような水弾をもろに受け、悶えるような痛みと共に激しい嘔吐感に見舞われ、葛士はその場にうずくまる。
――――ぐちょっ。
顔をあげることさえままならない葛士に、粘り気のある液体が蠢くような音が聞こえてきた。
――――ぐちょっ。――――ぐちょっ。
少しずつ音は近付いていき、うずくまったまま動くことの出来ない葛士の眼前で停止する。
――そして、
――――ガボガボガボガボッ!
今までで一番大きな音を立て、葛士を行動不能に陥らせたバスケットボール大の水弾を五つ作り、空へと浮遊させ始めた。
「……ち、くしょう……。あれを……そのまま俺にぶつけようってのかよ……。……なぁ、お前は……俺にいったい何の恨みがあったっつーんだよ……」
自分を屠ろうとする相手に話しかけてはみるものの、スライムは何も反応を示さない。その間にも水球は徐々に高度を上げ続ける。
……こんな所で俺の人生は終わりなのか。こんな、意味の解らない存在に殺されて俺は死ぬのか……。ちくしょう……やり残した事なんてありすぎるぞ……! ……このままじゃあ……死にきれない……! 死んでも、死にきれない……!
「……せめて……っ、――せめて俺のパンツだけは返せぇぇぇぇっ!!」
残った力を振り絞り葛士は右手をスライムへと、スライムが奪い取り取り込んだパンツへと手を伸ばす。が――
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
空中へ上げた五つの水球の内、一つが凄まじい速度で落下し葛士の右手ごと地面へとめり込む。
潰された右手の骨はまるでスナック菓子を潰したかのように粉々に砕け、葛士は更なる激痛に苛まれた。
「……ち……くしょ……う……、……俺は……どうしてこんなにも無力なんだ……! 好きな……好きなパンツの一つさえ守ってやれないなんて……! 俺に……俺にもっと力があれば……! パンツがあれば……!!」
背中と腹と右手から止め処なく発せられる激痛に顔を歪めながら、葛士は呟く。
――からが、――しいか?
すると、またしても声が聞こえてきた。
幼いながらもどこか気品があり、聴き心地がいい声。先程までとは打って変わり、とても鮮明に聞こえる事に葛士は気がついた。
「なんだ……? いったい何を言ってるんだ……?」
――からが、――欲しいか?
「……か、ら……?」
首を傾げつつ、何と言っているかを知るため激痛に耐えながら集中をする。
――力が、――欲しいか?
「…………ちから――力……っ!」
その言葉を聞いた瞬間、葛士の目に闘志の炎が宿った。どこから聞こえてくるかも解らぬ声に対し、葛士は力強く頷く。
――うむ、契約は成立じゃな。
――ならば、今自分が一番欲しているモノを思い浮かべながら、こう叫ぶのじゃ!
「『アンリミテッド・ブレイク!』」
声に従うまま叫ぶと、葛士の全身から赤く煌めく粒子が迸りだした。
その色は葛士がキャッチし、泣く泣く鼻に詰め、突如として現れた敵に奪われた下着を彷彿とさせるかのような赤だ。
「これは……この力は――!」
身体の奥底から力が漲り、全身を駆け回っていた激痛も消えた事に驚きつつも、葛士はこの力を使って、自分が今、何をすべきかを理解していた。
「ハァァァァァァァァッ!!」
スライムの水弾に潰された右手に力を込め、思い切り振り上げると、鉄球の如くめり込ませていた水弾は弾け飛び、中空に紫の水滴を散りばめる。
「ウォォォォォォォォッ!!」
雰囲気が変化した葛士を仕留める為、スライムが凄まじい速度で水球が落下させるも、それが当たるよりも先に葛士はスライムの後方へと回り込み、瞬間的に力を高める。
葛士の右手に身体中の粒子が集まり、激しく明滅を始め、葛士は本能の赴くまま心の底から思い切り叫んだ。
「俺のこの手が赤く煌めく! 命を掴めと輝き唸るゥゥゥッ!! ひぃぃぃぃっさつ! 『勝利の右手』!!」
煌めく粒子を纏う右手をスライムに突っ込み、葛士はパンツを乱雑に引き抜く。
「返してもらうぜ!! 俺のパンツ!!」
ゼリー状の体から引き抜くと同時に、スライムの体色は葛士が最初に遭遇した時の鮮やかな水色へと戻った。
そして『ボコボコボコッ!!』と一際大きな音を立てながら体を膨張させたかと思うと、そのまま破裂し、周囲に水色の飛沫を散らしながら消滅した。
「終わった……のか……?」
肩で息をしながら葛士はぽつりと呟いてみる。
「っていうか、まさかとは思うけど夢落ちってことはないよな……?」
パンツを手に入れた矢先に、珍妙な事に巻き込まれ、尚且つ怪我をしたはずの右手が全回復しているのだ。
夢ならまだしも、現実はこんな事有り得ない。つーか、寧ろ夢であってくれ。
そんな事をぼやきつつ、自分のほっぺをぎゅーっと、思い切り抓ってみる。
「…………うん、普通に痛い。やっぱりこれ現実だわ……三次元だわ……」
念のためほっぺ以外の腕や腹、乳首などを思い切り抓ってみるも――普通に痛みを感じたので、疲れていた事もあり、葛士はとりあえず考える事を止めた。
「……あっ、そういえばカバン片づけないと。あのスライム野郎に濡らされちゃったけど、まだ使えるかなぁ」
鼻をグシグシと擦り、外灯に照らされたままの中身が散乱したカバンを回収するために葛士は振り返る。
そして、何となく上を向きながら歩いていたせいで、二メートル先の地面に、スライムが現れた穴と同じ物が空いている事に気がつかず――
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!」
情けない声をあげながら、葛士は異世界へと召還された。