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一枚目: One for pants 〜一人はパンツの為に〜

 ほんの数時間ほど前まで燦々と照らしていた太陽がゆっくりと西の空へ沈んでいき、ビルを、街路樹を、人を、世界をオレンジへと染めていく。

 それはキャッキャッと騒ぎながらも公園で遊んでいる子供達も例外ではなく、暖かな陽の光は遊具や団地をも巻き込んで徐々にその色を濃くしている。

 そんな風景を一人の少年が眺めていた。

 ブサイクではないもののイケメンかと問われれば全然そんな事もない、所謂、可もなく不可もなしな、標準的な脇役モブ顔の少年だ。


「あと、一分……!」


 学校指定の夏服に身を包んだ少年は、ポケットから愛用しているスマートフォンを取り出すと、唯一の特徴である頭に生えた二本のアホ毛をピコピコと動かしながら、公園の時計とスマートフォンの時計がちゃんと合っているか確認をした。


「残り……三十秒……!」


 もちろんどちらもズレなどないので二つの時計は同時に秒針を進める。

 午後四時から午後五時へ。

 二つの時計は全く一緒のタイミングで時間が切り替わった事を知らせ始めた。

 スマートフォンからはアラームが、公園の時計からは『午後五時になりました。おうちに帰って、手洗いうがいをしましょう』といった女性のアナウンス入りのチャイムが鳴り響く。

 それを聞いた子供達の大多数は、遊んでいた遊具を片手に笑顔を絶やさないまま団地の中へと消えていき、公園には不敵な笑みを浮かべた葛士だけが残った。


「ドゥフ……ドゥフフフフ……」


 まるで豚が腹でも下したような不気味な笑い声をあげながら、葛士は鞄から小型の双眼鏡を取り出し、目の前にそびえる十四階建てのマンション上部を見やると、そこにはベランダに干されている女性物の――布面積が普通の物と比べて極端に少ない――真っ赤な下着が秋の微風になびいていた。


「ドゥッフォォォォ!! やべぇぇぇぇ! マジやべぇぇぇぇ! あんなに布面積少なかったら色々と見えちゃうんじゃね!? はみ出ちゃうんじゃね!? いやむしろあそこまで少ないのには意味があるんじゃあないのか……? だとしたら何故だ……!? ――ハッ! ま、まさか……見せる為に……!? 興奮させる為に!? 視覚的なエロスを増大させる為にわざとあそこまでの軽量化に踏み切ったとでもいうのか!? うぉぉぉぉっ! ありがとうございますっ! ありがとうございますっ!!」


 ……紹介が遅れたが、頬を桃のように染め幾度となく零れそうになっている涎を啜っている変態少年こそが、この物語の主人公である片対かたつい葛士かつとその人である。

 葛士は顔面レベルどころか、身長や体重、学力や身体能力すらも脇役――つまりごくごく普通の高校二年生――レベルであり、またその“特殊な趣味”も相俟って、今まで学生らしい若さ溢れる学校生活や青春ライフなども送った事などなかった。

 しかし葛士は他者から見れば、確実に憐れまれるであろう自分の学生生活の事などこれっぽっちも気になどしていなかった。

 何故ならば、葛士には“生きがい”とも言うべき趣味があるからだ。


「ハァ……ハァ……いいねぇぇたまらないねぇぇ……」


 それこそが彼が現在進行形で堪能しているこれ、“パンツ観賞”なのだ。

 葛士は学校が終わっても真っ直ぐ帰る事なく、まずターゲットを見つける為に物色する。

 そして、意中の人物を見つけるとバレないようにこっそりと尾行し、ターゲットが暮らしている家を特定するとバレない距離から双眼鏡を使って、洗濯物パンツを確認する……。

 それだけで葛士の心は満たされ、明日への活力となるのであった。


「…………ふぅ」


 じっくり、ねっとりと見続けること約十分。

 満足したのか葛士はスッキリした面持ちで双眼鏡を鞄にしまった。


「まさかあの綺麗なお姉さんが、あんなにも大胆なパンツを持っているなんて……!」


 鼻血が垂れそうになるのを堪えながら、葛士は紳士かと見間違うかもしれないくらい、爽やかな笑顔でベンチからもう一度先程まで覗いていた部屋の方向を見てみる。

 ――すると、洗濯バサミのグリップが甘かったのかはたまた少し強めの風が吹いたからか、真っ赤な下着がふわふわりふわふわると風に乗って落下を始めたのだ。


「――!」


 一般的な男子高校生はそれをどうするか――『拾うべき』か『放っておくべき』か迷うだろう。

 ……しかし、葛士は違った。

 この物語の主人公である、片対葛士は違った。

 落下を始めたパンツが視界に入った刹那――葛士の脳は瞬時に風の流れと落下速度から予想される落下地点を計算し、体は疾風迅雷の勢いでそこへと向かう。

 そして葛士は落ちてきた真っ赤なパンツを、まるで生まれたての赤ん坊を抱く父親のように微笑みながら優しくキャッチし、それを丁寧に畳むとズボンのポケットにしまい――


「片対葛士はクールに去るぜ……」


 ニヒルな笑みを浮かべながら、その場を去った。




 しかし拾ったパンツが原因で、今後の人生が大きく変わってしまう事をこの時、葛士は知る由もなかった。




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