はなもちとわたし
酔っ払い達が踊り狂っている。
あの後開始された宴は、明日重大な任務を背負っている兵士だとは思えないほど笑い声が響き、みな幸せそうな顔をしている。
「二人は飲まないの?」
私の両脇に陣取って仲間を眺めているいる二人に問いかけた。
「僕はお酒に弱くって」
えへへ、とはにかいながら告げたのは最初私に話しかけた青年ー噛みそうな名前のシュルシュツさんだ。あまりにも発音が難しいため、隊員はみな彼の事をシュウと愛称で呼んでいる。
「今晩はいい」
お、意外だ。
「シルクは酒飲んで騒いでるイメージあったのに」
「勝手な先入観を持つな」
うわわ、痛い痛い。ほっぺ伸びる。
「俺は指揮を取らなければいけない。明確な判断が必要だから酒が抜けなくて負けましたなんて言えない立場だからな」
それはきっと責任感というものなのだろう。
ここにいるのはな王国の民で、そして王国に迫害されている人たちだった。
すごく驚いた。私が生きていた時代は貧富の差はあったのものの迫害なんていうものはなかったからだ。
その迫害の対象になる人達は貴族平民関係無く“花持ち”である。
花持ちと言うものは王国の創世記に登場する存在だ。
勇者と魔王がいて、テンプレで魔王が勇者に倒される。魔王に突き立てた勇者の聖剣は魔王の命を奪い、魔王とともに眠る。
魔王は断末魔をあげながら大陸を転げ回り、やがて大陸東西南北央の五国のうち中央にあるシルヴァ国の聖域で呪いを叫びながら朽ち果てたと言う。
それと同時に魔王の使者達も姿を消し、大陸は救われた。
この神話で異質な点と言えば国家だけでなく大陸を巻き込む事だろう。そしてこの神話は多少内容が違うものの他の国家と重要な点は同じだ。
問題は魔王の呪いの言葉。“やがて使者と共に再びこの地に舞い降りる。報復を繰り返す”の部分だった。
今ここにいる人達は“花持ち”すなわち体のどこかに黒を持っている人たちだった。
形や種類は様々で生まれも一様に違う。ほとんどが肩の痣のようなものだが彼らの誰しもが黒を持っている。
私の世界でなら当たり前なのだが、この世界では黒がないのが当たり前だった。なぜなら体に黒を作ったのは魔王に惹かれた愚かな魔王の使者、人類を裏切った者たちだからだ。そんな古い書物の記述のせいでこの人達は迫害されている。
しかし、おかしい。私が生きていた時代は創世記の冒頭、魔王が勇者を打倒した部分までは王家以外にも知れ渡っていたが、この呪いの言葉からあとは王家以外には絶対に知らされていない部分だった。
私はこの話を知っていたが、それは将来王の妃になることが決まっていて、キールに内緒で教えてもらったからだし、初めて聞いた時には魔王が再びやって来るかも、という事実に戦慄を覚えた。
王国は花持ちであり魔王の使者である可能性のある彼らを迫害し、女は鉱石の収容所へ送り強制労働をかし、男には戦場での討ち死にを強制した。
まだ捕まっていない花持ちもいるようだが彼らは国直々に指名手配を掛けられほとんどの花持ちはすでに死んでいる。
そして今彼らは国同士の小競り合いの生贄にされるべく送りだされている最中であった。
「しっかしな、お前みたいなやつが国から逃げおうせていたなんて」
同じテーブルを囲んでいた人達からも視線が集まる。
「どうやったんだ??黒髪黒瞳をもって民衆の目をかいくぐるなんてそう簡単にお前ほどの坊ちゃんが出来るわけないだろう」
たしかに彼らの目には異質だったのだろう。私よりはるかに黒が小さいのに見つかった彼らと逃げおうせていた私、そりゃ不思議に思って当然だ。
というか、、、坊っちゃん????
「よくここまで生きてきたな。」
ぐりぐりと頭をなでられる。気遣ってくれるのは嬉しいけど、坊っちゃん、、、
「僕の家は貴族だったんです。でも花持ちに身分は関係なくて...すぐ花持ちの子供が詰め込まれる施設に送り込まれました。そこでシルクさんと知り合ったんです」
「ふうん...」
王家は魔王の存在なんて本当に信じているのだろうか。彼らの境遇はあまりにも惨いようだった。
「さあ、そろそろ寝るぞ。明日は大いに暴れてやろう」
次々と明かりが消えていく。だがその場は明るい空気に満ちていた。
彼らは希望を捨てないのだろう。
さあ、あしたは決戦だ。