伸ばした手の先 1
「日々是好日」のキリや古賀の同級生の話です。以前別サイトで掲載していた話を加筆修正いたしました。
「うるせぇ」
そんなに大きくはないけど、よく響く声に教室中が一瞬で静まり返った。
帰りのSHR。私たちと同じ、4月からこの高校に新任としてやってきた副担任が、ほっとしたように、でもどこか怯えながら連絡事項を口にしはじめた。因みに担任の先生は、コレも勉強、とか何とか言って、手を出そうとはしない。
生徒に対してもそうだけど、「自主性を重んじる」というより「放任」の言葉が近い気がする。一応、まだ一年生なのだ…私たち生徒もそうだけど、副担任も。もう少し気を遣ってくれてもいいんじゃないかな、と思ったりする。
「あんなふうだから、舐められるのよ」
男の癖に、と後ろから聞こえた小さな声に思わず苦笑する。私の後ろの席の優ちゃん――井澤 優香――は癒し系のモデル張りの美少女ではあるが、実は相当の毒舌家でもある。…親しい間柄のみ、知る事実ではあるけれど。
彼女と知り合ったのは入試のとき。隣の席の美少女に思わず息を呑んで「かわいい」と、呟いたら「ありがとう」って返ってきて。受験の休み時間に色々話して、気があって。新学期に同じクラスに居るのを見てお互い驚いたけど。
そんな彼女の片思いの相手が、その副担任だと知ったら、ショックを受ける人たちが多いだろうな、と思う。
中学のときの家庭教師だったそうで「障害は多いほど越える甲斐がある」とは本人のお言葉。
「何が可笑しいのよ、ちさ」
声を出さずに居ても笑っていたのは、ばれているので、振り返って「ごめん」と小さく手を合わせると、軽く肩を竦められた。
「それでは、これで終わります。みなさん気をつけて帰ってください」
「きりーつ。礼」
挨拶が終わると、さっき以上の喧騒に包まれる。
「に、しても流石『久住』といったカンジよね」
優ちゃんの方を向くと、彼女はため息をつきながら窓際の空いた机に視線を向けていた。早いなぁ、もう帰った…あ、部活か。弓道部。中学のときはサッカー部で結構上手くて、推薦の話もあったってきいたけど、高校になって、入部した部活を聞いて、正直驚いた。
「誰に影響されたのやら」は、中学の時の友達の台詞だけど。
「あいつ、中学のときもあんなカンジだったの?」
「どうだろう?」
首をかしげ考える。私と久住くんは同じ中学の出身だ。このクラスになって初めての自己紹介のとき出身中学も言ったから皆知っている。
ちなみに、この高校の同じ中学の出身者は私たちをあわせて全部で5人。通学に不便というわけではないけど、もっと近いところにいくつか高校があるから、自然そちらに進むメンバーが多い。
「でも、まぁ、そんなに変わってはいないかな?」
「…可愛げの無い中学生」
ぼそりと呟く優ちゃんに思わず笑いが零れる。
高1ですでに180cmを超えている彼は、それに見合った体つきを持っているし、少しきつめではあるけど整った顔立ち。
でも、女の子たちにはどちらかというと敬遠されている。理由は「無口、無愛想、そして恐い」その上、上級生と喧嘩して勝った。とかチンピラを投げ飛ばした、という「事実」が(噂、ではなく事実なのだ。両方とも相手が悪いということが判っていて、厳重注意だけで済んでいるけれど)あれば、普通の女の子なら敬遠するのも仕方が無いと思う。
「クールでカッコいい」と影で憧れる女の子達もいるらしいけど、近寄ってきた相手に冷たい一瞥を投げかけて、そこから立ち去っていくから、今では遠巻きに見てることはあっても近くに女の子がくることは無い。どうやら、自分の言葉使いが荒い、という自覚はあるらしい。というか、中学の時から先生や周りに度々注意されていたみたいだし。まぁ、その「中学時代」に上には上が居るっていう存在が山ほど居たからね。
先生方から「手の掛からない学年(二年以降の評価だけど)」と言われた、西中53期生の中心メンバーは、良くも悪くも個性的な人物たちの集まりだった。高校になって、久住君って目立つ存在だったなぁ、って再認識するくらいに。
実は、優ちゃんにも話したことはないけれど、久住くんは幼稚園からずっと一緒だったりする。
でも、それは私が住んでいる場所では珍しいことじゃなくって、中学卒業するまでクラスの四分の一はそんなメンバーだった。近場の幼稚園に通っていれば、同じ学区の小学校、中学校にあがっていく。幼馴染とか、そういった関係とは違う同級生。当然親同士は知り合いだし、色々情報が筒抜けだったりするけど、一緒に遊んだとか、そういった記憶は無い。
何度か同じクラスになったことはあって、わたしの姓が木村なので日直が同じ時もあったけど、でもその程度。
共通の友人は何人かいるけど、直接関わったることは殆どなかった。流石に「話したこともない」とは言わないけど、会話らしい会話が成り立った記憶も無い。
友達の友達が友達とは限らない…けど。
人間関係って、ちょっとした事で変わるものだと思い知るのは、すぐだった。