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初めての依頼人


俺、カイ・メルタがカガク屋で奇妙な体験をしてから一週間。

俺はカガク屋にずっと通い続けていた。


「はぁ……」

「どうした、そんな溜息をついて」

今日のアリッサは初めて会ったときと同じように作業机に突っ伏して、そして溜息をついていた。

最初のときと違うのは作業机の横にかけられた、石。

黒地に入った金のラインが美しいそれはタイガーアイという天然石だ。

「ねぇ、護石パワーストーンって知ってる?」

アリッサはタイガーアイを手に取り、その手の中で転がしながら唐突にそんなことを尋ねた。

「護石……特殊な力があり、持っているとご利益があると言われている宝石のことか」

宝石は、ダイヤモンド、エメラルド、ルビー、サファイアの四大宝石をはじめとする貴石やクォーツ、アゲートなどの半貴石に区分される。

そしてそれらには特別な力があると昔から信じられている。

例えば、紫色が美しい宝石、アメジストはこの地方では毒を防ぐ力があると言われており、診療所の扉にはアメジストが埋め込まれている。

このように、護石は歴史的にも古く、そして今でも生活に関わりがあるのだ。

ちなみに俺の好物であるガネトの実の名前の由来となったガーネットは、持続力や忍耐力、洞察力、直観力などの上昇。

他にも他人との友情や愛などに効果があると言われている。

「そうそれ。なかなか素敵だよね」

アリッサはタイガーアイを布で磨きながら、また溜息をつく。そして溜息で曇ったタイガーアイを再び磨く。

さっきからずっとそれの繰り返しだった。

「じゃあさ、護石としてのタイガーアイの意味は知ってる?」

再びの質問に俺はタイガーアイに関する知識を脳内の図書館から引っ張り出す。

そしてその質問の答えがわかると同時に、彼女の溜息の理由もわかった。

「お前も、苦労しているんだな」

「うん……」

机に突っ伏したままのアリッサに思わず同情する。

タイガーアイの意味。それは強力な邪気払い、自己実現、決断力、実行力、そして――仕事運、金運の強化。


「仕事、ほしいなぁ……」

アリッサの悲痛な呟きが店の中に染み渡った。


――――


「とりあえずキッチン借りるぞ」

「あ、ならついでにコーヒー淹れて」

「客を何だと思ってるんだお前は」

文句を言いながらも律儀にコーヒーの準備をする。俺が二人分のコーヒーを用意するのは、この一週間のうちに定番となっていた。

「そういえば、だ」

「ん、何?」

俺が差し出したコーヒーを受け取ると、アリッサは砂糖を入れながら聞き返した。

その様子をそっと見ると、普段はスプーン二杯分入れる砂糖を今日は一杯しか入れていなかった。

「俺はこの1週間ずっとここに通っているよな」

「そうね……うわ、苦い」

しかめっ面をして、口をつけたコーヒーをじっと見つめている。やはり砂糖半分は苦かったか。

「でだ。俺はただの一度もここに俺以外の客が出入りしているのを見ていないんだ」

「……うん」

しょんぼりとうなだれる様子を見て触れてはいけないことだったかと思う。しかし、俺にはどうしても確認したいことがあった。

「そして、俺は町で一度も『カガク屋』という単語を見たことも聞いたことも無い」

変な店がある、という噂は別にしてだ。あれは一種の怪談みたいなものであって、店の内容に関することではない。

アリッサはと言うと、彼女は何も言わず、ただ俯いている。

「もしかして、お前は一度も店の宣伝をしていないんじゃないか?」

その一言を発した瞬間、店の中は一瞬で緊迫とした空気に変わった。

アリッサの持つカップがカタカタと音を立てて震えている。

それだけではない。アリッサ自身も下を向きながら、ぷるぷると震えている。

思わず身構える。やがて、ゆっくりと彼女の口が開き、言葉がつむがれていく。

「…って、……」

よく聞き取れない。顔を近づける。



「宣伝って……何?」

その一言で俺は盛大にずっこけた。


「うわ、頭から落ちたね。大丈夫?」

「大丈夫じゃないのはお前の商売に対する心意気だ……」

立ち上がるが、まだクラクラする。

カップに残っているコーヒーを一気に飲み干し、冷静になる。

そしてあらためて確認をとる。

「お前、本当に宣伝を知らないのか?」

「うん」

当然、といった顔で頷くんじゃあない。

この状態は店としてだめだ。というかそんなのだからあんな怪しい噂が立つんだよ。いや噂自体は至極真っ当なものだとは思うが。

「お前は……まぁわかっていないなら今からわかってもらえばいい。この状態をほうっておくわけにはいかないしな」

「なんで?」

かわいらしく首を傾げる。普段ならドキッとするのだろうが、今の俺にはあきれさせるくらいの効果しかなかった。

この女には宣伝の重要さを教えなければなるまい。 

「はっきり言ってやろう。このままでは確実に、そう確実にこの店はつぶれる」

「それはないでしょ」

「……その根拠は?」

「カガクだから?」

理由になっていない返答に思わず溜息がこぼれる。

「カガクがどれほどすごいものなのかは俺も認める。だがなアリッサ、店って言うのは客商売だ。客に自分の店がどんなことをしているか、そしてうちの店は他と違います、ということをアピールしないとだめなんだよ」

「ふむふむ」

アリッサはペタンと床に座り込むと、熱心に、かどうかはわからないが聴き始めた。

あのような発明をするのだから頭はいいのだろうが、本当に分かっているのだろうか。

「例えば、パンを買いに行くのにお前は本屋に行くか?」

「そりゃあ、行かないよ。本屋にパンなんて売ってないもの」

「そう、本屋にパンは売っていないから、パン屋に必ずお前は行くよな」


そこで一旦言葉を区切り、また話し出す。

「じゃあ、本屋にもパン屋にも看板がなくてどっちがどっちかわからないとしたら、お前はパン屋がわかるか?」

「え、それだったら……確認しないとわからないよね?」

「だろう? つまり宣伝しないと客に必要なものが此処にあったとしても、客は欲しいものが此処にあるかどうかはわからないんだ」

ただでさえこの店は怪しいから人も来ないし、と心の中で毒づく。

「そっか……宣伝って大切なんだ」

「あぁ」

ようやく重要性を理解したのかアリッサは二度三度と頷き、そして突然立ち上がる。

「じゃあ、早速宣伝に行こう!」

「だぁぁ、あせるな待てパジャマで出て行こうとするんじゃない! 着替えてから行け!」

立ち上がった勢いそのままにパジャマで飛び出そうとするアリッサを止めながら、こいつにとって常識とはなんなのかと一度問い詰めたくなった。



――――


外に出ると風が優しく吹いていた。町のあちこちに生えている花がそれにあわせて揺れる。

春の暖かさを表現するかのように、赤い煉瓦の壁が立ち並ぶ。

所々土埃が舞う以外はまさに散歩日和といったところか。

「うーん、よく考えたら開店以来店の外に出たのはじめてかも。うん、気持ちいいね!」

「一体どんな生活を送っていたんだお前は……いややっぱり言わなくていい」

アリッサを着替えさせた後、土埃の舞う通りを歩きながら町の中央の広場に向かう俺たちは、片や意気揚々と歩き、片や溜息をついて歩いているというなんとも対照的なコンビになっていた。

どちらがどちらかはいうまでも無い。

着替えたアリッサの姿はロングスカートに白いインナー、そして上着を羽織るという、意外にも普通の格好だった。

もっと奇妙な格好をすると思っていたが。

「それで、広場に行ってどうするの?」

「ん? あぁ、自由に使える掲示板があるからそこで店の広告を出すんだ」

「広告、かぁ。どんな文がいいんだろ……」

「普通に店のアピールを……あぁ、普通のっていっても店自体が普通とは言いがたいからな……どうしたものか」


広場へ向かいながら、アリッサは商売に関しては知識が無いのか、俺に商売に関する基本的なことを聞いてはその答えに様々な反応を返していった。


やがて、広場が見えてきた。

広場は子供連れの母親が井戸端会議をしていたり、犬を散歩させている青年がいたりと、なかなかの賑わいを見せていた。

「ほら、これだ」

「これが掲示板かぁ……」

広場の中央にある掲示板をまじまじと観察するアリッサ。そして一言。

「思ってたよりも地味だね。私の看板の方が目立ちそう」

「アレと比べるなよ……」

あんな奇妙な物体は目立つというより浮いていると言うべきだ。

そもそも看板と掲示板じゃ役割が違うし、あの看板は本来の役割も果たせていない。


「まぁそれはともかく。さっさと広告を貼るぞ」

「ん、そうだね」

掲示板に広告を貼るだけなので特に問題も起きず、あっさりと終わったので店へ戻ることにした。

「それにしても、本当にあんなのでお客さんが来るのかな」

「意外と掲示板を見る人は多いんだ。うちでも安売りを告知するときは使うからな」

「そうなんだ……ところで、カイの家は何をやっているの?」

アリッサが俺の顔をじっと見つめて、そう尋ねる。

「あぁ、俺の家はこの国でもそこそこ有名な商家でな。この町にも店がある」

「そうなんだ……いいなぁ、家が誇れるような仕事で」

そう呟くアリッサの目が、何故か遠くを見ていた。

親と何か問題でもあったのだろうか。

「そんなんでもないさ。親の敷いたレールに従うだけだからな。本当につまらない人生だと思う」

あえて聞くようなまねはしないが、話しているうちに自分の将来のことを思い、つい溜息が出た。

「つまらない人生、か」

アリッサは俺が吐き捨てた言葉を繰り返して、そして、再び俺をじっと見つめる。

「ねぇ、カイには夢があるの?」

「夢……そうだな、今のところ、ぱっと思いつくものはない」

つまらない、と思われるかもしれないが本当にないのだから仕方ない。こんなところで嘘をついても仕方がないことだし。

「そっか……ならさ、夢を持とうよ。夢をかなえるために努力して、もしかしたらつまらない人生を変えられるかもしれないよ」

そんなことを堂々といえるアリッサの姿がまぶしくて、思わず目をそらしてしまった。

「じゃあ、お前にはどんな夢があるんだ?」

「私の夢はね……」


ぐぅ。


突然の音。それが俺の目の前にいる女から発せられたのは、目の前にある顔が真っ赤に染まっていくことが証明していた。

「あはは……お腹減っちゃったや」

「なんだそりゃ……ははっ」

照れ隠しでアリッサが笑い、そして頭をかく。釣られて俺が笑う。


「じゃあ俺は帰るよ、またな」

ひとしきり笑って、呼吸が落ち着いてから帰路に着いた。

「あ、うんお疲れ。また明日ねー」

それにしても夢、か。考えたこともなかったな。

「……あ、家にご飯ない。ごめんカイ、ご飯おごって!」

「……いや、地下室に生えている果物食えよ」

「いくら果物が豊富でもパンの代わりにはならないのっ!」



――――


翌日。俺は相変わらずだらだらと『カガク屋』で過ごしていた。

「ねーカイ。本当にあんな掲示板に出した広告なんか効果あるの?」

アリッサが机に突っ伏しながら尋ねる。

今日の格好はパジャマではなく純白のワンピース。

こいつが家でパジャマ以外の格好をしているのを見るのは初めてかもしれない。

「まぁ一日二日で変わるものじゃないだろ。気長に待てばいい」

コーヒーを差し出すとアリッサは起き上がり、そしてソレを受け取ってぼそりと呟く。

「気長に待っていたら倒産しちゃいました、何てことにならないといいけど」

むしろ何故そんな状態になるまで放っておいたのかが疑問だ。

理屈はわからないがすごい発明をする以上、頭は悪くないはずなのだが。

「まぁそうならないように頑張らないとな」

「むぅぅ……どうればいいんだろ、本当」

ふぅと溜息をつくと、アリッサはコーヒーを一口、二口と飲み、そして一言。

「苦い」

今日のコーヒーは砂糖なし。ほろ苦い現実を表しているみたいだと思った。

「そういえば、アリッサ」

「ん、どしたの」

「昨日は聞けなかったが、お前の」

夢はなんだと尋ねるのと、来客を告げるカランカランという鈴の音が響いたのは同時だった。

入り口のほうを見ると、腰の曲がった老婆がいた。

「ごめんカイ、また後でね。いらっしゃいませーっ! さぁ、こちらへどうぞ」

「すみませんねぇ」

アリッサが接客用の豪華なイスへと老婆を促すのを見届けて、俺は店外へ行こうとする。

「あれ、カイどこ行くの?」

「いや……俺がいたらまずいだろ。あくまでも俺は暇だから手伝っているだけで、ここで働いているわけではないし」

「んー……でも私だとこのあたりのことでわからないこともあるし、できれば一緒に聞いていて欲しいんだけど」

「そうは言ってもな……」

こういう商売で大事なのは相手の信用だと、個人的には思っている。

依頼を外部の人間に堂々と聞かれるというのはあまり気持ちのいいものではないだろう。

「いえいえ、私のことなら気になさらず」

しかし、その心配もこの老婆にはいらなかったようだ。

「では、お言葉に甘えて」

俺はアリッサの隣に座り、共に話を聞くことにした。


――――


「この町を出て南に少し行ったところに、草原があるでしょう? そこには昔夜になると月も出ていないのにぼぅっと光る場所があったんです。今はもう見れなくなってしまいましたが」

老婆は懐かしむように呟く。

「『妖精の広場』と呼ばれていた場所のことですか」

その場所の話は聞いたことがあった。とくに目立った場所のないこの街にとっては数少ない観光名所だったそうだ。

「えぇ……私と夫の思い出の場所です。夫はもう亡くなってしまいましたが、それはもう綺麗な場所でした」

「そんなに綺麗だったんですか……それで、その場所がどうかしたんですか?」

隣のアリッサが尋ねる。

「……今はもう見れないあの綺麗な思い出の景色を……私と夫の思い出の景色を、もう一度だけ見させて欲しいんです」

老婆はどこか遠くを見るような目で、そう呟いた。

「私ももうすぐあの人の元へ旅立つんです……少々長く生き過ぎた気もしますから、他に思い残すことはありません。これだけがただ一つの心残りなんです……どうかお願いします」

そう言うと、老婆は頭を下げる。

「無茶なお願いだとはわかってはいます……ですが、あの景色が忘れられないんです」

「……わかりました、お婆さん。私に任せてください」

老婆の手を取ると、アリッサはじっと目を見て、そして力強く頷く。


「カガクの威信にかけて、お婆さんに絶対にもう一度思い出の景色を見せてみせます」


はっきりと強い意志を秘めた目だった。


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