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その店は変なお店屋さん

穏やかな気候とそれなりに豊かな資源が特徴の、逆に言えばそれしか特徴が無いのだが、どこにでもあるような町、ケスキンケルタ。

春を迎えたばかりのこの町では今、ちょっとした問題……というよりも噂が話題の中心になっている。

どこにでもある町並みの、どこにでもあるような街角にその噂の中心地はある。

一週間ほど前からできたというその店は、何を取り扱っているか不明。窓からそっと覗くと見えるのは何に使うのか分からない謎の物体の数々と、働く気はあるのか、と思わず突っ込みたくなるほどだらだらとしている少女の姿。

おまけに三角形と五角形が組み合わさった奇抜な形の看板。

俺、カイ・メルタがそんな怪しい店『カガク屋』に入ってみようと思ったのは、噂になるほど奇妙な店と言うのはどんなものなのか、という好奇心からだった。

家業である商家を継ぐことが決まって以来、退屈な日々を過ごしてきた俺にとっては、ある種のストレス解消のつもりだった。


「おじゃましまーすって、オイ……」


カランカラン、と小気味よい鈴の音を立てて店に入ると真っ先に目に入ったのは、大小様々な物が乗った作業用と思われる大きな机に突っ伏してすぅすぅ、と寝息を立てる、銀髪の少女。

確かに噂通りの姿だが、客が来たのに気が付かないというのは如何なものか。


「他に店員はいないのか?」


辺りをキョロキョロと見回すが人の気配はない。

代わりに目につくのは、噂に聞くような訳のわからない物体ばかり。


「本当、何の店なんだ此処」


綺麗に整頓された物体に若干呆れながら、その中の一つを手に取ろうとする。


「あ、それは直に触れちゃダメ」

「うおぁぁ!?」


突如後ろから聞こえた声に驚き振り返る。


「お客さんが来てたのに寝てたなんて。失敗しちゃったな」


声の主は先ほどまで寝息を立てていた少女。

客の前で寝ていたことが恥ずかしいのか、若干顔が赤い。


「まぁそれはいいか。ようこそ、『カガク屋』へ」


そう言って、少女はわずかに首をかしげて微笑む。

その動きに合わせ、髪がふわりと揺れた。




「私が店主のアリッサ。アリッサ・ケトラよ、よろしく」

「あ、あぁ。俺はカイ。カイ・メルタだ。よろしく」


アリッサと握手を交わしながら、改めて彼女を見る。

歳は17、18あたりだろうか。

部屋に差し込む日光を受けて輝く銀の髪はしなやかで、肩を少し過ぎるあたりまで伸びている。わずかに彼女が動くたびに揺れ動くその髪が、心を乱す。

彼女の肌は白く美しく、太陽の下ならばきっと宝石のように輝くだろう。

その瞳は水晶も曇って見えるほど澄んでいる。

彼女の整った顔立ちは多くの男を魅了するだろう。服の上からでもわかるくらいすらっとした身体は、作り物ではないかと錯覚するほど。

一言で言い表すなら、容姿端麗。まさにそれだった。

ただ一つの点を除けば。


「どうかした?」


握手をした後黙って見ている俺を変に思ったのか、アリッサが首を傾げる。


「あ、いや何でもない。それより一つ聞いていいか?」

「ん、何?」

「なんで、パジャマ?」


パジャマ姿でなければ、100点満点だったのに。惜しい。非常に惜しい。

……いや、これはこれでありなのか? 何しろ斬新過ぎて反応に困る。


「だってこの格好楽だし。それに着飾ってるとさ、飾り物みたいじゃない? いかにもマスコットです! みたいな感じの。そんなの御免だからね」


まぁ、周りから見たら変だよね、と苦笑をこぼしながらくるくると回る。あぁ、間違いなく変だよ。

しかし、くるくると回るその動きすらひょっとしたら計算してやっているのではないか、と思うくらいに様になっていた。


「いやでもお前、仮にも仕事中ならそれなりの格好を……」

「そうだ、仕事!」


俺はそんな様子にわずかに心動かされつつも、半ばあきれかけて咎めようとした。

しかし思い出したかのように突然アリッサが声を上げるので、最後まで言うことはできなかった。


「あなたの依頼を聞かないとね、何しろ初めての仕事だからがんばらないと」


うんうんと頷きながら、アリッサは今までの会話の流れをぶった切って仕事へと話を持っていく。

なんというか、こいつは会話のペースが人と少し違うようだ。


「いや、そもそも此処は何の店なんだ? そこから説明してくれ」

「え、知らないのに来たの?」


素っ頓狂な声をあげる。知らないから聞いたんだろうに。


「あ、あぁそうなんだ。ちょっと気になったから入ったんだが」


変な店という噂を聞いて興味本位で来ました! などと正直に言うわけにもいかないし、それに別に嘘を言っているわけではない。

適当にごまかした上で、説明を促す。


「んー、まぁいっか。じゃ、店の紹介をさせてもらうね」


接客用なのか、店の様子とは不釣り合いに豪華な椅子に座るよう促す。

俺が椅子に座ると、アリッサはその向かいの椅子に座り、説明をはじめた。


「まずこの店は錬金術とその派生であるカガクを用いて人々の生活での困ったこと、通常では解決できない問題、さらには『こういうものがあったらなー』なんていう願望すらかなえてしまえ! という――」

「ちょ、ちょっと待った!」


延々と話を続けるアリッサを思わず止める。


「何?」


説明を途中で止められたのが嫌だったのか、若干不満そうな顔でこちらを見る。


「なんなんだよ、その錬金術だとか、カガクって」

「あー、ごめんなさい。錬金術やカガクなんて普通知らないもんね。まず錬金術っていうのは……」


延々と錬金術だのカガクだのについて語り始めそうな雰囲気を察した俺は、先手を打つことにした。


「専門用語についての解説はいいから、この店についてだけ簡単に頼む」

「……何でも屋、が一番近いかな」


えらく簡単にまとめたなおい。


「つまり、いろんな悩みとか、要望を、その、カガクだかで解決するってことか?」


そういう事、とアリッサは満足げに頷く。


「普通なら無理な要望や、こんな道具があればいいのに、なんてものも任せて。で……」

「さぁ、どんなことをお望みで? 犯罪以外なら大体は可能だよ?」


ぐい、と身を乗り出して依頼を聞くその様子に思わず苦笑いをする。

いくら初仕事とはいえ、必死すぎる。


「あぁそうだな、ちょっと待ってな」


いきなりそのような事を言われても、直ぐには思いつかない。

誰でも出来ることを頼んでも意味はないし、かといって余りに突拍子もないことを頼むと、せっかくの暇つぶしが無駄になってしまう。

とはいえ、ここで何も頼まずに退くには、あまりに好奇心が育ちすぎていた。



「じゃあ、ガネトの実を一つくれないか」


考えた末、俺は好物を持ってくるように頼んだ。


ガネトの実。


ガーネットという宝石によく似た色をしていることから名付けられたこれは、甘酸っぱい味が特徴の、この地方では秋を代表する果物だ。

……そう、秋を代表する。

冒頭にあるように、今の季節は春。

春ではまだガネトの樹は実がなるどころか、花も咲いていない。

つまりこの時期にガネトの実を得ることは不可能。

さぁ、どうするカガク屋。自然では不可能なこともカガクで可能にして見せるのか。それともごめんなさい無理です、と平謝りしてくるか。

どちらにしても暫くの間話のネタにはなるだろう。

このときの俺は、まだそんなことをのんきに考えていた。


「はいはい、ガネトの実ね、今から採ってくるからちょっと待ってて」

「あぁ、いってらっしゃい。ご飯までには帰ってこいよ……ってちょっと待てオイ」


今この目の前にいるお方は何とおっしゃりやがりましたか。

今から取ってくる、ではない。今から採ってくる、だ。


「お前、ガネトの実は秋の果物だぞ?今から採ってくるなんてことが出来るわけないだろ!?」


今から採りに行って秋まで帰って来ないつもりか。

それともあれか、確かにちょっと待てとは言った。しかしいつまで待てとは言ってないだとか、そんな言葉のマジックでも使う気か。

俺がそんなことを考えている間、アリッサはずっと下を向いてなにやらぶつぶつと呟いていた。


「……ふふふ、それよ」

「はぁ?」

「その反応を待っていたの! 期待通りの反応ありがとう!」


顔を上げたアリッサの目は、これ以上ないくらいキラキラと輝いていた。




――――





「普通ならこの時期では採ることができないガネトの実を採るなんて、信じられないよね? なら、一緒に来ない? というか来るよね?」


キラキラと輝いた目のまま、アリッサは俺の手を取ると、ついてくるようにもちかける。

アリッサの柔らかな手の感触と暖かさが、俺の鼓動をわずかに早める。


「それに、興味もあるんじゃないかな? あるはずのないガネトが、あるところ」


そういって、彼女はふふっ、と微笑む。

その微笑が、行動を起こす決定打となった。


「一緒にいくっていっても、どこにだ?」


近くの森? 否、この時期にガネトの実はついていない。というか実がなっているなら俺はここには行かず直接森へ行く。

商店? 論外。この町の店の品揃えと入荷時期は大体把握しているが、そもそもガネトの実がないのだから入荷のしようが無い。

では、どこへ行くのか。

ひょっとしたら、どこか知らない世界なのかもしれない。

例えばカガクとかいうわけのわからないものによって、鏡の中へ行くのかもしれない。

そこでは季節が反転していて、今はちょうど秋。そしてその世界では、鏡の中の俺が春の味覚を求めてこちらの世界へ……

大変だろうが、面白くなりそうだ。

そんなくだらない妄想を繰り広げていると、突然、前から、何かが外れたような音がした。

思わず顔を上げると、アリッサが床を開けて、梯子を降りようとしていた。

なるほど、地下室というわけか。

さっきまで考えていた冒険が全否定され、少し残念な気分だった。



「早くしないと置いていくよ?」

「あ、あぁすまないすぐ行く」


それにしても、植物を採りに行くのに、地下?

疑問は絶えない。


――――



春などという季節は、地下にはあまり関係が無い。

一年中ひんやりと涼しく、薄暗く、そして少しかび臭い。


「この場所があったから、私はこの家を借りることにしたの」


ランプを掲げて進むアリッサが、そんなことをぽつりと呟く。

彼女の肌がランプに照らされる。周りが薄暗いことも相まって、その白さがさらに際立つ。


「地下室がないと何か困ることでもあるのか?」

「まぁ見てのお楽しみ、かな」


そして、また微笑む。

俺を地下室へと誘ったときと同じ。何かを隠していて、そしてそれを見せたがっている。

こいつは絶対にイタズラとかサプライズを好む性質だ。間違いない。

そんなことを思いながら、彼女にゆっくりとついていく。


「さぁ、ついた」


地下に降りてからわずか五分ほどだろうか。俺達の目の前に現れたのは、四つの大きな扉。

左から順に『春』『夏』『秋』『冬』と、いかにも女の子らしい字で書かれた貼紙がしてある。


「ガネトの実は、秋の果物だったよね」


彼女は自分自身に確認をとるかのように呟くと、『秋』と貼られた扉を開けた。

その瞬間、扉という楔から解き放たれた光が押し寄せる――


最初は、目を開けていられなかった。

比喩でもなんでもなく、部屋は本当に光に満ちていたのだ。

暗い場所から急に外に出たとき、まぶしくて目が開けられないことがある。それを考えてもらいたい。理解してもらえただろうか。

ただ、なんで地下室から、それもランプの光よりも強い光が誰もいないはずの部屋から?


やがて、目が慣れてきた。

そして、再び光が押し寄せてきた。


目の前に広がるのは、その葉を紅に染めた木々。さらさらと流れる小川。そして空、否、天井を見上げると…そこには太陽。

そう、そこにあったのはまさに『秋』を切り取ったかのような光景。


「これが、カガクの力よ」


アリッサが何か言っているが、耳に入ってくる言葉が意味を成さないくらい、俺は呆然としていた。

しばらく言葉が出なかった。


「……一体、どういう仕組みなんだ?」


なんとかひねり出した言葉は、好奇心を抑えきれずに飛び出た質問だった。


「まず、ここは私の発明品『気候調整機』によって秋の気候を再現した部屋なの。でもいくら気候を再現しても光が無くては植物は育たない。そこで登場するのが、天井に取り付けられた『地底の太陽』。これがまたすごくてね、太陽の光と同じ成分の光を作り出すことが出来るの! で、これによって植物が育つのに適切な環境を作り出す。この二つの装置を使って一季節ずつずらした四つの部屋を作る。あとは実際の時間の流れとあわせて部屋の時間も動かしていけば、植物が育つ。これで一年中どんな作物や果物でも味わえるってわけ!ちなみに、ここの水は地下水を利用してるの。井戸とかと同じね」

「……つまり、カガクの発明品で人工的に秋を作り出したってことか」


機械の事はよくはわからないが、どういう仕組みなのかは、感覚的に分かった。

この部屋を見なければ俺はこの話を絶対に信じなかっただろう。

しかし、目の前に広がる『秋』を見せ付けられては、否定などどうしてできようか。


「ちょっと待っててね」


アリッサが木々の中の一つ、ガネトの樹へ向かい、実の一つを器用にもぎ取る。彼女の髪がまたふわりと揺れる。

その光景を見ていると、彼女がまるで森の妖精ではないかとすら思えてくる。

もっともパジャマ姿の妖精がいるのならば、だが。


「はい、どうぞ」


彼女が俺に手渡したのは、手ごろな大きさのガネトの実。

綺麗な柘榴色が、食欲をそそる。

あぁ、早くかじりつきたい。あの甘酸っぱさをこの時期に堪能できるなんて。


「新鮮なうちに食べたら?まぁ、水で洗ってからだけどね」


そんな俺の逸る気持ちを察したのか、アリッサがここで食べてもいいと許可をくれた。


「あぁ、そうさせてもらうよ」


水で洗う手間すら惜しい。ささっと流して、皮をむき、そしてかじりつく。


一口齧れば、ふんわりと口に広がる甘酸っぱさが。

もう一口齧れば、ジューシーな果肉が。

さらにもう一口齧れば、口の中で踊るように果汁が、俺の口を、舌を、心を楽しませる。

気がついたら、既にガネトの実はなくなっていた。

幻だったのではなく、自分が気づかないうちに食べきってしまっていたのだ。


「この時期にガネトの実が食べられるなんてな」


「食欲は人間の三大欲求だからね」


感慨深く呟く俺と、その様子を見て小さくガッツポーズをするアリッサ。

このとき、俺は既にカガクなる未知の世界に、心奪われていたのかもしれない。


「さて、御代のほうなんだけど」

「あぁ。いくらだ?」


これだけの奇妙な体験だ、多少の高値でも喜んで払おう。


「んっとねー、初めての仕事だから無料でいいよ」

「本当にか!?」


思わず声を荒げる。なんとも申し訳ないが、ここは好意を素直に受け取ることにした。


「なんか悪いな。こんな体験までさせてもらったのに」

「別にいいよ。その代わり、なんだけど……」


そこまでいうと、アリッサは苦笑を浮かべる。


「店の中にいると話し相手もいなくて退屈だからさ、遊びに来てくれると嬉しいんだけど」

「そうはいってもな……」

「カガクの機械だっていくつか見せてあげるし、ガネトの実もいくつかあげられるけど」

「毎日でも通わせてもらおう」

「態度変わるの早いね……」


若干呆れられながらも、まぁよろしくね、と手を差し出すアリッサの手を、俺は強く握り返した。

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