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転(陰謀の健康診断)

あたしは今千秋と共に、とある総合病院の中にいる。


白い壁、白い天井、白い蛍光灯、白い服の職員。

なにからなにまで、白で埋め尽された空間は、清潔感よりもうすら寒さの方をより強く強調してくる。


昨日の夜、夏世に電話でお願いした。

「明日の健康診断で提出される、知秋ちゃんの検尿と検便と血液サンプルかすめ盗って来て、マル害の着衣のお腹の染みとDNA比べてほしいんだけど」

と。


疑いを持ち始めた取っ掛かりは、二番目の被害者が矢沢蛍子だったことだった。


彼女は、オリンピック級の空手家だ。

その彼女がなす術無く叩き潰されている。

それは、最初の一撃を無警戒かつ無抵抗の状態で加えられたことを意味している。


どういう立場の人間なら、その状況に持ち込むことが出来るのか。

可能性は、絶対的に信用でき、しかも、抵抗することが許されない相手だった場合のみであると言っていい。

例え顔見知りだったとしても、夜に、人気の無い場所に連れ込まれたりしたら警戒しない筈がない。


それが可能な者。


それは、国内で唯一、仕事を妨害されると【現行犯で逮捕することが出来る】権限を持つ警察官ではないのだろうか。

余程根性の座った者でなければ警察手帳を提示されただけで萎縮してしまうだろう。


もし、仮に、【話を聞きたいだけ】と誘い出され、自分に何もやましいことが無かった場合、要求を断る必要はあるだろうか。



無い。



そんな必要は、全く無いのだ。


蛍子が潰し魔、あるいは潰し魔グループである可能性は、その殺され方で即座に否定することができる。


やはり、可能性としては、相手が警察官だったということしか残らない。


警察官は、身を守る術としてなにか格闘技を身に付けることが暗黙のルールとして存在している。

したがって、今までの推論だけで知秋を潰し魔であると断定することは、当然ながら出来ない。



だが。



彼女は、口を滑らせてしまった。


確かに、知秋は最初の事件の現場に入ったそばから……、……、こう言っていたのだ。


「狂ってる……。

【女の子】なのに……。

こんなの酷すぎます!

何も出来ない【女の子】をこんなにになるまで【素手で】殴り続けるなんて!!」

と。


最初のマル害は未だに身元すら判明していない。

しかも、その遺体はあたしが夏世に、

「こんな立派なおっぱい」

という言葉を使ってその主が女性であることを説明した程、女性としての体格が完成されていた。

にも拘らず、【女の子】である。


確実に大人の女性の体格で顔が判別できない遺体に対して、女の子という表現を使った理由は、その被害者が女の子(未成年)だったということを初めから知っていたからではないだろうか。


更に言い訳のしようもないのは、【素手で】殴り続けたという言葉だ。


あの段階では、鑑識官からも、検死官からも、機捜隊からも、素手で殴り殺されたとの情報はもたらされてはいなかったのである。

それはそうだろう。

あの言葉は、現場到着後にいの一番で遺体を確認に行った知秋が、開口一番に発した言葉なのだから。


無論、その間に知秋に接触した、捜査官や検死官が誰一人居ないことは、ずっと側に張り付いていたあたしが証明できる。


知秋が潰し魔だ……。

残念ながらこれはもう、動かし難い事実であると言っていいレベルに到達している。


後は、物証だけ。


夏世には、DNAが一致したら、宇治課長に逮捕状の請求手続きを執ってもらうように指示してある。


全ては、この健診が終わってからだ……。









もはや、潰し魔は、先輩しか存在しない。

今から思えば、先輩は、否定しなかった。

あたしが何の気無しに言った、【女の子】や、【素手】に対して、さも当たり前のようにそれを前提に話を進めている。


知っていたからではないだろうか。


怪しい点はまだある。


蛍子さんの時の、包帯だ。

蛍子さんの口の千切れ方は、間違い無く右の拳を叩き込まれたものだ。

傷口の範囲が右側の方が広く、短冊型に縦に、潰れたり残ったりしていた。

指が当たった部分の肉が潰れ、指の間の部分が助かったと考えるのが自然だろう。

そして、その拳を口の内部まで押し込むことによって、生えている歯を全てへし折った、そう考えて間違い無い。

だとすれば、絶対に右手の甲と指に蛍子さんの歯が食い込んでいる筈なのだ。

確実に、包帯クラスの怪我になる。


確かに、あの日はあたしも、右手の指と甲がえぐれていた。

肉が丸見えになっていて、血の代わりに黄色い汁が止めど無く出て来るほど、えぐれていた。


だが、それは、あたしの寝相が悪くて手をそこら中に打ち付けていたからに過ぎない。

その証拠に、部屋が血まみれになってしまっていた。

とにかく、寝て、起きたらそうなっていたのだ。

寝ているあたしに、蛍子さんを殺せる訳が無い。


今日は、健康診断だ。

当然、検尿、検便、血液検査がある。

これらを行うためには、サンプルが必要になる。


羽沢先輩に、これらのサンプルを警察で回収して別な検査に回してもらうよう、電話で依頼しておいた。


身内から潰し魔が出てしまうのは残念だが、これ以上の犠牲者を出さないためにも、この騙し打ちは、必要悪なのである。


健診終了と同時に、潰し魔事件も終わる。




〈続く〉

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