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subsistence  作者: 街尾 起
3/5

第三章

気がつくと目の前が真っ暗になっていた。顔を右に曲げると、普段見えている光景が九十度ずれていた。つまり、今俺は寝ている。

「あら、気がついた?」

書類の山でほとんど余裕のない机に向かっていた春日先生がこちらに振り向く。

「は、はぁ・・・」

「そう構えなくていいわよ。どう、これが夢じゃないってわかってくれた?」

判るわけがない。しかし、今はこれが夢ではないのかもくらいには理解しだしている。右足には包帯が巻かれており、ある一点だけが赤く染まっている。

「いてっ・・・」

「頬を叩くぐらいじゃ信憑性がないと思ってね。銃弾は摘出したし、感染症の心配もないわ。二、三日安静にしていればすぐ治るわよ。まあ撃たれたショックで四時間ほど気絶したようだけど・・・」

まったくなんてこった。俺の腕時計は午後十一時をさしている。いくらなんだってここまでリアルタイムな夢があるか。

「ふふ、そうね。まあ今日は遅いからもう寝なさい。あなたのこれからについては翌朝検討するとしましょう。」

眠れる気分ではなかったが、もし夢だとすると寝てしまえば夢から醒めるかもしれない。夢でなかったとしても、ってそんなはずがない。こんな悪夢からは早く醒めるに越したことはないが、さっきから気になっていることがある。少しでも疑問を解決してからでもいいだろう。

「あの、聞きたいことがあるんですけど・・・」

「なに、どうしたの?」

「”アヌビス”って・・・なんなんですか?」

委員長や先生が散々口にしていた単語だ。口ぶりからしても、この世界の中でこの”アヌビス”とやらと戦っているのはわかるが・・・

「それについても明日教えるわ。・・・もしこれが夢なんだとしたら知ったところで意味ないでしょ?」

それもそうだ。寝覚めが悪くなるだろうが、そんなことはたいした問題じゃない。

「今の内にゆっくり寝ておきなさいね。辛いのは明日からよ。」

―俺はこの言葉の意味をよく考えなかった。まあ起きたら普通に飯食って学校いってまたろくに進まない映画撮影にかりだされるのだ。その程度のことを考えながら俺は眠りに落ちていった。その後何が待ち受けるのかも知らずに。―


人の睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠の二種類があり、レム睡眠に陥ってるときに人は夢を見るという。身体は寝ているが脳は起きているという状態だ。起きているとはいっても完全に覚醒している時とは違い、自分が起きているという意識は持たない。つまり、無意識。普段は思わないようなことが夢に現われることがあるという。例えば、恋愛感情を抱く人物がいたとする。実際に交際しているわけではないが、一種の独占欲のような感情が芽生えていたりすると、夢ではその人物が出てきてあたかも自分のことが好きであるような設定の物語が進むのだ。まあこれは例であって、もっと妖しい夢を見る人もいるかもしれない。


まあそんなことはどうでもいい。俺は猛烈に眠い。普段なら午前七時頃になる目覚ましが俺の惰眠を妨害するのだ。まあ目覚ましに起こされるのは構わない。学校があるからな。問題なのは、誰かが俺を揺すってるということだ。母親ですら起こしに来ないのに、俺を起こそうとする不届き者はどこの馬鹿だ。

・・・ん?待てよ。一家では俺が一番早起き。兄弟はいないし、両親共働きで俺が学校へ行く頃に起床する。だから律儀に俺を起こす奴なんて家族にはいないはずだ。

「・・・・・い・・・・・さい・・」

い、さい?

「・・・・起きなさい!」

鼓膜が破れそうな大声で怒鳴られ、その時初めて俺を起こそうとしたのが春日先生であることに気付いた。

「あれ・・・ここは・・・」

時計を見る。午前五時だ。いくらなんでも早すぎじゃないか。いや、突っ込むのはそこじゃねえな。

「夢じゃ・・・ないのか・・・」

もはや夢ではないな。存在感ありまくりだ。昨日よりはマシだが痛む右足。空腹で唸る腹。そういや昨日夕飯食べてないな。

「敵襲よ!第4分隊の駐屯地まで引き揚げるわ!急いで車に乗りなさい。」

「て、てきしゅう?」

「詳しいことは後で説明してあげるわ!死にたくなかったら黙って乗りなさい!」

促されるままに車に乗り込む。その中には委員長だけではなく、見知ったクラスの面々が乗り合わせていた。しかし誰もが俺を奇異の目で見る。「誰だコイツは」なんて声が聞こえてきそうだった。いや、聞こえてる。

「何がなんだかって顔してるわね。とりあえず、今は黙っておきなさい。聞きたいことは後で教えてあげるわ。」

と耳打ちしてきたのは春日先生だった。


車に揺られること十数分。さっきまでいたところと同じようなテントが張られていた。違うのは、死体がない。

「ここは中継基地のような役割の場所だから、配置されている兵も少ないの。」とは委員長の弁。

ともかく、俺はテントの一番奥まで連れて行かれた。周りから見えないような場所である。

「あまり他の兵に聞かれたくないからね。まあ烏丸さんは知ってるからいいけどね。」

烏丸というのは委員長のことだ。俺の知ってる先生は委員長と呼ぶんだがな。

「あなたのクロノ粒子に差異が見られるというのは昨日話しました。覚えてる?」

忘れるものか。自分が異世界人だなんてエキセントリックな告白を聞いたとあってはな。

「それで、私や烏丸さんのクロノ粒子も調べたんだけど、やはりあなただけ違った。それで詳しく調べたんだけど、この世界では検出されないはずのデータが出てきたの。初めはアンノウンと表示されるから驚いたわ。でもこの世界にある成分と非常に近い成分であることは判ったの。ある種の病原体よ。伝染性はないみたいだけど、今までに見たことのないものだったわ。」

「それって・・・どういうことですか」

「だから、この世界には存在し得ないものをあなたは持っていたということよ。そのポケットに入れてるものも、この世界には存在しないものよ。」

と先生が俺の腰のポケットを指差す。そこに入ってるのは、一世代前の携帯電話だ。

「・・・・圏外・・・・」

まったく通じる気配がない。いや、通じないだろう。昨日から見える景色は、一面の荒野だ。鉄筋コンクリートでできた建築物はどこを見てもない。

いや、上を見上げても張り巡らされているはずの電線がない。聞いてみたが先生が俺を調べるのに使ったものは地熱発電を利用した自家発電式らしい。

「それが何に使うものなのかは知らないけど、私が使ってるコンピュータより遥かに高度な技術が使われているのでしょう?この世界の技術じゃそこまで小型化できないわ。」

なるほど、先生達にはこれが通信に使うものだとわからないらしい。さっき見たがこの世界では遠方と連絡を取り合うのに伝書鳩を使っているようだ。まるで第二次大戦だよ。

「私たちが知らないものをあなたが持ってる。それと同時にあなたが知らないことを私たちが知ってる。もしあなたが未来から来たのだとしても”アヌビス”を知らないなんてありえないわ。だからあなたは異世界人と結論づけるしかないのよ。」

またこの単語だ。”アヌビス”って何なんだ。

「・・・そうね。この世界に来てしまった以上、知らないわけにはいかないでしょうね。いいわ。教えてあげる。」

そして先生の長い講義が始まった・・・


「およそ四十年前よ。アメリカ合衆国が宇宙船を打ち上げたの。」

ん?それって・・・アポロ計画のことか?

「あら、知ってるの?」

「ええ、まあ。六十年代には人類を月に到達させるという計画だったんですよね。それで着陸して、アームストロングさんだったかが、有名な言葉を残したんでしょう。人類にとっては大きな一歩だとか」

「へぇ。あなたの世界じゃそうなっているのね。でも私たちの世界では違うわ。地球圏を脱出して、月の周回軌道には乗ったの。でもいざ着陸するというときに突然爆発したの。エンジントラブルだと当初は結論づけられたわ。でもある観測家が、爆発する前にUFOが見えたと言ったのよ。勿論誰も信じなかった。でもその二週間後、突然地球の主要都市が攻撃を受けたの。それと同時に、当初実験段階だった放送機器が一斉に同じ音声を発したのよ。―母星を破壊するに飽き足らず外宇宙にまで支配を目論む愚か者どもよ。心せよ。汝らは滅ぶべき劣等種なり。我らは”アヌビス”―どうも地球人が宇宙にまで進出しようとしたことが気に入らなかったらしいわね。それで”アヌビス”は地球を浄化するという名目で虐殺を始めたの。近代文明は瞬く間に崩壊していったわ。それ以来地球人と”アヌビス”は終わりの見えない戦争を繰り広げている。正確な数は把握できないけど、今の地球人口はおよそ二十万人とみられているわ。」

思わずクラッときた。二十万人・・・それがどれだけ少ない数であるというかは言わずとも明らかであろう。

「戦争は今膠着状態、いえ地球人の劣勢にあるのだけど、この状況を打破できるかもしれないの。我々にとっての切り札ともいえる物が集結しつつあるのよ」

「切り札?」

「日本中に展開している戦力がここに集まってくるのよ。正式に訓練された兵は少ないのだけど、志願兵が自衛軍の大多数が占めているの。その数はおよそ十五万人。多いとは言いがたいけど抵抗軍としては貴重な戦力なの。」

ふとここで気になることがある。その”アヌビス”とやらの戦力はどのくらいなんだ?

「正確な数は把握できてないわ。でもここ数年で着々と減少しつつある。確かに”アヌビス”の力は強大よ。でも私が開発したツールがあればあるいは・・・」

「そのツールとは・・・?」

「聞いて驚きなさい、人型戦術機動兵器エクストラターミネートコマンド、通称ETCよ!」

「イ、ETCですか!?・・・高速道路?」

「・・・・・ねぇ、あなたの世界じゃETCって何の略なの?」

「はいっ!?え、えーと、確か、エレクトロなんとか・・・よく知りませんけど、道が混まないようにする装置ですよ」

「はぁ・・・なんか格好つかないわねそれじゃ」

と、いうことでめでたく略称はETCからETF、エクストラターミネートフォースと改められることになった。そんな適当でいいのかい。

「・・・・・・・・人型って所に突っ込んで欲しかったわ」

という先生のぼやきは無視することにした。


「それともうひとつ、これは知っておいて。”アヌビス”なんだけどね、外見の特徴は私たち地球人と全く区別がつかないのよ。今までの戦闘から、青い血を流すことと、幻覚を見せたりできることがわかってるのだけど、それだけよ。」

外見の区別がない、幻覚を見せられる・・・ふとこの世界に迷い込んだであろう時の光景がフラッシュバックした。あの時視えた謎の姿。そして俺を殺そうとした謎の人物。とすると俺は既に”アヌビス”と一度対峙しているということか。そういやあの時俺の他にいた奴って誰なんだろうな。礼くらいいっておかないと。

「幻覚を見せられた人は一時的な精神錯乱に陥ってしまうの。だからあなたが初めて烏丸さんと会ったとき、彼女はあなたを見て”アヌビス”と戦闘したのだと思ったんだわ。多分彼女からして支離滅裂なことをいっていたんでしょうねあなたが。」

そういうことであれば納得がいく。俺は委員長のことを良く知っている。だがこの世界の委員長は俺のことを全く知らない。俺が愛嬌を込めて委員長と呼ぶことも、委員長が俺でよく遊んでいたことも、俺の気持ちも・・・

「本来なら一般人であるあなたを避難シェルターにまで保護しないといけないのでしょうけど、今はそんな余裕もないの。それに軍の機密を知ってしまった。だからね―」

先生が不気味な笑みを浮かべた。額からひやりとした水滴が流れた。嫌な予感がする。

「今からあなたには軍属になってもらうわ。戦争が終結しない限り、あなたをもといた世界に戻す余裕すらないもの」

・・・・・・だそうだ。嫌な予感、百パーセント的中・・・

して、俺の「死闘!異世界奮戦記」が幕を開けた。

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