第二章
ふと俺は「もしかしたらこれって夢なんだろ?」って思った。
何故かって?さっき言っただろう。誰かの姿が”視えた”んだ。誰もいなかった(後ろにいたが)教室でな。教室は非常に暗かった。自分の手元すら見えなかったんだ。なのに漠然と誰かを感じた。伝聞だけじゃ伝わりきらないだろうが、そうだな、一言で言えば超能力か。
「・・・って誰に話しかけてんの?」
「ん?その声は、委員長か?」
良かった。夢であるにしろ見知った人物に出会えたんだ。だが、
「・・・は?何いってんの?」
何言ってるって・・・委員長は委員長だろ?
「あなた、”アヌビス”と戦闘したの?意識が錯乱してるのね?」
・・・・はい?えーと、”アヌビス”??戦闘??何の冗談だ?
「黙ってて。医療部へ連れて行くわ。」
「えーと、何処って―」
「いいから!」
珍しく委員長が怒った顔を見せる。まあついていくか。それしかないだろう。
―このときはまだ自分がおかれた状況の深刻さに気づいていなかった―
三十分ほど歩いただろうか。お互い押し黙ったままだった。いや、俺が何か話そうとすると、
「静かにしてっ!死にたいの?」
なんて言うからな。何故死ぬのかなんて疑問も許してくれなさそうな雰囲気だった。
「着いたわよ。・・・先生っ?おられますか?」
着いたっていわれてもな・・・俺は自分の思考回路を疑わざるを得なかった。
これは夢なんだぞ・・・夢は普段無意識に感じていることが現れるという。それが本当なんだとしたら、なんだってこんな、荒廃した街の中にテントが張ってあって、死体が転がっていたりするんだ。俺って、何気にSっ気があるのか?
「はいはい、どうしたの?」
テントの中から女性が出てきた。―って、
「春日先生っ!?」
「・・・えっ?・・・っ、あなたは!?」
「なんだ、春日主任の事は覚えてたのね。」
え?主任だって?保健主任は確か・・・
「ど、どうしてあなたが生きているの!?」
「どうしてって言われても・・・え?」
生きているってどういうことだ・・・
「あの、主任?どうかなされましたか?」
委員長が先生に尋ねる。俺が聞く手間が省けたな。
「・・・・あなたは・・・戦死したんじゃ・・・」
春日”主任”が言うにはこういうことだ。俺は第32分隊所属の軍曹で、二週間前の作戦行動中に戦死したらしい。はっはっは、馬鹿らしい。俺は夢の中で甦るヒーローを演じたいらしいな。
「だって、つい先日あなたの死体を処理したのよ・・・まだ焼却処分はしてないと思うけど・・・なんなら見る?」
そして連れて行かれた死体置き場で俺はまたしても自分の思考回路を疑った。
名前も知らない語ることのない者たちにまぎれて、普段鏡ごしに見ている顔、つまり俺が、全身傷だらけ―銃で撃たれたような痕、刃物で切られたような切り傷―で横たわっていた。その顔は苦悶に歪んでいる。
「二週間前よ・・・第32分隊は”アヌビス”の前哨基地の偵察任務に行っていたの。偵察そのものは成功したわ。自衛軍本部も、貴重な情報が手に入ったって喜んでいたの。・・・でもそのときの通信が逆探されたんでしょうね。帰還途中、ここから3キロメートルもない地点で大規模な爆発があって・・・私を含む一個分隊で見に行ったら、第32分隊が全滅していたわ・・・」
「主任、だったら彼は何者なんですか?もしかして・・・」
「いえ、”アヌビス”にクローン技術なんてない筈よ。それに彼は私たちのことを知っているのでしょう?クローンでは記憶までは複製できないわ」
さっきから何の話をしているんだこの人たちは。SFなんて見ないからな。って、知らないことがなんで夢に出るんだ?
「悪いけど、ちょっと血液サンプルが欲しいの。採血しても構わないかしら?」
「ええ、まあいいですけど・・・」
「ちょっと気になることがあるの。すぐ済むわ」
そして待つこと十五分。春日”主任”は実にうそ臭い、だが真実であるという事実を土産に帰ってきた。
「混乱しないでよく聞いて頂戴。あなたの血液成分と戦死した”あなた”の血液成分を比較分析してみたの。そうしたら、信じがたいデータが出てきたわ。あのね―」
「先生、焦らさないで教えてください。俺は・・・」
「先生ってあなた、主任に向かって―」
「いえ、いいのよ。彼がこう呼ぶのも多分これで説明がつくだろうし。彼と”彼”のDNAデータは完全に一致した。でもクロノ粒子に差異が見受けられたの。つまり―」
「つまり・・・」
「あなたが異世界から来たという事になるわ・・・」
異世界だって?はっはっは、よほどメルヘンな夢だ。そろそろ寝汗をかき始める頃だろう。久しぶりに早起きしてみるのもいいだろう。さて、頬を抓ってみるか。
「痛ッ・・・」
「何してるの?やっぱり”アヌビス”に精神汚染を受けたんじゃ・・・」
「いえ、違うわね。彼はこの世界が夢なんだと思ってるんだわ。自分が見ている夢なんだとね。」
当たり前だ。だってそうだろう。異世界から来ただの自分が死んでただの冷静に考えなくても普通じゃない。でもだったら何故夢が醒めないんだ?
すると春日先生がこう言った。
「これが全部夢だと思うの?」
えっ―
「全部自分の無意識が見せている幻だとでも思うわけ?」
あ、当たり前じゃないですか・・・
「もし幻なんだとしたら痛みとかは感じないわよね?」
な、何を言ってるんですか先生・・・なんて言っていられる状況では無かった。
「・・・ッ!!」
痛みより先に感じたのは違和感。足にひんやりとした金属が刺さってくる感覚。そしてそれについてくるように走る激痛。
「し、主任っ!!何して・・・」
「これが夢であるかそうでないかは自分の身体で身に染めないと判らないでしょ?」
一体何が起こったのか一瞬では理解できなかった。だが直にこの痛みが何なのかを理解することとなった。
自分の右太股から赤い鮮血が流れている。そして目の前にいる春日”主任”が持っているのはさほど威力の無いであろう拳銃とその銃口から立ち上る硝煙。そう、俺は撃たれたのだ。怪我を治すのが仕事であるはずの先生に・・・