第五話 契り
目を覚ますと、そこには——
涙流すアリスの美しい顔があった。
が、すぐに消えた。
その顔は、俺の顔の真横、肩の上に移った。
作務衣の肩に、涙が染みる。
胸と胸がふれあい、背中には優しく両手が回された。
髪の毛の香りが俺の鼻腔に通る。
ああ……良い香りだ……。
「奈依さん!奈依さん……!良かった……良かったぁ!!」
「アリスちゃん……また、助けてくれたの?」
「何言ってるんですか!?助けてくれたのは、奈依さんです!三日三晩意識が戻らなくて、もう、ダメかと……うぅっ……」
「そんなに、寝てたのか……」
「はい……ぐすっ……」
めちゃくちゃ泣いてくれてる……
本当に、優しい子だなぁ。
だけど、なんて言葉をかけたら良いか、わからない。
こんな状況は、32年の人生で初めてだから。
……この場合、俺も、抱いて良いのだろうか?
むしろ、抱いた方が、良い?
恐る恐るアリスの背中に両手を回す。
すると、彼女の抱擁の強さが増した。
ドクン、ドクン、ドクン。
いつぶりだろう。
こんなにも心臓が高鳴るのは。
でも、これは、
「ワンチャンいけそう」
という邪悪な高鳴りではない。
本当に大切な存在と、確かに関係が深まっていくことへの、聖なる高鳴りだ。たぶん。
「奈依さん……少し、お話を聞いてもらえますか?大事な、お話です」
「うん。もちろん。何でも聞くよ」
「ありがとうございます。奈依さん、あの魔物が言っていたように、私は"召喚体"として選ばれたようなのです。どういう仕組みなのかは知りませんが、召喚体は魔物に認知され、大まかな居場所を突き止めれてしまうのは、ご存知ですよね?だから、私は今すぐにでもこの町を出ないといけません。でないと、また魔物が私を狙って襲いに来ますから。なので……奈依さん。もし、よろしければ、私の旅に同行していただけないでしょうか?」
そうなのか。
この世界にそういうシステムが存在することは今知った。
ゲームにはそんな設定はなかったはず。
少なくとも、現バージョンでは。
まあそんなことは、もはやどうでも良いんだけど。
「うん。もちろん。喜んで」
「本当ですか!?ありがとうございます!良かった……」
ホッと胸を撫で下ろすアリスだが、
「あと、ですね……実は、もう一つありまして……」
話はまだ終わりではないようだ。
「ん?」
「召喚体は、召喚士の召喚に選ばれると、強制的にその召喚士の仲間として瞬間移送されるのは、ご存知ですか?」
「え!?そうなの!?でもまあ、そうか……」
なるほど。
ゲームでは、召喚体はアスナに召喚された瞬間アスナの仲間になるが、同時に召喚されてない方の本体の生活もそのまま続く。
だから、例えばシュミットが仲間として後ろに立ちながら、ストーリー上で初めて出会ったシュミットと話をするなどという、あのカオスな状況が起こる。
このカオスほぼ全てのキャラゲーの宿命だ。
だが、この世界では、そのカオスは起こらないようだ。
よくできてるじゃないか。
「はい。なので、もし、私が召喚に当たってしまったら、奈依さんともお別れになってしまいます……」
「そっか……それは、悲しいな」
「それに、もしそうなったら……きっと私は奈依さんのことを忘れてしまいます。召喚体は召喚に応じると、召喚士の仲間として旅をするのに足を引っ張るような記憶が消えるらしいのです」
……なるほど。なるほど。
やはり、とてもよくできている。
だが、それは……
「嫌だ!それは……嫌だな」
っと、つい叫んでしまった。
が——
「私も!そんなの、絶対……いやです……」
彼女の指が俺の作務衣の背をギュッと掴む。
「アリスちゃんも、嫌なんだ。それは……嬉しいなぁ。でも……防ぐ方法は、ないんだよね?」
「いえ……あります。一つだけ」
「え、あるの!?どうすれば良いの?」
「……私と、奈依さんが……"一つ"になれば、私は強制召喚に応じない召喚体になることができます」
……え?それって……。
「この家は、夕方まで……私たちだけです」
ドクン。ドクン。ドクン。
「私は、奈依さんとなら……しても、良いですよ……」
ドクン!ドクン!ドクン!
「奈依さんは……どう、ですか?」
…………。
そりゃ、したいさ。
君のような美女としたくない男など、いないだろう。
それに俺は、リリース初日から君を推してきた。
君と旅をするために、あのゲームを始めたくらいだ。
俺にもう少し経済力があれば、初日に天井まで課金してたに違いない。
そんな中で、こうして実際に君と出会った今となっては——
もう、好きだよ。完全に。
でも、だからこそ……
簡単には、したくない。
ちゃんと気持ちを伝えたい。
誠意を伝えたい。
「アリスちゃん。ありがとう。そう言ってもらえて、素直に嬉しい。俺も、君が突然いなくなるのなんて、嫌だ。考えたくもない。でもね……それは君が俺にとって、本当に特別で、大切な存在だからなんだ。だから、やっぱり"順番"は大事にしたい。まずは、俺の気持ちを伝えさせてくれ。俺は……君のことが、好きだ。だからこそ、君を汚したくない。もし、君がまだ俺のことをそこま——」
俺の言葉は、彼女の唇に遮られた。
「私も……好きぃ……」
そのまま彼女は俺の上に被さり、俺たちはゆっくりと一つになっていった。




