第一話 天井目前で転落
俺の名は真田奈依。
神奈川県のとある町で蕎麦屋をやっている。
性別が判然としない名前だから言っておくと、男だ。
歳は32で、独身。
店は母親と二人で切り盛りしている。
父は俺が幼い頃離婚したきり、どこで何をしているのか不明。
5つ下の弟は大企業でサラリーマンをしている。
8年前に先代の祖父が他界して家業に入った俺はすぐに、弟にはこの店に関わらせないことに決めた。
休みは月曜のみで、土日休みの友達とはどんどん疎遠になっていくし、福利厚生もクソもないし、何より母親と家でも職場でも一緒というのは、実は精神的にめちゃくちゃキツい。
そしてどれだけ忙しくても、利益の大半は祖父が連帯保証人に逃げられたことで被った莫大な借金の返済に消えていく。
俺は弟を愛している。
もっとも、もはやそれくらいしか人生に意義が見出せないから、そこに固執しているだけかもしれないが。
とにかく、愛しているので、就活でちょっと苦戦したくらいで"いざとなれば家業がある"などという甘えを抱かせないために、彼が大学生のうちに徹底的にそれだけはあり得ないことを植え付けた。
俺の努力は報われ、弟は無事王手に就職し、都内でリア充社会人ライフを送っている。
めでたしめでたし。
で、俺はというと——
「長いなぁ、人生って」
と、最近よく思う。
自殺したいわけじゃない。
ただ、なんというか、退屈なのだ。
蕎麦屋というのは単純な仕事だ。
仕入れて、仕込んで、注文受けて、作って、出して、金をもらって、ありがとうございましたと言って、テーブルを片付ける。
この繰り返し。
うちはメニューも少ない。
というか、少なくした。
先代である祖父は、きのこそばだのカレー南蛮だのけんちんそばだの色々やってたが、俺が継いだらソッコーでほとんどやめて、せいろ、天ざる、鴨せいろといった王道にそば前数種類だけに絞った。
出るかもわからないものを仕入れて仕込むというのは、どうも気が乗らない。
そんなことに時間と費用をさくなら、そばや天麩羅のクオリティを上げて、歩留を良くした方が良いに決まってる。
案の定、経営は改善し、潰れる心配は今のところない。
まあ、利益はほとんど借金返済に消えるのだが。
客に美味しいと言ってもらえるのは、嬉しい。
それだけで十分だと、前までは思ってた。
これだけで満足していられないことが、俺がこの仕事に向いてない証拠だと思う。
もうね、飽きたよ。
毎日毎日同じことの繰り返し。
経済的に大きく潤うこともない。
そば打ちの技術を高める楽しみも、今はもうない。
おそらく、もう俺の才能の天井に当たってる。
だから俺の今の生きがいは——
スマホゲームである。
特にハマったのは某英霊召喚RPG。
去年の暮れに、第二部終章を終えた時は、一人ベッドで感涙にむせいだものである。
第三部もやるらしいが、第二部の終わり方が美しすぎたので、もう俺の中でのFGOは第二部までってことにしようかなと思い、とりあえず今はホーム画面から消してある。
で、まるで計ったかのように、つい先日、オープンワールドのスマホRPGの新作が日本の会社からリリースされた。
その名も『アースナイツ』
某オープンワールド中華RPGに出遅れた俺は、この時を待っていたのだ。
このゲームこそ、人生を捧げるに相応しい次なるゲームに違いない。
そう信じてインストールしたら、案の定、ガチのマジでハマってます。
クッソおもろい。
人生、最高。
そば打ちって聞くと、
「無念無想」
みたいなイメージあるだろ?
でもな、少なくとも今蕎麦を打ってる俺の脳内は、
「今日のログボで天井まで回せる!ぜっったい『アリス』を引いてやる!すり抜けたら……課金してやるぜ!2倍石、まだ買ってないからな!それくらいの金ならあるさ。これから先、雨にも負けず風にも負けず、幾度となく訪れるアプデまでの虚無期間にも負けず、限定キャラによる性能のインフレに飲まれて君がゴミと化していく未来にも負けず、俺は君を推し続けるさ!君と共に、俺はこの架空の世界を救うんだ!!」
という感じだ。
だからかな、
トントントントン!
って、いつも通りリズミカルにそば切ってたら、
スパッ
っと、駒板に乗せてる親指を切ってしまった。
半分くらいいったな、こりゃ。
血がものすごい勢いで流れる。
とりあえず止血して、早く続きを打たなければ。
そばは乾燥に弱い。
救急箱は一階だ。
急いで階段を降りようすると、今日にフラつき、足を踏み外した。
迷走神経反射かな?
まあ何にせよ、おそらく俺は階段を派手に転げ落ちた。
そして目が覚めると——
そこには、アースナイツの主人公の女がいた。




