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王女殿下と宮殿第三東棟の謎

王女エリザベータ・ルイーゼは、ある秋の朝、奇妙な文書を受け取った。

『宮殿年次防火点検報告書』

差出人は、宮殿管理局。

「また防火点検の季節ですね」

侍女のマリアンネが、書類を受け取った。

「はい。毎年恒例です」

エリザベータは、報告書を開いた。

点検箇所のリストが、詳細に記載されている。


本館:点検完了

東棟第一:点検完了

東棟第二:点検完了

東棟第三:点検延期

西棟第一:点検完了


「……東棟第三、点検延期?」

「何か問題でも?」

エリザベータは、延期理由の欄を見た。


延期理由:鍵の所在不明のため、立ち入り不可


「鍵の所在不明って、どういうことですか」

マリアンネは、首を傾げた。

「さあ……宮殿管理局に問い合わせてみますか」

「いえ、直接行きましょう」

エリザベータは、立ち上がった。

「面白そうです」

マリアンネは、溜息をついた。

「……また、何か始まりますね」



宮殿管理局は、宮殿の北棟にあった。

「王女殿下、ようこそ」

局長のエルヴィン・シュミットが、驚いて出迎えた。

「東棟第三の件で、伺いました」

「ああ、あれですか」

エルヴィンは、困った顔をした。

「実は、我々も困っているんです」

「鍵が見つからない?」

「はい。東棟第三の主要扉の鍵が、三年前から行方不明なんです」

エリザベータは、メモを取った。

「三年前から?」

「はい。鍵の管理簿には記載されているんですが、実物が見つからない」

「なぜ、三年間も放置されたんですか」

エルヴィンは、別の書類を開いた。

「東棟第三は、現在使用されていない区画なんです。ゆえに、優先度が低かった」

「使用されていない?」

「はい。十五年ほど前に、宮殿の機能再編があって、東棟第三の部屋は全て空室になりました」

エリザベータは、宮殿の配置図を思い浮かべた。

「東棟第三……あそこ、結構広いですよね」

「はい。部屋数は二十四室あります」

「それが、全部空室?」

「そのはずです」

エリザベータは、不思議に思った。

「では、鍵を壊して中を確認することはできませんか」

エルヴィンは、首を横に振った。

「宮殿の扉を破壊するには、宮内局の承認が必要です。『使用されていない区画の扉を壊す』という理由では、承認が下りません」

「では、合鍵は?」

「合鍵の作成にも、承認が必要です。同じ理由で却下されました」

エリザベータは、考え込んだ。

「つまり、東棟第三は、鍵がないために誰も入れず、誰も入れないために放置されている」

「……その通りです」

「でも、防火点検は義務ですよね」

「はい。ゆえに、毎年『延期』として処理しています」

エリザベータは、報告書を見直した。

「この延期、いつまで続けるつもりですか」

エルヴィンは、弱々しく答えた。

「……鍵が見つかるまで、としか」



エリザベータは、諦めなかった。

「東棟第三に、別の入り口はありませんか」

エルヴィンは、配置図を広げた。

「主要扉以外に、裏口が一つあります。ただし……」

「ただし?」

「そちらも、同じ理由で施錠されています」

「同じ鍵ですか」

「いえ、別の鍵です。しかし、こちらも行方不明です」

エリザベータは、配置図を詳しく見た。

「窓は?」

「二階以上にあります。外から梯子をかければ、理論上は入れますが……」

「それも、承認が必要?」

「はい。『宮殿外壁への梯子設置』には、安全管理局の承認が必要です」

エリザベータは、頭を抱えた。

「完全に袋小路じゃないですか」

「申し訳ございません」

エリザベータは、しばらく考えた後、尋ねた。

「東棟第三に隣接する建物は?」

「東棟第二と、東棟第四です」

「それらから、東棟第三に通じる内部通路は?」

エルヴィンは、配置図を確認した。

「……ありません。東棟第三は、独立した構造になっています」

「徹底的に孤立してますね」

「設計時の防火対策です。火災が広がらないように、各棟を独立させています」

エリザベータは、配置図を借りた。

「これ、持ち帰ってもいいですか。調べたいことがあります」

「どうぞ」



その夜、エリザベータは配置図を詳しく調べた。

マリアンネが、尋ねた。

「殿下、何を探しておられるんですか」

「抜け道です」

「抜け道、ですか」

「はい。宮殿は古い建物です。公式な図面に載っていない通路が、あるかもしれません」

エリザベータは、子供時代の記憶を辿った。

隠れんぼで使った秘密の場所、使用人が使う裏通路、忘れられた小部屋。

「……あ」

「何か?」

「東棟第二の地下には、古い貯蔵庫がありますよね」

「はい。今は使われていませんが」

「あそこから、東棟第三の地下に繋がる通路があった気がします」

マリアンネは、驚いた。

「殿下、いつそんなことを」

「十歳の時、探検して見つけました」

「……なぜ、今まで黙っておられたんですか」

「忘れてました」

エリザベータは、立ち上がった。

「明日、確認しに行きましょう」



翌朝、エリザベータとマリアンネは東棟第二の地下に降りた。

古い貯蔵庫は、薄暗く、埃っぽかった。

「本当に、通路があるんですか」

「あったはずです……ここ」

エリザベータは、壁の一角を押した。

石壁が、わずかに動いた。

「隠し扉です」

マリアンネは、呆れた。

「殿下……」

二人は、狭い通路を進んだ。

五十メートルほど進むと、階段が現れた。

「これを上がれば、東棟第三の地下に出るはずです」

階段を上がると、古い木製の扉があった。

エリザベータは、慎重に扉を開けた。

中は、暗かった。

窓から漏れる僅かな光で、部屋の様子が見えた。

「……これは」

部屋には、古い家具が積み上げられていた。

椅子、机、本棚、燭台。

すべて、埃をかぶっている。

「倉庫、ですね」

マリアンネが、呟いた。

「でも、なぜこんなに家具が」

エリザベータは、奥に進んだ。

隣の部屋も、同じように家具で埋まっていた。

「全部の部屋が、倉庫になってる……」

二十四室、すべてが古い家具と調度品の保管場所になっていた。



エリザベータは、宮殿管理局に戻った。

「東棟第三、見てきました」

エルヴィンは、驚いた。

「どうやって入られたんですか」

「地下の通路経由です」

「地下の……そんな通路、図面にありませんが」

「古い抜け道です。公式記録にはないでしょうね」

エリザベータは、メモを見せた。

「東棟第三は、倉庫として使われています」

「倉庫?」

「はい。古い家具がぎっしり詰まっています」

エルヴィンは、記録を調べた。

「……確かに、十五年前の記録に『旧家具一時保管場所として使用』とあります」

「『一時保管』ですよね。なぜ十五年も?」

「その後の処分計画が、策定されなかったようです」

エリザベータは、溜息をついた。

「つまり、忘れられてたんですね」

「……はい」

「それで、鍵も失くした」

「申し訳ございません」

エリザベータは、考えた。

「あの家具、どうするつもりだったんですか」

エルヴィンは、古い文書を探した。

「元の計画では、『価値のあるものは博物館へ、それ以外は廃棄』となっています」

「では、その計画を実行しましょう」

「ですが、予算が……」

「予算がないなら、申請してください」

エルヴィンは、困った顔をした。

「殿下、十五年も放置されていた家具の処分に、予算を出す理由が見つかりません」

「防火点検ができないことは、理由になりませんか」

「……それは、強い理由です」

エリザベータは、にっこり笑った。

「では、『防火点検実施のための障害物撤去費用』として申請してください」



二週間後、予算が承認された。

宮殿管理局は、東棟第三の家具整理プロジェクトを開始した。

エリザベータも、「外部協力者」として参加した。

「この椅子、装飾が素晴らしいですね」

博物館の学芸員が、古い椅子を調べていた。

「十七世紀の作品です。保存状態も良好。博物館に収蔵すべきです」

「では、こちらのリストに追加してください」

作業は、一ヶ月続いた。

二十四室の家具を、一つ一つ確認し、分類した。

結果は、以下の通りだった。


博物館収蔵品:八十三点

修復後再利用可能:百二十七点

廃棄対象:三百四十五点


「こんなに価値のあるものが、放置されていたんですね」

エルヴィンが、呆れた声を出した。

「はい。特に、この燭台は貴重品です」

学芸員が、金の燭台を持ち上げた。

「十六世紀の王室専用品。美術的価値は、銀貨五百枚相当です」

エリザベータは、目を丸くした。

「それが、倉庫に放置されていた?」

「信じられないことですが、はい」



家具の整理が終わると、東棟第三は空室になった。

エリザベータは、改めて部屋を見て回った。

「広いですね」

「はい。二十四室もあります」

「もったいないですね、使わないのは」

エルヴィンが、尋ねた。

「殿下、何かお考えですか」

「はい。この空間、何かに使えないでしょうか」

「例えば?」

エリザベータは、考えた。

「宮殿には、文書保管庫が不足していますよね」

「……その通りです。各部局が、文書の保管場所に困っています」

「では、東棟第三を文書保管庫として整備しましょう」

エルヴィンは、目を輝かせた。

「それは、素晴らしい提案です」

「ただし、きちんとした設備が必要です」

エリザベータは、メモを取り出した。

「防火設備、湿度管理、文書棚の設置。予算を計算してください」

「承知しました」



三ヶ月後、『東棟第三文書保管庫整備計画』が承認された。

予算は、銀貨三百枚。

工事が始まった。

防火壁の補強、消火設備の設置、空調の導入、専用書架の製作。

エリザベータは、工事の進捗を定期的に確認した。

「順調ですね」

工事責任者が、報告した。

「はい。予定通り、来月完成します」

「鍵の管理は、どうなりますか」

「新しい鍵管理制度を導入します。誰がいつ入室したか全て記録されます」

エリザベータは、頷いた。

「二度と、鍵の所在不明は起こらないようにしてください」

「承知しております」



半年後、東棟第三文書保管庫が完成した。

開庫式が開かれた。

宮内局長、宮殿管理局長、各部局の代表が集まった。

エリザベータが、挨拶した。

「本日、長年放置されていた東棟第三が、新しい役割を持って生まれ変わりました」

「これは、小さな疑問から始まりました。『なぜ、防火点検が延期されているのか』と」

「調べてみると、鍵の紛失、家具の放置、空間の無駄遣い、様々な問題が見つかりました」

「しかし、それらの問題を一つ一つ解決することで、宮殿の機能が改善されました」

エリザベータは、保管庫の扉を開いた。

「この保管庫が、皆様の仕事を支える場所になることを願います」

拍手が起こった。

宮内局長が、感謝の言葉を述べた。

「王女殿下のご尽力により、我々は長年の課題を解決できました。心より感謝申し上げます」



開庫式の後、エルヴィンがエリザベータに尋ねた。

「殿下、一つ質問があります」

「何でしょうか」

「殿下は、なぜここまで東棟第三にこだわられたんですか」

エリザベータは、微笑んだ。

「放置された問題を見つけると、放っておけないんです」

「それは分かりますが……」

「それに、宮殿は私の家です。家の一部が無駄になっているのは、悲しいじゃないですか」

エルヴィンは、頷いた。

「確かに、そうですね」

「あと、一つ聞きたいことがあります」

「はい」

「他にも、使われていない区画はありますか」

エルヴィンは、冷や汗をかいた。

「……実は、西棟第五も、似たような状況でして」

「詳しく教えてください」

「鍵は管理されていますが、十年間、誰も使っていません」

エリザベータは、メモを取り出した。

「理由は?」

「元々は客室でしたが、今は新しい客室棟があるので、不要になりました」

「では、次はそこを改善しましょう」

エルヴィンは、諦めた顔をした。

「……承知いたしました」



一年後、エリザベータの宮殿改革は、さらに拡大していた。

西棟第五は、研修施設に改装された。

北棟の古い厨房は、災害時用の備蓄倉庫になった。

南棟の未使用浴場は、修復されて宮殿職員用の福利厚生施設になった。

ある日、国王が尋ねた。

「エリザベータ、お前は宮殿を改革しているのか」

「はい、父上」

「なぜだ」

エリザベータは、答えた。

「宮殿には、使われていない空間がたくさんあります。それは、もったいないです」

「もったいない、か」

「はい。空間も、制度も、使われてこそ価値があります」

国王は、複雑な表情をした。

「お前は、王女らしくないな」

「よく言われます」

「だが、成果は出ている」

国王は、報告書を見た。

「宮殿の空間利用率が、三十パーセント向上したそうだな」

「はい。まだまだ改善できます」

「……頼もしいのか、恐ろしいのか、分からない」

エリザベータは、笑った。

「両方です」

その日の午後、エリザベータの元に新しい報告書が届いた。

『宮殿地下水路・長期未点検箇所リスト』

マリアンネが、溜息をついた。

「殿下、また何か始めるんですか」

「だって、面白そうじゃないですか。地下水路ですよ」

「危険かもしれませんよ」

「だから、調査が必要なんです」

エリザベータは、報告書を読み始めた。

宮殿の改革は、地下へと続いていく。

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