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王女殿下と消えた予算三十二銅貨

王女殿下と消えた予算三十二銅貨




王女エリザベータ・ルイーゼは、ある朝、奇妙な書類を受け取った。

『王女殿下専用経費に関する会計監査報告書(年次)』

差出人は、会計監査局。

「……会計監査?」

侍女のマリアンネが、説明した。

「はい。王族にも、年間の活動経費が配分されています。その使用状況の監査報告です」

エリザベータは、報告書を開いた。

項目には、彼女の一年間の活動が列挙されていた。


孤児院訪問経費:銀貨四十八枚

式典参加用衣装費:銀貨二百三十枚

教育関連費用:銀貨九十枚

その他雑費:銀貨十二枚


「……その他雑費?」

「細かい支出をまとめた項目です」

エリザベータは、詳細ページを見た。


その他雑費内訳:


筆記用具:銀貨三枚

書籍購入:銀貨五枚

不明支出:銀貨四枚



「不明支出、って何ですか」

マリアンネは、書類を確認した。

「……記録上、支出はされているが、使途が不明な金額だそうです」

「銀貨四枚も?」

「はい」

エリザベータは、眉をひそめた。

「でも、私、そんな使い方した覚えがありません」

「会計監査局は、『問題なし』と判断しています。銀貨四枚は誤差の範囲だと」

「いえ、気になります」

エリザベータは、立ち上がった。

「調べましょう」

マリアンネは、不安そうな顔をした。

「殿下、会計監査局が『問題なし』と言っているものを、わざわざ調べる必要が」

「あります。私の予算なのに、私が知らない支出があるなんて、おかしいです」

こうして、王女殿下の予算追跡が始まった。



最初に訪れたのは、会計監査局だった。

「王女殿下、ようこそ」

担当官のアダルベルトは、驚いた顔で出迎えた。

「お越しいただく必要はなかったのですが」

「不明支出について、詳しく教えてください」

アダルベルトは、台帳を開いた。

「銀貨四枚の内訳ですが、実は厳密には三枚九十六銅貨です」

「銅貨?」

「はい。非常に細かい金額なので、銀貨に丸めて記載しました」

エリザベータは、メモを取った。

「その三枚九十六銅貨は、どこから出てきたんですか」

「複数の支出の『端数』です」

アダルベルトは、別のページを示した。


筆記用具購入:銀貨三枚八銅貨

書籍購入(第一回):銀貨二枚五十二銅貨

書籍購入(第二回):銀貨二枚三十六銅貨


「これらの端数を合計すると、三枚九十六銅貨になります」

「でも、それは『不明』ではなく、『端数』ですよね」

「会計上は、銀貨単位で処理するため、銅貨の端数は『その他雑費』に含めます。そして、最終的に使途が特定できない部分を『不明支出』として処理します」

エリザベータは、考え込んだ。

「つまり、本当は使途が分かっているけど、記録の都合で『不明』になってる?」

「……その通りです」

「それ、おかしくないですか」

アダルベルトは、困った顔をした。

「おかしいですが、規定です」



エリザベータは、納得しなかった。

「マリアンネ、他の王族の会計報告書も見せてもらえますか」

「拝見できるかどうか、確認します」

翌日、マリアンネは五冊の報告書を持ってきた。

「国王陛下、王妃殿下、そして三人の王子殿下の報告書です」

エリザベータは、それらを並べて読んだ。

すべての報告書に、「不明支出」の項目があった。

金額は、それぞれ異なる。


国王陛下:銀貨十二枚

王妃殿下:銀貨七枚

第一王子:銀貨五枚

第二王子:銀貨六枚

第三王子:銀貨三枚


「……全員に、不明支出がある」

マリアンネが、頷いた。

「会計監査局によれば、『王族の会計には必ず端数が発生し、その処理過程で不明支出が計上される』とのことです」

「でも、それって制度の欠陥ですよね」

「欠陥、ですか」

「使途が分かっているのに、『不明』として処理される。それは、正確な会計とは言えません」

エリザベータは、新しいメモ用紙を取り出した。

「財務局に行きましょう」



財務局の担当官、オットーは王女の訪問に驚愕した。

「王女殿下が、直接お越しになるとは」

「会計処理について、質問があります」

エリザベータは、報告書を広げた。

「なぜ、銅貨の端数を『不明支出』として処理するんですか」

オットーは、規定集を開いた。

「『王族会計処理規則』第十三条により、銀貨未満の金額は『雑費』として一括計上することになっています」

「でも、その雑費の内訳は記録されているんですよね」

「はい、内部記録には残っています」

「なら、なぜ報告書には『不明』と書くんですか」

オットーは、言葉に詰まった。

「それは……報告書の様式が、銀貨単位での記載を前提としているためです」

「様式を変えれば、解決しますよね」

「……理論上は、そうです」

エリザベータは、にっこり笑った。

「では、様式を変更してください」

オットーは、冷や汗をかいた。

「殿下、様式の変更には、財務局、会計監査局、宮内局、そして最終的には宰相府の承認が必要です」

「分かりました。では、申請します」

「申請、ですか」

「はい。『王族会計報告書様式変更申請書』を提出します。様式番号は何番ですか」

オットーは、規定集をめくった。

手が震えていた。

「……様式第三百四十二号です」

「ありがとうございます」

エリザベータは、メモを取った。

「明日、提出しに来ます」



翌日、エリザベータは完璧な申請書を作成した。

『王族会計報告書様式変更申請書(様式第三百四十二号)』


申請者:王女エリザベータ・ルイーゼ

変更内容:「不明支出」項目を廃止し、銅貨単位での詳細記載を可能にする

変更理由:会計の透明性向上のため

添付資料:現行様式の問題点分析、新様式案


マリアンネは、申請書を見て呆れた。

「殿下、防災計画の改訂作業で書類作成を学ばれたのは分かりますが、まさかそれを会計改革に使うとは」

「だって、面白そうじゃないですか」

「面白い、ですか」

「はい。制度の矛盾を見つけて、改善する。これって、やりがいがあります」

マリアンネは、溜息をついた。

「殿下は、本当に官僚になりたかったんですね」

「なれないので、王女として出来ることをやってます」

エリザベータは、申請書を封筒に入れた。



財務局に申請書が提出されると、局内は大騒ぎになった。

「王女殿下が、会計様式の変更を申請された」

「しかも、申請書が完璧だ」

「これ、却下する理由が見つからない」

オットーは、局長の部屋に報告に行った。

財務局長フリードリヒは、申請書を読んで、長い沈黙の後に言った。

「……殿下の指摘は、正しい」

「はい」

「だが、これを承認すると、全王族の会計報告書様式が変わる」

「はい」

「それは、前例のない大改革だ」

「はい」

フリードリヒは、窓の外を見た。

「だが、やらない理由もない」

「……では」

「承認する。ただし、関係各局との調整が必要だ」

フリードリヒは、立ち上がった。

「会計監査局、宮内局、そして宰相府。順番に回る」

オットーは、書類を抱えた。

「お供します」



会計監査局は、意外にも好意的だった。

「実は、我々も『不明支出』という項目には問題を感じていました」

アダルベルトが、正直に認めた。

「銅貨単位での記載が可能になれば、より正確な会計が実現します」

「では、賛成していただけますか」

「はい。ただし、新様式の作成には時間が必要です」

「どれくらい?」

「二ヶ月ほど」

フリードリヒは、頷いた。

「了解した」

次は、宮内局。

「王族の会計様式を変える……」

宮内局の担当官は、難しい顔をした。

「それは、王族の活動をより詳細に記録することになります」

「はい」

「王族のプライバシーは」

「会計は公的記録です。プライバシーの問題はありません」

担当官は、考え込んだ。

「……分かりました。反対はしません」

最後は、宰相府。

宰相補佐官が、申請書を読んだ。

「王女殿下が、ここまで本格的な改革を提案されるとは」

「殿下は、真剣です」

「分かった。宰相に報告する」

翌日、宰相府から回答が来た。

「承認する」



三ヶ月後、新しい会計報告書様式が完成した。

『王族会計報告書(第二次改訂版・銅貨記載対応)』

「不明支出」の項目は、消えていた。

代わりに、詳細な内訳が銅貨単位で記載されるようになった。

エリザベータは、新様式を受け取った。

「……やりましたね」

マリアンネが、笑った。

「はい。殿下が、制度を変えられました」

「でも、これで終わりじゃありません」

「と、言いますと」

エリザベータは、新しいメモを取り出した。

「今度は、他の様式も見直したいんです」

マリアンネは、頭を抱えた。

「殿下、いい加減にしてください」

「だって、面白いんですもの」



新様式が導入されて一ヶ月後、財務局に予想外の報告が届いた。

「王族会計の透明性が上がったことで、他の部局からも『会計様式を見直したい』という要望が出始めています」

オットーの報告に、フリードリヒは苦笑した。

「王女殿下が、波紋を広げられたな」

「はい。特に、地方行政局からは『我々も銅貨単位での記載を導入したい』という正式な要請が来ています」

「それは……大きな変化になるぞ」

「ですが、理由は明確です。『王族が実施できることを、行政府ができないのはおかしい』と」

フリードリヒは、深く息を吐いた。

「殿下は、意図せずに行政改革の火種を作られた」

「どうされますか」

「検討する。ただし、慎重にだ」



半年後、エリザベータの元に一通の招待状が届いた。

『財務局主催・会計制度改善検討会へのご招待』


王女エリザベータ・ルイーゼ殿下

殿下の提案により実現した王族会計報告書様式の改訂は、

他部局の会計制度見直しの契機となりました。

つきましては、検討会にご参加いただき、

ご意見を賜りたく存じます。


エリザベータは、招待状を読んで、目を輝かせた。

「検討会、ですって」

マリアンネが、心配そうに言った。

「殿下、これ以上深入りすると、本格的に行政の世界に足を踏み入れることになりますよ」

「いいじゃないですか」

「王女が、会計制度の検討会に出席するなんて、前代未聞です」

「だから、面白いんです」

エリザベータは、返事を書き始めた。

「参加します、と」

マリアンネは、諦めた顔をした。

「……お好きなように」



検討会当日、エリザベータは会議室に入った。

集まっていたのは、財務局、会計監査局、地方行政局、宮内局の担当官たちだった。

全員が、王女の登場に立ち上がった。

「王女殿下、ようこそ」

フリードリヒが、席を勧めた。

「本日は、殿下のご提案を契機とした会計制度の全面見直しについて、議論します」

エリザベータは、席に着いた。

「よろしくお願いします」

議論は、予想以上に活発だった。

「銅貨単位での記載は、正確性を高めるが、記録の手間も増える」

「では、重要な項目のみ銅貨記載とし、軽微な項目は銀貨でまとめる方式は」

「それだと、『重要』の基準が曖昧になる」

エリザベータは、手を挙げた。

「提案があります」

「はい、殿下」

「金額の大小ではなく、『頻度』で分けてはどうでしょう。頻繁に発生する支出は銅貨単位で記録し、稀な支出は銀貨単位でまとめる」

担当官たちは、顔を見合わせた。

「……それは、合理的です」

「記録の手間と正確性のバランスが取れています」

フリードリヒは、メモを取った。

「殿下のご提案を、基本方針としましょう」

会議は、三時間続いた。

終了時、エリザベータは満足そうな顔をしていた。



一年後、新しい会計制度が全行政府に導入された。

『頻度別会計記載基準(エリザベータ方式)』

通称「王女方式」。

銅貨三十二枚から始まった小さな疑問が、国家全体の会計制度改革に繋がった。

ある日、国王が尋ねた。

「エリザベータ、お前が始めた会計改革、成功したそうだな」

「はい、父上」

「銅貨の端数から、よくここまで大きな話になったものだ」

「小さな矛盾を放置すると、大きな問題になります。だから、気づいた時に直すべきだと思いました」

国王は、複雑な表情をした。

「お前は、本当に王女らしくない」

「すみません」

「いや、謝ることはない。むしろ、誇りに思う」

国王は、窓の外を見た。

「お前は、王族でありながら、制度を良くしようとしている。それは、素晴らしいことだ」

エリザベータは、微笑んだ。

「ありがとうございます、父上」

その日の午後、エリザベータの元に新しい書類が届いた。

『道路補修計画における予算配分に関する質問書』

差出人は、地方の小さな村の村長。

「これ、計算が合わないんですけど」という内容だった。

エリザベータは、書類を読んで、笑った。

「また、面白そうな矛盾を見つけましたね」

マリアンネは、溜息をついた。

「殿下、それは殿下の仕事ではありません」

「でも、誰かが気づかないといけませんよね」

エリザベータは、返事を書き始めた。

王女の制度改革は、まだまだ続きそうだった。

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