表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/18

王女エリザベータ、規定に目覚める

王女が規定に目覚める


第一章:最初の疑問


むかし

エリザベータは、王宮の図書室で自分の背丈より高い机に囲まれて退屈していた。

「つまらない……」

王族として受けるべき教育――歴史、文学、音楽、舞踏。どれも、エリザベータには退屈だった。

「エリザベータ様」家庭教師のアンネ・フォン・ブルーメが呆れた顔をした。「また、授業中に別の本を読んでいますね」

「だって、詩の授業は退屈です」

「王族として、詩作は重要な教養です」

「なぜですか」

「それは……伝統ですから」

「伝統だから、という理由では納得できません」エリザベータは本を閉じた。「詩が王族の職務にどう役立つか、論理的に説明してください」

アンネは困った顔をした。

「……エリザベータ様は、いつもそうやって理屈ばかり」

「理屈が間違っていますか」

「間違ってはいませんが……」


その日の午後、エリザベータは図書室で一人過ごしていた。

詩集を読もうとしたが、どうしても集中できない。

「なぜ、詩を読まなければならないんだろう」

ふと、隣の本棚に目が行った。

『王室儀礼規定集』

分厚い、地味な装丁の本だった。

「なんだろう、これ」

エリザベータは手に取った。重かった。

ページを開くと、細かい文字でびっしりと規定が書かれていた。

王室儀礼規定 第三章 第十二条

王族の朝食は、午前七時より開始する。

ただし、公務がある場合は、午前六時三十分に繰り上げることができる。

「……朝食の時間まで、規定で決まっているの?」

エリザベータは興味を持って読み進めた。



第二章:最初の矛盾


その日の夕食。

王族一家が食卓を囲んでいた。

国王リオナルド三世、王妃エリーザベト、第一王子ヴィルヘルム、そしてエリザベータ。

「父上」エリザベータが尋ねた。「王室儀礼規定第三章第十二条では、朝食は午前七時と書いてありますが、私たちはいつも午前八時に食べていますね」

国王は目を上げた。

「……お前、儀礼規定集を読んだのか」

「はい。面白かったです」

国王と王妃が顔を見合わせた。

「エリザベータ」王妃が優しく言った。「あれは、王族が読むべき本ではないわ」

「なぜですか」

「退屈だからよ」

「でも、面白いです」エリザベータは真剣な顔をした。「それに、規定と実際が違うのは、なぜですか」

国王が答えた。

「規定は古いからだ。誰も気にしていない」

「でも、規定に書いてあるなら、守るべきでは」

「規定はあくまで規定だ。現実とは違う」

エリザベータは納得できない顔をした。

「それって、おかしくないですか」



第三章:侍従長との出会い


翌日、エリザベータは侍従長フリードリヒ・フォン・アルトハイムの執務室を訪ねた。

「エリザベータ王女様、どうされましたか」侍従長は、驚いた様子だった。

「侍従長、質問があります」

「何でしょうか」

「王室儀礼規定第三章第十二条では、朝食は午前七時と書いてありますが、なぜ実際は午前八時なんですか」

侍従長は困った顔をした。

「……それは、先代の国王陛下の時代に、午前八時に変更されたからです」

「では、規定も変更すべきでは」

「規定の変更には、手続きが必要です」

「どんな手続きですか」

侍従長は分厚いファイルを取り出した。

「『王室儀礼規定改訂手続き要綱』に従う必要があります。まず、改訂提案書を作成し、宮内局長の承認を得て、王室会議で審議し、国王陛下の裁可を仰ぎます」

「……面倒くさいですね」

「その通りです。だから、誰もやりません」

「でも」エリザベータは言った。「規定と現実が違うのは、気持ち悪くないですか」

侍従長は初めて、興味深そうな顔をした。

「……気持ち悪い、ですか」

「はい。規定があるのに守られていない。守られていないのに規定が残っている。それって、何のための規定なんですか」

侍従長は少し考えた。

「王女様の言う通りです。しかし、誰も気にしていません」

「私は気になります」



第四章:三十二枚の銅貨


その週末。

エリザベータは王室会計報告書を読んでいた。

侍女マリアンネが、年上らしい呆れた顔で見ていた。

「エリザベータ様、なぜそんな退屈な書類を」

「面白いですよ」エリザベータは真剣だった。「王室がどれだけお金を使っているか、全部書いてあります」

「……それの何が面白いんですか」

「例えば、ここ」エリザベータは数字を指差した。「『不明支出:銅貨三十二枚』って、何ですか」

「不明支出……つまり、使途が分からないお金でしょう」

「でも、おかしくないですか。銅貨三十二枚がどこに消えたか、誰も分からないんですか」

「たった銅貨三十二枚ですよ。気にする必要は」

「金額の問題じゃありません」エリザベータは立ち上がった。「不明ということは、記録が間違っているか、誰かが嘘をついているか、制度が機能していないか、どれかです」

「エリザベータ様……まさか、調べるおつもりでは」

「当然です」


エリザベータは会計係の執務室を訪ねた。

会計係長のオットー・シュミットは、十二歳の王女が突然訪ねてきて驚いた。

「王女様、どうされましたか」

「この『不明支出:銅貨三十二枚』について教えてください」

オットーは困った顔をした。

「それは……記録の不備でして」

「どんな不備ですか」

「先月の帳簿と今月の帳簿で、数字が合わないんです」

「なぜですか」

「それが……」オットーは資料を広げた。「先月担当者は『雑費』として銅貨三十二枚を記入しました。しかし、今月担当者が確認したところ、『雑費』の領収書がないんです」

「領収書がない?」

「はい。つまり、本当に使われたのか、記入ミスなのか、分からないんです」

エリザベータは考えた。

「では、先月の担当者に聞けば」

「先月の担当者は、既に地方へ異動しました」

「……つまり、確認する方法がない」

「その通りです。だから『不明支出』としました」

エリザベータは眉をひそめた。

「それって、おかしくないですか。担当者が変わっただけで、お金の行方が分からなくなるなんて」



第五章:制度の欠陥


その夜、エリザベータは自室で考え込んでいた。

「銅貨三十二枚の問題は、金額が小さいから放置されている。でも、本当の問題は『制度』だ」

エリザベータはノートに書き出した。

問題点:

1. 担当者が変わると、情報が引き継がれない

2. 領収書の管理が曖昧

3. 「雑費」という曖昧な項目がある

4. 誰も問題だと思っていない


原因:

- 会計の記録方法が統一されていない

- 引き継ぎの規定がない

- チェック体制がない

「これって、制度を変えれば解決できるんじゃないか」

エリザベータは立ち上がった。


翌日、エリザベータは再び会計係の執務室を訪ねた。

「オットーさん、会計の規定を見せてください」

「会計の規定……ですか」

「はい。どんな規則に従って、帳簿をつけているんですか」

オットーは古い冊子を取り出した。

「『王室会計規則』です。五十年前に作られました」

エリザベータはページをめくった。

「……『雑費は、その他の項目とする』。曖昧ですね」

「はい、昔からそうなっています」

「では、『雑費』の内訳は記録しなくていいんですか」

「規則には『記録する』とも『記録しない』とも書いていません」

「だから、担当者によって対応が違う」エリザベータは理解した。「これが、混乱の原因ですね」



第六章:最初の提案


二週間後。

十二歳のエリザベータは、生まれて初めての『改善提案書』を作成した。

王室会計規則改訂提案書


提案者:エリザベータ・ルイーゼ王女

提案日:○○年○月○日


問題点:

現行の王室会計規則では、「雑費」の定義が曖昧であり、

記録方法も統一されていない。これにより、担当者交代時に

情報が失われ、「不明支出」が発生している。


改訂案:

1. 「雑費」を廃止し、すべての支出を明確な項目に分類する

2. 新項目「少額経費」を設ける(銅貨五十枚以下)

3. 少額経費も、必ず用途を記録する

4. 担当者交代時、前任者が引き継ぎ書類を作成する

5. 月次で、会計係長が全記録を確認する


根拠:

王室会計規則第二条「会計は正確に記録する」

王室会計規則第五条「不明な支出があってはならない」


添付資料:

- 過去五年間の「不明支出」一覧

- 新様式案「少額経費記録簿」

エリザベータは提案書を、侍従長に提出した。


侍従長フリードリヒは、提案書を読んで驚いた。

「王女様……これを、お一人で作られたのですか」

「はい。何か問題がありますか」

「いえ、問題はありません。むしろ、完璧です」侍従長は感心した。「十二歳の王女がこれを作られるとは」

「それで、承認していただけますか」

「私は承認します。しかし、宮内局長の承認も必要です」

「では、宮内局長に会わせてください」

侍従長は少し考えた。

「……王女様は、本気ですね」

「当然です。規定と現実を一致させたいんです」

侍従長は微笑んだ。

「分かりました。宮内局長に取り次ぎましょう」



第七章:宮内局長の反応


当時の宮内局長、エドゥアルト・フォン・ノイマンは、

数十年を制度の中で過ごしてきた、慎重な官僚だった。


「エリザベータ王女様、提案書を拝見しました」

「ありがとうございます」

「正直に申し上げます。この提案は、理論的には正しい」エドゥアルトは眼鏡を外した。「しかし、実施は困難です」

「なぜですか」

「会計係の人員が不足しています。新しい様式を導入すれば、作業量が増えます」

「増えません」エリザベータは資料を示した。「現在、『不明支出』の調査に毎月五時間かけています。新様式を導入すれば、調査が不要になり、結果的に作業時間は減ります」

エドゥアルトは驚いた。

「……作業時間まで計算されたのですか」

「はい。会計係のオットーさんに聞きました」

「なるほど……」エドゥアルトは考え込んだ。「では、試験的に実施してみましょう」

「試験的?」

「はい。まず三ヶ月間、新様式を試してみて、問題がなければ正式採用します」

エリザベータは微笑んだ。

「ありがとうございます」



第八章:最初の成功


三ヶ月後。

宮内局の会議室で、結果報告が行われた。

会計係長オットーが発表した。

「新様式導入後、『不明支出』はゼロになりました」

会議室がざわついた。

「また、作業時間は月あたり三時間削減されました」

エドゥアルト宮内局長が驚いた。

「本当に、作業時間が減ったのか」

「はい。記録が明確になったため、月次確認が簡単になりました」

エドゥアルトはエリザベータを見た。

「王女様の提案通りでした」

「当然です」エリザベータは微笑んだ。「規定を正しく設計すれば、効率は上がります」


会議の後、侍従長フリードリヒがエリザベータに言った。

「王女様、おめでとうございます。初めての改革が成功しました」

「ありがとうございます。でも、これで終わりじゃありません」

「と、言いますと」

「王室儀礼規定第三章第十二条、朝食の時間の件は、まだ解決していません」エリザベータは次の提案書を取り出した。「次は、これを改訂します」

侍従長は笑った。

「王女様は、止まらないのですね」

「当然です。矛盾を見つけたら、放っておけません」



第九章:父王との会話


その夜、国王リオナルド三世がエリザベータを執務室に呼んだ。

「お前の改革、聞いているぞ」

「はい」

「会計規則の改訂、見事だった」

「ありがとうございます」

国王は少し考えてから言った。

「エリザベータ、お前はなぜ、規定に興味を持ったのだ」

エリザベータは答えた。

「規定と現実が違うことが、気持ち悪かったからです」

「気持ち悪い?」

「はい。規定があるのに守られていない。それって、規定が無意味か、現実が間違っているか、どちらかです」

「では、どうすればいいと思う」

「規定を現実に合わせるか、現実を規定に合わせるか、どちらかです」エリザベータは真剣に言った。「そして、どちらを選ぶかは、論理的に判断できます」

国王は微笑んだ。

「お前は、感情ではなく、論理で物事を見るのだな」

「感情は曖昧です。論理は明確です」

「しかし、人は感情で動く」

「だから、規定が必要なんです」エリザベータは言った。「規定があれば、感情に左右されず、公平に物事を進められます」

国王は長い沈黙の後、言った。

「エリザベータ、お前は王族らしくない」

「……それは、批判ですか」

「いや」国王は笑った。「最高の褒め言葉だ」



第十章:使命の自覚


その夜、エリザベータは自室で日記を書いた。

○○年○月○日


今日、父上に「お前は王族らしくない」と言われた。

でも、「最高の褒め言葉だ」とも言われた。


私は、詩も音楽も舞踏も得意じゃない。

王族として「らしく」ないかもしれない。


でも、規定を読むことは好きだ。

矛盾を見つけることは楽しい。

それを直すことは、達成感がある。


これが、私の役割なのかもしれない。


王族だから、規定を変える提案ができる。

王族だから、各部署に話を聞ける。

王族だから、誰にも遠慮せず問題を指摘できる。


これって、すごく面白い。


明日からも、規定を読もう。

矛盾を見つけよう。

そして、直そう。


一つずつ、確実に。

エリザベータは日記を閉じた。

そして、次の規定集を手に取った。

『王室儀礼規定』

「さて、朝食の時間の件、どうやって直そうかな」

王女の目が、輝いていた。


それから長い年月のあいだに、

エリザベータは百を超える規定を改訂した。

海外でも、国内でも、災害現場でも。

すべての始まりは、あの日。

規定集を手に取った日。

銅貨三十二枚の「不明支出」を見つけた日。

「これ、おかしくないですか」と言った日。

エリザベータ・ルイーゼ・フォン・本家国。

制度フェチの王女の物語は、こうして始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ