王女エリザベータ、宰相と道路整備計画について話し合う
第一章:会議への招集
六月の第一週。
エリザベータが地方巡回講習会の準備をしていると、宮内局長ハインリヒから連絡が来た。
「殿下、宰相閣下がお呼びです」
「宰相が?」エリザベータは驚いた。「何の用件ですか」
「道路整備計画について、ご意見を伺いたいとのことです」
「道路整備……」エリザベータは首を傾げた。「私は道路の専門家ではありませんが」
「それでも、とのことです」
宰相執務室。
六十五歳の宰相、オットー・フォン・リヒテンシュタインが立ち上がって迎えた。
「エリザベータ王女、お越しいただき感謝する」
「お呼びとのことで参りました」
「単刀直入に申し上げよう」宰相は地図を広げた。「国家道路整備十カ年計画が、三年間停滞している」
エリザベータは地図を見た。主要都市を結ぶ道路網の計画図だった。
「停滞、ですか」
「そうだ。計画は承認された。予算も確保された。しかし、工事が始まらない」
「なぜですか」
宰相は溜息をついた。
「各省庁が、異なる道路規格を主張して譲らないからだ」
エリザベータの目が輝いた。
「面白そうですね」
宰相は苦笑した。「王女殿下は、困難な問題を『面白い』と言われるのだな」
第二章:三つの道路規格
会議室に、関係省庁の代表が集められた。
建設省道路局長、エルンスト・フォン・シュタイン。
内務省地方局長、カール・ヴェーバー。
軍務省兵站局長、ヴィルヘルム・フォン・クラウゼ。
「それでは、現状を説明してください」宰相が促した。
建設省道路局長が立ち上がった。
「我が局の主張する道路規格は『建設省標準規格第七号』です」エルンストは図面を示した。「幅員十二メートル、舗装は石畳、両側に排水溝を設置。本家国の伝統的な道路規格です」
「コストは?」
「一キロメートルあたり、金貨五千枚です」
次に、内務省地方局長が説明した。
「我が局は『地方道路基準』を推奨します」カールは別の図面を示した。「幅員八メートル、舗装は砂利、片側のみ排水溝。建設費を抑え、より多くの道路を整備できます」
「コストは?」
「一キロメートルあたり、金貨二千枚です」
最後に、軍務省兵站局長が発言した。
「軍は『軍用道路規格』を要求します」ヴィルヘルムは強い口調で言った。「幅員十五メートル、舗装は厚い石材、荷重制限なし。有事の際、大砲や補給車両が通行できる必要があります」
「コストは?」
「一キロメートルあたり、金貨八千枚です」
宰相が頭を抱えた。
「ご覧のとおりだ、王女殿下。三つの省庁が、三つの異なる規格を主張している」
エリザベータはノートに書き込んでいた。
「それで、どの規格で建設するか決まらず、工事が始まらない」
「そうだ。建設省は『伝統を守れ』と言い、内務省は『コスト削減だ』と言い、軍は『有事に備えよ』と言う。全員、正しいことを言っている」
「でも、決まらない」
「そうだ」宰相は溜息をついた。「私がどれか一つに決めれば、他の二つが反発する」
エリザベータは微笑んだ。
「では、三つとも採用すればいいんです」
会議室が静まり返った。
第三章:道路の分類
「三つとも、ですか」建設省道路局長が困惑した。
「はい。でも、同じ道路に三つの規格を適用するわけではありません」エリザベータは地図を指差した。「道路を分類するんです」
「分類?」
「はい。道路の『用途』によって、適用する規格を変えます」
エリザベータは黒板に図を描き始めた。
第一級道路:主要都市間を結ぶ幹線 → 軍用道路規格
第二級道路:都市と地方町を結ぶ → 建設省標準規格
第三級道路:地方町同士を結ぶ → 地方道路基準
「これなら、三つの規格すべてを使います」
「しかし」内務省地方局長が反論した。「それでは、第一級道路のコストが膨大になります」
「その通りです」エリザベータは頷いた。「だから、第一級道路は最小限にします」
エリザベータは地図上に線を引いた。
「王都から北部、南部、東部、西部の主要都市へ、四本だけ。合計約四百キロメートル」
「四百キロだと……」軍務省兵站局長が計算した。「金貨三百二十万枚か」
「はい。でも、これで軍の要求は満たされます。有事の際、主要都市には確実に到達できます」
ヴィルヘルムは渋々頷いた。
「……最低限の要求は満たされる」
「第二級道路は、主要都市から地方の町へ」エリザベータは続けた。「約千キロメートル。建設省標準規格で、金貨五百万枚」
「これなら、本家国の伝統的な道路様式が維持される」建設省道路局長が納得した。
「第三級道路は、地方町同士を結びます。約二千キロメートル。地方道路基準で、金貨四百万枚」
「これで、予算内に収まります」内務省地方局長が計算した。「総額金貨千二百二十万枚。当初予算の千三百万枚以内です」
宰相が驚いた顔をした。
「三年間解決しなかった問題が、十分で解決した……」
「いえ、まだ問題があります」エリザベータは言った。
「何だ?」
「道路の『格付け』です。どの道路を第一級にし、どの道路を第二級にするか。これで、また対立が起きます」
会議室の空気が重くなった。
第四章:客観的基準の設定
「では、客観的な基準を作りましょう」エリザベータはノートを開いた。
「客観的基準?」
「はい。『誰が判断しても同じ結果になる』基準です」
エリザベータは黒板に書いた。
第一級道路の基準:
1. 人口十万人以上の都市を結ぶ
2. 軍事拠点(要塞、兵営)を結ぶ
3. 国境を越える国際道路
第二級道路の基準:
1. 人口一万人以上の町を結ぶ
2. 県庁所在地を結ぶ
3. 主要な商業拠点を結ぶ
第三級道路の基準:
1. 上記以外のすべて
「この基準に従えば、どの道路がどの級に分類されるか、誰にでも分かります」
建設省道路局長が地図を確認した。
「人口十万人以上の都市は……王都、北部のノルトハイム、南部のズードシュタット、東部のオストベルク、西部のヴェストブルク。五都市です」
「つまり、第一級道路は王都から四方への四本。明確です」
軍務省兵站局長が頷いた。
「軍事拠点も、この四本の道路上にあります。異存はありません」
「第二級道路は……」内務省地方局長が計算した。「人口一万人以上の町が三十二あります。県庁所在地が十二。主要商業拠点が……」
「商業拠点の定義が曖昧です」エリザベータが指摘した。「『年間取引額が金貨十万枚以上』という基準を追加しましょう」
「それなら、商工省の統計データで確認できます」
「では、その基準で第二級道路を確定してください」
第五章:工期の問題
「しかし」建設省道路局長が新たな問題を提起した。「三つの異なる規格で建設すると、工期の管理が複雑になります」
「詳しく説明してください」
「第一級道路は高規格なので、一キロメートルあたり六ヶ月かかります。第二級は四ヶ月、第三級は二ヶ月です」
「つまり、完成時期がバラバラになる」
「そうです。そして、問題は『接続部』です」エルンストは図を示した。「第一級道路と第二級道路が接続する地点で、規格が変わります。この接続工事が複雑なんです」
エリザベータは考えた。
「では、建設順序を工夫すればいいんです」
「建設順序?」
「はい。まず第一級道路を完成させる。次に第二級道路を建設し、第一級道路に接続する。最後に第三級道路を建設する」
「しかし、それでは第三級道路の地域住民が、長期間待たされることになります」
「その通りです」エリザベータは頷いた。「だから、『並行建設』にします」
エリザベータは黒板に工程表を描いた。
第一年:第一級道路(四本)着工
第二年:第一級道路建設継続 + 第二級道路(十本)着工
第三年:第一級道路完成 + 第二級道路建設継続 + 第三級道路(二十本)着工
第四年〜十年:第二級・第三級道路の建設を継続
「こうすれば、すべての地域で『少なくとも何かの道路が建設されている』状態になります」
内務省地方局長が感心した。
「不公平感を減らせますね」
「はい。そして、重要なのは……」エリザベータは地図を指差した。「第一級道路の接続点となる都市から、第二級道路を優先的に建設します。こうすれば、第一級道路が完成したとき、すぐに第二級道路と接続できます」
「なるほど……計画的ですね」
第六章:予算配分の透明化
「次の問題は、予算配分です」宰相が言った。
「何が問題ですか」
「毎年の予算を、どう配分するかで対立が起きます」宰相は資料を示した。「建設省は『第二級道路に重点投資を』と言い、軍は『第一級道路を優先せよ』と言い、内務省は『第三級道路に均等配分を』と言います」
エリザベータは考えた。
「では、配分比率を固定すればいいんです」
「固定?」
「はい。毎年の予算を、決まった比率で三つの道路級に配分します」
エリザベータは計算した。
第一級道路:40%(建設費が高く、重要性も高い)
第二級道路:35%(バランスを取る)
第三級道路:25%(数が多いが、単価が安い)
「この比率を『道路整備予算配分規則』として、法制化します」
「法制化すると、毎年議論する必要がなくなる……」宰相が理解した。
「はい。そして、この比率は『五年ごとに見直す』と規定します。完全に固定するわけではありません」
軍務省兵站局長が質問した。
「しかし、第一級道路は三年で完成します。四年目以降、第一級道路の予算はどうなりますか」
「良い質問です」エリザベータは微笑んだ。「第一級道路が完成したら、その予算は『第一級道路の維持管理』に回します」
「維持管理?」
「はい。道路は、建設したら終わりではありません。補修、清掃、冬季の除雪が必要です」
エリザベータは資料を示した。
「現在、維持管理の予算が不足しています。古い道路が荒れ放題です」
建設省道路局長が頷いた。
「その通りです。新規建設ばかりに予算が行き、維持管理がおろそかになっています」
「だから、第一級道路完成後の予算を、既存道路の維持管理に充てます。こうすれば、予算の無駄がありません」
第七章:地方の反発
しかし、計画には反対意見もあった。
地方代表の議員、フランツ・フォン・ヴァルトブルクが発言を求めた。
「宰相閣下、この計画では西部の我々の地域が不利です」
「どういうことだ」
「第一級道路が王都から西部のヴェストブルクまで通ります。しかし、我がヴァルトブルク地方は、その道路から外れています」
エリザベータが地図を確認した。
「ヴァルトブルク地方の人口は?」
「八千人です」
「では、第三級道路の対象になります」
「それでは不公平です!」フランツは声を荒げた。「我々の地域も重要なのに、なぜ第三級なのですか」
エリザベータは冷静に答えた。
「基準に基づいているからです。人口一万人未満は、第三級道路です」
「基準が間違っているのでは」
「では」エリザベータは尋ねた。「どのような基準なら、公平だと思われますか」
フランツは答えられなかった。
エリザベータは続けた。
「客観的基準の利点は、『誰にとっても同じ基準』ということです。ヴァルトブルク地方を特別扱いすれば、他の人口八千人の地域も『我々も特別扱いしろ』と言うでしょう」
「しかし……」
「ただし」エリザベータは地図を見た。「ヴァルトブルク地方には、例外規定を適用できる可能性があります」
「例外規定?」
「はい。『地理的に孤立した地域』は、人口に関わらず第二級道路を認める、という規定を追加しましょう」
エリザベータは地図を確認した。
「ヴァルトブルク地方は、山に囲まれて他の町からアクセスが困難です。これは『地理的に孤立』に該当します」
フランツの顔が明るくなった。
「では、第二級道路が建設されるのですか」
「はい。ただし、条件があります」
「条件?」
「『地理的孤立』を客観的に定義する必要があります。例えば、『最寄りの町まで二十キロメートル以上、かつ山岳または河川で隔てられている』といった基準です」
第八章:規則の文書化
三時間の議論の末、エリザベータは『国家道路整備規則』の草案を作成した。
国家道路整備規則
第一章:道路の分類
第一条:道路は、第一級、第二級、第三級に分類する
第二条:分類基準は以下の通り
第一級:人口十万人以上の都市を結ぶ、軍事拠点を結ぶ、国際道路
第二級:人口一万人以上の町を結ぶ、県庁所在地を結ぶ、取引額十万枚以上の商業拠点を結ぶ
第三級:上記以外
第二章:道路規格
第三条:各級の道路規格は以下の通り
第一級:軍用道路規格(幅員十五メートル、石材舗装)
第二級:建設省標準規格(幅員十二メートル、石畳舗装)
第三級:地方道路基準(幅員八メートル、砂利舗装)
第三章:例外規定
第四条:地理的に孤立した地域(最寄り町まで二十キロ以上、かつ山岳・河川で隔てられている)は、人口に関わらず第二級道路を認める
第四章:予算配分
第五条:年間予算の配分比率
第一級:40%
第二級:35%
第三級:25%
第六条:配分比率は五年ごとに見直す
第七条:第一級道路完成後、当該予算は維持管理費に充当する
第五章:建設順序
第八条:第一級道路を優先的に着工する
第九条:第一級道路の接続点から、第二級道路を建設する
第十条:各地域で並行建設を実施し、不公平感を軽減する
宰相が草案を読み上げた。
「見事だ……三年間の対立を、一日で解決した」
「いえ、対立を解決したのではありません」エリザベータは首を振った。「対立の『構造』を変えただけです」
「構造?」
「はい。以前は『どの規格を採用するか』という『ゼロサム』の対立でした。どれか一つを選べば、他が負ける」
「それを、『すべての規格を使う』という『ウィンウィン』に変えた」
「その通りです。そして、客観的基準を作ることで、『誰かの恣意的判断』ではなく、『基準に基づく判断』にしました」
宰相は感心した。
「お前は、政治ではなく、制度で問題を解決するのだな」
「政治は変わりやすいですが、制度は安定します」エリザベータは微笑んだ。「本家国らしい解決方法だと思います」
第九章:議会での承認
一週間後、『国家道路整備規則』は議会に提出された。
議員たちの間で、激しい議論が起きた。
「この規則は、地方を軽視している」という意見。
「いや、客観的で公平だ」という反論。
しかし、最終的には賛成多数で承認された。
議会の後、宰相がエリザベータに言った。
「王女殿下のおかげだ。お前が作った規則は、誰もが納得できる内容だった」
「納得したわけではないでしょう」エリザベータは首を振った。「ただ、『反対する合理的理由がない』だけです」
「それが重要なのだ」宰相は微笑んだ。「政治では、全員を満足させることはできない。しかし、全員を『納得させる』ことはできる」
第十章:建設の開始
三ヶ月後、道路建設が始まった。
エリザベータは、第一級道路の起工式に招待された。
王都の南門で、国王リオナルド三世が式典に出席していた。
「本日より、王都からズードシュタットまでの第一級道路建設を開始する」国王が宣言した。
建設省の作業員たちが、最初の石材を敷き始めた。
式典の後、国王がエリザベータに言った。
「お前が作った規則のおかげで、三年間止まっていた計画が動き出した」
「私は、規則を整理しただけです」
「謙遜するな」国王は笑った。「お前は、宰相すら解決できなかった問題を解決した」
「宰相閣下も解決できたはずです。ただ、『政治的な決断』ではなく、『制度的な解決』が必要だっただけです」
「お前は、政治家ではなく、制度設計者だな」
「はい。それが、本家国の王族らしい役割だと思います」
終章:新たな課題
その夜、エリザベータの執務室。
侍女マリアンネが差し入れを持ってきた。
「殿下、お疲れ様です」
「ありがとうございます」
「道路整備規則、見事でしたね」
「いえ、まだ終わっていません」エリザベータは地図を見ていた。
「え? もう承認されたのでは」
「規則は承認されました。でも、実際に建設が始まると、新しい問題が出てくるはずです」
「どんな問題ですか」
「例えば、道路の接続部の詳細設計。維持管理の具体的方法。冬季の工事中断の基準」エリザベータはリストを作っていた。「規則には書かれていますが、実務レベルの細則が必要です」
「……殿下は、休まれないのですね」
「道路建設は十年計画です。この十年間、ずっと改善し続ける必要があります」
マリアンネは溜息をついた。
「お好きなように」
エリザベータはノートに書き込んだ。
メモ:
- 道路接続部の技術基準を作成
- 維持管理マニュアルを整備
- 建設進捗の報告様式を統一
- 五年後の見直しに備えたデータ収集方法を確立
そして、次のページをめくった。
道路整備は、始まったばかり。
これから十年、様々な問題が起きるだろう。
でも、それが楽しみだった。
「面白そうですね」
エリザベータは微笑んで、規定集を閉じた。
翌朝、国王の執務室。
「父上、道路整備規則の実施細則を作りたいのですが」
「お前がやりたいなら、やればいい。私は判断しない」
「ありがとうございます」
「で、次はどこに行くつもりだ」
「来月、第一級道路の建設現場を視察します」エリザベータは予定表を見せた。「実際の工事を見て、問題点を確認したいんです」
国王は笑った。
「お前は、本当に現場主義だな」
「規定は、現場で使われるものですから」
「……お前らしいな」
エリザベータは微笑んだ。
道路は、人と人を繋ぐ。
規定も、人と人を繋ぐ。
淡々と、確実に。
それが、本家国の道だ。
【道路整備計画編 完】




