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貧乏男爵家の調査官日誌  作者: 林はるる


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帰還


 その日、ジュリウスは、保護された記憶喪失者の事情聴取を、病院で行っていた。


 記憶を失っているという青年は、ぐったりと疲れた顔で質問に答えている。

 なにに対しても「わからない」と。


 青年の数少ない持ち物の中には、とても古びた革袋があり、刺繍入りのハンカチに包まれた数枚の銅貨と、印章が入っていた。その印章から保護されてすぐに、持ち主のカバーデイル男爵家に連絡が付き、そこから青年は十四年前、六歳の頃に誘拐されたオーガスタスだと判明した。


 突然の連絡に戸惑いを見せながら病室に駆けつけた、オーガスタスの両親であるカバーデイル男爵夫妻は、彼の姿を目にすると扉の所で立ち尽くした。ぱっと見た所、親子は似ていないようだ。


 オーガスタスがそんな両親を見て、困ったように額に手をやると、両親はその仕草に感極まったように涙ぐみ、早足で病室に入ると二人でオーガスタスを抱きしめた。


 それは感動的な光景に見えた。もっとも記憶のないオーガスタスには、感動もなにもなかっただろうが。


 たった一人の大事な息子が幼い頃に誘拐され、その後、行方が知れない。絶望に突き落とされた両親には、例え十四年もかかったとしても、その子が無事に戻ってきてくれた。それだけで良かった。それを傍らで見ていたジュリウスも、両親の涙に心打たれ、三人が落ち着くのをじっと待った。


 オーガスタスと話したジュリウスの印象では、おそらく長い間、底辺の労働者階級として働いて、糊口をしのいできたようだ。話し方、言葉遣い、発音からスラム街の出身だろう。試しに病院の台所を使わせると、易々と使いこなせるのに、院長室の応接間にあった茶器は用途もわからないようだ。


 記憶がないだけでも本人にとっては負担だろうが、スラムから貴族家庭での生活に変化するのは相当な負荷がかかるだろう。


 オーガスタスが構わないのなら、すぐにでも家に連れて帰りたいと、カバーデイル男爵夫妻が主張するので、ジュリウスは可能な限り早めに手続きを取り計らい、彼を男爵家に送っていくついでに、しばらく滞在することにした。いくつか気になることがあったからだ。


 男爵家に到着すると、次期当主夫妻のアンダースとレイラが、オーガスタスを出迎えてくれた。カバーデイル男爵家では、跡継ぎのオーガスタスが誘拐されたため、親族から新しく養子を迎えていた。それがアンダースで今年十九歳になる。二人は親しみやすい笑みを浮かべて、なんの疑いもなく迎え入れた。


 その純粋無垢な姿に、オーガスタスは隠せぬ戸惑いを見せていた。挨拶を交わした後、家族室に落ち着き、お茶を飲みながら談笑していると、まるでカバーデイル家に起った誘拐などという怖い事件は夢で、ずっとこうして温かく過ごしてきたかのように家族は自然にくつろいでいた。


 だが居心地悪そうに愛想笑いを浮かべ、男爵家の人々に気に入ってもらおうと、媚びへつらってお世辞を言っている、オーガスタス一人だけが馴染んでいなかった。ジュリウスから見て、いや、誰が見てもわかるほどの温度差があった。


 そこへ明るい笑い声を聞きつけた、一人の老婆が杖を突きながら入ってきた。


「あら、お義母様。ごめんなさい。うるさかったかしら」


「そんなことないわ。笑い声というのは気持ちがほぐれるものよ。どなたかお客様?」


「驚かれると思うわ。オーガスタスが帰って……」


「…………ジュニア?」


 男爵の母親エマニュエラ夫人は、オーガスタスを見ると絞り出したような声でつぶやいた。不自由にも杖をこつこつとつきながら、驚くほどの早さでオーガスタスに近づくと、そこにいることを確かめるように、その両手を何度も握りしめ、頬ずりすると涙をこぼした。終いにはその膝にしがみついて、泣き崩れてしまったのだ。


 オーガスタスにとっては、まったく知らない老婆で、突然、気味悪くしがみつかれ、服まで汚され、失礼なことを言わないようにするだけで必死だった。


「ジュニアに見えたのか……」


 男爵が面食らったような顔でつぶやいた。


「こちらのお方は?」


 ジュリウスの質問に男爵が答える。


「私の母親で、年のせいかぼけておりましてな。人の顔があまり区別できないのです。そのためオーガスタスの紹介は、ゆっくり時間をかけてと思っておりました。知らない人間だと思われたら、怯える可能性もありましたから。だが私の弟のジュニアに見えているようです」


 オーガスタスの誘拐に関する記録の、あまりにも痛ましい記述を思い出して、ジュリウスはその場ではなにも言えなかった。


 オーガスタスが誘拐された時、当時二十歳の叔父ジュニアが一緒だった。子どもと違って人質にするにはリスクも高く、手間もかかるジュニアを、犯人たちがどう思っていたのかまではわからない。だが事件後しばらくたって、むごい状態で遺体が上がった。


 カバーデイル男爵家は、あの誘拐事件でジュニアも亡くしたのだ。息子と孫を同時に失ったエマニュエラ夫人の悲しみは、いかばかりのものだったのだろう。


 鼻水をたらしながら、オーガスタスに抱きついているエマニュエラ夫人を、男爵夫人とレイラが懸命に慰めている。


 オーガスタスは努力はしているものの、嫌悪感が表に出てしまい目を白黒させている。スラム育ちなら、外面を取り繕う訓練をそれほどしていないのだろう。彼らの姿は、率直に言って汚くもあり、おろおろしている姿は滑稽でもあった。


 だがつらい目に遭った人々が、オーガスタスの存在によって、取り乱してしまうほど、心が慰められている光景は悪いものではなかった。




 立ち上がるとジュリウスは、部屋に控えていた家令に頼み事をした。カバーデイル男爵家の代々の肖像画を、見せて欲しいと。


 家令は男爵家に飾られている肖像画を、一つずつ案内していった。


「ジュニア殿の肖像画は」

「これから行く保管室にしまっております。事件が起きた当時、エマニュエラ奥様が、見るのがつらいとおっしゃって」


 ジュニアの肖像画を見たジュリウスは、こんな感想をもらした。


「予想はしていたが、オーガスタス殿に似ていないな」

「さようでございますね」


 肖像画のジュニアは、少しいたずらっぽい笑みを浮かべている。


「こうして見比べると、オーガスタス殿はカバーデイル男爵家の、誰にも似ていないように見える」

「肖像画で見ると、そう思われるかも知れません」


「ジュニア殿は……どんなお方だったのだ」

「気さくな方で、旦那様とは本当に仲の良いご兄弟でした。甥のオーガスタス様を、殊の外可愛がっておられて」


 その後、ジュリウスと家令は、カバーデイル男爵家についての、とりとめのない雑談で盛り上がった。



◇◇◇◇◇◇



 オーガスタスは落ち着かなかった。


 風呂に入れば使用人に洗われ、服を着るのも使用人に任せなければならない。朝食は気を遣うだろうからと、部屋で取ることを勧められた。だから一人なら気楽だろうと思えば、何人も使用人が控えている。


 だが大好きなハムに、まともに食べたことのない高価な果物、味からして高級な野菜は悪くなかった。おいしくてそればかり食べると、次の食事にそれが増えて給仕されるのだ。つまりは見られているということではあるが、食べ物に関してだけは許してやった。


 気持ちが悪いのは、オーガスタスを「ジュニア」と呼ぶ、ババアの存在だ。しょっちゅう押しかけてはべたべたしやがって、どっか行けと思う。


 だがひょんなことで、オーガスタスの食事の世話をしているのは、エマニュエラ夫人だということを知ってしまった。


 夫人に、領地特製のハムが届くと嬉しそうに教えられたのだ。


「ジュニア。お前の好きな……」


 夫人が言いかけて、不安そうにちらりと後ろの使用人を見た。


「トルネット街特製のハムです。奥様」


「そうそう。ハムが届くんだよ。ジュニアはハム、好きなんだろう? それとね」


 夫人はにこにこと嬉しそうに、使用人の助けを借りながら、オーガスタスの好物の話を始めた。


 毎日の記憶さえ不確かな老婆が、オーガスタスに好きなものがあるのを知って、世話をしてくれているというのは、なんだか奇妙な心持ちだった。一つ一つを覚えていられないのに、好物を準備してやろうという心だけは忘れていないのだ。


 食卓に並ぶものが、誰かからの好意でできているというのは、オーガスタスの人生の中で始めて味わった、動揺させられるできごとだった。胸がざわざわして、とても落ち着かない気分にさせられた。


 オーガスタスはそれを『負担』だと感じた。自分の感情が赤の他人に引っかき回されるようで、『不快』に感じたのだ。


 つまりは彼の人生において、なにもかもが初めての経験で、どんな言葉で表現すればいいのかわからず戸惑っていた。


 毎日行われるお茶会も負担だった。貴族どもがお上品にぴーちくぱーちくさえずりやがって。食い物に不自由しない生活でなければ、とっくの昔に出て行ってやるのに。支配者階級と特権者階級に対する、根深い憎悪を募らせているオーガスタスは、貴族家にいるだけでちくちくとストレスを感じていた。


 そのせいかやってきて五日目に熱をだしたのだ。ずっと貧しい暮らしをしてきて、カバーデイル男爵家に忍び込み、正体がばれないように緊張する日々。体調を崩して当然だった。


 いつものようにお茶会に参加し、愛想笑いを浮かべて家族に囲まれていると、突然男爵夫人が立ち上がり近寄ってきて、オーガスタスの額に手を当てたのだ。驚いてソファに座ったまま後ずさりをしようとして、スラムにはなかった柔らかいソファの背に頭があたる。混乱しぼんやりしたままでいると、男爵夫人に「休みましょう」と言われ、自分の部屋に戻ろうとしたが、しかし上手く立てなかった。


 だから「このままでいいです」と言おうとした。だってそれ以外に方法がないのだから。すると男爵と、義弟のアンダースがやってきて、使用人たちが運ぶと申し出たにもかかわらず、力強く両脇を支えて部屋に連れて行ってくれた。


 寝込んだオーガスタスを、男爵夫人が自ら看病してくれた。


 気を遣うから出て行ってほしいと思っていると、時々、扉を開けては、その度になにか荷物を運び込んでいる。それはなにかと問うと、「ジュニアが寝込んだ」とパニックを起こしたエマニュエラ夫人が、商人を呼んでお見舞いの品を山ほど注文しているらしい。余計なことをする老婆だ。


「……ジュニアが……見つかった時は、私たちだって当然ショックだったわ。でも母親だったお義母様は……。何年も立ち直れなくて。いいえ。今だって立ち直っていないわ。やっと戻ってきてくれたあなたを、もう二度と失いたくないの。だからただの熱と聞いても、万が一と思うと、恐怖で居ても立ってもいられないのよ」


 ばかばかしい。

 ただの熱くらいでおたおたしやがって。

 大げさでこれだから金持ちは嫌いなんだ。


 お前らが大事にしている、オーガスタスの中身は偽物なのに。



◇◇◇◇◇◇



 オーガスタスのふりをしているマットは、一味の使い走りをしている。一味のリーダーのダッキーに時々呼び出され、小遣い稼ぎに簡単な仕事をしてはそれを糧に暮らしていた。


 マットは十歳くらいからしか記憶がない。だから記憶喪失というのは本当ではある。そんなマットをダッキーは面倒を見てくれたのだ。


 ダッキーに教えられたが、マットたちのいるスラム街が貧しく危険なのは、金持ちのせいで、奴らが富を独占しているからだ。酒を飲む度に、いかに金持ちが悪い奴らかをたたき込まれ、マットの特権階級への憎しみは凝り固まっていた。


 そんなある時、どこから手に入れたのか、カバーデイル男爵家の印章を渡された。計画はこうだった。誘拐されたカバーデイル男爵家のオーガスタスと、同じ年頃のマットが入れ替わる。記憶喪失のふりをし、印章を持って現れれば、単純に騙されるだろうと。


 果たしてそれはおもしろいほど簡単に行った。

 この後の計画は二つある。カバーデイル男爵家の跡継ぎとして立ち振る舞い、恒常的に金銭を手に入れ、一味で山分けすることだ。だが跡継ぎのアンダースがいる以上難しい。そうするともう一つの計画は、カバーデイル男爵家に一味を引き入れ、皆殺しにし、財産を根こそぎ奪うことだ。


 そのために二三日で熱が下がったマットは、家の中の財産の在りかを、確認していた。最近、狭い所に入ろうとすると、腹がつかえるようになってきた。食べ過ぎで太ってきたのだ。自分が大嫌いな金持ちに、だんだんと似てきて落ち着かなかった。それに…………。


「殺さなくてもいいんじゃないか……」


 マットは金持ちを憎んでいる。だから男爵家に忍び込む前は、皆殺しの計画を、なんとも思っていなかった。金持ちというのは別の世界の生き物で、まるで夢の中の住人のようにぼんやりしたイメージしか持っていなかった。


 だが直接、男爵家の人と接してしまうと、この計画は実行できないと思った。初めて会った瞬間に、自分が恐ろしい計画に加担してしまったのがわかった。金持ちといえども自分と変わらない普通の人間で、いらいらさせられるが、結局の所、優しい人ばかりだ。心に植え付けられた憎しみは確かにあり、それがいまだに引き返していない動機だが、どんなに目をそらしても、マットは最初から計画を実行することにくじけていた。


 だが……、そんなことを言ったら、ダッキーにひどく殴られるだろう。半殺しの目に遭わされるかもしれない。そんなことになったら、もうスラム街では生きていけない。どうしたらいいかわからず、廊下で立ち尽くしていた。


「大丈夫かい?」

「ジュリウスさん」


「具合が悪いのかと」

「……なんでもありません。俺に似ているという、ジュニアさんの肖像画を見ようかと」


「それならこちらだ。以前、見たことがあってね」


 保管室にあるジュニアの肖像画を見たマットは、あまりにも自分に似ていないせいか、口をぽかんと開けて、なにも言わなかった。肖像画の前に何時間も立ち尽くしたままで、ジュリウスはそんなマットをただ観察していた。その夜、マットは再び熱を出し、一週間近く寝込んだ。



◇◇◇◇◇◇



 マットからの連絡を受けて、ダッキー一味はカバーデイル男爵家に忍び込んだ。中からの手引きがあり、お宝の在りかも分かっている。おまけにすべての罪を押しつけられるマットがいて、こんなに安い仕事はなかった。


 だが気がつくと一人一人お縄にかけられており、広間の床に転がされていた。男爵家の人々が護衛や制服を着て武装している男たちに、守られている。


「マット! てめえ、裏切りやがったな」


 ダッキーが吠えたが、いつもなら身をすくめ、言いなりになるマットが、怒りをにじませて立っていた。


「あの印章。どこで手に入れた?」


 ふてぶてしげににらんでいたダッキーだが、一瞬目が泳いだのを、その場にいた人々は見逃さなかった。ぴりぴりした空気をまとい、マットが言った。


「言えないのなら教えてやるよ。あの印章は『僕』のだ。僕から盗んだ。十四年前に。この盗人め!」


 マットは足音荒く歩いてくると、力任せにダッキーの顔を蹴りつけた。




 十四年前、マット……オーガスタスは誘拐された。


 誘拐犯はオーガスタスの身代金をとるつもりだったが、たまたま叔父のジュニアも一緒だった。大人の人質は扱いづらいし、手間もかかる。かといって目撃者は逃がせないし、殺した場合、死罪になってしまう恐れがある。


 そんな気にもなれなかった彼らは、別の一味に高値で売りつけた。

 買い取ったダッキーは身代金を取るのよりも、儲かる方法を考えた。跡継ぎを飼い慣らして、男爵家そのものを手に入れてしまおうと。邪魔だったジュニアは殺し、オーガスタスに金持ちへの憎しみと、ダッキーへの忠誠心を植え付けた。


 オーガスタスはなかなかに頑固で、そう簡単に思想を植え付けることができず、飼い慣らすのに時間がかかってしまい、その間に男爵家は養子を迎えてしまい、思ったよりもうまく操れなかったが、男爵家の全財産を手に入れそうになるところまでいった。あと少しだった。


 オーガスタスは誘拐されてから、ずっと恐怖で怯えていたが、同じように怖かっただろうジュニアが絶えず慰めてくれていた。だがそのジュニアは、殺されてしまった。その時こう言われた。オーガスタスを操るのに、叔父のジュニアが邪魔だと。オーガスタスのせいで、ジュニアは死ぬのだと。自分のせいで優しい叔父が殺されたと思ったオーガスタスは、その記憶を奥底へ封じてしまった。


「ジュリウスさん。こいつら全員、死刑にして下さい」


 オーガスタスは悲鳴を上げるように訴えた。


 ダッキー一味はぎょっとして、あたりを見回した。急に態度を改め、まわりの制服を着て武装した男たちに命乞いを始める。


「未遂ですし」

「なにもしていませんし」

「ジュニアの件だって証拠がないじゃありませんか」


 ダッキーをのぞきこむようにして、ジュリウスは言った。


「直接、誘拐した連中は殺すと罪が重くなるから売り払ったのだ。この件に関わった犯罪者の内、ジュニア殿を殺害して、得をすると考えたのはお前たちだけだ。オーガスタス殿の目撃証言もあるしな」


「マットは記憶喪失なんだぞ。あてになるか」


「いいや。ショックで忘れていたかも知れぬが、ジュニア殿のことはこんなに年月がたってもはっきりと覚えていた」


 ダッキーたちは歯を食いしばり、何事かを考えていたかと思うと、急ににやにやとしだした。


「俺たちはマットに命令されていたんだ。この一味のリーダーはマットなんだ。あいつも人殺しだ」


 ジュリウスが一番警戒していた証言が飛び出した。犯罪者集団で育てられたオーガスタスの、身の潔白を証明するのは難しい。もちろん同情の余地は過分にあるが、それでも一件でも殺人に関わっていたら難しい立場になる。だが抜け目のないダッキーなら、将来の投資対象に危ない真似はさせないだろうと予想していた。


「オーガスタス殿が一味のリーダーなのか」

「そうだ。奴に命令されていたんだ」


「それなら印章と一緒に入っていた、ソブリン金貨はどこに行ったのだ」

「……」


 オーガスタスが病院で保護された時に、印章とは別に銅貨が入っていた。貴族子息が持っていたにしては不自然だ。カバーデイル男爵家によると、万が一の時のためソブリン金貨を四枚入れておいたという。


「そんなの知らねえ。オーガスタスが使ったんだろう」


「それなら誤魔化すように、銅貨を入れる必要はないだろう。自分が使ったのだから。まるで金貨を盗んだのを悟られないように、銅貨は入っていた。持ち主に気づかれないようにな。つまり使った犯人は持ち主ではないわけだ」


「細かいことうるせえな。だからなんなんだよ」


「先ほど、リーダーはオーガスタスだと言っていた。犯罪者集団の上下関係は厳しい。舐められたらおしまいだからだ。リーダーの持ち物。それも金貨四枚をも盗むなど、不自然ではないか。本物のリーダーがお前で、オーガスタス殿は金貨のことを、知らされていなかったのなら筋はとおるが」


「……」


「まあ、誰が犯人かは銅貨の指紋が証明するだろう。それにしても笑えるな。金貨を簡単に盗めたのは、革袋が自分の手元にあったからだろう? それなのに盗む時に、代わりに銅貨を入れた。後ろめたさがあり、ばれないように、『つい』入れてしまったのだろう。そしてその指紋が今になって証拠となるとはな」


 盗賊たちに圧力を加えるように、薄ら笑いを浮かべてジュリウスはゆっくりと歩いた。


「オーガスタス殿がリーダーであっても、そうでなくても、取り調べ側の私たちは構わない」


「どういうことだ」


「オーガスタス殿があまりにも、気の毒な身の上だからね。彼がリーダーだというのなら、彼に私刑の機会を与えようと思っている。ここで捕まった連中の中には、死罪ではなく終身刑で済むものもいるだろう。だがオーガスタス殿から、死罪をたまわってもいいのではないか。なぜなら彼はこの集団の、リーダーだというのだから。

 今からこの場は、戒厳令下とする」


 そのたった一声で、呆気なく命乞いをするものが表れ、集団は瓦解し、彼ら自身の証言でオーガスタスの身の潔白は証明された。


 ずっと真実を知らされていなかったことで、悔し涙をこぼすオーガスタスを家族が取り囲み、慰め始めた。


 過酷な環境で十四年もすごし、思い出してしまったジュニアに関する悲惨な記憶を背負って、これからの人生を乗り越えていかなくてはならない。オーガスタスにとってこれは終わったできごとではなく、死ぬまで永遠にやり過ごしていかねばならない現実だが、彼を囲んで寄り添っている家族の存在が、どうか支えになってくれるようにと、ジュリウスは願った。



◇◇◇◇◇◇



 一段落し、ジュリウスとオーガスタスが打ち合わせをしていると、エマニュエラ夫人がとことことやってきて、オーガスタスの真横に座った。彼の手を取り、握りしめ、にこにこしている。


「ジュニア。元気をおだし。人生には必ず良いことが巡ってくるから」

「お祖母様」


 オーガスタスは困ったように微笑んだ。


「あのう、ジュリウスさん。どうしてお祖母様は私のことを、ジュニアと呼ぶんでしょう。まったく似ていないのに。それに思い返してみれば、両親はなぜ私のことを見ただけで信じたのでしょう」


 ジュリウスは知っていたが、あえて男爵夫妻に視線を送った。

 男爵と養子のアンダースがちょっとにやにやとしながら手を上げた。手の薬指が普通よりも短く、小指とあまり変わりがない。


「これは遺伝でね。男爵家の血を引く子どもは、薬指が少し短いんだ」


 オーガスタスは自分の両手を見た。前から不思議に思っていたが、これは遺伝だったのか。


「それでは……」


 茫然として口を手で覆う。男爵家を騙すために、病院にいた時。印章一つで騙された男爵夫妻を、内心では馬鹿にしていた。なんて単純なのかと。だが夫妻はオーガスタスの手を見て、すぐにわかったのだ。騙せたと思った自分のほうが単純だったようだ。


「それにうしろから見た、頭の形がお父様にそっくりなのよ。耳の形もね」


 男爵夫人が明るく話す。


「それで、なぜお祖母様は、私をジュニア叔父さんと?」


「母は少し目が悪いんだ。だから君のことを最初にぱっと見で、ジュニアだと思ったのだろう。細かな容姿には関係なく。そして手を握って確信したんだろうね。この指は息子のだと。だが、すまない。別人に間違われるのは嫌かな」


 オーガスタスはなにも知らず両親を騙そうと、病院の寝台に座っていた時のことを思い出していた。あの時は別人の「オーガスタス」に成り代わろうと、汚い計算で心を一杯にしていた。どうやって相手を騙すか、どんな風に取り入ろうかと。嫌な汗をかき、心臓がまるで動悸のように激しく鼓動を打っていた。


 だが今はどうだろう。祖母に息子のジュニアだと言われても、訂正していない。嘘をついているも同然なのに、なんだか心がぽかぽかと温かかった。


「いいえ。叔父さんの代わりになれるのなら。いくらでも」


 オーガスタスは、エマニュエラ夫人の手を自分から取り、軽く叩いた。


 誘拐された時のことを思い出す。ジュニアは怯えているオーガスタスを、ずっと励まし続けた。膝の上で抱きしめて、こうやって手をぽんぽんと叩くのが、ジュニアの癖だった。


 『ジュニア』に手を叩かれたエマニュエラ夫人は、花が咲きこぼれるような笑みを浮かべ嬉しそうに言った。


「お帰りなさい。ジュニア」


「……ただ今、戻りました」


 カバーデイル男爵家から連れ去られた、二人の息子がようやく帰ってきたのだ。


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