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貧乏男爵家の調査官日誌  作者: 林はるる


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「進学」


 夏が終わり、ジュリウスは王立学院の高等科、第三学年に進級した。


 それに合わせて、上級生だったリックと、レイモンドの二人は卒業していった。

 そして第一学年に、妹のシェリーが入学してきた。一年生には他に、ボウエン伯爵家の三男で、ローズの弟のグリフィンや、第三王子殿下のルークがいる。


 ところがなぜかグリフィンと一緒に、まだ十四歳のマックスもいた。てっきり潜入捜査だろうと思っていたら、普通に入学者の名簿に名前が載っていて、マックスからも声をかけられる。


「潜入捜査ではないのか?」


「違います。俺も新入生ですよ。グリフィン様の護衛も兼ねて、貴族枠で入学したんです」


「なるほど」


 学院は貴族籍や、貴族の保証人があれば、入学や退学は自由で、特に規則もない。護衛として側に仕えるものは、年齢が合うとも限らないので、大体は貴族枠で入学する。一方、平民の場合は、そもそも受験しなければならないし、年齢枠から身元保証人まで厳しい規則がある。


「前から不思議に思っていたのだが、マックスのご実家は……」


「この話は内密にして頂きたいのですが」


「無論」


「以前、クィンタス様が、前当主リチャード様の腹違いの弟だという話をしました。当主ジェイムズ様の祖父君が、とある女性をお手つきされて、生まれたのがクィンタス様です。当然、お立場のある女性で、お互いに利益があるから、手つきとなったわけです。俺はその女性の実家に縁がある者なのです」


「クィンタス様のご親族にあたるということか。つまりは身元が確かだと」


「ええ。クィンタス様が信用できる者を探していた時に、俺をボウエン伯爵家に推薦しました。腕には自信がありましたが、それよりも、からっとした性格が良かったとか」


 マックスは初対面の時ですら、明るくて、さばさばしているのだろうなという印象を持った。おそらく当時は幼かったのだろうが、なによりも信頼できる人間を、ローズの側に置きたかったのだろう。


「そして今年からは、グリフィン様の側に仕えることになったのだな」


「年齢も一年しか離れていませんし。でも勉強が……しんどいです」


「はは。そうは言ってもマックスは聡明であるからして、きっと大丈夫だろう」


 そう言って別れたのだ。一年と三年では、校舎内で、それほど会うこともないだろうと思った。



◇◇◇◇◇◇



 そのマックスに呼び出されて、学院の一部屋に入ると、卒業したはずのレイモンドとリックがいた。グリフィンもいる。少し世間話をした後、本題を切り出される。


「以前、君の縁談について話したことがあったと思う。しばらくどこからも話を受けないでほしいと」


 レイモンドは当時のことを思い出しながら、話し始めた。


「ボウエン伯爵家内のこととはいえ、家門の一人サーヴィアスが、君の縁談を壊したことをお詫びする。それでそれに代わる話しを探していたのだが、なかなか見つからなくてね」


 不思議な話だった。ボウエン伯爵家ともなると、いくらでも代わりを見つけられそうなものだが。


「それというのも、君をボウエン伯爵家から、出したくないという勢力がけっこう大きくてね。私も実はその一人なんだが」


「……」


「調査官として育ってきているし、貴重な人材でもあるし……」


 ジュリウスの顔に、疑問が一杯浮かんでいたのだろう。気むずかし屋のレイモンドが、めずらしく苦笑を浮かべた。


「我々のように生まれついて人の上に立っていると、どうしても人間を駒として見てしまう所がある。そうすると、使われる方も警戒して同じように、上層部を大将駒としてしか見なくなる。結果、分断が起き、果ては権力争いに発展するわけだ。

 ……君は事件の調査にあたって、犯人の本音や過去を簡単に引き出すが、普通はああはいかないものだ。それには君の人間性が深く関係する。そしてそういった人柄は、教育でどうにかなるものではない。だから君のような人材は手元に置いておきたいんだ」


「お褒めにあずかり光栄です」


 そうジュリウスは言ったが、レイモンドとリックは、その貴重さをよくわかっていないだろうなと思っていた。


「それで、実は君のために用意したい縁談は、ブラックウェル伯爵家の長女セレスティーナ嬢だ」


「……」


 部屋に沈黙が降りた。ジュリウスは混乱してレイモンドを見たが、レイモンドも、リックも、マックスですら目をそらしている。グリフィンだけがジュリウスを、興味津々と見ていた。



◇◇◇◇◇◇



 ボウエン伯爵家は軍部に顔が利くことで有名だ。


 陸軍にも海軍にも有力者を輩出している。当然、この国における有力派閥の筆頭に位置しており、第一王子殿下派閥に属している。


 国王には子どもが七人いるが、正統派の第一王子殿下、それに反する第二王子殿下、表向きは芸術に傾倒しているが、第一王子派の第三王子殿下がいる。


 ロレンス第二王子殿下は、少し厄介な人物で、おもしろおかしく、ただ引っかき回して遊んでいるように見えて、おそらく本気で第一王子殿下の失脚を狙っていると思われている。


 第一王子殿下に自分が取って代わろうというなら、まだ対策を立てようがある。だが第二王子殿下は後釜に座ろうと思っているとは、どうも思えなかった。ただ第一王子殿下の勢力を削りに来る。目的がわからない、厄介な存在だった。


 表面上は取り繕うのがうまく、周りも手が出せない。そしてそういった主の元には、似たような手下が集まるものだ。


 第二王子殿下派閥には筆頭としてガビン伯爵家がいる。ガビン伯爵家は、様々な貴族家の勢力を切り崩して、派閥に加えており、今、その毒牙にかかっているのが、ブラックウェル伯爵家だ。ブラックウェル伯爵家は、一世代前はボウエン伯爵家内の、有力貴族の一つだった。だがガビン伯爵家に目をつけられ、家内は分断しつつあった。


「ガビン伯爵家の次男モードレッドと、ブラックウェル伯爵家の跡継ぎセレスティーナは、幼なじみでね。仲が良いんだ。二人が結婚したらガビン伯爵家による、ブラックウェル伯爵家の乗っ取りは成功だ。だからそうならないようにセレスティーナと、ジュリウスを結婚させたい」


 荷が重すぎると感じた。大きな伯爵家が二つ、第二王子派閥に合流しようとするのを、たかが男爵家の子息一人でどうにかできるとは思えない。


「この話は、どういった風に進めるおつもりなのですか? ブラックウェル伯爵家には、男爵令息を婿に迎える利点はありません。率直に言って我がラムレイ男爵家にとっても、瓦解しそうな伯爵家と縁を結ぶのは危険がすぎます」


「話し合いで」


「……」


「見たところ、ブラックウェル伯爵家当主夫妻は、完全にガビン伯爵家に支配されていてね。危うい感じなんだ。だが跡継ぎの長女セレスティーナが、なんとかしようと一人で踏みとどまっている」


「ではセレスティーナ嬢と協力しろと?」


「それも難しくてね……。セレスティーナ嬢は、どうみても幼なじみのモードレッドに、恋をしているんだ」


「それはまた」


 ブラックウェル伯爵家を、取り込もうとするガビン伯爵家。すでに当主夫妻は手中に収めた。そして跡継ぎのセレスティーナ嬢が、次男のモードレッドに恋をしているのなら、話は簡単だ。だが。


「セレスティーナ嬢は、踏みとどまっているのですか?」


「派閥を変えるというのは簡単なことではない。下手をすると家が分解してしまう。それを令嬢はわかっているように見えるね。しかし人の気持ちというものも、変えられるものでもない」


「……」


「結婚というのを最終目標にするとして、まずはセレスティーナ嬢と親しくなって、家の中を探ってくれ。当主夫妻がガビン伯爵家になびいているため、セレスティーナ嬢は仕事がしにくそうでね。家の中での立場が弱くなっているんだ。まずはそれをどうにかしてくれ。当主夫妻はガビン伯爵家になびかないセレスティーナ嬢を切り捨てて、後から生まれた次男に跡を継がせようとしている」


「確か、今年で六歳になるスペンサー殿ですよね」


「ああ、まだ幼いから取って代わられることはないが、だがこのままでは当主夫妻に染められてしまうだろう」


 ジュリウスは弱小男爵家の令息だ。ブラックウェル伯爵家という、巨大な家が離反するのを防げたら、それを褒美で与えるという話か。仕事なら、それはもちろんやるが、気が重いことに変わりは無い。


「他には」


「ブラックウェル伯爵家に仕えている、古くからの使用人達は家令を筆頭として、セレスティーナ嬢についているよ。ボウエン伯爵家の派閥からはずれることを恐れている。他には、当主には余所の女に生ませた、長男アリアノエル殿がいてね。セレスティーナ嬢の二歳年上で、ジュリウスと同じ学年だ。セレスティーナ嬢とアリアノエル殿は、仲が悪いと評判だ」


「つまり、当主夫妻と幼い弟君、義兄のアリアノエルと対立して、セレスティーナ嬢は家の中で孤立しているのですか」




 その日、ジュリウスはなにをしていても、セレスティーナ嬢に関する話が頭から離れなかった。話し合いで解決しろと言われて、最初は荒唐無稽なように感じた。しかしこういったややこしい話は、結局の所、話し合いで解決するしかない。もちろんボウエン伯爵家が主体となって、この話は進められるとはいえ、何年もかかりそうに感じる。


 そしてガビン伯爵家は、おそらく十年以上かけてブラックウェル伯爵家を、落としにかかっているのだろう。自分の息子達をセレスティーナ嬢にけしかけて、その内の一人と親しくさせる。そうやって築いてきた計画が、そう簡単に壊せるとは思えなかった。




 次の日から、ジュリウスは、ブラックウェル伯爵家の侍従として勤めることになった。


 ボウエン伯爵家からセレスティーナの元へは、アルフとワイリーという侍従が派遣されている。正直ひどい現場だった。セレスティーナは跡継ぎとしてだけでなく、当主夫妻の仕事もそれぞれまかせられていて、明らかに働き過ぎだ。


 栗色の髪に、焦げ茶の瞳のセレスティーナは、平凡な見た目ではあるが、くるくるとよく動く瞳が魅力的で、知性のある佇まいをしていた。


 セレスティーナの執務室は、態度の悪い義兄のアリアノエルが仕切っていて、仕事を割り振っていた。ジュリウスにも来た早々、重要な仕事が任せられる。


「初日の私に、このような大事な仕事を任せて、大丈夫なのですか」


「ボウエン伯爵家からの人材は、今のところ外れがないからな」


 アリアノエルは、割り振ると出て行った。セレスティーナは、ジュリウスに申し訳なさそうに声をかけてくる。


「兄の態度が悪くて申し訳ありません。とにかく時間がなくて……」




 夜になって、アルフとワイリーと打ち合わせをする。


「当主が少しさぼりぎみではあるが、深刻な状態ではない。問題は当主夫人なんだ。仕事のほとんどをセレスティーナ嬢に投げていて、金遣いも荒いし、外で遊んでいると思う。男でもいそうだな」


 ワイリーはぼそぼそと報告した。


「遊ぶ金はどこから?」


「そこまでは……。だが当主夫人としての割り当てを、超えている感触がする。そうするとどこかから、賄賂をもらっているだろうな。例えばガビン伯爵家とか」


「当主夫妻が簡単に派閥を鞍替えしたのは、それか」


 三人は考え込んだ。


「当主夫人がセレスティーナ嬢に仕事を投げているのは、好都合だ。セレスティーナ嬢が家の実権を握っていることになる。セレスティーナ嬢が当主になるよう後押しすれば、当主夫妻の発言力は弱くなるしな」


「当主夫妻がスペンサー殿を当主にしようとする点は、どう考える」


「スペンサー殿が大きくなるまで……後、十年以上か。ガビン伯爵家が、十年間、賄賂を出し続ける義理もない。そもそもこの離反は、セレスティーナ嬢とモードレッドとの関係が、あってこそだ。私には当主夫妻とガビン伯爵家の思惑が、一致しているとは思えない」


 三人で当面は、邸内の把握と、セレスティーナ嬢の負担を軽減することに努め、当面この態勢を維持することにした。


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