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貧乏男爵家の調査官日誌  作者: 林はるる


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幸福な日々


 ボウエン伯爵家で、その日ジュリウスは、日誌をつけていた。


 視界の隅でマックスとクィンタスが、なにやら打ち合わせをしている。

 そこへローズが、ワゴンと一緒にやってきた。


 ジュリウスは、気分が上がった。

 それというのも、ここ最近よく氷菓子がでるのだ。


 マックスもそうだが、ジュリウスも甘い物が好きだ。

 成長期なのだから、とにかく量を食べるし、出てくるお菓子も一瞬でぺろりと食べたい所だ。まあそれは行儀が悪いので、我慢してゆっくり食べる。


 だが、氷菓子だけは我慢ができない。

 始めて食べたときは、こんなにおいしいものがあるとはと、感激したものだ。

 ローズはお客様にお出しするお菓子をいろいろ試したいらしく、この部屋に持ってきては試食していく。そして残りを、ジュリウスとマックスでおいしく頂いていた。


 そして氷菓子は、今の暑い季節に合うということで、ここの所、何種類もの味を作っては残りを分けてくれるのだ。

 マックスは少年らしく、素直にローズの元へ駆け寄った。


「今日も氷菓子ですか」


「今、果物の季節だから、作るのにはまっていて。おまけにパイナップルが手に入ったのよね。だから新作もあるわ」


「やった。ところで、ぱいなっぷるというのは」


 クィンタスがかわりに答えた。


「遠い南の国で採れる果物で、とても貴重なものだ。良かったな。食べられて」


「そうなのですか。どんな果物なのでしょう」


「一度、見てみるといいぞ。たいへん奇妙な形をしている」


「早速、調べてみます」


 クィンタスとマックス、そしてローズが談笑しているところへ、ジュリウスはさりげなく、だが内心ではいそいそと加わった。


「召し上がれ」


 侍女が配膳した器を、マックスは元気よく、ジュリウスは行儀良く頂くが、一口食べて至福に包まれる。

 頭の中を、ローズが嫁いでしまったら、もうこの氷菓子も食べられないし、こんな風な穏やかな時間も持てないのだという考えがよぎる。無理矢理それを頭の中から追い出すと、無心に氷菓子を味わった。


 横でクィンタスがぼんやりとしている。今年五十を超えるクィンタスは、冷たいものや甘い物にあまり興味がないのだという。マックスやジュリウスの食欲を見ると、確かに昔、食べても食べても食欲が尽きないという時期があったが、もう共感できないほど昔になってしまったと。今は二人の食欲を見ると胸焼けがするようになってしまったと。

 そうは言いつつクィンタスは背の高い体格の良い男性で、少し小柄なジュリウスと、成長しきっていないマックスに比べるとかなり大柄だ。それなのに、食べる量は成長期の二人の半分ほどになっていた。


 一杯目をぺろりと食べてしまったマックスに、二膳目が出される。


「マックス……、本当にお腹大丈夫なのかしら」


「まったく平気です。氷菓子なら何杯でもいけます」


 この光景は何度も見ている。それでもマックスと、そしてジュリウスがお腹を壊さないのが、ローズには不思議なようだ。


 全種類を制覇したマックスと、少し遅れて食べ終わったジュリウスは、先ほどから気になっていたことを聞いた。とは言っても、ジュリウスは内心ではものすごく気にはなるが、口には出せなかったことだ。だからマックスが聞いたとき、「よくぞ聞いてくれた」と思った。


「ワゴンの下段にある、ボウル一杯の氷菓子はなんですか?」


 そこには金属製のボウル一杯の、氷菓子があった。聞かれたローズは、少し恥ずかしそうに答えた。


「実は旬の桃も手に入ったから、氷菓子を作ってみたのだけれど、分量の計算を間違えたのか、桃の水分が多すぎたのか……とにかくできあがりを調整していったら、とんでもない分量になってしまって。処分に困っているのよ」


「はい。はい。俺、立候補します。ジュリウス殿もですよね」

「お役に立てることがあれば」


 めずらしくジュリウスは前のめりに立候補した。


「でも……すごい量よ。いくら二人でも、立て続けては、きっとお腹を壊すわ」

「「平気です」」


「それに器に入りきらなかったから、ボウルのままだし」

「「お構いなく」」


「ローズ様」


 クィンタスが横から口を出した。


「成長期の男どもが、そんなに細かいことを、気にするはずがないでしょう。奴らは口に入ればなんでもいいのですよ」


 身も蓋もない物言いに、ローズはくすりと笑った。そしてボウルをテーブルの上に置いて、自室に戻っていった。ジュリウスとマックスは、分け合いつつ、だが競い合いつつ氷菓子を平らげた。ジュリウスはその日、好物の桃が入った、大好きな氷菓子が食べられて幸せだった。


「ジュリウス殿。妹のシェリーさんはナイフを持ち歩くそうですが、武術はどの程度使えるんですか?」


 食べ終わって、さすがにお腹を温めているマックスが、唐突に聞いてきた。そういえば、以前にそう話したことがあった。


「全然……使えないな。そうだなあ。戦いに行くときに、いないよりはマシというていどだ」


「つまりは自分の身は守れて、ある程度の攻撃はできるんですね」


「ああ」


「女性が武術を習うのはめずらしいですね。なにかきっかけが?」


「子どもの頃、母親の仕事の関係で誘拐されたことがあって。警ら隊が間に合わなかったから、祖父と父の三人で、助けに行ったのだが……。やりすぎてしまって、建物が崩れてしまったんだ。皆、極度に怒っていたから、加減がきかなくてね。だが、その時にシェリーは縄抜けをして、外に逃げ出していたから無事だった。あの時は肝が冷えた。それがきっかけで少し教えたのだ」


「その時点でも、縄抜けはできたんですね。脱出も」


「ああ。だが、まるで武術のセンスがなくて……。不思議なことに、武器は意外に使えるんだ。初めて見たものでも。だが体の使い方がどうにも」


「それなら暗殺用の、暗器はどうですか?」


「そうだなあ。とにかく器用な質なので、おそらく暗殺や潜入は、それなりにできるのではないかと思う。もちろんやらせる気はないが」


「気持ちはわかりますが、もったいないですね」


 あっという間に空になったボウルを抱えて、マックスは残念そうに言った。


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