イワンの判決
ジュリウスを中心とした他登場人物は、以下のエピソードにも登場します。
人物関係については、「登場人物一覧」もあわせてご参照ください。
「調査官の任命」「貧乏男爵家の調査官日誌」「親不孝者」「灯りを支配しようとする虫」「誘拐されたローズ」
その日、ジュリウスは騎士団本部に呼び出された。
本部には、リックに、レイモンド、その妹ローズ、それからクィンタスとマックスがいる。爆破事件以来、二ヶ月ぶりに会うローズは、とても美しかった……?
ジュリウスはローズを、訝しげに見つめた。
「ローズ様? 今日は夜会かなにかでも……?」
「この姿は仕事よ。今日の注文は、『儚げな美少女』なの」
「はあ」
うんざりしているローズは、次に、心配そうな顔でジュリウスを見上げた。
「それより、ジュリウスは本当に大丈夫なの? 怪我の方は」
「もうすっかり平気です。姫君をお守りできて身に余る光栄です」
ジュリウスはなるべく明るく見えるよう、癖になった浅い呼吸を隠しながら言った。心配そうに見上げるローズに、にこにこと笑顔を向ける。
大きな靴音がして、部屋に騎士団長のダロンが、供を連れてぞろぞろ入ってくる。ざっくばらんな性格で、気さくに挨拶してくる。
「ジュリウス殿、今日は来てくれてどうも。これからイワンの裁判を始めようと思ってね」
「突然ですね」
「なに、裁判自体はもうほぼ済んでいる。後は判決だけだ」
ジュリウスは、判決だって決まっているだろうと内心思った。そもそもどうしてまだ済んでいないのだろう。それを見透かすようにダロンは言った。
「絞首刑以外になにがあるのかって、思っているんだろう。まあ、そうなんだ。その通りさ。だが君ならわかるだろう。イワンに絞首刑が罰になるかどうか」
「むしろ喜ぶかと」
笑って死んでいきそうだ。
「そうなんだよ。俺はそのことに、納得いかなくてさあ。
最初の爆発事件で、死者が二名でている。死にはしなかったとしても、大けがをおったやつだってたくさんいる。一生、治らない怪我を背負った奴もな。
あれだけ大騒ぎを起こした犯人の、喜ぶ刑を与えることが、俺たち司法の役割なのかと。まあこう言う場合は、時間をかけて犯人を教育するんだ。刑を理解するように。だけどさあ、たぶんそれを始めたら、何年もかかるだろうなあ。その間、生かしておくのは、被害者からしてみたら、やってられんと思うだろう。それでその教育自体も、俺が奴と話した感触では、無理そうなんだ」
室内には沈黙が漂った。イワンを取り調べた人間も、ジュリウスたちボウエン伯爵家側の人間も、イワンの考え方を変えるなど、無理そうだとわかっているのだ。
「それで、今回は一芝居打つことにした。つまりイワンの考え方に、こちらが合わせて、奴にとって最もつらい罰を与えることにしたんだ。だから茶番につきあってくれ」
◇◇◇◇◇◇
会議室に作られた臨時の裁判所に、ジュリウスたちが入ると、中は関係者でごった返していた。
ひときわざわめきが大きくなり、ジュリウスが顔を上げると、イワンの場所からは見えない席に、ルーク第三王子殿下が座るのが見えた。聡明だが、性格が悪いことで、有名な王子だ。悪いと言っても、ちょっとおふざけがすぎるというものだ。あまりにも下の者はいじめないし、いざという時は頼もしい面もあり、案外、慕われている。
ルーク殿下は薄ら笑いを浮かべ、お芝居が始まるのを楽しみにしている。
もちろんただ遊びにきたわけではない。
今回の裁判は、騎士団長が仕組んだものだ。規則を曲げてまで整えられた茶番。目的は、犯人にとって、もっとも効果的な処罰を与えること。
騎士団長は犯人にとって、効果ある処罰をという理想を持っている。もちろん普段は、それをいちいち口に出したりしない。その理想が、今回のような大事件だからこそ実行に移されたのだ。
骨を折った事務方の努力も含め、この茶番が意味があるのかどうか、上に立つ者たちは注目していた。この裁判で、騎士団長の評価が決まる。
理想に殉じるためには、結果を出さないといけなかった。
イワンが連れてこられ、椅子に座らされる。その後、始まった騎士団長が進行役を務める簡易裁判を、終始、不気味な笑いを浮かべ聞いていた。
「ついては、イワン・ボウエンは重逆罪で、二年の労働刑の後、絞首刑に処す」
判決をまるで、とても楽しいことを言われたかのように、得意げな顔で聞いた。
「以上だ」
そのままにしたまま、騎士団長や、団の面々は話を始めた。裁判が終わった合図だ。さりげない雑談から、その内、ジュリウスの話になった。
「ジュリウス殿……様は、ご実家が男爵位から、子爵位になられるそうですね。王都を救った功績で。陞爵おめでとうございます。世間ではすっかり英雄という、通り名になりましたな」
「恐れ入ります」
それを聞いた、イワンの笑いが止まった。
「ローズ様のご婚約も、あの事件でなくなりましたし、もしかしたらご縁があるかもしれませんなあ。今ならそんなに身分差もありませんし」
台本通りに否定しようとしたジュリウスだが、なぜか体温が妙に上がり、少し赤くなって、焦って否定した。
「まさか、そんな。……からかわないで下さい」
その姿はとても真に迫っていた。
騎士団長は内心、ジュリウスに演技をさせるのは、難しそうだと感じていた。だが本番では下手な所が返って真実味があり、成功を確信できた。
「いえいえ、ボウエン伯爵家にしても、このたびの英雄に姫を下賜した方が、世間への印象がぐっと良くなるでしょう。もう、そういったお話しが、来ているのではありませんか」
「……そのようなことは」
焦ったジュリウスは、すっかり演技だということを忘れ、緊張でイワンの存在も忘れていた。
その時、室内に、まるでなにかが破壊でもされたかのような、大きな音がした。顔を向けると、イワンが立ち上がろうとし、椅子が倒れ、それを騎士三名が押さえている。騎士たちは渾身の力で押さえつけようとしているのに、イワン一人に引きずられていた。
「貴様」
憎しみのこもった目で、ジュリウスをにらみつけた。まるで狂った獣のようにうなり声を上げ、同じことを何度も叫ぶ。
「ジュリウス。貴様。殺してやる。殺してやる。殺してやる」
イワンは床に押さえつけられ、騎士の数は五名に増えていた。それでも立ち上がろうとし、押さえている騎士の山は揺れた。
室内の人間は、ほとんどが立ち上がっていて、ジュリウスも目の前で起こっているできごとを、茫然として見ながらも、騎士たちの動きに注意し、すぐに動けるよう警戒を忘れなかった。
その時、斜め後ろにいたローズが、ジュリウスの胸に、突然飛び込んできたのだ。ジュリウスは台本にこんな動きがあっただろうか、それともアドリブなのか、または本気で怖いのだろうかと頭がぐるぐるした。
だがとにかく芝居を続けなければならない。そうしないと騎士団長の苦労が水の泡だ。大げさにローズを抱き寄せて、安心させるように背中を叩きながら大声で言った。
「大丈夫です。あの男にはもう二度と手出しさせません」
イワンがそれを聞いて発狂したように、立ち上がろうとし、騎士たちに縄で縛られ担ぎ上げられた。騎士団長の声が響いている。
「その男を早く牢に」
激しい叫び声を上げながら、イワンは牢に連れて行かれた。部屋からイワンが連れ出されると、その場にいた全員がため息をついた。
「ものすごい効果だったな」
ルーク第三王子殿下はそう言い残し、部屋を出て行った。彼がいなくなると、部屋にいた人たちはぞろぞろと解散していった。
「お疲れ様です。期待以上の働きでしたな」
騎士団長は、そうジュリウスに話しかけた。
「イワンはこの後どうなるのですか」
「重犯罪者が行く労役場に行く予定です。陸の孤島ですし、過酷な現場ですから、脱出は不可能です。まあ二年ぐらいは生かしておきますがね。罰を味わってもらいたいので」
ジュリウスが、目の前のローズを見ると、放心状態だった。
「ローズ様。あのう……」
心配して話しかけると、ローズはぼそりとつぶやいた。
「ザマーミロ……」
「は?」
ローズの口から、とんでもない言葉が出てきた。
よほど鬱憤がたまっていたのだろう。しばらくそっとしておこう。
とにかく、もう少しでローズの輿入れだ。それまではなんとしても守り抜いて、無事に務めを果たさないといけない。ジュリウスの最重要任務は、終わりが見えてきた所だった。




