象に踏み潰された王様
ジュリウスを中心とした他登場人物は、以下のエピソードにも登場します。
人物関係については、「登場人物一覧」もあわせてご参照ください。
「調査官の任命」「サーヴィアスの退学」「貧乏男爵家の調査官日誌」「親不孝者」「灯りを支配しようとする虫」「誘拐されたローズ」
爽やかな風が吹き抜ける暖かい季節になり、昼間になると少し汗ばむように感じるほどになった。
ジュリウスは病院に入院しており、医師の絶対安静の指示の元、横になっている。このままでは筋肉が落ちてしまうが、さすがに息をするのもつらい体調では仕方ない。ボウエン伯爵家が手配してくれた、豪華な病室でぼんやりと過ごす毎日だった。
妹のシェリーによるとバルコニーからの眺めは最高で、早く自由に散歩するくらいは、できるようになりたいものだ。ジュリウスはなるべく早目に傷が治るように、心を平静に落ち着け、浅い呼吸を繰り返していた。
そこへ、母親のラヴィニアが顔を出したのだ。
ジュリウスの口から、大きく息を呑むような悲鳴が上がり、そしてその動作で肋骨が悲鳴を上げ、目にじんわりと涙が上がった。すぐさま逃げだせるよう、距離を取ろうとしたが、今は身動きが取れない。
恐ろしいことに母親から、逃げることができないのだ。
この状況に恐慌に陥り、ジュリウスは意味もなく、両手をばたばたと動かした。そしてまたしても骨折した部分が痛み、それにじっと耐える。母親はとうとう、ジュリウスの寝台の横にあった椅子に座った。ジュリウスは全身をぴりぴりさせて、なにかされたら例え、また傷口が開いてしまっても、全力で逃げようと身構えた。
「ジュリウス。元気だった? 怪我をしたんですってね。可哀想に」
怪我をしたことを知っているなら、「元気だった」は不適切だ。それに可哀想に思うのなら、見舞いには来ないで欲しかった。
ラヴィニアはとにかく、突拍子もないことを突然始めるのだ。おまけに相手の都合など、お構いなしだ。だからこの状態のジュリウスを、いきなり連れ出そうとすることなど充分に考えられる。その上、小柄なくせにかなり力があるのだ。
「たくさん怪我したんですってね? やっぱり痛い? 触っていい? くわしく教えて」
ジュリウスはがくがくと震えた。
小説を書いているラヴィニアは、なんにでも興味を持つ。本人はまたとない強運の持ち主のため、怪我をしたことがない。だから息子が怪我をしたと聞いて、取材にやってきたのだろう。心配より興味が先に立っている。こうなったらジュリウスのやることは一つだ。
「…………詳しく。詳しく教える。触らなくてもわかるくらい、微に入り細に入り。ただ触るよりも話を聞いた方がわかるよ」
「本当。ありがとう。でもちょっと触ってみてもいい?」
「えーと、その、そう、あれだ。母上も聞いているとおり、これは例の爆破事件で負った傷なんだ。その話。聞きたくない?」
「嘘。あなた現場にいたの。教えて、教えて、教えて」
ジュリウスはじんわりと嫌な汗をかきながら、ラヴィニアが喜びそうな話題を話し出した。正直な話、肋骨が折れている状態で話し続けるのは、かなり負担だ。だが自分の命を守るためならやるしかない。ジュリウスはとにかく話し続け、そして努力は続けたものの、体力も気力もつき、もう話すことがないと絶望を感じた時、病室の入り口から、絹を裂くような悲鳴が聞こえたのだ。
「お母様」
「あらシェリー。久しぶりね」
妹のシェリーは、ラヴィニアに対して反射的に間合いを取ると、さりげなくジュリウスとラヴィニアの間に割って入った。
心細かったジュリウスは、涙目でシェリーの手を握った。シェリーも力強く握り返してくる。母親という台風に襲われても、たった二人の兄妹で手を取り合って助け合ってきたのだ。
「あら……お久しぶりです。お母様。取材ですか」
「そうなのよ。ジュリウスが大けがをしたって聞いて。あ、忘れてたけど、お見舞いカゴも持ってきたわ。ジュリウスの好きなオレンジが、たくさん入っているから」
ジュリウスは別に、オレンジは好きではない。
ただ母親に連れられて、海外を引きずり回されているときによく食べていたのだ。とんでもなく辛いものや、食べるとお腹を壊してしまうものばかりに囲まれていると、果物という安全で安定している食べ物にすがるようになる。だからしょっちゅう買ったり食べたりしていた。そのイメージが強いのだろう。
ジュリウスの好きな果物は、どちらかというと桃なのだが、この季節にはまず食べられない。しかし果物カゴを、ちろりとのぞいたシェリーは、泣きべそをかいているジュリウスに桃を持ってきた。
「良かったわね。お兄様」
「…………うん」
そしてシェリーは桃をむきながら、ラヴィニアに水を向けたのだ。
「私たちのことより、お母様の話を聞きたいわ。最近なにかあった?」
「特になにもないわ。平凡な毎日よ。これじゃあ、小説のネタが尽きてしまう。ああ、でも、司祭の家に泊まったら、その人が連続殺人鬼として逮捕されたことがあったわ。ショックだったわ。知らなかったから取材できなかったのよね。もう意地が悪い。教えてよね。自分は連続殺人鬼ですって」
「……連続殺人鬼?」
「その家に泊まった?」
「そうなの。女性を家に泊めて、次々と手にかけていたんですって。それなのに私の身には、なにも起きなかったわ。亡くなった女性たちには悪いけど、神様は意地悪よね」
◇◇◇◇◇◇
ラヴィニアは取材のために王都から一日の距離にある、オールドヘイブンという都市に向かった。様々な階層の人々と親しくなり、交流を重ねたが、ある日、地元の司祭の家に招かれたのだ。
司祭はラヴィニアがたいへん美しく、それでいて聡明であることを褒め、そのような女性を家に招待できることを光栄だと述べた。ラヴィニアはくどくどと話す司祭の絶賛を、適当に聞き流し、家に伺った。
司祭のロナガンは、妻のアデレイド、長女のウルリカ、長男のダニエル、そして末息子のエリクス、さらには自分の妹のパドマを紹介した。当然、他人に感心のないラヴィニアが、名前を覚えられるはずもなく、かといって一々聞き返す失礼も働かず、お世話になることになったのだ。
妻のアデレイドと、長女のウルリカは、著名な作家のラヴィニアが来たことに興奮し、感激のあまりきちんとした挨拶ができなかった。よくあることなのでラヴィニアは気にしない。だが二人との話は盛り上がり、ラヴィニアも、アデレイドとウルリカの名前は、その時は覚えた。
ロナガン司祭は言った。
「美しいラヴィニア様。実は今日、この辺りの小さな地区で、伝統的なお祭りが行われるのです。たいへん申し訳ありませんが、『家族水入らず』で行ってきてもよろしいですか? 子どもたちは皆楽しみにしております。『家族』で行きたいと。ですが馬車が、六人しか乗れなくて……」
人の心を持った女性ならこういうだろう。「家族で楽しんでいらして。私は一人きりで留守番するわ」と。
「えーなにそれ、おもしろそう。どんなお祭りなの? 六人乗り? 大丈夫よ。そんなの。一人くらい多めに乗ったって。大丈夫。大丈夫」
「ですがお祭りは退屈でつまらないものです。お客様にお見せするようなものでは。それに馬車は古いもので、慎重にしないと危険です」
「細かいこと気にするわねえ。あ、だったら一人、馬に乗ればいいんじゃない。私ってば頭良い。とにかくなんとかなるわよ。大丈夫。大丈夫」
「ですが……」
その後もラヴィニアはまったく話を聞かず、大声で大丈夫と言い続けた。そのため、話が始まった時点では、遠くにいた家族たちが集まってきてしまい、それを聞いた長女のウルリカは、別にお祭りに興味はないと言いだし、彼女が留守番することになったのだ。
どうしたわけか司祭のロナガンは妙に機嫌が悪かったが、そう思ったのは家族のみだった。ロナガンはその不機嫌で、家族をあやつった。家族にご機嫌をうかがわせ、気を遣わせ、びくびくさせたのだ。
例のごとくラヴィニアはご機嫌で、他人の機嫌などという、そんなつまんなくて、この世で最もどうでもいいことには、一切気を払わず、自分のやりたいことに夢中になっていた。
祭りは地元色が強く、確かになんということもない小さなお祭りだったが、参加者は楽しんでおり、ラヴィニアも絶好調だった。明るく開放的なラヴィニアは、すぐに誰とでも仲良くなり、話は盛り上がった。
そのため、そろそろ帰りましょうという、ロナガンのさりげないささやきをすべて無視したのだ。
なぜなら、「冷えてきたので……」「夕食の時間が遅れるかもしれません」「あまり長居しても……」、といった風に囁いたからだ。
「帰りましょう」と直球に言っても、「嫌」と答える人物になんの効果があるだろう。
ロナガンは実の母親に異常なまでに溺愛され、叔母や実妹パドマにまで尽くされて育った。その上、司祭という社会的地位を持っている以上、彼の一言は強い実行力があるのだ。
だからこそ、「冷えてきたので……」という迂遠な言い方で、周囲を支配してきた。そもそも彼はなにも言わなくても、不機嫌になるだけで、まわりが気を遣って従ってきたのだ。ラヴィニアとの相性は最悪だった。
行動的なラヴィニアに、長男のダニエルと、末っ子のエリクスも盛り上がり、普段は隅で小さくなっている妻のアデレイドも、めずらしくはしゃいでいるようだった。その間に司祭ロナガンの機嫌は急降下し、それを妹のパドマが一生懸命になだめていた。
不機嫌に気がついた、妻アデレイドは、たちまち態度を変え、息子たちに帰ることを告げる。だが子どもというのはすぐに新しい環境に順応するものだ。末っ子のエリクスは、ラヴィニアを真似して「大きな声」で言った。
「なんで? どうしてなの? 僕もっと遊びたいな。お父さん」
ロナガン司祭は、この地域では信頼を得ている。尊敬すべき人物として知られている。大勢の前で、ちいさな息子にねだられ、他になんと言えよう。
「……そうだね」
その日、家族を連れて家に帰ったロナガンは、満面の笑みを浮かべながら、最悪の機嫌だった。そしてそのことを家族はわかったが、ラヴィニアはわからなかった。
正確に言うと、観察力は高いので、読み取ることはできるが、他人の機嫌など、心の底からどうでもいいと思っているので、情報として蓄積されないのだ。
家に戻った後、退屈になったラヴィニアは、司祭の家の周りをうろついていた。隣に教会があるので、かなり立派だ。家族は全員母屋に入り、ラヴィニアは一人っきりだった。教会を見上げ、ぼんやりしていると母屋の変な所に、地下室への入り口らしいものがあるのを発見したのだ。
「なにかしら、これ」
ラヴィニアがしゃがむのと、なにかが空を切り裂く、鈍くて大きな音がするのと同時だった。顔を上げると、ロナガン司祭が大きな斧に振り回され、バランスを崩しているところが見えた。興味がないので、無視して地下室の入り口を観察する。変な所にあるが、取り立てておかしな点もない。
「なんだあ。つまらないわ」
そう言って、立ち上がるとラヴィニアは母屋に戻った。しかし地下室というのは、家の中からも開くものだ。
「そういえば、ラヴィニア様は入浴なさいますか」
「え、いいの? お湯の準備が負担じゃない?」
「実はばたばたしてましたが、今日の午前中に入浴する予定だったんです。さっき夫が入浴したいと言いだしたので」
「ありがとう」
ラヴィニアも薪の用意を手伝い、アデレイドとお湯を沸かし始めた。台所の隣の更衣室にバスタブを用意し、お水とお湯をいれていく。ロナガン司祭は積極的に手伝い、紳士としてふさわしい態度で、最初の入浴をすすめた。
しかしその準備で、長女のウルリカと話している時に、二人の好きな小説が話題になったのだ。ラヴィニアはたちまち小説に興味が移り、二人で話し込んだ。
「ラヴィニア様。わたし、あの物語でジェーンが最後に、主人公を見送ったシーン。絶対にジェーンは、主人公のことが好きだったからだと思っているんです。でも誰に言っても考えすぎだって」
「わかるわ。私もそう思う」
「思いますか?」
「だって、そうでもしないと、あそこまで尽くさないわ」
「ですよねー」
ウルリカは目をきらきらさせた。
ウルリカは小説を読むときに、深く読み込み考察するところがあった。だがそういった者は少ない。本の感想を話合っても、同意を得られなくてさびしかったのだ。
ラヴィニアから見たところ、ウルリカは洞察力が高く、分析力があり、作者が気がついて欲しい部分を、拾い上げる力があった。話し込んでいる内に、ラヴィニアからみても感心する感想を述べるので、会話が弾んでしまい、二人で夢中になっておしゃべりをしたのだ。
その時、突然大きな音を立てて部屋の扉が開いた。ロナガンが茫然とした顔で立っている。この家ではロナガンの命令は絶対で、妻も子どもも勝手に動くことはない。その理由は、そうしないとロナガンが不機嫌になるからだった。
「ラヴィニア殿。……入浴は?」
「ウルリカと話が盛り上がっていたから、長男君に順番を譲ったわ」
「ああ、そう、です、か」
その後、ウルリカとの話が盛り上がりすぎ、二人はウルリカが入浴中の間も、おしゃべりを続けた。ラヴィニアは髪を洗ってあげたりと、親交を深める。
ロナガンはなぜか更衣室のまわりをうろつき、そして次々に必要になるお湯と水の準備をしたが、さすがにこの大人数が入浴するとなると、時間も資材も必要だ。
おしゃべりに夢中になって、自分の順番を次々に飛ばして最後になったラヴィニアは、面倒だから入浴はやめると宣言した。まだ前回の入浴から一週間たっていないし、なにより自分の入浴の準備をしてもらうのが、申し訳なかったからだ。
妻のアデレイドは見るからにほっとしている。だが忍耐の末に、まるで苦労が報われるのを待つ顔をしていたロナガンは、腹立ちから持っていたクルミをぱきりと握りつぶした。普段なら、こうすればまわりは自分に従うはずだった。
「すごーい。手でクルミを割るなんて。男の人の握力がうらやましいわ」
ラヴィニアは大声ではしゃぎ、注目を集めた。
ロナガンのご機嫌は最悪で、家族は腫れ物にさわるように扱った。
その晩、ラヴィニアは用意された客間に泊まった。
だがそこでもウルリカと話が盛り上がり、結局そのままウルリカの部屋に泊まったのだ。
ラヴィニアはいつものとおりぐっすりと眠り、翌朝もかなり遅い時間まで寝たのだが、翌日ロナガンの家は慌ただしかった。なんでも長男ダニエルがひどい怪我をして入院したという。最初はロナガンも妻のアデレイドも隠していたが、なぜかダニエルは、ラヴィニアの寝台に寝ていて、そこを誰かに襲われたという。
ラヴィニアも、警ら隊に何度も話を聞かれたが、眠っていたとしか答えようがなかった。幸い、致命傷ではなかったと聞いて、ラヴィニアはほっとした。ダニエルの意識が戻るのを待って事情を聞くそうだ。
家族がばたばたしている間、最初は神妙にしていたラヴィニアだが、じっとしているのがつらかった。落ち着きがないラヴィニアは、なにかしていないと頭がおかしくなりそうに感じ、時間が止まっているように見える。
退屈したラヴィニアは、ほんのちょっとだけのつもりで、地下室を探す探検を始めた。
すぐに見つかるものと思っていたが、案外手こずる。この家は、少し立派な民家と言った風情だが、意外にも地下室は巧妙な仕掛けで隠されていた。
ラヴィニアはいつも持ち歩いている旅行カバンにしまってあった、鍵開けの道具を使い解錠を試し見た。ラヴィニアが夢中になってかちゃかちゃしている隣を、不審そうな顔をした家族が通っていくが、ラヴィニアは気にならない。こういった鍵は、自分の力で開けてこそだ。家人に鍵を借りて、楽をするのは邪道なのだ。
そのうち鍵が開いて、中に降りることができた。地下はひどい匂いで、呼吸をするのも苦しかった。なぜ換気しないのだろう。先ほどまで聞こえていた家族の足音が消え、家の中はとても静かだった。急に全員が連れ出されて外出したようだ。そこへ激怒したロナガンが帰ってきたのだ。
「ラヴィニア。もう許さない。お前のせいで息子を」
そう言いながら家の中を大きな足音で歩き回っている。一階と二階を歩き回り、ラヴィニアがどこにもいないのに困惑した後、隠し扉が開いているのに気がついたようだ。
「殺してやる」
ロナガンは大きな斧を探しに行くと、乗り込んできた。
泰然としているラヴィニアだが、「殺してやる」と何度も言われ、斧まで持ち出されたら、さすがに危険を感じる。せかせかと旅行カバンの隠しを開くと、銃を装填し、雷管をはめた。
ロナガンはそんなラヴィニアの姿を見ても、まったく怖くなかった。
なぜなら普通の人間、それもか弱い女性なら、こんな状況で銃を撃とうとしても、手が震えてなにもできないものだ。
それに普通の人間は、人を傷つけるのに、強い抵抗感がある。構えたとしても撃つことなどできやしない。
「よいしょと」
乾いた音を響かせ、一発撃ったラヴィニアは、すぐに次の弾を装填しようとした。息を吹きかけて弾を入れる。
「よいしょよいしょ」
そして二発目を撃とうとして、ロナガンが崩れ落ちているのに気がついた。
ラヴィニアは野生動物がたくさんいる危険な地帯で、今まで何度も虎を撃ったことがある。その時、きつく注意されたのが、「最低五回は撃て」だ。動物は人間の弾なんて簡単によけてしまう。だから大勢で休みなく撃つのだ。そのつもりで撃ったラヴィニアは、人間のあっけなさに肩透かしをくらった。ロナガンは傷口を押さえていて、動けないようだ。
長男ダニエルの一件で、出動していた警ら隊は、銃声を聞いてすぐに駆けつけた。
そして地下室から数体分の遺骨や、戦利品と呼ばれる女性たちの持ち物が見つかったのだ。ロナガンは立場を利用して、ラヴィニアのように単独行動している女性を狙って、犯行を重ねていた。
その後の調査では、ロナガンは溺愛してくる母親と叔母から性的虐待を受けており、その影響で妹のパドマとも関係があった。父親とパドマとの関係をたびたび見せられていた、長男のダニエルは性的に歪んでおり、ラヴィニアにふしだらな行為をしようとしたのだ。
とは言っても、大人しいダニエルは、無理になにかをしようとしたわけではない。ただラヴィニアを訪れたら、部屋にいなかった。ちょっとでも気分を味わおうと寝台に横になったら、父親に襲われて、怪我をしてしまったという、ある意味不運な少年だった。
それでいて、ロナガンもパドマも、もちろん母親のアデレイドも、子どもたちに優しく、大まかには理想的な親としてふるまっていた。子どもたちも、年相応に無邪気で純朴に育っている面もある。
異常者の作った、愛情ある温かい家庭で育った子どもたちは、普通の子であるのと同時に、歪んだ価値観も持ち合わせていた。
◇◇◇◇◇◇
ジュリウスとシェリーは、その話を聞いて、確かに母ラヴィニアは、強運の持ち主ではあるが、最後には自分の手で命運をつかんでいる所が強いと感じた。
聞いているだけで、胸が悪くなるような冒険譚だ。
「そういうわけで、なぜか突然殺されそうになったの。なにもなかったのに、突然よ。なにか怒らせるようなことしたかしら」
「「……」」
「とても親切でいい人そうに見えたのよ」
「「……」」
「あ、もうこんな時間。そろそろ帰るわね」
そう言って立ち上がると、ラヴィニアは手を伸ばして、ジュリウスの髪をくしゃくしゃとかきまぜた。
「あんまりひどい怪我しないでね。さすがに心配だわ」
「一応、心配してくれるのですね」
「それはもちろん」
「その割には、取材がと騒いでいましたが」
「だって、あんたいい顔しているんだもの。大きなことをやりとげたっていう顔をしていたわ。一人前の男になったわね」
そう言ってラヴィニアは立ち去った。ジュリウスは額に手を当てた。
「全然見ていないのに、よく見ているんだよなあ……」
ジュリウスとシェリーは、やれやれと大きなため息をついた。




