誘拐されたローズ
大怪我をする描写があります
ジュリウスを中心とした他登場人物は、以下のエピソードにも登場します。
人物関係については、「登場人物一覧」もあわせてご参照ください。
「調査官の任命」「サーヴィアスの退学」「貧乏男爵家の調査官日誌」「親不孝者」「灯りを支配しようとする虫」
ボウエン伯爵家の長女、ローズが誘拐されたのは、事件にはそぐわない麗らかな春の昼下がりだった。
ローズの警備は厳重で、自室にいようと、教室にいようと、周囲は護衛が取り巻いている。もっとも警備が薄くなるのは、学院帰りの馬車での移動だ。
その途中で大規模な爆発事件があり、馬車が行動不能になり、街に大混乱が起きた。その際、誘拐され、行方不明になったのだ。
ただちに捜査が開始され、様々な人物の名が容疑者として上がったが、現在、行方不明のイワンが最有力容疑者だった。
同時にコーネリアス子爵家の三男、サーヴィアスも行方不明になっていた。サーヴィアスはおそらくイワンに利用され、操られていると見られている。
イワンからは犯行予告が出され、王都の重要拠点のあちらこちらに、爆発予告が出されていた。率直な話、イワンの性格では、そんな無駄なことはしないだろうと思われているが、かといって嫌がらせのように、こういったことをする可能性もあり、そのせいで人手が余分に取られているのだ。
王城付属の騎士団の、臨時で作られた捜査本部に、ジュリウスが呼ばれたのは、事件が発生してからすぐのことだった。いろいろ話は聞かれたものの、国のトップに立つ人々の中で、することもなく、いますぐローズの捜索に加わりたいのをじっと堪えていた。どう考えても、闇雲に動くより、ここで待機しているほうがいいに決まっている。
しばらくして入った続報で、犯行予告通りの爆薬が盗まれていることがわかった。重要拠点すべてに仕掛けられるほどの、破滅的な量だった。
「こういった事件を起こす犯人は、たいていは世界を憎んでいるものだが、それにしてもすごい量の爆薬を盗んだものだな」
騎士団幹部が、部下と話しているのが聞こえてきた。それを受けて騎士団長ダロンが立ち上がった。
「さてと、大体情報は出そろった。推理と行こう。犯人の狙いはなんだと思う? ローズ嬢なら、もう手に入れている。やるのに爆薬は必要ない。聞いた印象では、イワンはなんでも自分でやらないと気が済まない質だ。それなのにサーヴィアスという手下が必要になるほど、規模のでかいことを考えている。先にローズ嬢を誘拐してから、犯行予告を出す理由は? 話に聞くと頭脳派だ、肉体派じゃねえ。手間がかかることは嫌いだろう。
なあ、ボウエン伯爵家の方々はどう思う」
騎士団長ダロンは、次々に疑問を挙げて、答えを待った。
マックスがちらりと、ジュリウスを見た。横にいたリックが声をかける。
「言ってみて」
リックに促されて、マックスが答える。
「……犯行予告は、そのほうがおもしろいからと思って、出したんだと思います」
「……私も、そう、思います」
マックスとジュリウスの答えに、騎士団長は首を振った。
「ふるってるね。では犯行予告は囮で、本物ではないと考えているのかな」
ジュリウスは、マックスの顔を見ながら答えた。
「七割くらいが囮で、残りの三割くらいが本物の可能性も。嫌がらせで」
それにマックスが頷く。
「性格が悪いというのは、本当のようだな」
今度は副騎士団長が身を乗り出した。
「それでは質問を変えよう。奴が一番爆発させたい場所はどこだ」
そう聞かれてジュリウスは、こう答えた。
「全部」
「……全部、とは。関係者全員か?」
断定的な口調にならないよう、慎重に誘導を避けて質問は進められた。
「イワン殿はこの世界すべてを憎んでいます。彼を受け入れなかった世界が憎いんです。おそらく……、イワン殿はローズ様に執着はしていますが、そこまで重要だと感じていません。せいぜい殺すくらいの憎しみしかないのです」
「……」
その場にいた人々が、ジュリウスの答えに考え込んだ。普通は犯人は最も憎んでいるものに、「殺人」という行為を行う。だがジュリウスや、マックスからみたイワンは、「せいぜい」「くらい」というレベルで、「殺人」を行うというのだ。それならそれより憎んでいるものには、なにをするのだろう。
「それでは……、そうだな、ボウエン伯爵家に爆弾を仕掛けると思うか」
「「ありません」」
ジュリウスとマックスは同時に否定した。
「どうしてかね?」
「奴の怒りはそんなものではありません」
次の質問だ。
「では……、王都の重要拠点は?」
「「……あるかもしれませんね」」
「王城は? 王族は」
困った顔をしたジュリウスを、リックは励ました。
「とにかく言ってみて」
「ですが、その、不敬かと」
「気にするな。今は捜査中だ」
騎士団長が、励ますように言った。
「イワンは…………、もっと大きいものを狙います。彼の怒りは凄まじいんです。それがなにかまではわかりませんが」
王城や王族を、言外に小さいと言われ、人々は頭をめぐらす。騎士団員たちが、ぶつぶつつぶやきだした。
「世界を壊すのと同等のもの」
「王城や王族より重要なもの」
ほぼ全員が、同時に答えにたどり着いた。
「水道橋か」
王都には古代に建造された大きな水道橋が二本ある。規模は小さいが、小さな水道橋も何本かあり、そのおかげで、巨大な都市にもかかわらず、水には不自由していない。
今の王都建設後に水道橋を建設したわけではない。古代からの水道橋が残されていたこの場所に、後から王都を建設したのだ。水道橋は、どこに首都を築くかを決める、重要施設だ。
昔ながらのメンテナンスを、現代でも行っているが、建設された当時の技術や、人材は、残っていない。だから水道橋が破壊されたら、それを再生するには、一から始めないといけないのだ。
もちろんできないことではないが、現実的ではなかった。つまり破壊されたら、それは同時に王都の確実な機能停止を意味している。
たかが一貴族の令嬢の誘拐が、国の命運を左右するかどうかまでの話に発展していた。
「工作員の人数は二人だけだ。破壊するとしたら、二本同時。水道橋が交差している場所にただちに向かえ。あすこは基礎が丸見えだ。場所は王城の敷地内」
騎士団長の号令とともに、本部から騎士が何名か弾丸のように飛び出し、ジュリウスも後に続いた。騎士たちが、非常時に使う王城内の緊急通路を走り抜ける。
王城の敷地北西で、二本の巨大な水道橋は地上で交差している。そこから地下に潜っていくのだ。重要拠点のため、簡単に近づくことはできないが、そうはいっても定期的なメンテナンスが必要なため、作業しやすいように通路やはしごが整備されている。
メンテナンスは、それを専門に行う技能集団の一族が行っており、方法などは一族内で秘密にされている。特に地下の暗渠部分は全面非公開だった。
騎士の一人が、立ち入り禁止区域の鍵を次々に解錠し、飛び込んでいく。
草原のように広い敷地内に背の高い草が生い茂るが、それより高くそびえる水道橋のアーチと、先を行く騎士の背中を見て、ジュリウスは必死に走った。彼らより先に着かないと。ローズの命は今や風前の灯火だ。
走っていた騎士たちはすぐに目的のものを見つけた。現場には仕掛けられた爆薬に続き、放心しているローズ、そして演説しているイワンを遠くに見つけたのだ。次いで別の場所で爆薬の設置作業を続けていたサーヴィアスもいて、その場で捕らえられた。イワンとローズは交差する水道橋の真下、アーチの土台にいた。
ローズはやっと解放されたイワンにまたつかまり、絶望的な気分だった。だからイワンが聞いていない演説を長々と始めた時点で、大分精神がやられていた。ローズが疲れから大人しくしているのを、黙って聞いてくれている、ようやく受け入れてくれたと勘違いしたイワンは、世界への呪詛をまき散らした。
ローズはその間、短かった人生へ別れを告げながら、イワンと離れられるのなら、この最期も悪くはないとまで思うほど、うんざりしていたのだ。
自分の頭脳に絶大な自信があるイワンは、自分の隠れていた場所が見つかるとは、本心では思っていなかった。
そうは言っても、見つかったらすぐに対処できるようにも、計画を立てていた。だがイワンはどこまで行っても頭脳派で、かつ、自分の頭の中が現実よりも重みがあった。
つまり、現実の肉体派の力を見くびっていたのだ。
見つかったことに気がついたイワンは爆薬を抱え、ローズも抱えて、水道橋の下で着火作業に取りかかろうとした。捕まえに来た彼らの前で、最期に演説をぶちまけ、華麗に締めようと思ったのだ。ところがなにもしないうちに、驚くほど簡単に取り囲まれていた。ジュリウスや一緒にいた騎士たちは、猿や猫かと見間違うばかりの身の軽さで、駆け寄ってきて、あっという間に、イワンの周囲をふさいだ。
「降伏しろ」
一人の騎士が無駄だとわかっても語りかけた。
その横でジュリウスは焦っていた。
ジュリウスはローズを助けに来ている。だが騎士たちの優先順位は違う。騎士たちは水道橋を守りに来ている。このままイワンがローズを離さないなら、ローズごと始末するだろう。視界に追いついてきたマックスが入った。マックスも同じ心配をしているようだ。しきりにサインを送ってくる。
イワンは焦るジュリウスを見て、これ以上おもしろいことはないとばかりに、にやついて笑った。見せびらかすようにローズを引き寄せる。イワンもローズが人質にならないことを知っているのだ。だから焦っているジュリウスを見るのがたまらなくおもしろいようだ。
騎士に取り囲まれ、水道橋の爆破を諦めたイワンは、ローズと二人で心中する道を選んだ。イワンが懐から乱暴に雷管を取り出すと、騎士たちが少し後ずさりした。それを予想していたイワンは、嬉しそうに取り付けたが、その間に、ジュリウスの合図で後ろから近づいたマックスが、ローズを捕まえていた左手ごと、剣で切り落とそうとした。
イワンの分厚いコートのせいで上手く行かなかったが、景気の良い響きのある音がし、ローズを掴む力がゆるむと、イワンは力なく膝をつきそうになった。ジュリウスは、マックスがローズを抱えて避難するのを横目に、イワンを力尽くで抱えると、できるだけ遠くに走り出した。
そして強い衝撃を受けたと思った所、意識を失ったのだ。
◇◇◇◇◇◇
目が覚めると豪華な病室で、上半身を包帯でぐるぐるに巻かれていた。痛み止めのせいか頭がぼうっとする。一週間ほど、なにをする気にもならず、ただ横になっていた。誰かが、ローズに怪我はなかったと言ったのを聞いて、安堵した。
「ジュリウス殿。怪我の具合はいかがですか。大分落ち着いてきましたね」
マックスは、ジュリウスの病室に豪華な、お見舞いバスケットを持ってやってきた。ボウエン伯爵家の予算だろう。
ジュリウスはイワンの爆発に巻き込まれたが、奇跡的に二人とも生きていた。ジュリウスは片耳の鼓膜が損傷し、肋骨を二本と、右腕を骨折し、肋骨に二カ所ひびが入っている。イワンはもっとひどいが、とにかく生きている。
ローズには怪我はなかったが、今回の事件で相当落ち込んでいるだろう。誰もローズの様子を、ジュリウスには言わないから、わからないが。自分のせいで怪我をした人間に、ひどく落ち込んでいるなどという人はいないだろう。
事件に関わった、サーヴィアスは絞首刑となった。
サーヴィアスは捕まった時は、傲岸にほくそ笑んでいた。だが刑が宣告されると、なぜか戸惑い、刑の執行にひどくおびえ、終いには「どうして俺ばっかり」と泣き叫んだという。
実家のコーネリアス子爵家は、世間体を考え、沈黙している。
当然、イワンにも絞首刑が宣告されるだろう。だが怪我のことを考えても、なぜだかいっこうに裁判は進んでいなかった。
ジュリウスは満身創痍でぼろぼろだったが、それでもローズが無事だったと聞いて、やるだけのことをやったんだと満足だった。正直、疲れてしまい、なにも考えられない。でもそれが気にならないほど、満ち足りていた。




