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貧乏男爵家の調査官日誌  作者: 林はるる


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小さな光(後編)


「これから大変ですね。奥様が殺されて、ご自身の娘さんへの虐待が公にされて、騒ぎ立てられるでしょう」


「……なんのお話しですか。虐待など」


「知らないはずないでしょう」


「私は、娘にはあまり関心がなく」


「あなたに関心がなくても、その他大勢の人間は関心あります。今まで幾人もの人々から、忠告があったはずです」


「はて、覚えが」


「これから地道な捜査をすれば、名前があがるでしょう」


「……」


「あなたはお忘れのようですが、セシリア嬢はこのゾア男爵家の嫡子です。あなたは国王から貸与している爵位の跡継ぎを虐待し、放置し、養育および教育を怠ったのです。すべき任務をしなかった。虐待を知っていたのに、『知らない』という返事そのものが罪です。ああ、それと、セシリア嬢の実母を殺害した事件でも罪に問われます」


「……なにかの間違いでしょう」


 本当に知らないのかわからなかったが、動揺した男爵は顔色が悪くなった。


「ダフネ夫人とあなたの共犯で、立件する予定です」


「待って下さい。その話は本当に知りません」


「私にはどうでもいい話です。関係ありません」


「本当に知らないのです」


「あなたがいくら知らないと言っても、自分の妻が不自然な形で亡くなり、その実行犯のダフネ夫人を直後に嫁に迎え入れれば、状況証拠は真っ黒でしょう。もしその時セシリア嬢を、傍目にもわかるように大事にしていたら、印象は変わったでしょう。でも虐待を放置していた。捜査官側の心証は最悪です。でも仕方がないですよね。だってあなたは、ご自身で仰ったように、セシリア嬢に関心がないのですから」


「待って下さい。私ではありません」


「私に言い訳しても無駄です。なぜならあなたが二十年かけて築いてきた、行動が証拠なのですから」



◇◇◇◇◇◇



 ジュリウスは王都に戻ると、リックに報告した。リックは考え込んでいる。


「その強盗に間違えられた男は誰なの?」


「ダフネ夫人の腹違いの弟です。かなり年下で、しょっちゅう夫人に、金をせびりに来ていたようです。夫人はそのかわりに仕事をさせていたとか。事件のあった前日に、仲間に『いい儲け話が転がり込んできた』と言っていたそうです」


「セシリア嬢はだんまり?」


「はい」


「うーん。セシリア嬢が真犯人だと明かしても、別に彼女になんの不利もないけれども……」


 そうはいっても若い女性が、二人もの死にかかわっていたとすると、今後の人生には負担だろう。


「セシリア嬢が真犯人説は、それはそれで難しいなあ」


「そうなのですか?」


「セシリア嬢は荒縄できつく縛られていたのだろう? 体には痛々しい痕が残っていた。それでどうやって犯行を犯すのかな?」


「おそらく前日も……いつもしばられていたのでしょう。だから痕が残っていた。それとおそらく彼女、縄抜けができますよ。妹が、結び方からしてそうだろうと」


 リックは大げさにため息をついた。


「……それが新聞に掲載されたら、余計に同情が集まるだろうね。連日荒縄で縛られる悲劇の女性。縄抜けを覚えないといけない悲惨な境遇。ゾア男爵家は風前の灯火だな。そうなると面倒くさいなあぁぁ。セシリア嬢の今後のために、身元保証になる実家は残しておいた方がいいだろうし。仕方がない。ここは男爵家のためにも策を講じるか」


 リックは決断したようだった。


 事件はこう公表された。ダフネ夫人の腹違いの弟は、強盗目的でゾア男爵家に忍び込んだ。深夜にお堀のある堅牢な館に侵入できたのは、夫人の手引きである。共犯者のダフネ夫人と、分け前について話合っている所、言い争いになり、お互いを殺し合ってしまった。


 その場にたまたま居合わせ、拘束されていた目撃者の長女セシリアは、ひどいショックを受け、現在入院中と。


 こうすれば、犯行にゾア男爵家の直系は一切かかわっていない。夫人とその弟を切り捨てる形で決着をつけた。


 とは言ってもリックは、ダフネ夫人にだって気を遣ったのだ。



◇◇◇◇◇◇



 母親を殺されたショックで、ミナは学院を休んでいた。


 本当なら沈んでいたいところだったが、そうもいかなかった。使用人が誰も働かず、日常生活もままならなかったからだ。ダフネ夫人とミナは、セシリアをいいように扱っていた。当然、そんなセシリアを使用人たちが敬うわけない。彼らは下働きをさせられるセシリアに、少しずつ自分の仕事を押しつけ、怠慢になっていった。まともな神経を持っているものは辞めていき、今は怠惰な使用人しか残っていない。


 ゾア男爵は急遽、使用人を増員したが、彼らが真面目に働いている横で、元からいる使用人はこれ幸いとさぼるのだ。居着くわけがない。男爵はてこ入れに乗り出したが、ゆがんで育てられたミナは、諸悪の根源はセシリアだと、苛立ちを募らせた。


 学院に登校したミナは、腫れ物に触るように扱われた。実母が強盗の共犯者と公表されたのだ。


 それが耐えられなかったミナは、まわりに訴えた。真犯人は義姉のセシリアだと。評判の悪いセシリアの噂は、ミナによって知られていた。


「あの事件の真犯人は義姉のセシリアです。母は無実です。強盗なんか真っ赤な嘘です」


 確かに貴族夫人のダフネが、なぜわざわざ強盗なんてと、思っている者は少なくなかった。真犯人である腹違いの弟に、巻き込まれたのではと考える人は少なくなかった。だから多くの者がこう聞いたのだ。


「どうして、あなたの義姉のセシリア嬢は、ダフネ夫人を殺害したのですか?」と。


 ここで「憎んでいたから」と答えようものなら、次にまた「どうして?」と聞かれてしまう。だからミナは、理由を二人の関係性ではなく、セシリア個人に求めたのだ。


 セシリアは怠惰で、嘘つきで、動物を殺す残酷なところがあると。

 『なんの理由もなく』人を殺してもおかしくない人間性だと。


 せっかく理由をこじつけた、リックの親切を無駄にしたのだ。



 人は加害者にも被害者にも、理由を求める。つらい事件の話を聞いたときに、ストレスを感じる弱い生き物だからだ。だから加害者には犯行を犯した動機があり、被害者には巻き込まれた理由があると安心する。


 ダフネ夫人にとっての事件の真相は、セシリアを虐待しようとして、返り討ちにあったというものだろう。おそらくその真相が公表されたら、ダフネ夫人とその実家は致命的なダメージを受け、立ち直れない。普通の婦女子であるダフネ夫人が、なんの理由もなく、長期間に渡って義理の娘を、まるで拷問するような目に遭わせたのだ。


 結果として相手から殺害され、それも仕方がないと思われるほどの環境を作り出すなど。だからリックはその真相を公表しなかった。


 だが強盗なら話は別だ。人々にとって、強盗という犯罪は身近で、想像しやすく、よくある犯罪だ。犯罪ではあるが、常識の範囲内に入っている。


 つまりは真相よりも、強盗の共犯だったと公表した方が、ダフネ夫人のダメージは少なかったのだ。


 しかしミナは、セシリアを、ダフネ夫人を殺害した、快楽殺人者だと宣伝したのだ。


 ミナは母親の歪んだ教育によって、憎ければ暴力をふるって良いし、戯れで社会的に抹殺してもよいと学んでいた。外面がいいため、それを表には出さないよう努めてきたが、価値観が世間から大幅にずれていることに変わりはなかった。自分の発言が世の中からどう見られるのか、本当のところはわかっていなかった。


 ミナの発言を多くの人は信じた。なぜならやはりその家の人間ということで、内部告発に大きな力があったからだ。それに人々は、最初に小さな事件について教えられた後、後からもっと大きな真相を告げられると信じてしまうものだ。


 結果として、ミナは孤立し、婚約は解消になった。


 強盗ならともかく、快楽殺人者がいる家などと、誰が付き合おうか。人々は恐怖におののき、ミナから逃げ出した。ミナに声をかけられたくないという理由で、欠席するものも出たくらいだ。


 事態を重く見た教師に、ミナは訴えた。


「私の母親は殺されたのよ。それなのにどうして誰も同情してくれないの?」


「君の話によると、義姉のセシリア嬢は、昔から残酷なところがあったそうだね。どうして病院に連れて行かなかったんだい。なんでもかかりつけ医ですら、セシリア嬢の顔を知らなかったとか。もっと早くに医師に診せていたら、こんな結果には……」


「……」


「それにどうして一緒に暮らしていたんだい? そんな危ない人物と。子どもの頃からそうだったと言っていたね。だったら同居しなければよかっただろう。悪いが、私だったら絶対にしないね」


「……」


「それとこう言ってはなんだが……、率直に言って、君のお父上はどうかと思う」


「父は……その、姉に……関心なくて」


「お姉さんは昔から残酷な人柄で、そのことをお父上には言ってあるんだろう? それなのになんの手も打たない。医師にも診せない。君たちを安全な場所に避難もさせない。君、わかっているのかい? さっきからお姉さんの、愚痴ばかり言っているが、お父上が、君もお母上も守ろうとしていないことに。あえてはっきり言わせてもらうが、君たちは父親から見捨てられているも同然なんだ」


「なんて失礼な」


 ミナは鼻白んだ。だが目の前の教師は、ミナに訴えかけるように言った。


「自宅で人が亡くなっているのだから、危機感を持ちたまえ。お姉さんのことを報告しても、君という娘を守ろうとしない父親はどうかと思う。私にも娘がいるが、まるで理解できないね」


 ミナにとって、父親に囁く「怠惰で嘘つきで残酷な姉」という言葉は、姉の評判を貶めるためのものだった。評判を下げるのが目的だったのだから、それを聞いた父親が、なにもしないでいることを疑問に思ったことがなかったのだ。


「君、自分自身の保護を申請する気はないか? 私から見ると君の置かれた環境はあまりにも異常だ。お姉さんが戻ってくる可能性がある上に、お父上はなにもしてくれない。君は十八歳だし、学院を通すと、人権救済の申し立てはしやすい。君自身が、今すぐ意思表示すれば、すぐに保護できるよ。それに一度申請しておくと、その後、定期的に安否確認が行われるんだ。連絡が取れなくなっても、安心だ」


 ミナは教師の言っている意味がわからず、言葉を失った。それにジュリウスの話では、セシリアは保護され戻ってこないのだそうだ。いまいましい。だったら家にはもう危険人物はいないのだから、そんなことをする必要もない。


「なにを言っているんですか。荒唐無稽です」


「虐待を受けていても、自覚がない子どもは意外に多い。君のように置かれた環境に、なんの疑問ももたないんだ。申請だけでもしておかないか?」


 ミナは頑なに断った。馬鹿馬鹿しい。意味がわからない。



 自宅に帰ると、始めて父親に激怒された。


「学院でなにを言ったんだ。取り引きは断られ、契約は打ち切られたぞ。どうしてセシリアが真犯人だなんて言ったんだ」


 ミナはただ立ち尽くした。怒られたことがないから、怖さがわからないのだ。だが、この家がどうなろうと、ミナは名家のボルト伯爵家に嫁ぐのだから、影響はない……。


「ボルト伯爵家から、婚約解消の申し入れがあった」


「……なぜ」


「当たり前だろう。男爵夫人が殺され、犯人は継子。男爵家の嫡子だと宣伝したんだ。そんな恐ろしい家の娘と誰が結婚するんだ」


 ミナは、急いでウェイバーに手紙を出そうとした。だが父親に強い力で二の腕をつかまれた。


「いいか。絶対にウェイバー君に接触してはいけない。本人からきつく申し入れがあった。やぶったら罰金刑だ。我が家はもう後がないんだ。二度と下手な真似はするな。部屋から出るのを禁ずる」


 ミナは部屋に閉じ込められた。


 だがこの家には怠惰で、嘘つきな使用人しか残っていない。すぐ食事にすら不自由するようになった。何度用事をいいつけても無駄だった。ミナの長年の教育により、いかにさぼるかという方向に努力しているのだ。


 それにミナは家庭内での地位を、明らかに落としていた。使用人たちはこの家では、地位が低いものにはなにをしてもいいことを学んでいるのだ。


 そのため、ミナは当主である父親にアピールしようとした。だがそれもどうだろう。ゾア男爵は、長女セシリアの時のように、その命が危なくても関心を持たないことは、もう証明済みだった。



◇◇◇◇◇◇



 一年後、ジュリウスは、セシリアに面会していた。


 セシリアは現在、研究活動をしている貴族家子女のボディーガードをしている。正直、腕はまだまだだが、護身術ができる女性そのものが少ないため、需要と供給は成り立っていた。


 実質的な後ろ盾がないセシリアの、今後の人生を考えたとき、シェリーが提案したのだ。彼女は護衛に向いていると。普通の女性と違って、つねに暴力に晒され、危ない橋を渡ってきたのだ。武闘家に最も必要な、肝の据わり方が尋常ではないと。


 表向きにはできないが、男爵家の令嬢で身元は保証されているし、それなりの教育も受けている。頭脳労働もできるということで、仕事は常にあった。


 ここ三十年で女性の社会進出は、飛躍的に伸びた。だが社会の受け皿はまだ育っていない。そのため、女性たちが活躍するには、まだまだ護衛が必要なのに、女性の護衛は少ない。



 ジュリウスはひとしきり近況を聞いた後、セシリアに伝えた。


「それで……、もしかしたら伝わっていないかもと思って、面会に来たのだ」

「はい」


「事件の夜、なにが起きたかは、だいたい想像が付いている」

「……」


「私だけでなく、私の上司や同僚、みんなだ」

「……」


「だがそのことは気にしなくていいと、伝えに来たんだ。貴族が関わる事件は、往々にして、情報を操作する。当たり前のことだ」

「……」


「だからその重荷は背負わなくていい。私たちが持つから。君はこれから、自由に生きてくれ」

「……」



 セシリアはあのことを、重荷になんて感じていない。


 敵を倒してやったのだ。

 もっとやってやりたかった。

 足りないくらいだ。

 腹の中には、今でもマグマのように、怒りがとぐろを巻いている。

 これでも我慢してやったのだ。

 だからジュリウスの言ったことは、余計なお世話だ。



 …………だが、誰かが重荷を背負ってくれる。

 その考え方は悪くなかった。


 誰かが自分を見守ってくれている。

 その感覚も悪くなかった。


 ジュリウスの申し出なんか、ありがた迷惑なのに、セシリアは肩が軽くなったように感じた。


 ジュリウスは静かに立ち去ると、二度と来なかった。


 だがセシリアは、疲れたとき、つらいとき、どうしたらいいかわからないときに、何度も、この時の会話を思い出した。この世界にいるどこかの誰かが、自分の重荷を背負ってくれている。


 そのことが闇の世界に住んでいるセシリアにとって、まるで小さな光が静かに漂い降りたように感じられたのだ。


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