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貧乏男爵家の調査官日誌  作者: 林はるる


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小さな光(前編)


 セシリアの生涯は地獄だった。


 家族を顧みない父親と、体の弱い母親の間に生まれ、誰も面倒をみてくれず、気にかけてすらもらえず、貴族家に生まれたのに、自分で自分のことをする毎日。

 だが後から思うと、この時はまだましだったと思う。


 実母が亡くなった後、後妻とその娘が来たのだ。

 なんでも父親は実母との婚約があったから、後妻と結婚できなかったとか。そんなことはセシリアには関係のないことだ。だが後妻のダフネはそう思わなかった。セシリアと実母のせいで結婚できなかったと責め、虐待した。


 後妻の娘はミナと言って、セシリアの三歳年下だ。ミナは母親によく似た底意地の悪い娘で、セシリアを虐待するのに、なんのためらいもなかった。二人とも始末の悪いことに、外面は一人前で、セシリアを虐待していることは、まわりには秘密だった。


 もちろん、下働きをしているような使用人にはばれてしまう。だが上級使用人や、父親のゾア男爵にはひた隠しにした。


 興味深いことに、徹底的に隠しても、気づく人もいる。そういった人はセシリアを助けてくれようとしたが、一人一人辞めさせられていった。残ったのは、ぼんくらか、セシリアを腫れ物に触るように扱う人だけだ。


 セシリアも最初は父親やまわりに助けを求めた。だが二人の外面の良さは完璧で、話を聞いてもらえないのだ。


 だからセシリアは絶望の中、ただじっと耐え忍んでいた。


 セシリアは経験上、希望というのを持たない。持っても空しいだけだからだ。だが予定は持っていた。十六歳になったら、王立学院に通える『かもしれない』予定だ。そしてそれが無理なら、十八歳を過ぎたときに、家から逃げ出す予定だ。


 学院に通わせてもらえれば、就職のための資格を取って、合法的に脱出できるかもしれない。それが駄目でも、十八歳で逃げ出せるかも知れない。


 貴族子女は、結婚までは父親の財産だ。だが十八歳を過ぎると、虐待などの理由があると、本人の申請のみで国に保護してもらえるのだ。セシリアはそもそも親から虐待されているのに、十八歳以下は申請するのに親の許可がいる、現状のほうがおかしいと思った。


 証拠の用意は簡単だ。体中に残る虐待の痕、いくらでも証明できる。


 そして後から思う。この時は、自分はまだ希望を持っていたんだと。


 セシリアを下働きの使用人のように働かせ、虐待していた義母ダフネと、義妹のミナは時間が経つと別の仕事を押しつけてくるようになった。


 ダフネの家政の仕事と、ミナの宿題だ。


 肉体労働と頭脳労働を同時にやらされ、かといって待遇は最悪だ。これでは効率が上がるわけがない。いくらセシリアを憎んでいるとは言え、ダフネとミナもさすがに考えたようで、その頃からセシリアの待遇は、最低ランクになった。つまりは良くなったのだ。


 そのことが二人には、耐えがたいほどの屈辱だったようだ。そして虐待は陰湿になっていった。


 ダフネとミナは、もともとセシリアに関心のない父親、ゾア男爵にセシリアの悪口を吹き込んでいった。セシリアは、怠惰で嘘つきで動物を殺す残酷な面があると。セシリアはそれを聞かされて、まるで二人の自己紹介のようだと感じた。


 ゾア男爵は、焦りあわてた。そんな娘を持っていることが公にばれてしまったら、とんでもないことになってしまう。そこでセシリアを学院に入学させるのを止めたのだ。


 セシリアは心の中で覚悟していたから平気だと、自分に何度も言い聞かせた。だが一人になったとき、涙があふれ、自分にもまだ人間の心が残っていることを知った。それがとてもつらかった。


 心なんてそんなものなければ、この生活も平気なのに。なにもかも麻痺して感じなくなってしまえば、どれだけ楽か。


 だから一生懸命、十八歳になる時を待ったのだ。


 セシリアは表向きは体が弱いことになっていた。そうしてゾア男爵家の長女が、通学しない理由は成立した。だが義母と義妹の手によって、表の世界のセシリアの評判も下げられていった。学校に行かないのは、怠け者だからであり、とんでもない嘘つきで、残酷な所があると。


 義妹のミナは、それを姉を心配する、心優しい妹を演出するエッセンスとして、巧みに利用した。その結果、ボルト伯爵家の長男ウェイバーを釣り上げたのだ。玉の輿だった。ウェイバーは婚約が整い、ゾア男爵家に来るようになると、現実のセシリアを見かけるようになった。ウェイバーはセシリアを見る度に説教をした。


 曰く、優しい妹に心配をかけて、恥ずかしくないのか。少しは真面目に働こうと、思わないのか。などとつまらないことで罵った。


 セシリアの待遇が最低ランクに良くなったとはいえ、扱いは使用人だ。髪もぼさぼさで手も荒れ放題、なにより靴をもらえず布でまいているだけ。これを見てなんとも思わないのだから、ウェイバーはぼんくらだ。


 ボルト伯爵家の将来は暗いし、それはミナの未来もないことを意味していた。玉の輿と言われているが、似たもの同士がくっついただけだ。セシリアはぼんやりとそう思った。


 しかしそんなセシリアに、待望の十八歳の家出は来なかった。


 十八歳を過ぎると、セシリアは軟禁されるようになった。

 最初は、希望的観測を持った。ダフネとミナの機嫌が悪いのだろうと。ちょっと趣向を凝らして遊んでいるのだろうと。いずれこの生活は終わり、逃げ出せるだろうと。


 だがセシリアは聞いたのだ。ダフネたちの会話を。


「いい獲物を捕まえたわ。仕事するわ。殴っても抵抗しないわ」

「本当よね。嫁ぎ先に持っていけないのが残念。まあ時々殴りにくるけどね」

「一生閉じ込めて便利に使うわ。だって奴隷なんて便利なもの。今時手に入らないし」


 げらげら笑い合うダフネとミナが、セシリアの母親をどうやって殺したのかを聞いて、目の前が真っ暗になった。



◇◇◇◇◇◇



「ジュリウス殿。済みません。至急、手伝ってくれませんか」

「どうしました」


「この近くの貴族家で、強盗が押し入ったんです」

「強盗」


「強盗は、そこの貴族夫人を襲ったみたいで、そのう、相打ちになったようです」

「強盗と、夫人がお互いに傷つけ合って、亡くなったということですか」


「そうです」

「不謹慎ですが、めずらしい組み合わせですね」


「ええ。このあたりはそんな物騒な事件は、滅多に起きないんです。だから」

「わかりました」


 出動予定の保安官が持ち場に残り、ジュリウスは妹のシェリーを、ブラック号に乗せて出発した。


 その日シェリーは郊外に住んでいる、知り合いのお見舞いに行ったのだ。行き帰りはジュリウスが馬で送り、そのついでに保安官事務所に立ち寄った所、事件のことを聞いた。


 ブラック号はあまり乗せないシェリーのことを、可愛いペットと思っていて、今日は自分の自慢の歩きを見せようと、意気揚々としていた。ちょっと重いけど平気だ。時々、ちらりとシェリーを見ては、元気よく首をふっている。


 ブラック号を走らせていると、三時間ほどでゾア男爵家が見えてきた。


「これは……」

「すごいわね」


 ゾア男爵家は大きめのお堀に囲まれた洋館で、古く、崩れている所もあるが、全体的にきちんと手入れされたレンガ造りの建物だった。何本も立つ太い煙突が、中の豪華さを表している。


 門番に話すと、すぐに中に招き入れられた。


 最初に招かれた部屋には、ひどく血を流しひどい顔で仰向けのまま亡くなっている婦人と、うつ伏せで倒れている男がいた。男の体からはあまり血が出ていない。そしてなぜか少し離れた場所で、紐で縛られたままになっている若い女性がいた。


 床に流れている血はとっくの昔に乾いており、なぜなにもかもが放置されているのかがわからない。そしてジュリウスの後ろから、遅れて到着したのか医師がやってきた。


「お兄様。この女性の紐を、ほどいてあげてもいい? とても痛そうよ」

「まかせる」


 ジュリウスはとりあえず、事件現場をよく観察することにした。シェリーはその間、隠しから取り出したナイフで、女性の紐をほどいている。


「ひどい」


 女性の体には縛られた痕や、殴られた痕まであり、シェリーは眉をひそめた。


「ダフネ夫人は強盗に襲われて、切られたのでしょうな」


 医師が独り言を言った。


「この亡くなっているご婦人が、ダフネ夫人ですか?」

「そうです」


「あちらの若い女性は……」

「さあ。使用人ではないですか?」


 そう言って、検視報告書を書き始めた。


 ダフネ夫人は、おそらくその横で亡くなっている男……つまりは強盗にやられたようだ。


 普通の女性なのだから、凶器の剣で襲われればひとたまりもない。だがよく見ると両手が血まみれだ。強盗は火かき棒で一刺しされており、おそらく婦人が反撃したのだろう。傷口と死体の位置から考えると、ダフネ夫人は最初から火かき棒を握って防御していた。それに気づかずに強盗が殺そうと、思い切り踏み込んでしまい、火かき棒がささってしまった。


 そんなにおかしな話ではない。……だが、普通の女性がそんなに力があるものだろうか。ジュリウスは、横でシェリーが、女性をソファに軽々と横たえるのを見た。……一緒にしてはいけない。



 どやどやと足音がし、ようやく家の住人がやってきた。先頭の立派な服をまとった男がゾア男爵だろう。するとその後ろの若い女性が、長女で二十一歳のセシリアか、次女で十八歳のミナだ。


 ミナはいきなり物騒なことを叫んだ。


「お母様を殺したのは、セシリアお姉様よ。早くその女を逮捕して」

「いきなりですね。動機はなんですか?」


 ジュリウスが尋ねると、ミナは家に知らない人間がいるのに驚いた。


「動機なんてそんなの……」


 言いかけて、後ろめたそうに目を泳がせると、急に静かになった。


「姉を人殺し呼ばわりしたのですよ。理由を説明しなさい」

「……」


 ミナは、「しまった」という顔でうつむいている。


「そうですか。それなら姉に謝りなさい」

「は?」


 ジュリウスが当然の要求をすると、ミナはなにを言われているのかが、まったくわからないという顔をした。ジュリウスの言葉が理解できないといった様子だ。


「姉を人殺し呼ばわりして、謝罪もなしですか」

「……」


 ミナはなぜそんなことをするのかと訝しげに見てくる。ゾア男爵が仲裁に入る。


「まあまあ。本気で言ったわけではありませんし」

「ふざけて言ったのなら、なおさら悪質でしょう。捜査官として命じます。謝罪しなさい」


 ジュリウスは表面上怒ったふりを続けながら、ミナを始めとした家人の反応をうかがった。ここまで言われてもミナは謝らない。その姿は、別になにかに抵抗しているわけではない。本気でわからないのだ。奴隷に謝る必要性を。


「ではミナさんは、虚偽の証言をした罪で拘留します。ゾア卿。彼女を牢へ」

「ミナ。今のうちに謝れ」


 男爵は急に厳しく言った。厳しく言われた経験がないのだろう。ミナは怖がりもせずにキョトンとしている。


「え……、なんで?」

「いいから謝るんだ」


 そういって、男爵は、ミナの頭をぐいと押した。ミナは、先ほどまで自分がいた世界のルールが突然変わり、どうしたらよいのかわからず、じたばたと抵抗した。


「捜査官殿。あとでよく言って聞かせるので、今日の所はご勘弁を」

「まあいいでしょう」


 ジュリウスは適当な所で茶番を終わらせた。


「捜査の関係で、今日、ここに泊まりますので、部屋を用意して下さい。私と、もう一人女性の捜査官の二人分です。親族なので、同じ部屋で構いません。……それと、その女性……セシリア嬢の手当をするので、医師を借ります。死体は片付けてしまって構いません」


 ジュリウスがそう言うと、なぜか男爵を始めとした末端の使用人まで、全員が部屋から出て行ってしまった。強盗事件が発覚してから、誰も一向に遺体を片付けようとしないのは、これが原因かとわかった。汚れ仕事をする人間がいないのだ。誰もが誰かがやるだろうと思っている。これは今夜の部屋にはありつけなさそうだ。


 そう思ったが、結果として部屋にはありつけた。


 セシリアの指示に従い、鍵を手に入れ、快適な客間を借りることができたのだ。

 その間、犯行現場には、おおくの使用人が押しかけた。みな、セシリアになにか言おうとして、側にジュリウスたちがいると、当てが外れたように帰って行く。そしてなにをするわけでもなく、近くをうろうろするのだ。


 客間を手に入れたジュリウスは、一度廊下に出て見張りをした。中にいるセシリアの体の状態はひどく、服を脱がして確認する必要があったからだ。医師はカルテに傷跡について書き込んでいったが、苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。


 セシリアの傷口を清潔にするために、お湯を運ぶよう使用人に言ったが、なしのつぶてだ。諦めてジュリウスが台所に行くと、誰もがなにかしているふりをしてうろうろしていた。


「駄目です。使用人がまったく働きません」

「そうですか……」


 医師はもっていたハンカチで額の汗をぬぐった。


「あなたがセシリア様なのですね。てっきり……」

「ずっと使用人として働かされていて。お願いです。助けて下さい」


 セシリアの訴えに、三人は安心させるように頷いた。


 ジュリウスはもう一度台所に行った。今晩の食事の準備すら進んでいなかった。今までどれだけセシリアに依存していたのだろう。

 諦めたジュリウスは、勝手に薪と火種を手に入れ、客間の暖炉に火を灯しお湯を沸かし始めた。台所の水瓶から水をもらい、客間のバスタブに入れていく。最後に沸いたお湯を入れ、シェリーが、セシリアを入浴させる。

 その間に、台所でワゴンを用意し、お茶や、パン、ベーコン、チーズ、卵、ピクルス、果物、水と塩、簡単な調理道具を手に入れ、客間に戻った。野営に慣れているジュリウスは、不自由な場所でも、さっと四人分の食事を用意した。


「この家の家事はすべて、セシリアさんがやっていたのですか? 使用人たちの様子を見ると」


「さすがに全部では……。おそらく私に押しつけるのに慣れてしまって、自分で全部やらないといけないと思ったら、茫然としてしまったのでしょう。ぐずぐずしていれば誰かがやってくれると思っているんです」


「そんな馬鹿な……」


 だが使用人たちの様子は、そう見えた。

 四人は豪華できらびやかな応接テーブルに、脂ぎったベーコンを焼いたお皿を置いて、手づかみで食事をしていた。ゆっくりと食べてはいるが、次々に食べ物を口に入れるセシリアは、食事に不自由していたことがうかがいしれた。だが果物やピクルスにばかり手を伸ばすのは、胃が丈夫でないのかもしれない。


「いつ頃からその状態なのですか」

「物心ついたときから……」

「それはまたどうして」


 セシリアは簡単に、自分の置かれた状況を説明した。


「そんなわけで父は私に関心がなく、義母と義妹には殺したいほど憎まれています。……ですから、皆様には助けて頂きたいのです」


 セシリアは、ジュリウスと医師に懇願した。


「それはもちろんです」


「こんな事件が起きて義妹は私をただではおかないでしょう。どうか一緒にいていただけませんか」


 ジュリウスも医師も、シェリーも力強く頷いた。食べ終わった四人がお茶を飲んでいると、客間に訪問者があった。扉を開けると義妹のミナが立っている。


「セシリアお姉様と話したいの。呼んできてもらえる」

「お断りします」


 ミナは先ほどと同じく、自分の当然の要求が拒否されたのに驚き、反応できなかった。


「…………え? …………は? …………どうして?」


「セシリア嬢は、事件の重要参考人であり、かつ人権救済の申し立てをしています。我々体制側の保護下にあり、引き渡しはできません」


「……………………え?」


 ミナはぽかんと口を開けて立っていた。そして下を向いてしばらく考えた後、ジュリウスをうるんだ上目遣いで見て訴えた。


「セシリアお姉様にどうしても相談したいことがあるの。お願い」

「それなら伝言しておきます。どんな内容ですか」


「人前ではちょっと」

「それでは受付られません」


 ミナは苛立ちを隠せないようだった。今まで自分の要求が通らなかったことはないのだ。


「どうして?」


「あなたは先ほど、セシリア嬢を、母親の殺害犯だと断定しましたね。しかもそのことで謝罪もしなかった。つまりセシリア嬢に対して反目しているわけです。そんな人物に引き渡すわけないでしょう」


「あんなの、たいしたことないじゃない。どうして大げさに騒ぎ立てるの?」


「大げさ? 私にはそうは思えません」


「……だったら、謝るわ。だからお姉様と二人きりで話をさせて」


「できません」


「どうして? 重要な話なの」


 ジュリウスは、ミナをにらみつけた。


「あなたは信用できないからです」


「なによ、それ。ろくに話したこともない癖に、私のなにがわかるの?」


「私がここに来た短い間で、ずっとあなたは、自分中心に話を進めようとする、話し方をしています。まずいきなりお姉さんを、人殺し呼ばわりしましたね。そのことを指摘されても、謝らなかった。そして、『大したことない』、『大げさ』と言い張った。セシリア嬢への思いやりは、決して見せませんでした。

 それなのに、今、『相談』するためには謝罪が必要だとわかったら、あっさりと謝った。どこまでも、自分本位な人ですね。そんな人物にセシリア嬢を、引き渡す気はありません。そんな人間性の持ち主が言う、『重要な話』という言葉が、信用できるわけないでしょう」


 そう言うと、ジュリウスは扉を閉めた。

 ミナは、今まで女王として振る舞ってきた自宅において、始めて相手から拒否され混乱し、ただ立ち尽くした。


 ジュリウスは聞き込みで手に入れた情報を、頭の中で整理していた。

 この家の使用人たちは、諸手を挙げてジュリウスの調査を歓迎した。なぜなら、聞き込み調査に協力していたから、仕事がはかどりませんでしたという大義名分ができるからだ。


 多くの使用人たちは夜中に争うような、激しい音と悲鳴を聞いたそうだ。ところが誰も様子を見に行かなかったのだ。その理由は、事件の日ほどではないが、時々、そういった物音は聞こえるからだそうだ。そして朝の仕度をするために、使用人がダフネ夫人の部屋を訪れた所、そこには誰もいなかった。一人二人は探しに行ったが、行方不明は放置された。誰もが仕事をさぼったのだ。


 そして朝の仕度を終えた義妹のミナは、真っ直ぐに事件の舞台となった部屋へ行った。


 そうなるともう事件の内容は明らかだ。ダフネ夫人が主導で、セシリアを虐待しようとした。強盗と思われている男は共犯で、セシリアは被害者。ミナは最初から事件のことを知っていた。男が共犯と知っているから、夫人の殺害はセシリアだと断言しているのだ。


 だが、事件の夜、なにかがあったのだろう。


 良い方の予想は、ダフネ夫人と男が仲違いし、殺し合った。だがジュリウスは悪い方の予想が、合っているだろうと思っている。セシリアの心境に変化を起こすようなきっかけがあり、ダフネ夫人と男の二人を殺害したのだ。セシリアにとってあまり外聞の良くない予想だ。


 だがなにがいけないのだろうとも思う。長い間虐待され、二人がかりで襲われ、抵抗した結果、殺めてしまうことの。



 翌日、寄越された人員の手によって、セシリアは保護された。


 セシリアは事件のことを話そうとしなかった。怖くて覚えていないと言っているが、おそらく自分に少しでも落ち度があったら、保護を取り消されてしまうのではという、恐怖に怯えているようだった。


 ジュリウスとシェリーは、セシリアの乗る馬車に付き添い、出立することにした。玄関前まで、ゾア男爵が見送りに来る。ジュリウスは穏やかに話しかけた。


「これから大変ですね。奥様が殺されて、ご自身の娘さんへの虐待が公にされて、騒ぎ立てられるでしょう」


「……なんのお話しですか。虐待など」


「知らないはずないでしょう」


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