一目瞭然
(残酷な表現があります)
警ら隊本部から、リックの元へ連絡があったのは少し前のことだった。
若い女性が誘拐され、行方不明になったらしい。その女性の保護者が届け出て、発覚したとのことだった。
女性の名前はリアナ・ビルソン。
二十四歳。
新進気鋭の鉱物学者だ。
誘拐の件が公に知られると、女性としての評判にかかわるので、くれぐれも秘密にして欲しいと念を押される。
保護者はハーランド・クルエト。
五十歳のピアノ教師だ。
亡くなったリアナの両親と親しく、親代わりに面倒を見ていたという。ハーランド宛てに巨額の脅迫状が届いている。
事件が発生したと思われる場所は、マフィアのアダーニ一家の縄張りであり、警ら隊が動きにくいことと。また誘拐などの情報は、どうしてもマスコミにもれやすいことを懸念した、警ら隊の責任者が、ボウエン伯爵家に話を持ち込んできたのだ。
まずはリアナの身辺を洗ったが、特になにも出てこない。
だが保護者であり、後見人のハーランドのまわりからは出てきた。ハーランド本人から情報提供があったのだが、彼の弟夫婦には多額の借金があるという。
こういう時の調査対象は、金と女だ。弟夫婦は賭け事に夢中になっていて、相当な借金があるという。また双方に愛人がいて、安くない金がかかっている。最近では借金で首が回らなくなっているという。
そして誘拐事件を起こすようなきっかけもあった。あまりにも弟夫婦から金をせびられ、挙げ句の果てに「どうせ残す相手もいないくせに」と言われたハーランドは、つい言ってしまったそうだ。
『お前たちに残すくらいなら、リアナを援助する。彼女は熱心に研究に打ち込む素晴らしい女性だ』
リックの前で、ハーランドは暗い顔でこぼした。
「私があんなことを、言わなければ……」
こうなるとすることは一つだ。弟夫婦の潜伏先を調べて、潜り込むのだ。
ハーランドの弟イサク・ギブルの周辺を調べると、彼の借用書を握っている金貸しと、アダーニ一家の一部の人間の、金回りが良くなっていることがわかった。収支に取り立てて変化はない。こうなると将来の収入をあてにして、使い込んでいるとしか思えない。
彼らの近辺をさぐると、とある別荘が浮かんできたのだ。ジュリウスはさっそく潜入したが、とりたてておかしな点はない。
だが、別荘そのものが、デザインから造りまで凝っていて、施工主は相当な仕掛け好きであることがうかがえた。使用人のふりをしつつ、見張っていると、家の者がわざわざ、決まった時間にどこかへ食事を運んでいく。その男をつけ、隠されている地下牢を見つけることができた。
案の定、そこにリアナが監禁されていたのだ。
隅からのぞいていると、リアナは食事用のナイフで牢の石を削っていた。ジュリウスがそっと眺めていると、なにやら削った石を分類している。脱走の準備だろうかと見ていると、かなり大きな声で嘆いたのだ。
「駄目よ。石灰岩はなにをしても石灰岩よ。どうしたらいいの。もうここでやることがないわ」
それを見て、なんだかんだ言って、大丈夫そうだと思ったジュリウスは引っ込んだ。
別荘に顔を出したバロネスに報告する。
「見たところ、食事もきちんと与えられ、身の危険はなさそうだ」
「そうですか。それなら次は接触して下さい」
「接触は難しくないが、救出は難しそうだ。なにせ……」
ここの別荘の持ち主は、凝った仕掛けが好きらしい。当然、地下牢も仕掛けを知らなければ開けられない仕組みになっていた。ジュリウスは解錠は諦めて、リックから次の指示があるまで、待つことにした。まずはリアナに自己紹介をしておく。
「初めまして、リアナさん。私はジュリウスと申します。ボウエン伯爵家のものです」
「……」
「管轄の問題で、あなたの誘拐事件は、ボウエン伯爵家が対応することになりました」
「……」
誘拐犯に不信感を募らせているのだろう。リアナは無言だ。
「これからあなたの救出に向けて、動きたいところですが、残念ながらこの牢を開ける仕組みがわかりません」
「……」
「そのため、先に犯人を検挙してから救出します。犯人を下手に逃がすと、また誘拐が再発してしまうので、漏れがないようにするつもりです」
「……」
「以上が連絡事項です。それでどうやらリアナさんは、退屈しているようだと、ハーランドさんに報告した所、これを」
「ハーランドが?」
ジュリウスが紙の包みから取り出した、数冊の本を取り出すと、リアナは目から涙を流し、膝をつき、ジュリウスを崇めた。
「神よ」
「違います」
聖遺物を受け取るように、リアナは本を受け取った。まるでなにかが乗り移ったように、べらべらと話し出した。
「これは、私が閉じ込められている間に出版された、モーニング博士の新刊。
何度夢に見たか。書評によると、博士お得意の鉱物から、結晶学にねちねちとアプローチする序章部分が、特に冴えてるって、太鼓判が押されているのよ。
それにこれは愛蔵のディーケー社、こども鉱物図鑑第三版。これさえあれば永遠に過ごせるわ。
職人による天才的な手彩色で、鉱物のイラストをわかりやすく再現していて、高価だけど至高の一品よ。完全に大人向けだけど、でも子どもに向けて、誰にでもわかるような平易な言葉遣いで、鉱物の世界を語っているのよ。その出版社のストイックな姿勢そのものが、研究者の鏡と言えるわ。
第二版も四版もいいけど、第三版の彩色は、あのミスター・マグレモンド氏が監修しているの。マグレモンド氏は、実は鉱物に詳しいという噂があって、そのせいか彼の描く石は、生き生きとしているのよね。きっと石が大好きなのに違いないわ。そうに決まっている。
それからこれは、ナサニエル・アズボーンの『鉱物の世界』。タイトルと違ってアズボーン博士が、カナン地方の遺跡を発掘したときの記録なんだけど、石を通して遺跡の発掘調査が進められていく視点が唯一無二で。そう、石が歴史を作っているのよ。何度読んでも、悠久のロマンを感じるの。
ねえ、そう思わないこと?」
「……そうだねえ。お母さん」
ジュリウスは目の前の人物のしゃべりかたが、母親そっくりだと思い、急激に苦労した子ども時代に引きずり戻されたような気がした。うっかり相手をお母さんと呼んでしまったが、気にならない。なぜなら母親も、リアナも、一方的に話すだけで、人の話なんて聞いちゃいないからだ。むしろ、少しは人の話を聞け、と思う。
その後は、リアナは与えられた本に感激し、ジュリウスに向かって一方的に話し続けた。
その間、ジュリウスは牢の記録を取り、鍵を調べた。おそらく鍵の本体はどこかの壁の中に隠されていて、目の前にぶら下がっているのは偽物だ。
◇◇◇◇◇◇
それからは毎日、ジュリウスが牢をうろうろする時間帯は、リアナは一方的に話すようになった。鉱物の話ばかりかと思ったが、たまには保護者のハーランドの心配もするようだ。
「ハーランドはちゃんと食べているの? 睡眠は取れているのかしら。
ああ、早く戻らないと。出られないなら、いっそハーランドに、ここに来てもらうとか。駄目ね。あの人は気の弱い所があるから、こんな場所。心配だわ。
一人になるとお酒ばっかり飲み出すのよ。ちょっと目を離すとそうなんだから。
その上、この季節にうたた寝するのよ。信じられる? まだ朝晩は冷えるというのに、うたた寝。いい年をしてなにを考えているの。風邪をひいたらどうするつもりなのかしら」
ジュリウスはぼんやりと聞き流しながら、親代わりだというハーランドを、リアナは大分心配しているようだと感じた。
ふらりとやってきたリックは、連絡事項を告げた。
「というわけで、急遽、明日。別荘に犯人たちが揃うので、人員を集めて襲撃する。鍵の解除もその時行う予定だ。……ところで」
「はい」
「急なものだから、ちょっと人数が足りなくてね。君のお父上のオルダス殿とまで行かなくても、祖父君のゲイアス殿に参加してもらえないかと」
「父を参加させるのは簡単ですよ」
「そうなのか。是非」
「『犯人に強い奴がいるらしい』と言えば、出張ってきます」
「そんなに簡単なのか。それで……強い奴がいなかった場合は、どうなるんだ」
「暴れてすっきりしたら、忘れてしまうタイプなので」
「なるほど」
そんなわけで襲撃は、ジュリウス、父親のオルダス、祖父のゲイアスの三代が参加することになった。鍵の解錠の関係で、生け捕りにしなければならず、人数が必要だったのだ。
その日のジュリウスは、ナイフなどは仕込んだが、基本の武器は長めの警棒にすることにした。人間というのは、ちょっと暴れるだけで、大けがを負ってしまう。警棒なら安心だ。
ジュリウスとマックスは、先にリアナの牢の前で待機し、危害が及ばないように準備する。外から他の同僚たちとオルダス、リック、最後にゲイアスが乗り込む予定だ。ゲイアスははっきりと、『若い者が率先して、きりきり働け』と言っており、万が一のためのご隠居といった風情だ。リックはかなり使えるが、それはあくまで頭脳労働派にしては、という但し書きがつく。司令塔が怪我をしては意味がないので、つねに一番強い者の後ろだ。
厳重な警備がされている別荘の門が内側から開き、馬車に乗ったリックたちは、誰にも遮られず侵入した。あらかじめ開いていた玄関から乗り込むと、中から武器を持った男たちが、あわてて出てくる。
オルダスは打ちかかってきたものの喉に、左手で短い警棒を斜めから突き、少しかがむと、右からかかってきた者の剣の柄を手ごと受け止めた。そして右足でみぞおちに蹴りを入れながら、後ろに立っていた男めがけてぶん投げた。流れるような動きで、三人続けて倒すと、すたすたと歩き出す。
「いやあ。これは毎回、来て欲しいなあ」
リックは独り言を言った。
待機していたジュリウスは、敵が逃げ込むように入ってきたのを見て、警棒でみぞおちを突くと、邪魔にならないよう縛り上げた。その間にも次から次へと敵が入ってくるのを、二人で気絶させていく。ついには縛るのが間に合わなくなり、手錠をかけていると、リックたちが来たのだ。
「その男、起こして」
リックの指示で、でっぷりと太った男の目を覚ましてやった。
「ボウエン伯爵家の者だ。ここは制圧した。抵抗すれば命はない。そこの牢の鍵を開けてくれるかな?」
リックがにっこりと微笑むと、男は下卑た笑いを浮かべた。
「話すわけないだろう。どうせ俺たちは有罪だ。だったら解錠の仕方なんて話すものか」
「やって」
リックが口に笑みを浮かべてバロネスに命じると、バロネスは二三発、男のこめかみを叩いた。しばらく休んでまた始める。
「そこか」
リックはくるりと振り向いて、後ろの壁を手で触りだした。男が絶対に視線を向かわせない場所。そこが怪しいと思ったのだ。
「もっと右だと思うわ。そこもろい石灰岩でしょう。右に大理石があるじゃない。多分、そこよ」
目の前で、大勢の人々が暴力を振るわれているのを、平然と見ていたリアナは、鍵探しにも口を出してきた。
リックがリアナの指示通り大理石のパネルを何枚か押すと、その内の一枚が奥へ入っていく。中にあったレバーを操作すると、すぐ近くでカチッと音がする。殴られていた男が反射的に壁に取り付けてあるランプを見てしまう。つまりはそれが鍵だ。
「がんばったね。お疲れ様」
リックが笑顔で男に声をかけた。
◇◇◇◇◇◇
別荘に潜伏していたのは、アダーニ一家の用心棒、金貸し、そしてハーランドの弟夫婦だった。巨額の身代金が絡む話で、人数は膨れ上がっていた。弟夫婦は、兄のハーランドがとても世間体を重んじる男で、絶対に身代金を払うだろうと確信していたのだ。
だがハーランドは、リアナをなんとしてでも救いたいと思っていたため、警ら隊の手に委ねた。強い動機の一つとして、自分の弟のあまりにも自分勝手で、我が儘な振る舞いに辟易しており、弟を何一つ信用できなかったからだ。弟夫婦は自分たちのこれまでの行いによって、誘拐犯としてですら信用できないほど落ちぶれていた。
リックたちが現場を整理している間、リアナの相手は、ゲイアスとオルダスが務めた。ジュリウスはこの二人なら、こういったタイプに慣れているだろうと思ったからだ。ジュリウスが二人にまかせて、仕事しようとすると、誘拐犯から救出されて、元気いっぱいのリアナの声が響いていた。
「これで、やっとハーランドの元に戻れるわ。きっと痩せてしまったでしょうから、家に戻ったら食べさせないと。どうせお酒ばっかり飲んでいたに、決まっているわ。
おまけに朝起きても寝間着でうろうろしていたんでしょうね。目に見えるようだわ。そう、あの人は、なにもかも中途半端なのよ。起きたら着替えればいいのに、寝間着のままで。本当にみっともないわ。
ちょっと目を離すとそうなんだから。どうせ、日々の請求書の支払いも、きちんとしないで貯めているのよ。私が急かさないとなんにもしないのよ。
まったく私がいないと、なんにもできないんだから」
リアナを保護し、ボウエン伯爵家で事情を聞いていると、親代わりのハーランド氏がやってきた。
目に涙を浮かべながら、駆け寄ってくる。二人は抱き合って感動の抱擁を交わした後、リアナはハーランドの口にキスをした。
「こら、人前だぞ」
「別にいいじゃない。隠すのも疲れるわ」
「まったく、これはお前のためなのに。こんな年上の夫がいるなんて知られたら、世間からあらぬ目で見られて、評判が悪くなるではないか」
「せっかく何年も待って、ようやく結婚できたのよ。もういいじゃない」
「リアナ。若いからピンとこないかもしれんが、世間の目というものは……」
「結婚まで何年待ったと思っているの。その上、秘密にしろだなんて、もう耐えられない」
ジュリウスは目の前で繰り広げられる、夫婦げんかを茫然と見ていた。
人形のようにぎこちなく横を見ると、オルダスもゲイアスも平然としている。
「…………お二人は夫婦だったのですね。ずいぶん年が離れていらっしゃいますが」
そう話しかけられたオルダスとゲイアスは、まるで普通に答えた。
「なんだ、お前、気がつかなかったのか? どう見ても夫婦だろう」
「そうだな。私も最初から夫婦なんだろうと思っていた」
ジュリウスは、父親と祖父に聞いた。
「どの辺がですか?」
オルダスが答えた。
「……牢の中で、ハーランドのことを話す内容が、どう聞いても、夫の愚痴をこぼす妻だったろう。親子だったら、もっと遠慮があるものだ」
感情の機微などとは、ほど遠いと思っていた、無神経な父親に正論を言われて、ジュリウスはぐうの音も出なかった。




