隠せぬ尻尾(後編)
ジュリウスは夫人を抱えて、リラや、リックたちと一緒に母屋に行った。侵入者の後始末は部下に任せて。
母屋には、縛られた侵入者たちの中に、伯父のドリュウェルトがいた。
話がしやすいように一人だけ座らされている。
それを恐れて距離を取った位置に、男爵家当主の長男ディスキン一家。長女のベロニカ夫妻や使用人たちがいる。
「みなさん。夜が明けたら、警ら隊が人員を寄越すので、それまでここで待機して下さい」
リックは広間に集まった大勢の人々に、呼びかけた。ディスキン夫妻をのぞいた人々は、夜中に突然の襲撃を受け、さらにどこから入ってきたのか、制服を着た大勢の人々が制圧したのを見て戸惑っていた。
「あなた方は一体……?」
リックは続けて指示を出す。
「ベロニカ夫妻を拘束するように。本件の内通者だ。跳ね橋を操作し、襲撃者を招き入れた」
「そんな、なにかの誤解です」
夫妻は青くなって否定した。
「私の部下が見ていたので間違いありません」
問答無用で二人は拘束され、広間の椅子に座らされた。
ベロニカは昔からしっかり者だった。
制作物は良い点が取れるよう、事前に準備して資料を集めるし、教師の著作物などを読んで、どんなものを求められているのか理解して挑む。だからそれができないものの気持ちがわからなかった。
たまに自分の苦手な分野にあたると、それが得意なものにやらせ、報酬を与えて自分のものにした。刺繍や勉学など。そしてあまった時間を、ダンスやピアノなど、さすがに自分でやらないといけないものの努力にあてたのだ。ベロニカはつねに目的を達した。
弟のディスキンと大違いだった。ディスキンは上手くても下手でも自分でやった。もちろんそのせいでつけられる点数は悪かった。だがどういうわけか、周囲の評価はディスキンのほうが高かったのだ。
その内、父親から様々な事業を手伝うように言われた。それもベロニカは難なくこなした。ところが規模の大きい事業をまかせられるようになり、かかわる人が相対的に膨れ上がるようになると、事態は変わってきた。
ベロニカは当然、自分のような有能な人物を中心に据えるようになり、無能な人材は切り捨てていった。少ない人材で切り盛りできるのなら、有能でも不要な人材はそぎ落としていく。徹底的に無駄を省いたのだ。だが父親から、無能・不要と思われる人材も使いこなせるようになりなさいと指示が出た。
なぜそんなことをしないといけないのだろう。事業にかかわるちいさな村の村長を、交代させたときが一番抵抗が強かった。明らかに村長補佐をやっていた男のほうが優れていたので、交代させたところ、二人はこっそり元の役職で仕事をしていたのだ。厳しく叱責して二人とも首にした。
そうこうする内に、ベロニカが関わった案件は、皆、生産性が落ちていき、ひどい結果が出るようになった。いくらしっかりと運営していても、成果が伴わないと、さすがにベロニカも自分が有能とは言い張れない。ひどい屈辱だった。
そんな時、ブロス伯爵家から縁談が来た。
伯爵家側は、長女のベロニカと、長男のディスキンのどちらでもいいとのことだった。だからベロニカは飛びつくように名乗り出たのだ。伯爵家との縁談なんてまたとない機会だ。男爵家のようなしょぼい事業に比べたら。
ところがブロス伯爵家の事業規模は思ったよりも小さかった。カルヴァン男爵家は、元々は権勢を誇る子爵家だ。事業規模も領地も大きい。戦争や、婚約破棄などの問題で、小さくなっているが、世の中で言う男爵家とは桁が違う大きさを見せている。
ベロニカは知識としてそれを知っているが、やはり実体験が伴っていなかったのだ。
ブロス家は名誉職としての伯爵家であり、規模は大きくない。乗り込んでいずれ当主夫人となって切り盛りするはずが、当てが外れた。おまけに夫も覇気がなく、能力を示せる機会がなく不満を抱えていた。義父のブロス伯爵は、とうとう一代超えてベロニカの息子に、跡を継がせると言いだしたのだ。
なにもかも思いどおりにいかず、ベロニカは苛立っていた。そんな時に、出席したパーティーで、伯父のドリュウェルトに賭博に誘われた。夫共々あっという間にはまり、身を持ち崩していった。
与えられた金では足りず、だがまわりからは借金を断られてしまう。だから母親の財産に目をつけたのだ。ベロニカを認めてくれなかった父親は、その財産を妻と長男のディスキンに遺した。父親の遺言状が公開されたとき、ベロニカは頭を殴られたような気分だった。五人の子どもたちに遺産をのこすと思っていたのに。強突く張りの父親はなにも残さなかった。
だが優しい母親なら別だろう。母親にそれとなく探りを入れても、なにも言わない。何度試してもだ。だから実力行使に出ることにした。言わない母親が悪いのだ。
「そんな理由で、母上を殺そうとしたのか。ベロニカ」
長男のディスキンは厳しい目でベロニカを見た。
「そりゃ、悪いとは思っているけど……。大体お父様が悪いんじゃない。お母様とディスキンにだけ財産を残すなんて。それがなければ私だってこんなことしなかったわ」
ベロニカは耐えかねたように訴えた。
「我が家にはお金がないんだ。だから父上も余分なお金を残せなかった」
「そんなわけないじゃない。この館も、領地も、ブロス伯爵家よりも裕福なはずでしょ」
広間にはなにやら沈黙が落ちた。ディスキンは思案している。観念してマグダレーヌ夫人が口を開いた。
「お金がないのは、ベロニカ。あなたのせいよ」
ベロニカも夫も、言われた意味がわからず茫然としている。
「夫は、長女のあなたを可愛がっていた。能力自体はあるのだから伸ばしてやりたいって、様々な事業の仕事を経験させていたわ。長女だから跡継ぎにすることも考えていた。あなたは確かに能力があったわ。でもどういうわけか、目的や主旨をはき違えてしまう。いいえ、説明しても理解できないのよ」
隣でディスキンが、思い出して大きくため息をついた。
「子どもの頃、課題を与えると、他人にやらせた完璧なものを持ってきていたわね。そういったやり方も確かにあるわ。でも夫は、あなたがどんなことができるのかを見たくてやらせていたの。だからそういうと、『できないことをやっても無駄です』と答えてしまう。無駄でもいいんだと言っても、やらない。そして『こんな効率の悪いことは無駄だ』と拒否してしまうのよ。夫と二人で頭を抱えたわ。だからあなたはそういう子だと、受け入れることにしたの」
広間の全員が、いたたまれないようにベロニカから視線を外した。
「その内、夫はディスキンに、様々な仕事を経験させるようになったわ。ところがあなたもそういったことをやりたいと言いだした。だから向き不向きというものがあるからと断ったけど、どうしても引き下がらなかった。それで簡単な仕事をいくつか任せたのよ。でも結果は散々だった」
「そんなわけない」
ベロニカは抗議するために立ち上がろうとして、拘束されているのに気がついた。だがベロニカにとっては大事なことなのだろう。母親に言い返した。
「私が有能なのは、お母様だって知っているでしょう。みんなが怠けて結果を出さなかっただけよ。私はきちんと有能な人材を配置したのに、反対したり、さぼったり」
「あのね、ベロニカ。仕事をこなすのに、有能である必要はないの」
「……でも。え、でも。どういうこと」
「普通の人が、毎日、ただ仕事をする。それだけで充分なのよ。村人十名が、十人で仕事すればいい。有能か無能かなんてどうでもいい。あなたのやり方だと、村の有能な人、三名が全部の仕事して、残りの七名には仕事がない。これがどうなると思うかしら。有能な三名は負担に感じて、仕事をしなくなる。結果として十名全員が無能になるのよ。それになんの意味があるの? この仕事の主旨は十人に仕事をさせることなの。有能な人間がどうこうではない。それをどんなに説明しても、あなたはわかってくれないのよ」
「……」
やはりぴんとこないらしく、ベロニカは考え込んでいた。
「そしてあなた、お父様の執務机から勝手に仕事を取っていったでしょ。あなたが勝手に仕事をしたせいで、業務を大量に押しつけられた責任者が逃げ出したり、契約が流れたりしたの。それでとうとう諦めた夫は、あなたに縁談を持ってきたのよ」
「あれってそういう意味だったの。私のことを騙したの?」
「有能な責任者みたいな人の取り扱いは難しいのよ。だって彼らは能力があるんだもの。なにかあればすぐに転職して逃げてしまうわ。結果、手元に残るのは無能だけよ。それをあなたはこき使って。契約だって、その場しのぎの話じゃない。相手との関係を考えて、今後どのように関係を築くか考えないといけない。それなのにあなたは、目先の利益ばかり追求して」
「だからって騙していいわけないじゃない」
「だれもあなたを騙していないわ」
「でも」
「あなたが自分で選んだのよ」
「でも」
「だから……、我が家はあなたのせいで経済的な打撃をうけたのよ。あなたは裕福なブロス伯爵家に嫁いだから、いい暮らしができたでしょうけど、うちはずっと貧しかった。ディスキンには本当に申し訳ないことをしたわ」
「だからって騙すなんて」
ベロニカはそのことがよほどつらいのか、何度も繰り返した。
「もう一度言うわ。騙していない。あなたが自分で選んだの」
「でも」
「それならきつい言い方をするわね。あなたは騙されやすいから、気をつけなさいって何度も言ったわ。それなのにどうして気をつけないの?」
ベロニカは何度も瞬きした。
「……なんの話? 私が騙されやすいなんて。そんなわけないじゃない。私は人より有能で頭がいいのよ」
マグダレーヌ夫人はベロニカから、制服組に囲まれて拘束されている、義兄のドリュウェルトに視線を移した。挑戦的に見つめている。
「娘がお世話になりました」
ドリュウェルトはそれまで、にたにたと気持ち悪い笑みを浮かべていたが、マグダレーヌ夫人にそう言われると、一瞬、目を泳がせた。
この事件の首謀者はベロニカと夫で、利害が一致する伯父のドリュウェルトを襲撃の実行者にしたのだ。
だがマグダレーヌ夫人は、逆に考えていた。
首謀者はドリュウェルトで、ベロニカは利用されたのだと。ベロニカ自身、自覚がないようで、夫人とドリュウェルトの両方をきょときょとと見ている。
「証拠は?」
ドリュウェルトが夫人に聞いた。傍らのリックとジュリウスは、そんな質問をする時点で、心証を悪くしていた。
「証拠もなにも、仮にベロニカが主犯なら、あなた方になんの得もないでしょう。私を殺した所で、お金に困っているベロニカが分け前を渡すかわからない。
でもあなた方が主犯で、ベロニカを利用していたのならわかりやすいわ。家の財産を根こそぎ持って行っても良いし、ディスキンも殺して、自分が跡をついでもいい。ベロニカを当主にして後ろ盾になってもいい、プランはいろいろあるわね。
……そうね。証拠。わかりやすい証拠ならあるわ。さっき長々と話したわ。ベロニカは騙されやすくて、仕事ができない。そしてその自覚がないの。そんな子が、今日のように完璧で隙がない計画が、立てられるわけがないでしょう。それが証拠よ」
なぜそんな簡単なことが、わからないのだろうかという目で、夫人はドリュウェルトを見た。
「あなたは愚かな人間を利用して、悦に入っていたかも知れないけど、その愚かさに足を取られるのよ」
ドリュウェルトは不気味な笑いを浮かべたまま、静かに立っていた。だが大きく舌打ちするのがまわりにも聞こえた。
そして上半身が拘束されているドリュウェルトは、突然、飛び出して、マグダレーヌ夫人に襲いかかろうとしたのだ。当然、まわりにいた男たちで引きずり倒し、足も拘束し始めた。
「この女、俺からなにから、なにまで奪いやがって。必ずお前にとどめをさしてやる」
野太い声が広間に響き渡り、人々は恐怖で身を縮こまらせた。
夫人の側に控えていたリラは、とっさに夫人をかばおうと身を乗り出した。そしてそれをかばおうと、夫人はリラの前に身を乗り出した。
今はお互いに抱き合って、なだめあっている。
叫んでいるドリュウェルトは、三人がかりで部屋から連れ出された。
話し合いが落ち着いた後、ジュリウスは夫人とリラを隠居部屋まで送った。
夫人にこっそり話しかける。
「もしかしてリラさんは、駆け落ちした、三女のジェネヴィーラさんですか」
「……そうなの。半年前にふらりと戻ってきて。相手の男にひどい目に遭わされたようで。今さら会わす顔がないからと、偽名を名乗っているみたい。でも長男も気がついているわ。実はお金がないのは、火傷の治療をしたいからでもあるの」
話し声が聞こえてしまったのか、控え室からリラが飛び出してきた。まさか自分の正体がばれているとは思わなかったのだろう。動揺している。
リラは思い切って尋ねた。
「その、どうして……わかったの」
ジュリウスは、なんとなく「母の愛は偉大だから」という答えを予想した。
それはリラでありジェネヴィーラも同じようだった。目を潤ませている。
マグダレーヌ夫人はなんでもないことのように、考え込んだ。
「なんでだったかしら……。
ジェネヴィーラはね。考えているときに鼻の頭を人差し指で押す癖があるの。それに目を上に大きくぐるりと回す癖。それから貧乏ゆすりが割と激しいわ。
リネンを畳むときに模様をわかりやすいように、少しずらして畳む癖や、
瓶の中身を入れ替えたときに、リボンをまいて目印にする習慣もあるわ。
一番わかりやすいのは食べ物の好き嫌いよね。甘党の割に辛党で、時々、とんでもなく辛いものを食べていて。その割には胃が弱いのよね。そのせいか果物や水分が多いものを好むわ。一番困るのはキノコが苦手という点で、本人ががんばって食べようとしているものだから、こちらも無理させるのは可哀想になってしまって。でもキノコが使えないと食事のメニューに限りが出てしまうし。
それとこの子は整理整頓する割に、中身は大雑把なのよ。
裁縫道具をバスケットに、きちんとまとめる割に中はごちゃごちゃだったり。
それでいて掃除を始めると、細かい所が気になって、全体を後に回したり。
細かい所を気にする割に、全体が汚れていてもきにならないし。
あれって、どうしてなのかしら。でもなんとなく気持ちはわかるわ。
まあとにかく優しい子で、小鳥にいつも餌をやるのよ。小鳥もこの子のことはあんまり怖がらなくて。それから」
娘について話し出したら、止まらない夫人を見て、ジュリウスは思った。
ジェネヴィーラは、隠す気があったのだろうかと。おそらく内心では気がついてほしかったのだろう。
当たり前だが夫人は、ジェネヴィーラのことをよく見ていた。そしてこのどうでもいい、つまらない、大量の情報こそが、親の愛情なのではと、ジュリウスは思った。




