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貧乏男爵家の調査官日誌  作者: 林はるる


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隠せぬ尻尾(前編)


 ジュリウスはブラック号に乗って、郊外を家に向かって歩いていた。


 ここから一泊すると、自宅に戻れる距離だ。

 だが空に怪しい雲が広がり、冷たい風が吹いたと思うと、雨が降ってきたのだ。ブラック号を急かしたが、気温も下がり、雨も降り、その上、雷の音を聞いて、すっかり意気消沈してしまった。ジュリウスの指示に大人しく従っているが、元気がない。


 雨は強く降り始め、視界もぼんやりとしてきた。


 その時、まるで戦争のような、ときの声が上がるのを聞いたのだ。

 よく見ると、雨しぶきの中、馬車が二台走っていて、後ろの馬車が、前の馬車を襲っていた。後ろの馬車に乗る男たちは、手に、手に武器を持ち、今にも前の馬車に飛びかかろうとしていた。前の馬車は、馬に乗っている護衛二人が、それを阻止しようと懸命に頑張っているが、馬車は小型で、引いている馬の数も二頭だ。足が遅く、逃げられそうにない。


「ブラック号。がんばってくれ」


 ジュリウスが駆け足で走らせると、ブラック号もさすがに非常事態だとわかったのか、がんばってついてくる。


 ジュリウスは後ろの馬車に追いつくと、懐からナイフを取り出し、御者の右手と左手に投げて突き立てた。徐々に後ろの馬車はスピードを落とし始めた。


 充分に速度が落ちた所で、敵の攻撃をよけながら、馬の引き綱を一閃し、馬車を行動不能にすると、その場を後にして走り出したのだ。


 しばらく走らせると、先ほど襲われていた馬車が見えてきた。護衛の一人が馬を回して、ジュリウスに歩調を合わせる。


「先ほどは助かりました」

「奴らは一体……」


「わたくしどもはカルヴァン男爵前夫人、マグダレーヌ様の護衛です。もしよろしかったら、男爵家の館へいらっしゃいませんか。もうかなり遅い時間ですし」


「今晩の宿が決まっていなかったので、助かります」

「ではくわしい話は、館で」


 護衛は馬を走らせ、馬車と併走しだした。

 馬車の窓が開き、年配の夫人となにやら話している。夫人がこちらを振り向き、ジュリウスに会釈をするのが見えた。


 しばらく行くと、男爵家の館が見えてきた。


 小さいが跳ね橋があり、水はないがお堀がある。立派な石垣の上に、半分石造りの木造の館があり、とても男爵家とは思えないほど、堅牢な作りだった。縦にも横にも広さがあり、以前は伯爵家レベルの家だったのではないかと推測できた。


 馬車や護衛が入った後、ジュリウスは用心深く、後ろをつけられていないか確認した。ジュリウスが跳ね橋を渡り終えると、誰かが操作し橋を上げ始めた。橋はきれいに整備されており、部品もきれいでさび付いていない。修理したばかりのようだ。


 案内された家畜小屋にブラック号を入れると、初めて会う馬ばかりで少し緊張しているようだ。


「今日はがんばったな」


 ジュリウスが黒砂糖をあげようと、ポケットに手を入れようとしたとたん、ブラック号も鼻面をぐいぐいと入れようとした。出したと思うと、べろりと勢いよく口に入れた。手にグローブをしていたから良かったようなものの、素手だったら危険を感じるほどだ。よほど疲れたのだろう。ジュリウスはぽんぽんと鼻を叩くと、母屋に向かった。


 ジュリウスが泊まる館は、カルヴァン男爵家のもので、現当主は馬車に乗っていたマグダレーヌ夫人の、長男ディスキンだ。ディスキンは礼を言いながらジュリウスを歓待した。


「母を助けて下さってありがとうございます」

「犯人に心当たりはあるのですか?」


「おそらくは……、伯父のドリュウェルトではないかと思います」

「親戚が? それはまたなぜ?」


「その、伯父は放蕩者で、女に賭博にと、借金を抱えているのです。ですからこの男爵家も、弟である父が継ぎました。母は亡くなった父の個人財産を相続しており、母が亡くなったら、義兄の自分は分け前に預かれると考えているのではないでしょうか。そうはいっても前は余裕があったんです。最近急におかしくなって」


 筋が通っているようで、通っていない推測だ。家を継げないほど、昔から放蕩者の烙印を押されているなら、その男にわずかでも財産を残そうと考えるものだろうか。ましてや実の弟ならともかく、夫人は弟の妻なのだ。だが親族関係によっては、考えられることもあるかもしれない。なにか昔に世話になったことがあるとか。


 質素だが滋味豊かな食事を提供され、ジュリウスは舌鼓を打った。


 食後、マグダレーヌ夫人の隠居部屋に招かれる。

 雨のせいで外は真っ暗だが、応接間の大きな暖炉には控えめに薪がくべられ、夜中の少し肌寒い空気を暖めている。部屋が下から照らされ、夫人の慎ましやかな部屋を赤く染めていた。


 夫人の部屋もそうだが、館全体は倹約しているのだろう。館の規模に合わぬ節約が垣間見える。だが、地元の野菜や魚を豊富に使い、この暖かい季節に寒い時間帯だからと薪を用意する。これは貧しい家には行えない。なにか理由があって節約しているが、蓄えそのものはあるのだろう。


 マグダレーヌ夫人は、暖炉の前のテーブルに、ミルクたっぷりの紅茶を出し、お菓子を並べた。

 それを見て、ジュリウスは顔に出さないようにしたが、違和感を覚えた。テーブルに並べられたお菓子は、妹のシェリーが話題にしていた、王都で流行のお菓子で、なかなか手に入らないものだ。


 スズランの花のような可憐な砂糖菓子で、中に蜜が入っている。下手に持ち運ぶと壊れてしまい、中の蜜がこぼれてしまうのだ。つまり、お金と伝手があり、近場でないと手に入らない。


 この館は王都からは一日ほどの距離だが少し離れている。日々の生活を節約している。そんな家にこういった贅沢品があるのが、ピンとこなかったのだ。ジュリウスはサンドイッチを食べながら、じっと観察していた。


 マグダレーヌ夫人は素晴らしい女主人で、如才ない会話運びをした。今日、命を助けてもらったお礼から、ジュリウスの心配、そしてさりげなく身の上を探り、楽しい会話をした。


 その時、薪がはぜ、とても大きな音を立てる。なにかが弾けて暖炉にあたり、ぴしりと音を立てたのだ。突然のことだったので、夫人は意外に大きな声をあげた。


「きゃっ」

「大丈夫ですか」

「大丈夫よ。リラ。下がってて。まあ、驚いたわ」


 控え室からすぐにリラと呼ばれた女性が、夫人を心配して飛び出してきた。リラは、大きなマスクをし、髪もスカーフでおおうように隠し、目元しか見えない女性だった。それでも顔に火傷のような痕が見えるのがうかがえる。ジュリウスに見られるのを避けており、暖炉の影に隠れて立っていた。夫人に問題がないか、しっかりと確認し、戻っていく。


 ジュリウスはなんだか気になり夫人に聞いた。


「今の使用人は……」

「リラと言って、半年前から仕えてくれているの。とても熱心で良い子よ」

「半年前」


 夫人は自分の家族の話を始めた。リラの話はここでおしまいという合図だ。まあ、リラは見るからに事情がありそうだから、それは致し方ない。



 カルヴァン男爵家には、兄のドリュウェルト、弟のイスリー……夫人の夫だ。その二人の兄弟がいた。その昔は、力のある子爵家という権勢を誇る家柄だったが、三百年前の戦争で自軍側が敗戦してしまい、一時的に爵位を没収されたのだ。だがまわりからの信頼は厚かったため、再び男爵位を与えられた。この館も領地もそれなりの形で残すことができた。元子爵位の家として生きながらえてきたのだ。


 しかしドリュウェルトが大きな失態を犯した。彼は、著名な伯爵家の娘を妻にする予定だった。それにもかかわらず、学院でつまらない女に入れ込み、大勢の前で婚約破棄したのだ。ドリュウェルトは、その時、父親に任せられていた仕事から金をくすね取り、税金を誤魔化した。そのお金を女と賭け事に使い込み、挙げ句の果てに婚約破棄だ。


 国からも、伯爵家からもにらまれ、カルヴァン男爵家は冬の時代が続いた。弟のイスリーは必死に家を建て直した。親戚だったマグダレーヌは、イスリーに嫁ぎ、家業を手伝い、五人の子どもを生んだのだ。


「長女はしっかり者で、頑張り屋さん。でもちょっと視野が狭いのよ。長男は本当に真面目で良い子で、こつこつと取り組むわ。次男は要領が良くて、でもこだわりがないのが返って心配ね。次女もあっさりとした子で。ひょうひょうとした分、なにも話してくれないのが少しさびしいわ。末っ子の三女は……」


 夫人は言いよどんだ。


「ジェネヴィーラは、とにかく我が儘で、きかん気で、いつも癇癪を起こして怒ってばかり。どうしてこの子はこんなに激しいのだろうと、一時は悩んだわ。でも…………、子どもたちが巣立って寂しくなると、思ったのよ。次男も次女もまったく連絡を寄越してこない。前はそれが楽だと感じたのに。きっと忙しい母親に、なにを話しかけても無駄だと思っている。ジェネヴィーラの癇癪は、振り向いて欲しくてやっていたのではないかしら」


「…………ジェネヴィーラさんは、今なにを」


「寂しかったみたいで、つまらない男に引っかかって、家を出て行ってしまったわ。今頃どうしているか」


「それはいつの話ですか」


「六年前の話よ。今は二十四歳ね」


 外が騒がしくなった。

 跳ね橋が上がる振動が響き、誰かが来たようだ。どやどやと音がしていたと思ったら、マグダレーヌ夫人によく似た女性が入ってきた。なんの遠慮もなく入ってこようとして、ジュリウスを見て、用心深く見つめる。


「どなた様?」

「ベロニカ。こちらはジュリウス・ラムレイ様。今日、私の命を助けて下さったの」

「……まあ、母を。それは、それはありがとうございます。我が家の命の恩人ですわ」


 ベロニカは大分年下のジュリウスの手を取り、大げさにお礼を述べた。その横で、リラはベロニカの分もテーブルセットを素早く整える。きちんと仕事したリラが引っ込むと、ベロニカは夫人に忠告した。


「お母様。まだあの身元の知れない女を雇っているの? 薄気味悪い。今日のお母様の予定だってリラがもらしたんじゃない?」


「お客様の前で止しなさい。それにリラはそんなことする子じゃありません」


「お母様は人が良すぎるわ……。今日は襲撃にあったって聞いて、心配で来たのに。あら、私の持ってきたお菓子が役に立っているのね」


「それはありがとう。ベロニカ。あなたは昔から優しいわね」


 ジュリウスは二人の話を聞いて、いくつか質問した。


「ドリュウェルトという男はどんな人物なのですか」


 ベロニカが答えた。


「最低の男よ。いつも賭け事をしていて借金ばかり。お父様が生きてらした頃は、何度もお金をせびりにきて。きっと今日の襲撃はあいつに違いないわ」


「ふうむ」


 ベロニカはよほど不満が貯まっているの、ドリュウェルトの愚痴はとまらなかった。


「そのう、警ら隊に相談したりはなさらないのですか」


 その場の空気が凍った。

 なんとも言えない沈黙が流れる。偏見はよくないが、目が泳いでいるベロニカはなにかやましいことでもあるのだろう。

 だが黙り込んではいるが、まっすぐ前を見ている夫人はやっかいだ。後ろめたさがない人間は、口を割らない。そう夫人は心に秘密を抱えているのだ。


「とても立ち入ったことを伺いますが、夫人の遺言状の内容を公開してはいかがですか。ドリュウェルトになんら利益がない内容だった場合、それだけで彼から狙われなくなります」


 夫人はジュリウスを真っ直ぐ見つめた。そしてとても悲しそうに言ったのだ。


「そうですね」と。


 翌日、ジュリウスは、夫人と長男のディスキンに、大げさに礼を言われながら、辞したのだ。

 そして一度自宅に戻り、またやってきて泊まった。二泊目も夫人の応接間に居座り、暗闇の中、ぼんやりと暖炉の明かりに照らされながら、目を閉じていた。


 誰かが勝手に跳ね橋を下ろした音がし、母屋は大騒ぎになっている。内通者がいるのだろう。簡単に侵入できたようだ。夜中にどたどたと館の中を人が入ってくる。


 夫人の応接間に侵入してきた男は、部屋に誰もいないのに、暖炉に熾火があるのに気がつき、辺りを見回している。

 影に隠れていたジュリウスは、男の脇腹にほとんど音も立てず、剣を突き刺した。なんの躊躇もなく引き抜くと、男は震えながら立っていた後、がくりと膝をついた。力を振り絞ってジュリウスを見上げるが、足に力が入らないようだ。


 女性しかいないと舐めてかかっているのか、続けて部屋に二人目の男が無防備に入ってきた。相手に構える暇を与えず、下から突くように右の鎖骨と肋骨の間に剣を突き刺すと、相手は体を動かせなくなった。この状態で無理に反撃しようとすれば、ジュリウスにもっと深く刺されて、致命傷を与えられる。そうなったらおしまいなのだ。


「剣を離せ」


 ジュリウスがそう言うと、相手がゆっくりと剣を落とす、大きな音が館内に響いた。


「この館は我々が掌握している。抵抗しないように」


 ジュリウスがそう言って剣を抜くと、相手はふらふらと壁にもたれ、肩をおさえた。浅い呼吸をしている。彼らは、簡単になぶれる女性を攻撃するためにきたのだ。戦いに来たのではない。


 そして背後から来るはずのない、三番目の足音を聞いて諦めたようだった。


 三番目に入ってきたのはマックスと、リックだった。


「母屋に侵入したものはすべて捕らえた。残りはこの二人だ」

「内通者は?」

「確保してある」


 隠れていた夫人とリラを迎えに行くと、夫人の顔色は紙のように白かった。膝がガクガクと震え、立つこともままならない。ジュリウスは夫人の目線の高さにしゃがんだ。


「どうされます? 辛いなら席を外しても……」


「いいえ。自分の家のことです。最後まで立ち会います」


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