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貧乏男爵家の調査官日誌  作者: 林はるる


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不憫な世継ぎのおまけ(後編)


「事件のあった時間帯は深夜零時から二時の間。皆、寝ています。どうしてそんな時間に、当時五歳の私は、あなたと一緒だったんですか」


「そんなの……私の部屋に連れてきたからに、決まっているじゃない」


「そのことを他の人は知っていましたか」


「さあ」


 その場にいたほとんどの人は、その話を聞いて戦慄を覚えた。リメラ夫人の話が本当なら、暗殺事件が起きるような、政治的に重要な伯爵家の跡継ぎを、誰にも知らせずにふらふらと連れ出して回っていたのだ。これでは警備もなにもあったものではない。


「感謝して欲しいものだわ。私のおかげでローズヴェルト様は、助かったようなものじゃない」


 その時、ローズヴェルトの父方の叔父ワイツマン子爵が、腹立ちから机を叩く音がした。彼は暗殺事件で兄を殺されているのだ。


「『遊び』に来たとき、誰を連れてマック伯爵家に来ましたか」


「そんなの覚えてないわ」


「あなたはセンドソン子爵家の、女主人なのではないですか」


 リメラ夫人は一瞬目をそらした。なにかやましいことがあるのだ。


「私はただ……、遊びに行くから、『みんな』ついて来いって言っただけよ。大勢で行った方が楽しいじゃない。妹のエイベルを喜ばせてあげようと……親切で……そう、親切でやったのよ」


 少し下を向き、目を泳がせている。ローズヴェルトは出し抜けに言った。


「母のエイベルが、よく言っていたそうですよ。『リメラ姉さんは友だちがいない。可哀想な人だから、私が相手をしてあげないと』って」


 部屋の中にがたんと大きな音が響いた。

 リメラ夫人が勢いよく立ち上がっており、椅子が衝撃で後ろに倒れている。彼女の前に出されたカップは、水面がゆらゆらと揺れて、今にもこぼれそうだ。


「何様なの、あの女。お高くとまりやがって。いつもいつも生意気なのよ!」


 リメラ夫人は、亡くなった妹のエイベルを、口を極めて罵った。しかしローズヴェルトにこう言われると黙ったのだ。


「詳細な取り調べによると、あなたが連れてきた侍従の中に、一人、身元不明者がいました」


 リメラ夫人だけでなく、夫のセンドソン子爵や、その子どもたちまで、顔を青くして立ち上がった。


「そんな、馬鹿な」


 子爵がつぶやくというには大きな声で言った。リメラ夫人は貧血でも起こしたのか、座ろうとして椅子が倒れているのに気がついた。

 夫人は妹エイベルに対しての気持ちを、知られたくなかった。それさえ隠せばいいだろうと思ったのだ。だが話はおかしな方向に転がり、ただの嫌がらせが、殺人事件への関与に発展していた。


「つまり、あの夜。暗殺事件の実行犯を、リメラ夫人、あなたが手引きしました。そして夜中に跡継ぎの私を連れ出した。事件が起きた時、殺されたみんなは、なにをしていたんだと思いますか。私を探していたんです。私が寝台にいないことに気がついた使用人たちは、肝を冷やしたでしょう。必死に探し回り、殺されていった。本来は隠れるべき両親ですら。マック伯爵家は、政治的な陰謀に巻き込まれやすい。当然、隠し通路や秘密の部屋が、たくさんあります。それなのに、誰も隠れないで、廊下に倒れていた……」


「私、そんなつもりじゃ……」


 ひどい顔色でリメラ夫人はこぼした。


「ええ、あなたには、そんなつもりはありませんでした」


 ローズヴェルトが否定すると、リメラ夫人はほっとしたような顔をした。だが夫の子爵はうつむいている。そしてその反応を、その場にいる全員が見ていた。


「リメラ夫人。あなたと、私の母エイベルは、不仲だったそうですね。当時を覚えている人によると、母エイベルのものをなんでも欲しがり、奪って、悪い噂を流す。夫人の仕事を押しつけたりも。だが格上の伯爵家に嫁いで、手が出せなくなった。するとあなたは、『遊びに行く』と言って関係のない大勢の人間を連れて押しかけ、何度断っても居座った。その結果が暗殺事件です。それにしても夫人はただの、嫌がらせのつもりかも知れませんが、伯爵家を滅亡の危機に瀕するほどの、結果を招いたわけです。満足されましたか」


 リメラ夫人は目を泳がせていた。だってリメラはなにもしていない。ただ遊びに行っただけなのだ。嫌なら断れば良かっただけだ。もっと強く。その後のことは犯人がやったことではないか。


「さてと。では、話を戻しましょう。デイリールの除籍の件です」


「「は?」」


 子爵夫妻はあんぐりと口をあけた。


「今のことを醜聞にしないかわりに、デイリールを除籍して下さい。彼はワイツマン子爵と養子縁組するので」


 子爵夫妻は大分混乱し、特にリメラ夫人はぐずぐずしたが、最終的には合意した。夫妻とその息子たち、前当主夫妻は、ジュリウスをちらちらと見てくる。


「デイリールなんかで、よろしいので?」


 ローズヴェルトは笑った。


「ええ、私はデイリール『なんか』が大切なんです。彼の幸せのためなら、マック伯爵家のすべての権力を使いますよ」


 センドソン子爵夫妻は、わけがわからないという顔をした。




 リメラ夫人が手引きしたことを今更言い立てても、夫人はそういった意味での悪意はなかったのだ。その結果が重大な過失を生み出したとしても。だからそのことで公式に責め立てる気持ちはなかった。


 ローズヴェルトは、大事なデイリールの立場を、整理する方を優先することにした。だがデイリールがいなくなったセンドソン子爵家は、ローズヴェルトにとってはただの抜け殻だ。


 センドソン子爵家は、マック伯爵家の家門では権勢をふるっている。

 世継ぎを救い出し、保護し、後ろ盾となっていたのだ。休眠状態のマック伯爵家や、暗殺を疑われている叔父のワイツマン子爵家よりも、いまやその地位は高いと言える。


 だがこれからはその権力を堂々と奪っていこう。馬車馬のように働かせ、見返りはなしだ。権利もないのに手に入れた権勢を返してもらうのだ。その後は……、衰退したとしても誰が手を差し伸べるのだろう。実の息子を見捨てた家を。


 それに当主のチャックはともかく、諸悪の根源であるリメラ夫人は、どうやら知らないようだ。罰を与えられない怖さを。リメラは長い間、姉の立場を利用して、妹のエイベルに嫌がらせを行ってきた。だが次期当主夫人ということで、許されてきてしまったのだろう。その結果が、妹になにをしても構わないと考える化け物の誕生だ。


 今回も明確な罰を与えられず、許されたと思っている。だが、今後、センドソン子爵家がどんなひどい目にあっても、抗議の一つもできないのだ。


 ローズヴェルトはこう言えばいい。


「あの時、見逃してあげましたよね? まだなにかして欲しいんですか?」と。


 センドソン子爵家が、長年蓄えた養分をごっそりと抜き取ってから、ポイ捨てするつもりだ。ローズヴェルトはわかりやすい、厳しい罰を与える気はなかった。

 ローズヴェルトから家族を奪い、デイリールからも「家族」を奪ったセンドソン子爵家。全員にじわじわとできるだけ長く苦しんで、地獄に落ちて欲しかった。



◇◇◇◇◇◇



 暗殺事件が起き、ローズヴェルトは信頼している叔父、ワイツマン子爵一家から無理矢理引き離され、たった一人で田舎の館に閉じ込められたのだ。まだ五歳で状況もわからず、毎日泣いていた。


 だが毎日泣いている子どもは、もう一人いた。デイリールだ。デイリールは当時七歳で、いきなり家族と引き離され、ローズヴェルトに仕えろと言われたのだ。


 家族と離された原因となった、ローズヴェルトが憎くてたまらなかったし、もちろん大嫌いだった。だから最初はローズヴェルトを怒鳴って追い払ったり、叩くふりをして手を持ち上げたりした。


 だが相手は五歳の子どもだ。どうしてもそれ以上、ひどいことができず、さみしさから寄ってくるローズヴェルトから逃げるだけの毎日だった。そんな自分が嫌で、悲しみと自己嫌悪にくれていた。


 そしてとうとうのぞきに来たローズヴェルトに向かって、怒鳴ったのだ。『全部お前のせいだ』、『お前のせいで母さんと会えなくなった』と。デイリールは床に突っ伏してわんわんと泣いた。


 だが、気がつくとローズヴェルトが泣きながら、デイリールの頭を撫でていた。『ごめんなさい』と何度も繰り返して。


 デイリールは恥ずかしさや、悲しさや、たくさんの気持ちがいっぺんに沸き起こり、どうしたらいいかわからなかった。


 そしてすぐとはいかなかったが、二人は仲良くなっていったのだ。弟が欲しかったデイリールは、ローズヴェルトの面倒を見るようになり、兄が欲しかったローズヴェルトもなついた。


 ローズヴェルトは最初は叔母方のセンドソン子爵家一家を、親切な人たちと考えていた。だから夏の避暑で、一家が来てくれると聞いたとき、デイリールに報告したのだ。喜ぶだろうと。だがデイリールは悲しそうな顔をしただけだった。


 そして一家はやってくると、ローズヴェルトにおみやげをたくさん持ってきた。服に帽子に靴、本に遊び道具など……。デイリールのものはなかった。


 そのことを聞くと、リメラ夫人はこう言った。

「ああ、あの子はいいんです。気にしないで下さい」と。


 わけがわからなかった。気にしなくていい子どもなんていようか。デイリールは見捨てられた子どもだった。子爵一家にとっては駒にするのに都合良く、そして家族だと思っていないのだ。


 ローズヴェルトは一家が来る度に、罪悪感で胸が一杯だった。自分がデイリールの人生を壊したのだ。だが一家に今更返した所で、デイリールを幸せにしてくれると思えなかった。だから自分で幸せにしようと思ったのだ。


 一人になったローズヴェルトにとって、年上の優しいデイリールは従兄弟であり、兄であり、父親でもあった。子爵一家は、たまにやってきては恩に着せて帰って行くだけだ。だからローズヴェルトはデイリールを連れて、叔父のワイツマン子爵のところに行ったのだ。


 センドソン子爵家はデイリールを売り払えば、醜聞は免れたと思っているかもしれない。多少の傷は付いたが、センドソン子爵家は安泰だと。そんなわけがあるか。


 これから当主になるローズヴェルトにとって、大事なのはデイリールを始めとした、側にいてくれる人たちだ。センドソン子爵家の人々は衰退していくのに、いつ気がつくのだろう。たった一人の世継ぎを守り、育て、擁していたセンドソン子爵家。特別な立場をまわりに吹聴し、今まで散々良い思いをしてきた。それが滅びていくのだ。おそらくその時になって、あわててデイリールに連絡を取るのだろう。顔も知らないデイリールに。



◇◇◇◇◇◇



「今日はすごかったな-」


 控え室で、リックは独りごちた。

 レイモンドはそれを聞いて大きなため息をついた。ジュリウスはまだローズヴェルトと作業中で元の部屋にいる。


 デイリールは茶髪に茶色い瞳だ。それなのに、黒髪に黒い瞳のジュリウスに向かって、センドソン子爵夫妻は、「デイリール」と呼びかけたのだ。

 百歩譲って、子どもの頃から大きく変化したなにかがあったとしても、あれはないだろう。子爵家一家は毎年ローズヴェルトとデイリールに会っていたと聞くし、あの場にはデイリールの両親だけでなく、祖父母も、三人の兄もいた。それなのに誰もデイリールの顔を、覚えてもいなかったのだ。


 ローズヴェルトがデイリールのことを、『不憫』というのがよくわかるできごとだった。


「レイモンド様。私も人を『駒』と考える方です。だから自分のことを、冷たい人間だと考えています。それでも駒の顔を覚えていますし、場合によっては好物や、背景なども覚えていますよ。息子の顔も、髪の色すら覚えていない人物もいるのですね」


「同じことを考えていた。夫人を見て、ああはならないようにしようと、自分を戒めたよ。私の立場では難しいが」


 レイモンドは人の顔を覚えるのが苦手だ。もともと苦手な上に、ボウエン伯爵家の当主次男なのだから、仕えているものはたくさんいる。


「それにしても……」

「ちょっとした嫌がらせで、伯爵家を壊滅させるとは」


「しかも自分のせいではない、という顔をしていましたね」

「夫のように、殊勝な顔をしておけばいいものを」


 デイリールはある意味、母親のリメラ夫人と似ている。


 彼は誰が見ても不憫な境遇を、笑顔で乗り越えてきた。「大したことない」と。だからこそまわりは彼を助けたいと思うのだ。


 リメラ夫人は、彼女の罪があばかれたとき、本心からではなかったとしても、反省の態度を見せればよかった。そうすれば、何割かの人は「わざとではなかったのだから」と、擁護する心境になれただろう。だが、明らかに責任逃れをし、自分のせいではないと顔に出していた。そうすると人は、返って罰したくなるものだ。


 そしてそれは子どもの頃から今までずっと、妹の件で、ただの一度も叱られたことがないという、特殊な環境のせいだ。だから悪いと思わないし、それを見させられる人々の気持ちも想像できない。周囲の人々に向けて、外面だけの取り繕った表情すら作らない。


 そんな当主夫人がどうなるか。センドソン子爵家は自ら破滅の道を歩んでいくのだ。



◇◇◇◇◇◇



 ローズヴェルトの婚約者ミシェーラは、目の前のデイリールと、その婚約者ヴィネイアが上手く行きそうで、涙ぐんでいた。気弱なデイリールと、はきはきしているヴィネイアは、案外上手く行っていた。ぐいぐい引っ張るヴィネイアに、嬉しそうに引っ張られるデイリール。デイリールが弱っていると、大丈夫と言われても、積極的に様子を見に行くヴィネイア。


「ミシェーラ様。どうなさったのですか」

「デイリール君が幸せになって、良かったと思って……」


 ミシェーラは、ローズヴェルトから、デイリールの不憫な話をたくさん聞かされている。涙なしには聞けない話が多い。だがなによりも不憫に感じたのは、そんな悲惨な育ちなのに、デイリールが優しくて、思いやりがある所だ。困っていることはないかと声をかけても、「私なんかより困っている人はたくさんいるから」と、ローズヴェルトや、ミシェーラのために動いてくれる。そんなデイリールだからこそ、幸せになって欲しかったのだ。


 だからローズヴェルトと力を合わせて、「デイリールを幸せにしよう計画」を進めてきた。だがどうしても上手く行かなかったのが婚約者だ。当初ローズヴェルトはものすごくたくさんの条件を、つけていた。だが条件が幸せにしてくれるわけでもない。それにデイリールは奥手であがり症なところがあり、女性と会わせればいいかというとそうもいかなく……。そんな時にデイリールのほうから、探している女性がいるとの話があって、ローズヴェルトとミシェーラは飛びついたのだ。だがなかなか見つからず。ようやく探し当てた女性の反応にどきどきしていると、感触良さそうで。


「わた、わたし……」


 感極まったミシェーラは、とうとう泣き出してしまった。その様子はまるで、奥手で心配をかけた息子を見守っていた母のようだった。



 デイリールは最悪な形で人生が始まったが、本人の優しくて誠実な人柄が、まわりに温かい人間関係を形作っていた。


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