不憫な世継ぎのおまけ(前編)
作中の、ケントンと双子兄妹の初出は、下記のエピソードです。
「捨て値の婿」「落日」
ジュリウスの通っている学院には、「不憫な世継ぎ」がいる。
マック伯爵家の生き残りの、ローズヴェルトだ。
マック伯爵家は十一年前、一家惨殺されたのだ。犯人はまだつかまっていない。マック伯爵家のその立場から、政治的な暗殺だろうと囁かれている。
跡継ぎのローズヴェルトは当時五歳で、たまたま遊びに来ていた母親の姉、子爵夫人リメラが連れ出しており、凶行を免れた。その背景から一躍、不憫な世継ぎと有名になり、幼少の頃は田舎に隠れ潜んでいた。しかし成長するに従い、非常に優秀で、剣の腕もたつことから、現在は王都の学院に堂々と通っている。
ローズヴェルトには義兄弟デイリールがいて、とても大切にしている。
デイリールはリメラ夫人の末息子で、幼少のみぎりより、従兄弟のローズヴェルトに付き従っている。二歳年上で、正直な話、それほど優秀ではないし、剣の腕もない。
だが心優しく、真面目な性格から人々に好かれていた。ローズヴェルトは、なによりもデイリールを優先するほど、大事にしていた。
そしてそのローズヴェルトと、デイリールが、ジュリウスに相談があるというのだ。
デイリールは手持ちがあまりなく、質素な暮らしをしている。
伯爵家跡継ぎのローズヴェルトと違って、子爵家四男では自由になるお金がないからだ。ローズヴェルトはそれを心配して、王都の同じマンションで暮らしているが、ローズヴェルトがいくらいっても、デイリールは遠慮してしまう。
その日も、商人を呼ぶなり、馬車を出せばいいものを、乗合馬車に乗って、文房具店に行った。デイリールは倹約しているが、その育ちは貴族で、さらに田舎育ちだ。強盗やスリのいいカモで、早速目をつけられ路地に連れ込まれたのだ。
「そこへ、一人のかっこいい女性が現れました」
「女性」
ジュリウスはつぶやいた。その場にいたレイモンドとローズ、リックも興味深そうにしている。
「こう、なんといいますか。日傘をさっと畳むと、一人を突くようにして転倒させ、もう一人を横になぎ払うように叩き、そして踏み込むと奥の男を一閃。まるで芝居のように見事でした」
デイリールはうっとりとしていた。
「そして奥の男が刃物を取り出すと、女性も傘の中に仕込んでおいた細身の剣を取り出し、それは美しく構えたのです。その姿は神々しく、まさに私のために使わされた天使のようで」
「天使」
「それで……、男たちを追い払ってくれたのですが、あまりの美しさに、私は口がきけなくなってしまったのです。それでその方のお名前を聞きそびれてしまい、そもそもきちんとお礼を言えたかも気がかりです」
「どのような女性だったのですか?」
「内面の清廉潔白さが表に出ているような凜々しいお顔付きで、彼女が動くだけで爽やかな風が吹いているかのよう。その瞳は夜半の月を映した湖のように澄んでいて、まるでハクセキレイの尾羽のように真っ直ぐな髪。それでいて厳しい鍛錬を積んでいるのでしょう。雄々しい、荒れて節くれだった手をしていました。もちろんそんな手すら魅力的です。それから」
「おい、誰か。止めろ。終わらないぞ」
レイモンドが、機嫌悪くつぶやいた。気が短いのだ。
「それで、どうして私に?」
ジュリウスが聞くと、デイリールはこう答えた。
「その女性を探しているのです。ですが学院に通っている生徒ではなさそうで、なかなか見つからないのです。そのため様々な武術道場に通っている門下生に当たってみた所、君の友だちのケントン殿が、以前の道場で、美しい双子の兄妹がいたという話を教えてくれたのです。それでジュリウス殿なら詳しいだろうと」
ジュリウスはようやく納得した。
確かに以前ケントンと通っていた道場に、そういった兄妹がいた。そして、王都では女性の武闘家というのは、一定数いるが、多くはない。だから直接知っている女性たちに、一人一人当たった方が見つかるのが早いというのは、その通りなのだ。
「私の知っている女性の門下生は、私と同じ黒髪に黒い瞳、身長はこれくらい……もしかしたら、伸びているかも知れない。二年前の話だから。似ている絵画はないですか」
「一番似ているのは、ゴルグの「キュピレット」に描かれている、左から三番目の天使です。それから」
「だれもが知っている有名な絵画で」
「それならオーグの「イレーヌ」でしょうか。あのつんとした鼻の愛らしさが、とても似ていて。あれ以来、絵を見ると彼女を思い出してしまい」
「……」
ジュリウスは困惑した。似ていると言えば似ているが、似ていないと言えば似ていない。
ちらりと横を見ると、レイモンドからは「がんばれ」、リックからは「まかせた」、ローズからは「続きを教えてね」というメッセージが来ている。
マック伯爵家に恩を売る機会なのだ。ここは本腰を入れて取り組むことにした。
双子が掛け持ちしていたという道場にいけば一発だった。
「あー、ジュリウスじゃない。久しぶり」
「おっと、ジュリウスじゃないか。久しぶり」
今年十六歳になる二人は、やはり身長が伸びていて、顔つきも大人びていた。以前は子ども特有の落ち着きのなさが垣間見えていたが、今では声も低くなっている。だが話し方は変わっていなかった。
デイリールの話をすると、妹のヴィネイアはすぐに思い出した。
「ああ、あの鈍くさそうな人ね。見ていられなくて後をつけたの。助けられて良かったわ。あの後も無事に帰れたか心配だったのよ。大丈夫だったみたいね」
「ああ。問題ない。それで……」
ジュリウスは、お見合い話に発展しそうなこと。その場合は、ボウエン伯爵家が後ろ盾につくので、双子の実家に話を通してもらいたいなどと説明した。驚くかと思ったが、双子が驚いたのは、貴族家の後ろ盾ではなかった。
「おいおいおい。お前みたいな女傑をもらってくれる男が、世の中にいるらしいぞ。本当に本当か、その話」
「嘘。私のあれを見て、お見合い話に? どんな変わり者なの?」
「えーと」
妹のヴィネイアと、兄のヴィニーは裕福な市民層で、武術は教養として習うことが多い。だが貴族階級になると、生まれた家や進路によって女性でも武術を習う。ヴィネイアのような存在は、本人の希望によっては、女性騎士にもなれる貴重な存在だ。貴族社会では肯定的に見られることが多いが、おそらく双子のまわりでは、武術に否定的な反応が多いのだろう。
「マック伯爵家の跡継ぎローズヴェルトの、側近をしているデイリールという青年だ。センドソン子爵家の四男で、ローズヴェルト様の覚えめでたいから、出世は間違いないと思う」
「えーと」
ヴィネイアがめずらしく、もじもじしている。
「武術、やめろとか言われないかなあ……」
「おそらく心配ないと思う。デイリール殿は、それほど武術に打ち込んでいらっしゃらない。だからこそヴィネイアの勇姿を、べたぼめしていたから」
「「よっしゃあ」」
双子は手を組んでぴょんぴょんと跳ね出した。落ち着いたと思ったのは気のせいのようだ。
◇◇◇◇◇◇
お見合いは上手く行かなかったが、上手く行った。
デイリールは緊張のあまり、なにも話せなかったのだ。ヴィネイアが心配して、様々な声かけをしたが、沈黙が続き、ローズヴェルトとその婚約者ミシェーラ、ヴィネイアの兄ヴィニーと父親が、歓談して終わった。そうは言っても、貴族の結婚なんて書類だけでなんとかなるものだ。
ヴィネイアに感触を聞くと、こう答えた。
「なんだか心配だなあ。あの人。誰かが側についてあげたほうがいいんじゃない」
その答えにローズヴェルトも、父親も満足した。
要するにデイリールを、「放っておけない」と感じたのだ。デイリールのほうは、情けないとひどく落ち込んだ。だがヴィネイアの答えを聞くと、浮上した。
「なんて優しい女性なんだ。こんな私にそんなことを」
デイリールは、ヴィネイアと婚約する道筋が立ったことで、ローズヴェルトの元で正式に働くことになり、社会的な身分が整った。だがそれ以上に、貧乏なデイリールにとって、正当な給金をもらえるようになったのが大きかった。
ローズヴェルトの婚約者ミシェーラが積極的に通い、女性とのデートコースや、喜ぶものを助言していく。デイリールが真剣に考えながら、おそるおそる贈った品物に、ヴィネイアからのお礼が届くようになると、ローズヴェルトとミシェーラは、まるで我が子が独り立ちしたような喜びを覚えた。
◇◇◇◇◇◇
「私たちはデイリールの婚約に反対です。平民の女性、しかも剣を習っているだなんて、認められません」
デイリールとヴィネイアとの婚約を正式に整えるにあたって、デイリールの両親の猛反対が入った。デイリールの実家センドソン子爵家は、主人であるローズヴェルトの母方の実家だ。
この場には大勢の客人がいるのに、大騒ぎをしている。なぜならここに至るまで、ろくに話を聞かされず、口を出すこともできなかったからだ。
◇◇◇◇◇◇
十一年前のあの夜、マック伯爵家では、当主夫妻、前当主夫妻の四名と、一緒にいた人々五名が暗殺された。
たまたま当主夫人の姉リメラが、跡継ぎのローズヴェルトと遊ぼうと宿泊しており、世継ぎは難を逃れたのだ。
それからはリメラと、実家のセンドソン子爵家は、たった一人になってしまったローズヴェルトを、必死に守った。実家の子爵家の領地にかくまい、誰にも会わせずに成長を見守ったのだ。
一人ではさびしかろうと四人いるリメラの子どもの、末の息子デイリールを側近につけるまでしたのだ。
折々に様子を見に行くと、ローズヴェルトはその度に立派に成長し、リメラとその家族は誇らしかった。主君であるマック伯爵家の、跡継ぎを守り育てているのだ。
だがどういうわけか、ローズヴェルトは十五歳になると、安全な田舎から出て、王都で暮らすようになってしまった。リメラたちは何度も、危険だと警告しに行った。だが住んでいるマンションから出てこないのだ。
その上、ワイツマン子爵が出張ってきた。ワイツマン子爵は、ローズヴェルトの亡くなった父親、当主グステイブの弟だ。暗殺事件の首謀者がわからない以上、当主が亡くなることで、もっとも利益を得る、ワイツマン子爵は危険だ。それなのに、ローズヴェルトはワイツマン子爵を、後見人にしてしまったのだ。
あんなに大事に育てたローズヴェルトに、日参しても会ってもらえず、リメラたちセンドソン子爵家は苛立ちを貯めていた。そしてある時、手紙が届いた。ローズヴェルトの側近デイリールの婚約を整えるので、ワイツマン子爵家に招待すると。
デイリールはリメラの息子だ。センドソン子爵家の子どもだ。それなのに事前になんの相談もなかった。だからセンドソン子爵家は、婚約に賛成できないのは当然だった。
「もう一度言いますが、デイリールの婚約には反対です」
「なぜですか」
「決まっているでしょう。デイリールは我が家の子息です。婚約はこちらが決めます」
「そうですか。では今すぐ話を持ってきて下さい」
どうしてだかその場は、ローズヴェルト本人が司会進行をしていた。センドソン子爵家の当主チャックと、当主夫人リメラと話合っている。あれほど婚約に反対していた夫妻は、なぜか話を持ってくるように言われると、急に困った顔をした。
「今すぐは……、特に予定していないですし」
「どうしてですか。デイリールはもう十八歳です。なぜまだ決まっていないんですか」
「それは……、その、我が家のことなので、余所様には関係ありません」
「デイリールを私の側近として、寄越したのはそちらでしょう。彼の婚約、婚約相手は、私にとって重要な案件です。なぜそれがいまだに決まっていないのですか。どうせあなた方は決めないだろうと思い、だからこちらで用意したんです。それになにか文句でもあるんですか」
「えっと、その、でも、……平民なんて」
「あなた方に任せていたら、いつまでたってもなにも決まりません。それに私は『不憫』なデイリールに、幸せになってもらいたいんです。だからデイリールが好きになった女性で、かつ、デイリールのことを大事にしてくれる女性に、婚約者になってもらいたい。あなた方と違ってね」
チャックもリメラも、大事に育てたローズヴェルトが、なぜこんなに厳しい態度をとるのかわからなかった。そして不憫なローズヴェルトが、なぜどうでもいいデイリールを不憫というのか、わからなかった。
「と、とにかく平民の女性なんて反対です。デイリール。絶対、許しませんからね」
リメラ夫人はそう言って、目の前に座っているジュリウスに話しかけた。
テーブルの中心にはローズヴェルトが座り、その正面にセンドソン子爵家が座っていた。ジュリウスはローズヴェルトの右側に座り、いつでも議事を交代できるよう、手元に書類を揃えていた。誰が見てもローズヴェルトの側近に見える。
その部屋には大勢の人がいた。
ローズヴェルト、後見人で叔父のワイツマン子爵夫妻、叔父の子どもたち、母方のセンドソン子爵チャックとリメラ夫人、センドソン前子爵夫妻、デイリールの三人の兄、ローズヴェルトの婚約者ミシェーラとその両親、双子の兄ヴィニーと妹のヴィネイア、その父。ボウエン伯爵家の次男レイモンド、その部下リックとジュリウスだ。
「デイリール」と話しかけられたジュリウスは、黙って座っていた。ローズヴェルトは静かな怒りをにじませて、話を続けた。
「わかりました。どうしても認められないというなら、センドソン子爵家からデイリールを除籍します」
「……そんなこと勝手に、できるわけがないでしょう」
「いいえ。あなた方は同意しますよ」
そう言ったローズヴェルトは、自分の手で側に置いてあった水差しから、コップに水を注いで飲んで言った。
「十一年前、暗殺事件のあった夜、あなたはなにをしに伯爵家に来たんですか。リメラ夫人」
夫人は不思議そうな顔をした。きょとんと目を丸くしている。
「そんなの遊びに行ったに、決まっているじゃない」
リメラ夫人は、殺された妹のエイベルの嫁ぎ先に、しょっちゅう遊びに出かけていたのだ。
「事件のあった時間帯は深夜零時から二時の間。皆、寝ています。どうしてそんな時間に、当時五歳の私は、あなたと一緒だったんですか」
「そんなの……私の部屋に連れてきたからに、決まっているじゃない」
「そのことを他の人は知っていましたか」
「さあ」
その場にいたほとんどの人は、その話を聞いて戦慄を覚えた。リメラ夫人の話が本当なら、暗殺事件が起きるような、政治的に重要な伯爵家の跡継ぎを、誰にも知らせずにふらふらと連れ出して回っていたのだ。これでは警備もなにもあったものではない。




